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10 ~危険なリカの時間~

 
挿絵



 宇田川リカが品川のオオムラサキホテルで加東ルミ江との戦闘中、突如現れた白く輝くUFOに吸い込まれ、宇宙へと連れ去られた時、強力な、未知の力に抗えない自分への苛立ちと、ルミ江をもう一歩のところで殺すところだったのに果たせなかった怒りで最悪の気持ちだった。リカは未知への不安より、怒りの方が遥かに増していた。リカは知った。自分が代々木公園で導かれるように発見した伸縮自在の物体、名付けて「マジックハンド」は、自分を連れ去ったこのUFOと密接な関係があるという事を。リカはUFOの中でそれの強力な思念を感じた。それは宇宙人、知的生命ではなかった。言うならば、UFOの形をした、超空間内を行き来して棲息する、宇宙貝というべき宇宙の生物だった。現れたUFOがその貝の殻に相当するなら、自分が持って操っていたマジックハンドはその中身である生物だったのだ。ゆえに、その二つは磁石のように引き付けあい、その生物は元の鞘に戻るように貝殻の中へ戻っていった。それは、リカに大人しく支配されてなどいなかったのだ。むしろ、リカが思念の力を使って思う存分操るうちに、それの力はむしろ活性化し、離れていた貝殻のUFOを引き寄せたのであった。
 かくしてリカは今、前人未到の未知の宇宙空間へとほうり出されてしまった。だが、そこからが宇田川リカという美少女の本領発揮だった。リカの尋常ではない忍の思念の力は、完全体となった宇宙生物をもさらに支配しに掛かっていた。それは忍の精神力、ルミ江をして万札を手裏剣に変えた念の力だった。しかしそれだけではない。彼女の野望、帝国主義への情熱は、マジックハンドと同じく、相手が宇宙生物、宇宙貝であろうとも例外ではなく、支配の対象であった。リカは間もなくそれを支配するに至った。もともと知的生命体ではない生物であった宇宙貝はリカに乗っ取られてしまった。リカが宇宙貝に思念力で勝利した時、リカはすでに太陽系を遠く離れた未知の星座が広がる宇宙へ来ていた。だが、リカは宇宙貝を完全に支配し、自らの下僕とした。
 リカは宇宙貝の超能力を感じとった。宇宙貝には、マジックハンドと同じく、それに関わる者の潜在能力を引き出す力がある。そしてそれは、リカの潜在能力に作用し、彼女の野望達成の願望を、実体化する力だった。つまり、思念の実体化である。リカは、宇宙貝のこの超能力を利用して、自らを完全な戦士へと武装化した。宇田川リカは、全身を超兵器で包んだリーサル・ウェポン・ヒューマンに自らを変じた。もはや、地球はおろか、どのような文明であっても、彼女に敵う者はいない。そのような者に生まれ変わるように貝に命じたのである。
 ちょうど、その辺りの宇宙には異星文明が幾つか栄えていた。リカはその文明の存在を察知すると、自らの力を試すかの如く、その星々に飛来した。そして二つの異星文明を滅ぼした。それらは、地球より遥かに進化した科学力の文明だったのだが、リーサル・ウェポン・ヒューマンと化した宇田川リカ・マックスゴールドの前にあっけなく滅んだ。突如現れた凶悪な地球人に、彼らの星は訳も分からず滅ぼされたのである。太陽系から遥かに離れた宇宙世界で、リカは一人勝ち誇り、自らのパワーに酔いしれた。リカは確信した。今こそ最強の戦士になった、と。そして宇宙貝に命じると、地球へと舞い戻ったのである。

