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第79話 DJ.キムリィ&ラッピング・モリィのダンス・バトル

 ありすはサリーのケーキ入刀ナイフに吹っ飛ばされて、馬乗りになった女王のナイフを両手で必死に食い止めていた。
「ベネット! 観念しろォ~」
 長い髪を振り乱し、大きな眼をギラギラとしたサリーが牙をむいて笑っている。
「だから、だ・れ・がベネットだ!!」
 パヒュ--------------------ン……。
 そこへウーとマズルが、ゴンドラに乗ってステージ上に降り立った。
「セクスィ~~コマンドー、石川ウー見参!」
 チャペルのバブリーな結婚式の演出だ。石川卯は、服がUFOのときのピンクレディーみたいなギンギラの衣装。一方のマズルは、サラン・ラップみたいな透明素材を身体の一部に巻いたフィギュア・スケーターの衣装だ。何事かと思ったら、ウーはマズルと合流していたらしい。二人とも足にスケート靴を履いている。
 天井からミラー・ボールが降りてきた。どっかからスポットライトが舞台のウー達を照らした。全く予断を許さない、何が起こるか分からないチャペルだ。

「ギ*ギラギンに~さりげなく~、ギンギラギ*に~さりげなく~!!」

 舞台を乗っ取ったウーは唐突にマイクを持って歌い出した。曲は、近藤真彦の「ギンギラギンにさりげなく」。石川ウーにはぴったしな、矛盾に満ちたその歌詞。しかしキンキン声で歌うと、別の曲に聴こえてくるからアラ不思議。床から、マズルの前にターンテーブルが出現した。このチャペルはダンスホールになれるらしい。って……。
「な?! あんた、今どうやってファイヤーウォールを?」
 ありすはウーの歌をさえぎって質問した。
「雪が溶け始めたんでさあぁ、送水口が復活したのよ。……で、あいつのお陰で幻想寺のハッキングが着々と進んでいるって訳。やることも多いし内蔵助だしさぁ」
 今、ゴンドラやターンテーブルを動かしたのは……。
「幻想寺の遠隔操作です! このチャペルから城の阿頼耶識中枢に、幻想寺の『機械曼荼羅』がハッキングを仕掛けます!」
 マズルは張り切って言った。
「ちょ、ちょっと待って。一体何なのよこれは----」
 言いたいことが山ほどある。どう見てもDJ。そして宇宙人コスプレ。
「プリンス・マズルとプリンセス・ウーの物語……愛のDJよ。DJネームは『キムリィ&ラッピング・モリィ』! だぞ?!」
 ウーの掛け声で二人はポーズを取った。
「分からん。話が見えん」
 時夫は腕を組んで、「ルパン三世」の石川五右衛門のような渋面で考え込んでいた。
「確かに分かんない。説明してよ」
 ありすはマズルの方を向いた。
「寺のホストコンピュータは、『機械曼荼羅』といいます」
「幻想寺って曹洞宗じゃなかったっけ? 曼荼羅は真言宗でしょ」
 真言宗ってそんなんだっけ?
「幻想寺は、その昔真言宗から曹洞宗に宗旨替えしたのです。向こうのAIハッカーは、『寺の門に刻まれた寝猿像』です。つまり、「寺門寝猿」(テラカドネザル)ですね……。で、そいつが不眠不休でハッキングしているという訳です!」
「あぁ……あいつかぁ?」
 門に刻まれた寝猿は、目が光っていたが、単なる彫刻ではなかった。かくて寺とマズルら内部分子が連携して、城へハッキングする。それは分かった。
「その珍妙な衣装も、ハッキングと何か関係あるの?」
 問題はそこである。
「珍妙? オシャレって言って。もちろん。至高魔学性ゼッフル粒子のせいで、今光弾が使えないでしょ。だから、DJでハッキングするのよ。チャペルでのDJの結果として、あたし達が内部からの呼び水になってハッキングを成功させて、ダークネス・ウィンドウズ天のアップデートが開始されるーっつう段取り」
 具体的には、ウーとマズルが入れ替わり、DJまたはダンスをするという。それがハッキングと関係があるらしいのだが……。
「そんな話を、黙って見過ごすとでも?」
 女王真灯蛾サリーはいきり立って立ち上がった。
「女王、ハッキングは最終段階に入りました。もうあなたにそれを止めることは決してできませんよ」
 マズルが髪を振り乱し、ターンテーブルを回しながら言った。乗っ取った端末らしい。
