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第52話 アリス・イン・ガーターベルト

 「火麺団」。そこはメキシコ風日本料理店だが、外観は真っ赤に彩られた謎めいた東洋風の店の風情。待ち合わせの場所は「西部三丁目」としか知らされていなかった古城ありすだが、その店には確かに火麺の目印……つまりメキシカンレスラーの仮面の印が刻まされていた。これが敵アジトの目印だ。その前にいつの間にかトレンチコートを羽織ったありすはJ隊のジープを停めた。バンッとスイング・ドアをケリ開ける。
「おい、約束と違うぞ」
 椅子に座ったスーツの巨漢が声を掛けた。
 バッとトレンチコートを脱いだありすは黒い下着だけの半裸になった。映画「シン・シティ 復讐の女神」のナンシーみたいな格好だ。
「ガッハハハハハ!!」
「ヒョ~~~!」
「ヒャッホウ!!」
 厨房のルチャリブレこと火麺団たち、それに客席に座すバシッとした一九三〇年代のダブルのスーツ姿のアンタッチャ・ブルと部下達が、ありすの格好をひやかした。ゲヒンゲヒンと笑う。連中はいかにも辛そうな真っ赤なスープのラーメン(コチュジャン・ニンニク・しょうが入り)、赤い餃子、いいやケバブを食べていた。
「……確かに武器は持ってないな。ようこそ可愛い荒野のストレンジャー。それにしても、ホホゥ」
 黒い下着、ガータベルトのありすは、それ以外に何も身に着けていない。
「ガッチリ持って来たわよ。五十万ドル」
 ありすはテーブルにアタッシュケースをドンと置いた。アンタッチャ・ブルという名の白いスーツを着た巨漢は、葉巻を加えてジャラつくでかい宝石を着けた手で、銀色のアタッシュケースを開けた。やがて三白眼で仁王立ちのありすを見上げ、ニヤリとした。
「ケッコウだ!」
 いろいろな意味で。
「ボスのブランコはどこなの?」
「……ちとヤボ用があってな。ここには居ない」
 ガハハハハハ!
 ウハハハハ!
 ゲヒンゲヒン。
 へのへの部下がまた爆笑した。厨房に居たヒューマンのカスが、ありすの着ていたトレンチコートを宙に放って、口からアルコールを噴射して火をつける。トレンチコートはあっという間に燃え上がった。
 ブランコ・オンナスキーは、恵瑠波蘇にはいない?! そういえば、キラーミンは。
「あらそう……で、ウーは?」
「場所だけ教えてやる。B滑走路だ。言っとくが、金沢時夫も一緒だ。勝手に入ってきたので、火麺団が捕まえた」
「アイツ……」
「もっとも、今頃生きてるかどうかは分からんが?」
「さっきからな、なによその顔」
 ブルがミッキー・ロークのようににやけている。
「あたしとの約束は?」
「こ・こ・ま・で・だ」
 アンタッチャ・ブルは、アタッシュケースを回収すると銃を向けた。
「裏切るの?」
「ハハハ……オマエらは所詮、白井雪絵をここにおびき寄せるための罠だからな。古城ありすよ!! マヌケが! 雪絵はもうすでに手に入れたと、サミュエル・エム・エヌ・ジャクソンから今さっき連絡が入ったワ!」
「ガーン!!」
 ありすは大げさにのけぞり、愕然とした表情をした。
「コイツを目隠ししろ! オマエをボスのところへ連れて行く」
 アンタッチャ・ブルはへのへの部下に指図した。
 次の瞬間、ありすは近づいた部下の目隠しを引っ手繰った。
「アイ・ハブ・ア・メカくし! アイ・ハブ・ア・ガ~~~ン!!」
 ありすは右手に目隠し、左手にガチョンポーズ。
「ア~~~~ン! メカ=マシーン・ガ~~~~ン!!」
 ありすの両手には、いつの間にか巨大なガトリング銃が握られている。
 ドズズズズガガガガガガガガガ……!!!