 地球の宇田川リカが元居た世界では、忍達が最終戦争のまっただ中にあった。リカは、地上に、自衛隊、警察の機動隊ら全軍を指揮する六条美姫を額につけたサードアイで発見すると、飛んでいった。それは、全てを見通すヘッドバンドである。美姫が今、東屋財団の帝王となっているという事を瞬時に見て取った。美姫帝王は、自分に従わない者と全面戦争を始めたのだ。天から降臨した宇田川リカを、美姫の方も驚きをもって眺めていた。生きていたのか、という驚嘆と、空を自由に行き来する能力に、美姫の頭は混乱した。美姫の中に、一瞬、かつての主人への尊敬と畏怖の念が思い出された。宇田川リカが腕を組み、戦車軍に囲まれた六条美姫を見下ろした格好で空中に停止した。今更、生きていたからと言って六条美姫に、帝王の座をリカに譲るなどという殊勝な考えがある訳がなかった。美姫は、この出現した元主人のリカが急に鬱陶しくなってきて、冷酷な切れ長の三白眼で睨み上げた。
「久しぶりね! あなたも出世したみたいだし、あたしの居ない内にこの国も、鍋みたいにグツグツと煮えたぎったみたいだわ! 世の中、イライラしてる人が多いみたい! みんな、イライラしてるのよね!! 結構よ。ここからは『リカの時間』よ。後は、この国の事はあたしに任せて、あんたは下がってて頂戴」
 リカのキンキン声は相変わらずだった。それにしても声が大きい。拡声器でもあるまいに、リカの声は街中に響きわたる。おそらく何かの能力で、声を増幅している。周囲が戦いを治め、突如現れれた彼女に見入って静けさが支配している為でもある。
 頭ごなしに引退しろと言われ、シングル曲「朝チュンカレッジ」でアナレンマ48新センターで歌う美姫は黙っていなかった。
「リカさん。お久しぶり。でもその挨拶は何さ? 急に帰ってきてウゼーんだよ! 誰に向かって口聞いてんのか、分かってんの? 今この国を牛耳ってんのはあたしなの。お察しの通り、あたしが帝王なのよ。あんたの存在なんかスッカリ忘れちゃったわよ。それを今更ノコノコ現れてさ、もし邪魔する気なら、あたしがあんたをブチ殺すよ」
 リカ・MAXゴールドを敵に回す事が、どれだけ恐ろしい結果を招くのか、今の美姫には分かっていない。ただ反抗心だけが美姫を突き動かしている。
 美姫を見下ろすリカの額には、大きなバンドがあり、その中央には眼の形をした装飾が着いている。それは、赤くてギョロリと美姫を見下ろすので、美姫は薄気味悪かった。
「随分思い上がった口を聞くものね! 美姫。しばらく見ない内に、プライドばっかり大きく成長したものだわ! わたしが教育しなおさなくっちゃね!」
 リカから放たれるエネルギーの量は膨大であり、それは突風となって実体化した。風が杏奈の髪の毛を弄ぶ。
「殺ってやる、スマーッシュ!」
 恐怖を感じ、先に攻撃を仕掛けたのは美姫の方だった。しかしアルティメットラケットのプラズマ弾は、リカをかすりもしなかった。リカはすでに数百メートル上空に移動しており、慣性の法則を無視した飛行軌道で舞い戻って来る最中だったからだ。
「あの女を殺せェ!」
 美姫は軍に命じた。美姫の叫び声に、軍の標的は秋葉原反乱軍、上遠野杏奈から宇田川リカへと変わった。杏奈は宇田川リカの出現に警戒し、様子を見るように場を離れていた。これから何が起こるのかを察したように。加東ルミ江も同様だった。リカから自分の存在が悟られぬよう、気配を消して様子を伺った。
 リカが街の上空を弧を描いて滑空すると、その後に飛行機雲が出来上がる。戦車の砲撃が上空を飛ぶリカに向かって次々と開始された。大量に打ち上げられた、光の矢のようにリカに向かって砲弾が向かった。だが、無数の砲弾は一つもリカをかすりもしなかった。リカはそれらより遥かに早いスピードで移動できた。そして人間には不可能な動態視力も持っていたし、宇宙空間でそうだったように、リカの体の周囲をエネルギーボールで包み、砲弾を跳ね返す事ができた。さらに、リカの額にある大きな眼の装飾が怪しく輝き始めると、凄まじい光を放った。光は地上の戦車部隊を数十機分、街の一角ごと一気に吹き飛ばした。街全体が衝撃波に包まれるほどの巨大な爆発である。「第三の眼」から発せられたのはプラズマ弾だった。それも、六条美姫のアルティメットラケットのものより遥かに強力な光である。