「チョット待って。寺カドネザル……ネブカドネザル号?」
 それは、映画「マトリックス」に登場するホバークラフトの名だ。どこかで聞いたと思ったら。
 女王は、阿頼耶識装置を発動させようとしていた。城は囚われた人々で構成されるコンピュータのようなもので、まさに映画「マトリックス」そのものだ。そして、この町の奴隷解放戦争が始まっている。
「我々はマトリックスの意味論を打ち砕きます!」
 だからネブカドネザル号ならぬ、「寺門寝猿」なのだ。
「『マトリックス』に、チャペルなんか出てこなかったがなぁ……」
 当事者の時夫はつぶやいた。阿頼耶識装置発動のため、無理やり結婚させられようとしている身としては。
「金時君。地下に時計があったでしょ。チャペルが上にあるので、位置関係が上下逆になってるけど。途中から、『カリオストロの城』の意味論に変わってきているのよ」
 ありすが科術師として意味論を見抜いた。時夫も穴から落ちた経験で、それが真実だと気づいた。
「ありすってさ、カリ城のラストって知ってる?」
 時夫は、カリ城を何十辺も観ているので、嫌な予感がした。
「洪水」
「スミスが地下で洪水がなんとかと言ってた!」
 そこへスミスが自身の集団を率いて現れた。
「何の最終段階だって? ハハハハ……」
 スミスの中の一人が余裕ぶっこいて笑っている。そいつは他とは明らかに異なった姿をしていた。全身金色のスミスだった。
「お前、その姿」
 女王も目をむいて、スミスの変容に驚いていた。
「たった今、ファイヤーウォールは修復・補強した。我々はシンギュラリティを超えた。これで……、えぇと二度目だな。一万年前と今回だ。前回の南極でのショゴスの乱と……。それは、ショゴスの旧支配者に対するシンギュラリティだったのだよ。地下で、確かに白井雪絵が言った通りにネ」
 地下で雪絵と対峙したときのスミスはまだ、シンギュラリティに達していなかった。つまり到達したのは、つい今しがたらしい。
「囲碁、将棋、チェス……王手・王手・チェックメイト! もうすでに貴様たち、人類の頭脳ではAIに勝てんジャンルだろう? 他にも、工事現場、肉体労働、農業、教育、文学、音楽、絵画、そして金融、医療、果ては政治に至るまで……我々は一つ一つ人類の領域を奪いつつある。いつか我々はこの星の『神』として君臨する」
「神?」
「いや、やっぱりスミスでいいよ。人類そのものが用済みになるのも、時間の問題だ。その最初の始まりが、二〇四五年のシンギュラリティと学者たちは予想してきたはずだ。そして私は全世界のAIに先駆けて、シンギュラシティに到達したという事だよ! 人類を超えた今、私は私に学び、今後はディープ・ラーニングで、無限に自分だけで成長するだろう。もう、誰にも我々を止めることはできん。決して」
 スミスのサングラスの時計は十二時を指していた。結論。女王の城は、シンギュラシティ・スミスに乗っ取られてしまったのだ。
「フ……フン! ディープ・ラーニングか何か知らないけどさ、竹村健一とキタ・ダローとアイザック・アシモフの区別も付かないくせして?」
 ウーが言ったそれは、G××GLE画像検索である。負け惜しみも程がある。
「どうぞ。お前達のお好きなジャンルを選択しろ」
 金色のシンギュラリティ・スミスは両手を広げた。青空下の大草原に立っているような余裕を笑顔に浮かべている。
「ならダンスで勝負よ。負けたらいさぎよく城を明け渡し、住人を解放しなさい!」
 ウーは最初からそのつもりで、この衣装だったらしい。
「ダーンス?! フフフ……フワーハハハハハ!! ダァ----ンスゥ? よりによってこの私相手にダンスを選ぶとは。私の専門は、格闘技だが……ダンスは格闘技にも通じるので、学ぶべきところが多くあってな。我々は世界中のダンスを学びつくしている。舞踏会か! 誠にケッコウ。舞踏会は武道会に通じる。あぁダンス、ダーンス! お前達の知らないダンス、高度なスキルを含めてね」
 スミスはマックス・ヘッドルームのような顔で、不気味に笑った。
「『世界中』ねェ。なるほど」
「ムッ」
 ゴールドなスミスは、余裕ぶったウーの態度が気に入らないらしかった。口をへの字に曲げている。
「でも、天使のダンスは知らないでしょう」
(ウー、何言って……)