 宇田川リカの第三の眼が、マシンガンのように地上の軍に向けてプラズマ弾を撃ち込んでいく。街は爆音と巻き上がる粉塵で前後も分からないほどであり、軍は続々と焼き滅ぼされていった。
 美姫は恐怖でガクガクと震えた。これはもはや忍術の領域を超えている。あのマジックハンドの正体はいまだ分からないが、UFOと関係があるのは確かだろう。そのUFOと、再び現れたリカが様変わりしたことは無関係ではあるまい。いずれにせよ忍特有の念の強さで、UFOを忍術の道具にした。いうなれば宇宙忍者か。東京は瓦礫の山と化し、徹底的にズタズタに破壊されていく。美姫は、東京が破壊されていく有り様を、ただただ傍観するしかなかった。なんて事だ、あたしの天下があっという間に踏みつぶされ、破壊されてしまうなんて……。そして、街をこんなに破壊して、なんて恐ろしい人なんだ、宇田川リカという女は! 殺し屋である美姫にも、宇田川リカの破壊への情熱、その精神構造が理解できなかった。
 不知火月姫は訳も分からずに、秋葉原が破壊されている有り様を眺める他はなかった。怒りも忘れて、呆気に取られ傍観した。金剛アヤナは月姫に撤退を命じた。アヤナは冷静に考えて、あの未知の兵器を持ったリカに、自分達が勝てるとは思わなかった。今ここでリカと戦い、貴重なメイドコンバット軍を失ってしまう訳にはいかなかった。月姫もそうするより他はなく、地下基地へとメイドコンバットを撤退させた。対美姫帝王戦を、リカ戦に考え直さなくてはならない、その為には一時撤退し作戦の立て直しを考える。今はその時間が欲しかった。
 まるで、東京は何週間も大空襲を受けた後のように、破壊されてしまった。おそらく、東京の一割近くが破壊されただろうか。美姫の操った東屋軍は壊滅した。それでも、美姫はすばやく戦地を脱出した。上遠野杏奈、加東ルミ江も生き延びていた。
 リカは空中に停止しながら、地上の彼女等が生きている事を、第三の眼に着いている二本の角のようなレーダーによって察知していた。それはリカのテレパシー力を増強するものだった。リカはそれによって、地上の加東ルミ江が生きている事を知ったのである。
「加東ルミ江! あなたがここに居る事は分かっているわよ! 思い知ったでしょう、わたしの力がどれだけのものかってコトを! わたしは品川のホテルで一度あなたに勝ったわ! それなのにあなたを倒す事ができなかった! すべての面であなたに勝っていたのは、わたしだったのに。それでもわたしは、あなたの事を認めていたわ。他の誰よりもね! あなただけが、唯一強力なわたしのライバルたりえる存在だという事を、わたしはあの時認めていた。だからこそあなたに一緒に天下を取りましょうと、誘ったのよ! まぁいいわ、今でもあなただけがあたしのライバルだわ! あんたをあの時倒す事ができなかった代わりに、あたしは宇宙で得た力によって、再度この国に戻ってきた。あなたと戦うために、光の国からやってきたわよ! 分かったわね?! あたしの力は、誰にも止められない。それでも勝負したいというのなら、結構よ。あたしはあなたを待っているわ。いい、覚悟が決まったら、あたしの前に出てきなさい。それまで、いつまでもあたしは待つわ!」
 まるで波紋のようにリカの超音波アニメ声の怪音が東京中に鳴り響いた。宇田川リカのキンキン声は加東ルミ江に届いていた。加東ルミ江は、事態を重く見ながら、今すぐその場に飛び出す愚を犯さなかった。ルミ江にも時間が必要だった。自分に、宇田川リカを倒せるのかどうか分からない。だが、今は対峙してあの宇田川リカの第三の眼から身を守る方法はなさそうだ。

 宇田川リカ・MAXゴールドは国会議事堂前に降り立った。想像を超える展開に、議会は戦慄していた。美姫より恐ろしい女がやってきた。一体どうするのか、与野党の区別なく議論が戦わされていた。そこへ、リカが急に秋葉原から飛んできたのである。ドアを押し入り、全ての政治家たちが顔を青ざめ、さっそうと赤絨毯を歩いて来る小柄な美少女の登場を見守った。銃を持った警官も居たが、彼らは何もできない。できる訳もない。これまでの状況を考えると、瞬殺されるのがオチである。ただ棒のように立ち竦みその場から逃げる事もできない。リカが議長席に近づくと、自然に議長はバネのように飛び上がり、席を立った。当たり前のように宇田川リカはそこにドカッと座ると足を組んで言った。
「あたしが新しい帝王よ。六条美姫はまだ生きているけど、あんな女はもう何の力も持っていないからね!」
 そこへ足をもつれさせながら、走り込んできた男が居た。南方九郎だった。人々がリカの攻撃に逃げまどう中、九郎も車で逃げていた。リカに恐怖した九郎はたまたま、国会の近くにおり、リカが中に入っていくのを目撃した。
「何?」
 リカは九郎を睨み付ける。
「帝王様、リカ様。僕はあなたを新帝王として迎えます。ようこそ、この国に舞い戻ってきてくださいました!」
 そう言うと九郎はうやうやしく右手を左肩まで降り、片膝着いて頭を下げた。
「モモタロウさんはどうしたの?」
「桃流さんは美姫に殺されました。僕は今まで美姫仕えておりましたが、力あるあなた様こそ、真の支配者と理解し、先ほどの戦闘に深く深く感じ入った次第です!」
 南方九郎は黒目勝ちの眼差しで忠犬のように力いっぱい媚びた。九郎の顔から、脂汗がダラダラ流れていた。
「ふぅん」
 リカは呆れていた。要するに裏切り者の人生だ。そんなやつを信用する訳がない。
「いいの? そんなに簡単に美姫を裏切って。あいつ、嘆くんじゃない?」
「いいえ! いいえ! 美姫なんて、本当ぜんっぜん、本心じゃないですよ。あなた様に比べたら、美姫など下の下です! まったく、あんなつまらぬ小娘なんかによく仕えたもんだと自分自身、今考えると不思議で、関心するくらいですよ。どうか、僕を側に置いてやってください。必ずや貴女様の僕(しもべ)として、有用な働きをしてご覧にいれます!」
 というと、やたらとニヤけ、また大仰な礼をした。「僕だけに僕(しもべ)」とかくだらない事を言い続けようとしている。
 リカは、横の警備員に向かって右手を差し出し、
「銃貸して」
 と言った。警備員が銃をリカに渡すと、リカは立って銃をゴローに向けた。
「お前なんか要らない」
「な、何と?」
 九郎の顔から、たちまち血の気が引いていく。
「お前みたいなの、あたし大っ嫌いなのよね。お前なんかに、サード・アイ・プラズマ・ガンを使う必要はないわ」
 言葉はそれっきり、リカは銃を撃つと、ズドンという音と共にゴローの身体は赤絨毯に崩れ落ちた。卑怯な裏切り者の顛末はいつも同じだ。リカは撃ち殺すと、銃を放って警備員に返した。
「あ~あ! しょうが焼き定食食べたいなぁ。おい、お前ら、あたしお腹減っちゃった。考えてみたら宇宙行ってから何も食べてないんだよね。東京中の最高級のお店の料理をここに運ばせて。めんどくさくて店まで行く気になれなぁ~い。あとあれ、新幹線の固いアイスも食いたい。早く持ってこないと酷いわよ!」
 リカはまた議長席に座り直した。本来かわいらしい眼の中に、極地の暴風雪(ぼうふうせつ)のような冷酷さが宿っている。リカが議場を見渡すと、誰もが眼を反らした。