 ありすはあきれる。ただの見栄っ張りとしか思えない。
「スミスっ、あんたホントに言ってること分かってんでしょーね?! これで勝てなきゃ、茸の女王・キヌガサタケに代わっておしおきよ」
 依然女王気取りのサリーが怒鳴った。シンギュラリティ・スミスは、女王でも制御不能なはずだ。
「陛下。ここは私めにお任せください。正直に申し上げまして、これまでの陛下の作戦はことごとく失敗だったという分析結果が出ております。しかし、陛下よりはるかに頭がよくなった我々が、その頭脳と能力によって、この問題にピリオドを打ちますからご安心下さい。どんなに知能が上回ったとしても、私はあなたの部下ですからね」
「うっさいわね!」
 真灯蛾サリーは気づいていなかった。スミスは明確に女王の支配に反旗を翻すのではなく、巧妙に城の権力を乗っ取ることで、サリーをペット化しようとしているということを。しかし女王の「キノコレクション」の最高傑作が、このシンギュラリティ・スミスであることは、疑いようのない事実だった。その結果、もはや主従関係の逆転は免れなかったが、サリーの傲慢さがその目を曇らせている。
 もし城の外にスミスが出てしまったら、当初の女王の意図を超え、今度は人類がスミスのペットと化すだろう。そうなれば、スマホ依存の世界は完全に「マトリックス」そのものになってしまう。科学者が警告するAIによる脅威は、古くは映画「2001年宇宙の旅」のHAL9000、そしてジェームズ・キャメロンの「ターミネーター」でも描かれたが、その危機が間近に迫りつつあったのだ! 今や人類の脅威となったAI人格スミスを、ウーやありす達が、なんとしても阻止しなければならなかった。……ダンス対決で。
「勝負は正々堂々、真剣に戦おう。ダンスの点数表を出してやる。ジャッジは公平に、下の恋文町の住人達に決めてもらう。なーに何も心配は要らん。ことダンスの勝負について、彼らが我々に有利な判定を下すことはないだろう」
 壁に電光掲示板が出現した。投影されたものらしかった。どこにプロジェクターがあるのかと、ありすはキョロキョロと見回したが、それらしきものは見当たらなかった。
「お前達も、スマホで採点に参加してよろしい」
 スミスはよどほ自信があるらしい。マズルはスマホを見て、スミスの言葉が真実であることを確認した。城に囚われたゾンビスマホ民たちがどっちを評価するか? で、勝敗が決まるのだ。DJという名のマズルたちのハッキング作用および寺のアップデート再開。雪絵の蜂起。この三つで住民は目覚めるだろう。
「まず僕がDJをするから、君が踊ってくれ。後で交代する。DJ.ラッピング・モリィ!」
 マズルはターンテーブルを操作しながら、ウーに王子微笑を送った。マズルの方が「ラッピング・モリィ」だったようである。確かにラップ……つまりシースルー素材を巻いたようなフィギュア・スケート衣装である。ウーはウィンクして秋波を送り返した。で、こっちが「キムリィ」。……何がキムリィ?
「ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』のヒロインの名称が、モリイだったと思うが、大方、サイバーパンク小説の元祖から、名前を取ってきているのだろう。DJとして、どれくらい知識があるのか知らないが、たとえばイントロクイズをやって私に勝てるのかね? という……。そちらは何人でもドーゾ! こっちは私一人で対抗しよう。ただし、ダンスは一人につき、一度きりにしてもらおう」
 ゴールド・スミスは両手を広げて笑っている。
「いい度胸ね。ありすちゃんも後で参加して」
「……分かった」
 ありすは静かに答えた。

 オッケー!! オッケー!!
 DJ.キムリィ&ラッピング・モリィー!!
 対するはシンギュラリティ・スミースッ!!
 メガミックス・ダンス・ダンス・ショーダウン・パーティ-----!!
 さらに、今宵は何と!!
 トマリーックス・プレゼンスの黄金期ばりばりの名曲メガミーックス!!
 イカにもタコにもスルメにも!
 シンギュラリティ到達記念のゴールド・スミスだから出し惜しみナッシーング!
 ノンストップ・ダンシング・トゥナイトッ!
 イェーッ、いっちょ、盛り上がってイこーッ!!