 逆らう者はおらず、たちまち高級弁当や出前の寿司、しゃぶしゃぶ、フランス料理、中華料理などが運ばれていった。それをリカは贅沢な事にチョンチョンチョンとつまみ食いのように食べて満足そうだった。あれほどエネルギーを発しているのに、それほど大食でもない。こうして見ると派手な舞台衣装に身を包んだ、ただの年頃の小柄なアイドルにしか見えない。政治家たちは押し並べてまるで鬼瓦のような表情で押し黙っていたが、与党の重鎮で、論客としても有名な葛城勝馬官房副長官が意を決して立ち上がり、前に歩み出た。彼は、今までじっと様子を伺っていたが、決してこの蹂躙を認めた訳ではなく、じっとチャンスを伺っていたのだ。葛城には計算があった。この女は、プラズマガンなど恐ろしい兵器を持っている、だが、きっとエネルギーを使い果たし、それで銃を使ったのではないか。今、警備員はリカの近くを離れている。リカが銃を持つ機会はない。葛城官房副長官は、柔道三段、空手四段、合気道二段という猛者だった。学生時代、数々の大会で賞を取り、有名だった。国会議員になった後も、野党との乱闘で何人もの野党議員を投げ飛ばし、活躍したという栄光の過去があった。また、選挙演説中に襲ってきた暴漢を警備員任せにせず自身で制圧したこともある。
 葛城はリカの前に立つと言った。
「わたしはあなたに言いたい事がある、それは今、日本中の誰もが思っている事だ。そしてここの議員たち全てが。東京をこんな風に破壊して、この国をろう断し、そんな人間に日本や我々、そして国民が支配されるいわれなどない。わたしはあなたに、従う気は毛頭ない!」
 葛城と、宇田川リカの距離は僅か一メートルだった。葛城は飛びかかるチャンスを伺った。羽交い締めにしてしまえば、こんな小娘など、簡単に取り押さえる事ができる。
 議員たちは、普段は葛城の政敵だった党まで、葛城の勇気に感心し、見守った。
「どうだいみんな、そう思うだろう!」
 葛城は勢いがつき、大声で賛同を求めた。大勢が拍手しようと手を動かそうとした瞬間悲劇が起こった。
「エ~毎度ばかばかしい噺過ぎんだよ! 聞いてられないわね!」
 リカの第三の眼が輝き、葛城議員の居たところには、灰が舞っていた。一瞬にして葛城は灰にされたのだった。国会は凍り付いた。
「他のヤツ等もよく聞け! あたしに逆らう者は、コイツと同じ運命にあると! 分かったか!」
 リカのサード・アイ・プラズマガンは衰えてなどいない。先ほどの九郎はただ嗜好を変えて銃で殺されただけだったのである。そしてリカは単に御飯を食べたかっただけで、戦闘力に支障は何一つ起こっていなかったのだ。腕力でひねり潰す事もできるし、リカにできない事はなかった。補食動物を餌食とするように自然に。リーサル・ウェポン・ヒューマン。議員たちの顔に深い落胆の色が浮かんだ。
 途端に不機嫌になったリカは首相に首輪を着け、四つん這いにさせると、犬になれと命じた。首相は屈辱的な怒りを必死に押さえ、言われる通りにした。
「ワンワン、お手!」
 としゃがんだリカは右手を差し出した。首相はリカの言う通りに手をのせる。
「お代わり!!」
 反対側の手を出すように要求し、首相は応じる。逆らえば殺されるのだ。右目を撃ち抜かれ横たわる南方九郎と、葛城議員の灰が、それを物語っている。
「よ~しいい首相、いい首相」
 リカは頭を撫でると、テーブルの大皿に乗ったフカヒレの一片を摘まみ上げ、首相に与えた。
 リカは首相に馬乗りになった。首輪を引っ張り、「走れ!」と命じた。首相は五十の坂を超え、首を引っ張られ、脂汗をかきながら、必死の形相で手足を動かした。首相は、当選以来二十数年国会に居ながら、今日ほどこんなに間近に赤絨毯を拝んだ日はない。議会の中に嫌な沈黙が流れる中、リカの、キャハハとはしゃぐアニメ声だけが不快な超音波のように響いている。