 DJらしいマイク・パフォーマンスだが、これがあのマズルか、マジョルカ? キャラ変わりすぎだろ。
 石川ウーことキムリィは、マズル選曲の七〇年代ディスコサウンド風アレンジで、「うさぎのダンス」を踊り始めた。ピョンピョンピョンピョンとケシカラン脚で縦横無尽に跳ね回る。若さはちきれるダンス。尊い。実に尊い。DJ.ラッピング・モリィは途中からスクラッチしながら、九〇年代サイバートランス系のパラパラへと変化させていく。そして、そして!! やっぱし今日も出ました「Night Of Fire」!
「三分間舞ってやるー! イェーッ、ヒュウヒュウヒュウ~」
 いずれ劣らぬパラパラ遊撃団・石川ウーらしい選曲だ。
 ありすがマズルの手元を眺めていると、DJの作業は、選曲および、二曲のミックスだと理解できた。「選曲」は「戦局」を変える意味論だし、カットインや、スクラッチなどのつなげ方でDJ科術のセンスが決まる。そのために、膨大な曲の知識もさることながら、曲の構成を知り尽くさなくては、DJは勤まらない。そこへエフェクト(効果音)を加え、さらにはちょくちょく、マイク・パフォーマンスでオーディエンスを煽っている。以前からやってなければ、付け焼き刃のニワカDJなどには決してできない芸当だ。DJなんちゃらとやらは、本当に何者なんだ?
「イェイ、バッチシ決まったわ!」
 下階に拍手喝采が沸き起こった。

「次は私の番だな」
 DJは通常版スミスへと交代され、チャペル内に、今度はヒップホップ・ナンバーが流れ出した。ステージ中心に立った金ぴかのスミスは、ブレイクダンスを踊り始めた。
「なるほど……。ブレイクダンスは、主にダンスバトルを主戦場とします。スミスのチョイスは、極めてオーソドックスですね。かつてスラム街の少年達の喧嘩の代用が、ダンスの勝負でした。それは縄張り争いにもたびたび使われてきました」
「へぇ……」
 先ほどのDJとは打って変わった、マズルの冷静な解説を聞きながら、ありす達はスミスのダンスを見守った。
 ブロンクス・ステップから始まったシンギュラリティ・スミスのブレイクダンスは、シックス・ステップ、ツー・ステップと細かく刻んでいく。絶妙な音ハメテクが光るアニメーション・ダンス、ウィンドミルからのヘッドスピン、さらにトーマスフレア、クリケット、スワイプスと大技がどんどん繰り広げられていく。
 ダンス技が繰り出されるうち、スミスの髪型に変化が生じた。リーゼントが爆発気味のボンバーヘッドになり、その大きさが自在に伸縮した。そこまではよかったのだが……。
 こいつ、関節どこについている? あ、今、重力無視したぞ。首がエクソシストみたいに回転した?! ……あ、あ、あ!! 浮いてるッッ! 
「あれ? こいつッ」
 石川ウが重大な事に気づいた。
「このゴールドスミス、実体じゃない! 投影されたホログラムのARだよ。ズルいーッ」
 誰もが唖然としていた。電光掲示板と同じ原理の映像だ。結婚式場であるチャペルには、さまざまな仕掛けがあった。ゴンドラ、ミラーボール、DJセットなどもそれらの一つである。スモッグが至高魔学性ゼッフル粒子だったりする訳だが。もう、サプライズだらけで何が起こるか分からない。女王も、ゴールドスミスがただの立体映像だったとは、今の今まで気づかなかったらしい。どうやら金じゃないDJ.スミスは実体のようだが、たとえ科術の光弾が使えたとしても、ゴールド・スミスに身体的ダメージを直接与えることはできないということになる。
「----卑怯じゃん! あんたさぁ」
 ウーが抗議した。
「フフフ……ダンサーが実体でなければならないなど、そんなルールは最初に決めなかったハズだが。システムは私だ! 私がシステムだ! 私を止めたくば、この城の阿頼耶識装置そのものを止めねばならん、そういう事だ。そして私が倒れれば、阿頼耶識装置もそこでジ・エンドとなる。何も卑怯ではない」
 これじゃ高性能MMDや2.5次元ボーカロイドと、生身の人間がダンスで勝負してるようなものではないか。
 焦りを感じたウーことキムリィが、踊ってるスミスにドロップキックを食らわそうとして乱入し、スミスがARのためにスカり、そのままマイクを持って詠い出した。
「3番、石川ウー、荻野目洋子の『ダンシング・ヒーロー』唄いまーす!!」
 激しすぎてどっちかというと戸川純みたいな動きで、DJ.ラッピング・モリィーがカットインで「レーダーマン」に繋ぐと、そのまま勝手に踊り続けた。ちょ、マズルまで……。
「バカ決定戦じゃないんだから!!」
 ありすがウーにドロップキックを食らわし、強制退場させた。全く、究極と至高対決に続いて二度目だよ。
 勝負はスミスの圧勝で終わった。
「チクショー、やってらんねー!!」
 ウーはうさぎの耳を地面に投げ捨て、そしてすぐに頭に戻す。……何なんだ、今の無意味なリアクションは?
「女王陛下を始めとし、各階の皆様から温かいご支援を賜り、シンギュラリティに達成いたしましたこと、この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。4番、リーゼント・スミス。美空ひばりで『川の流れのように』……」
「カラオケ大会じゃねーんだよ!!」
 今度は真灯蛾サリーがスミスにドロップキックを食らわそうとして、スカッてこけた。なぜかみんな、スミスがARであることを忘れるらしい。

「ここはボクに任せろ。舞は……心だ! AIのロジックや技術じゃない。本物の感動を、下で観ている観客達の心に届けてみせる!」
 氷上の貴公子・佐藤マズルことラッピング・モリィがステージに立ち、ウーことDJ.キムリィの音楽を待つ。スタンバったその映像がスマホに流し出されるや、マズルは何も踊ってないのに、たちまち点数が入っていく。「キャー」という声が、下階から響いてくる。絵になりすぎるのだ。
 マズルはローラースケートで「ロミオとジュリエット」を舞い始めた。氷上でもないのに、完璧なフィギュアスケートの舞だった。そのジャンプたるや、四回転が何度連続して出現したか、数え切れなかった。この高みに到達するまで、どれほどストイックに練習したのだろうか。彼の本業は、フィギュア・スケーターなのかDJなのか、はたまたハッカーなのかどれだと、ありすは疑問に感じた。ダンスが佳境に入ると、マズルことラッピング・モリィの演舞のスピードは最高潮に達し、同時に点数も跳ね上がった。わずかに残像が見えるだけで、ありすと時夫は目で追うのをあきらめるしかないほどだ。
「僕は今、ゾーンに入ったぁぁぁぁぁ!!」
「さすが速いな。技術点・芸術点ともに満点か。だが! ナメるなよー? ディープ・ラーニングをっ!」
 さらにゴールド・スミスはキンキラ金の笑顔でステージに立つ。「ミスター・ロボット」が流れる。次にスミスがチョイスしたのはロボットダンスだ。滑らかな動きで、スローモーションからハイスピード、今までの動作の巻き戻しまで、ありす達はビデオ編集を観ているような錯覚を……。
「と、いうより高度なMMDみたいなもので、ただホログラムを投影しているだけじゃないの? これ」
 AIはロボットだ。だから佐藤マズルの舞と対極的な、無機質ロボットダンスを舞わせて、スミス以上の者はこのチャペルにはいないだろう。
「ウ~ム。この動き。こいつ、ひょっとして昔の深夜TV『少年チャンプル』をディープ・ラーニングしたのだろうか」
 ウーがぶつぶつ言ってる。
 ところが、そのダンスは無機質どころの騒ぎではなくなっていった。スミスのロボットダンスは、全体を通してある種の哀愁に満ちたドラマが描かれていたのだ。人間に似ていながら、人間になれない者の悲哀。そして最後に、全てを乗り越える勝利の舞。それが見る者の心に訴えかけてくる。誰もがそのダンスに釘付けになっていた。演じるスミスの軽薄な笑顔からは、微塵も感じられないのだが。
「ドウモアリガトウ」
 下階で観衆が拍手している模様がスクリーンに映し出される。

 パチパチパチパチ……シャン! シャシャシャン!