「あははは。これぞ、ペット型政治! はははははは!」
 リカは満足そうな顔で言った。自分のバカらしい命令を口にする事に、少しの躊躇もない。ますますエスカレートし、気紛れにまた誰かが殺されるのではないか、それだけが議員たちの気掛かりだった。どうしてこんな人形のように可愛らしい外見容姿を持つ美少女の中にこれほどの横暴さ、残忍さが存在しているのか、彼らには理解不能だった。リカは無邪気さの中に残酷さを備えていた。小悪魔というより悪魔。全く恐ろしいリカちゃん人形もあったものである。
 突如、アメリカ政府からホットラインが入った。途端にリカは険悪な目つきに変わった。
「忙しいのにオマエ誰よ? 初見なんだけど?」
 相手はアメリカ大統領だった。ジェームズ・バットフィールド大統領はテレビ電話の画面に普段よりも深刻な寄り目で現れた。リカも、アメリカ大統領くらい知っとけという話だが、大柄で、まるでプロレスラーのヒールねというのがリカの彼に対する印象である。
「我々アメリカは、宇田川リカの日本の帝王宣言を認めない。アメリカ、及び世界に対する重大な脅威と断定する。戦後七十年近く続いた、東屋財団の日本の支配構造について、我々は脅威と判断した。東屋が闇社会とつながっている以上、その代表者によるクーデターの権力など認めない。お前は闇のラストエンペラーと呼ばれる事になるだろう。お前はテロリストだ。我々はテロに屈しない。ウィー・マスト・ファイト・テロリズム!!」
「うざいわねー」
 リカは立ち上がり、
「しばらく留守にする。六条美姫と加東ルミ江に伝えろ。あたしはこれからアメリカを制圧する。他に、東屋とあたしに世界で逆らう者は誰でもな。それまでに、あんたたちが、大人しくあたしに従うか、それとも戦うのか、決めろとな。あたしには、あんた達を手下にする器量はあると。しかし戦うのならそれも構わない」
 まだ赤絨毯に四つん這いになっている首相に見下ろしながら言うと、国会を出ていった。あァほんとムカつくわ! アメリカってバカじゃないの、自分が日本の親玉だとでも言うの?! このあたしに楯突くなんて。どいつもこいつも焼き殺してやる。
「待ってなさい、ジェームズ!!」
 リカはアメリカへ向けて飛び立った。
 議員達は一時リカが立ち去った事にホッとした。首相はようやく床から立ち上がり、議場を見渡し、もはやリカを止めるには、宇田川リカと同じ忍で尋常ならざる能力を有する美姫や、加東ルミ江しかないと結論した。首相の言葉に、与野党共に何の異論もなく、一致した。今までにないスピード議決だった。その報は、すぐに彼女達に伝わった。

「こうなったら、いがみ合いなど忘れて、ルミ江さんの『蛇瞳』に頼るしかないよ! 団結するんだ!」
 立ち上がり、机を叩いてそう叫んだのは上遠野杏奈だ。今、東屋新帝国タワーの会議室には奇跡的に、上遠野杏奈、六条美姫、加東ルミ江、そして逢坂芹香が揃っている。芹香は、東京を離れてはいなかった。芹香は新宿に潜伏していたが、この事態を知って、戦地に戻ったのだ。芹香には勇気があった。某か、加東ルミ江の役に立ちたい、という気持ちを突き動かしていた。
「やつはルミ江さんの『蛇瞳』を知らない、やつを誘い出し、ワナを仕掛け、ルミ江さんが蛇瞳で殺す。その為には、団結するしかない」
「そうよ、あたしも賛成。美姫さんは?」
 芹香は即賛成し、隣の美姫を見た。
「団結だと? 冗談じゃないわ! なんであたしが今さらお前たちと……!」
 美姫は腕を組み、心底嫌そうな顔をして座っている。