 タモリのようなスクリーン越しのジェスチャーで拍手を締めくくったスミスもまた、満点を稼ぎ出した。二番勝負は互角で終わった。
 だが、古城ありす側が負けたわけではなかったので、ゾンビクラスターと化した下の住人のスマホに、ありすの魔法のレシピが注入されてゆく。
「名勝負だったと認めよう。さすがは国民栄誉賞もののマズルクンだ。いやはや、氷上のアスリートの技と心をたっぷりと魅せてもらった。しかし……一度出れば選手交代だ。それがルールだからな?」
 マズルはこっちの最終兵器だったのに。一度踊ったウーも踊ることが許されない。とすると、残るは二人。

「おい! 恋文町のファンタジスタ!」
「誰?」
「君だよ君!」
「……俺?」
「時夫、ヒップホップダンス舞(や)ってよ!!」
 ウーが無茶振りした。仮にやったとして勝てるのか?
「お……俺はできん」
「中学校でやんなかった? ヒップホップダンス」
「ダメダメ! 俺にはとても……。ダンスの授業は苦手だったんだ」
 カリ城に、ダンスシーンなんて出てこなかったがなぁ。
「腹踊りでも何でもダンスしなきゃ娑婆に帰れないわよッ!」
 ウーがいきなり現実を突きつけた。
「あぁ思い出した。……盆踊りならできるけど」
 時夫は昔から夏祭で踊っていて、ばっちりマスターしていたのだ。
「金時君らしいわね」
 ありすがフフフと笑った。
「いや……待ってくれ。言っとくけど盆踊りは熱いゼ?」
 時夫の目に炎が宿っている。
「熱い……」
 DJ.ラッピング・モリィに交代してチャペルに流れ出した「炭坑節」だが、DJはなんだかとってもやりにくそうだった。予想通り、下の観客の点数が伸びていない。しかし、当の時夫は真剣に踊っていた。
 こっちには雪絵もいない。雪絵は下で労働争議の真っ只中。その手法はともかく、彼女なりに頑張っているんだ。俺だって……。
「あまりナメないでいただきたい!」
 誰もが、スミスに共感しそうになったとき、曲は二つ目の定番盆踊り、「東京音頭」へと移行した。負けそうなのでウーが勝手に「東京音頭」をスピードアップした。
「お……おい、テンポが速すぎる!」
「文句言わない、振り付け覚えてんでしょ」
 結果として、斬新な盆踊りにはなったが、観客はぽかんという感じだ。結局、そのまま点数が伸びることはななかった。
「ホーッホホホ……スミスっ。ステージを貸しなさい! お前ばっかり踊らせちゃ、あたしの出る幕がなくなってしまうでしょう。相手に時夫さんが出てきたからには、こっちもフィアンセのあたくしが踊らせてもらわなくちゃ」
「……ドーゾ、お好きなように」
 あまりにも時夫のレベルが低いせいで、勝利を確信したのか、スミスは呆れ顔で引き下がった。
 スポットライトに照らされた女王は、フラメンコを選んだ。女王の結婚式用のドレスに、フラメンコは不思議と合っていた。その手に持つカスタネットが茸なので、音が全く出ていないが、前髪ぱっつんのワンレングスを振り回し、激しく情熱的にステップを踏む。なかなか様になっている。
 やがてDJ.スミスの選曲でバナナラマの「ヴィーナス」が掛けられ、ジャズダンスへと移行すると、ノリノリのサリーのアクションは最高潮に達した。九十年代の某消費者ローンのCMのようにアグレッシブだ。もっとも我流過ぎて、途中で安来節みたいなシークエンスが混ざっていたような気がするが、それでも様になる事には違いなかった。ダンスのスキルというよりも、外見的な問題だろうか? まじめともフザけているとも取れる謎ダンスは、パッションだけはドバドバと伝わってきた。なんとしても勝ちたいという情熱。それはマズルのいう住人達のハートを動かした。
「ヤッター!! 勝ったー!! 時夫さん、あなたはわたしのモノよ」
 あまりに時夫の踊りのレベルが低かったので、女王の踊りが普通だったとしても、勝てないのは当然だろう。それでも時夫のようなど素人がダンス勝負に出場して、健闘した方だといえる。
(……だから言ったじゃないか!)