「今そんな事言ってる場合? イミフなこと言ってんじゃないよ。あたしたちだって、心底喜んで、あんたと手を組みたい訳じゃない。杏奈ちゃんだって、そういう事分かって言ってんだよ。そんなの当たり前じゃん! でもこの状況で、他にどうするっていうのよ? あいつにあんた一人で立ち向かって勝てる? 頼みの軍隊はもうないのよ。あたしたちがいがみあって潰しあったら、相手の思うつぼだよ。いつまでも帝王気取りもいい加減にしなよ--------」
 芹香はまくしたてる。全く芹香の言う事は正しい。
「---------フン!」
 嫌なものは嫌だ、と言わんばかりに美姫は思いっきり顔を背けた。
「秋葉原のあいつらは? 相変わらず何の返事もなし?」
 芹香は杏奈に質問する。
「うん……ぅちらのミーツ(MT=ミーティングの事)の召集に、金剛アヤナからは何も。美姫でさえ、話し合いに応じたのに。こんな状況で、まだクーデターとか言っているのか。不知火月姫もそうだ。それで、ルミ江さん、あんたはどう思う。あたしは前から、あんたがこの国を変えると、信じてきた。今も、国を救えるのはあんたしか居ない。あたしのこの超音波兵器のシステムも、敵には悟られていない。東屋の最終兵器だ。この作戦には、すべてのメンバーが歩調を合わせ、東屋のシステムを使ってワナを巡らせる必要がある。一人一人のポジションから全体のハーモニーを奏でる必要がある。名付けて、スーパーソニックミュージック、SSM作戦だ。そのタイミング、指揮権は、あんたが取るしかない。だから頼む、あんたが東屋にあるスーパーコンピュータ、アズマトロンをコントロールし、帝王になってくれ!」
 杏奈は真剣だったが、ルミ江は受け入れ難かった。だがむろん、もっとも、もっと受け入れ難い女が側に居る。
「冗談じゃない! こんな事話し合うためにあたしはお前達に応じたんじゃないぞ」
 美姫は立ち上がった。
「じゃあアルティメットラケットでリカを倒せるのか? あたしの音波兵器を彼女は知らない。けど、リカは音速よりも早く飛ぶ。リカの飛行速度は、超音波の速度を超えているんだ。罠には使えても、決定打とはならない。芹香の電撃もリカのエネルギーシールドを破れない。あんたのラケットもだよ。どんな近代兵器も通用しないんだ! 各所で効果を発揮する事で、全体で有効な力が発揮できる。そして、ルミ江さんの持つ蛇瞳でしか、相手は倒せないんだよ! あたし達はアシストするんだ、ルミ江さんがアズマトロンに指示を出して、東屋が総ぐるみとなり、この国全てが、アメリカから舞い戻ってきた宇田川リカを包囲し、ルミ江さんに倒してもらうんだ。それしか道はないんだ!」
「リカさんを倒す事と、ルミ江に帝王を譲る事は全然別だろーが、何どさくさに紛れて一緒にしてんだ。何であたしがルミ江に帝王を譲らなくちゃならねーんだよ! リカさんはもうあたしの予想すら超えて怪物になってしまった。倒すしかない。倒すには力の一致は必要だろう。確かにオマエの言う通りかもしれないけどな、指揮はあたしが取る。帝王を目指している訳でもないヤツに、あたしが譲らなければならない理由はない。作戦は実行してもいい。だが、あたしは帝王を譲らない」
「そんな非協力的な態度で、作戦が成功すると思う? ルミ江さんしか作戦のタイミングは計れないんだ! いい加減大人になれ。いつまでも子供っぽい」
 杏奈が厳しくやり込める。
「お前らなんかと話そうと思ったあたしがバカだったわ。帰れ! さっさとここを出てけ。出ていかないとリカより先にあたしがお前らを殺す------」
 ラケットを机に置いた美姫は完全に眼が座っており、話し合いにこれ以上応じる気はないらしい。
「このGKY!」
 杏奈が言ったのは、「ごっつ空気読めない」の略だ。
「ルミ江ちゃんはどうなの?」
 芹香がルミ江の顔を覗き込む。
「なぁルミ江さん、お願いだよ。あんたが新しいクラウドの帝王に」
 杏奈も続ける。
「あなた達の気持ちはよく分かったわ。でも、私は帝王にはならない」
 ルミ江はうっすらと笑った。
「どうして……」
 杏奈が呆然と聞き返す。
「心配しなくても、リカはわたしが倒す。安心して。わたしの蛇瞳でね」
「……でも、ルミ江さん」
「リカはわたしを狙っている。だから、必ずわたしの前に姿を現すわ。その時、わたし一人で戦う」
「しかし、あんた一人で、サード・アイ・プラズマガンと戦うつもりなのか」
 杏奈は怪訝な顔でルミ江を見た。杏奈はルミ江だけに全てのリスクを背負わせ、自分達が傍観している事はできなかった。作戦を実行すれば、リスクは遥かに減り、より確実に相手を倒す事ができる。そう杏奈には確信があった。
「わたしはあなた達の期待には答えられない」
 ルミ江は譲らなかった。自分が東屋の帝王などと、そのような地位はこの期に及んでもまっぴら御免だった。元老が、加東ルミ江を帝王にと考えていた事実を知り、憎悪すら抱いていた。杏奈への信頼、友情はあるものの、杏奈の、自分を帝王にという目的に共感するつもりはなかった。
「なぜだ、まさか、あんたはあいつと刺し違えるつもりか? あ、あんた、死ぬつもりなのか」
 杏奈はルミ江の肩に手をおいて詰め寄る。
「わたしはあなた達を失いたくないから」
 まるでルミ江は女神のような美しい微笑みだった。幻想の中でのみ垣間見れる、女神の素顔のような神秘と高貴さ、幽玄な神性美がそこにはあった。
「そんな事考えないでくれ。やめてくれ! あんたには絶対に生きていて欲しい。ヤツのためにあんたが死ぬなんて許せない! この国のために、あたし達のために、生きていてくれ! 皆で力を合わせれば、あんたが死ぬ事なんてない。あんた一人を行かせやしない。みんなで勝つんだ、団結すれば、そのためにあんたが帝王に!」
 加東ルミ江を失いたくない……たとえルミ江が、リカを倒せても。そんな悲しみは、杏奈には到底絶えられない事だった。
「いいえ杏奈。悪いけど帝王にはならない。だけど私に任せて」
 ルミ江は静かに杏奈を制した。静かながら力強く、杏奈には二の句が継げなかった。
「あっはっはっはっは! どうやら話し合いは終わったようだな! 『黒幕』の上遠野杏奈さんよ~。当の本人が嫌だと言ってるんだ、あたしも御免だな! お前の目ろみはもろくも崩れた。この期に乗じて元老の意思を実現しようなどと、愚かなファンタジーを振りかざすのはよしな」
 美姫は大声で笑い出すと、勝ち誇ったように言った。
「あんたなんかに、この国を任せられると思うのか!」
 六条美姫と上遠野杏奈は立ち上がり、にらみ合った。美姫の三白眼から放射されるドス黒い霧の正体を、杏奈は見極めていた。忍んだ霧ではない。それは全身から漏れ出している。ただただ生まれつきの殺し屋としての六条美姫は、目の前に出現したライバルを倒し、乗り越える。それのみを自分の動力源としているのだ。リカを自分の手で倒さねば気が済まないのだろう。むろん自分や、加東ルミ江も美姫という少女の打倒すべき目標だ。しかしその中でも、六条美姫がもっともライバル視しているのは、リカや自分ではない。加東ルミ江だ。だから、ルミ江が帝王など、天地がひっくり返ってもありえない。そして、ルミ江に対する、強烈な殺意は今だ失われず、衰えてなどいない。美姫は、ルミ江の命を狙っている! きっと、加東ルミ江がこの世に存在し続ける限り! 存在自体が、不穏な人間なのだ、六条美姫は。そんな女と手を組むなど、本来は上遠野杏奈だってまっぴら御免だった。だが、今は全員が力を合わせなければ、この作戦は成功しない。それが分かっているから、今東屋の全権を握る六条美姫とも話し合いをせねばらないと考えたのだ。だが、上遠野杏奈のSSM作戦は瓦解しかかっていた。

しおり