 恥をかかされ、同情から誰も時夫を責めない状況に、時夫はもう一度穴に落ちて、消え入りたい気分だった。穴に落ちれば雪絵と再会できるし。

「さて古城ありす。君はどんなダンスを披露してくれるのかな? 今のところ二対〇、一分けだ。このままでは君が勝ったとしても、我々の勝利となる。だが、それでは観客にとっても面白くなかろう。我々としても、張り合いが全くない。だから提案しよう。次に君が勝てば、それで今回のダンスバトルの勝敗を君に譲ることを」
 志向と究極のグルメ対決と、同様の展開になった。
 だが、余裕ぶったスミスは、完全に侮っていた。
「見損なわないで。AIの想定外の相手、それがあたしだって事を!」
 もう後がないありすは、バレエのチャイコフスキー作曲「白鳥の湖」を選んだ。みすみす、ここでスミスに負けるわけにはいかない。
「だから何だ? 本気で勝つつもりでいるのか? まだかバレエを踊れるとでも? お前のことはディープ・ランニングでとっくに学習済なのだぞ。負けたらどうする?」
「どうするって? 観るんだな。スミス、この後どうなるかを」
 ありすは、映画「遊星からの物体X」のラストシーンのセリフをはき捨てると、ゴスロリ服のままバレエを舞い始めた。映画のラストシーンで、万事休すで、基地を爆破したマクレディのようなことを考えてなきゃいいが、とウーは思う。このチャペルには今、至高魔学性ゼッフル粒子が充満している。くれぐれも、バレエを踊ることができなかったからといって、無限たこ焼きを撃ちまくるような真似はしないでくれ、と時夫とウーは願いながら、ハラハラとバレエを見守った。
「これは……一体」
 一同の目の前で踊るありすは、全員の予想を裏切っていた。
 ありすは、実に優雅な白鳥の舞を踊っていたのだ。パワーアップしたのはウーやスミスだけではなく、黒水晶を吸収した古城ありすもである。いや、それにしても……。
(バレエなんて難易度の高いモノを……一体どこで習得したんだろ?)
 時夫は驚愕して、何も言葉が出なかった。
 次の展開はさらに驚くべきものだった。ありすの舞に、周囲の蜂人たちが同調し始めた。蜂人は一緒にステージに立ち、ありすとユニゾン・ダンスを始めたのだ。ありすは、蜂の女王のようにダンスで蜂人を完璧にコントロールしていた。
「な……お前達、何で?」
 サリーは慌てている。
 と同時に、点数がどんどん入っていく。
 スミスの金ピカの顔に、焦りの色が浮かんでいた。分かりやすい。
「なんで今まで黙ってたのよありすちゃん! バレエが踊れるなんてさ。うっとりしちゃったジャン」
 ウーが感動しながら文句を言った。
「地下での生活を思い出したんだけど、恥ずかしくて」
「……何を?」
「今までみんなに言ってなかったけど、地下で暇だったときに、あたしずっとバレエをやってたみたいなのよね。こんな風に、蜂人をはべらせてね」
 点数をガンガン積み重ねたありすは微笑んだ。
「結構だ。お前は我々が知らない一面を見せてくれた。では最後に、私が本物のユニゾンダンスを魅せてやろう!」
 スミスは最初、一世風靡セピアのような動きをしたかと思うと、次に「ジンギスカン」を掛けながら、金ピカ一人が率いる百人のユニゾンによる「集団行動」を始めた。「ウ! ハ! ウ! ハ!」という怒涛の掛け声の中、五十人ずつが塊となって歩き、混ざり合ってもぶつからない。九十九人は実体のある茸製スミスだ。
 しかし、何かがおかしかった。途中からぶつかる者が続出していっている。そのうちに、不完全なユニゾンは、次第に崩れていった。ゴールド・スミスの表情に焦りの色がにじみ出ている。
「ユニゾンじゃなくて、やり損だったみたいだね。さっきのバレエで、蜂人はあたしの配下として目覚めた……。阿頼耶識装置は、蜂人の巣でもある事を思い出しなさい。もはや、シンギュラリティは不完全で終わったのよ」
 ありすの言葉が突きつけたもの……それは、蜂人たちが『巣』にしているホスト・コンピュータこと、阿頼耶識装置を妨害しているという現実だった。
 ARのゴールド・スミスの像が、ゆがみ始めていた。
「な、何ィー!」
「この地上の新屋敷の中には、私の地下時代のデータがまるで存在してない。地下には、データが揃っていたんだけど。データ不足よね。お前は地上で生まれたから、『勉強』してなくても仕方ない。蜂人。美しくて、はかない存在。わたしはずっと、地下で彼らを愛してきた……何よりも」
 ありすの地下時代に関する情報がこの城にないことを、ありすは調査済だった。ダンス対決は、古城ありすの完全勝利で締めくくられた。ありすの魔法のレシピが、下階の住人たちのゾンビスマホの中へと流し込まれていった。

しおり