 黒ブラの中にひそかに忍ばせたトウモロコシの種と甘味を、ガトリング銃の中で倍増させ、銃口からアツアツのスイート・ポップコーンが発射される。たちまち店内をポップコーンが埋め尽くしていく。ありすはポップコーンを飛ばしてアンタッチャ・ブルの部下を「皆殺しの歌」-------を口ずさんでなぎ倒していった。
「ふぅ……。ありがと雪絵さん、あなたのお陰」
 とありすは独り言を呟く。
 アンタッチャ・ブルのへのへの部下は甘いポップコーンを食って全滅し、サボテンのウチワと化した。連中の正体は「人モドキ」、つまりサボテンだ。火麺団はすでに厨房に隠れ、裏の勝手口から逃げていった。だが、店内のアンタッチャ・ブルは劇辛ケバブを口に加えて只一人生き残った。ブルの部下達はありすの格好に見とれて(サボテンのくせに)、店の劇辛料理を食べていなかった。だが、ブルだけはしっかりケバブを食べていたので、ポップコーンを思わず食べてしまう事がなかったのだ。
「お、落ち着きなって、アミーゴ」
「誰がアミーゴ?」
 ブルはしりもちをついている。
「ドーした? ブルってんじゃないの? クソガッ! 三人を早く解放しやがれ! でなきゃテメェの口ん中に腹いっぱい食わしてやろうかこの甘いポップコーンを」
 別人のように汚い言葉を吐いた半裸のありすは、銃口をアンタッチャ・ブルの顔に近づけ、中指を立てる。ヤバい取り引きにフェイクな駆け引きは付き物だ。ありすの方が一枚上手だった。
「許してくれ」
「いいや許さない。灰皿にテキーラ注いで飲ます」
「ううう……お、俺の一存では」
「あぁ? 乙女に恥じかかせといて、オマエはすでに仲間の火麺団に見放されたのよ。吐け、そのケバブ吐け!」
「は、吐きますぅ……」
「今は殺さない。五十万ドルは貰っとくわ。ボスに伝えな。五十万ドルが惜しけりゃ、とっとと雪絵さんを返せと」
 ギャングの本質として、雪絵だけ奪って金は無視する事はありえない。ここは西部劇の意味論の法則が働いているのだ。ここでアンタッチャ・ブルを殺ると、西部のどこかにいるブランコに伝わらない。さておき、こんな駆け引きの時だけゲスな喋り方になる古城ありすだった。格好のせいで苛立ってるのかもしれない。
「わ、分かった……伝える」
 アンタッチャ・ブルは足をもつれさせながら、スイング・ドアを開けるとフラフラと立ち去った。一人残ったありすは無造作に、皿に残ったまだ手が着けられていないケバブを手に取って口にした。
「辛ッ」
 じゃ食うなよ!
「……へっくし!!」
 ありすがカトチャのくしゃみをした瞬間、時夫とウーがスイング・ドアから入ってきた。
「ありす、いつまでそのカッコしてるんだ?」
 時夫は相変わらず正視できない。
「うっわぁ~、何その格好!」
 ウーがびっくりして指差す。
「あら、忘れてた」
 しかし、何も着るものがない。トレンチコートはヒューマンのカスが燃やしてしまった。
「君が戻ってこないから、俺は成田山を降りて追いかけたんだ。でも、ウーも会ってないっていうし」
 慌てて時夫は話を変える。
「ゴメン……敵を欺いてた訳じゃない。恥ずかしくって。砂漠の中をジープで行ったり来たりしてた」
 それでトレンチコートをゲットしたらしい。……かわいい。
「ちょっとちょっと、こんな所でストリップ? それガーターベルトじゃん」
「そーいうウーはイチゴのパンツだろ?」
 時夫はつい余計な事を言った。
「な?! 何で時夫が知ってんの! 言ったわね、ありすちゃん!!」
「Eじゃん別に」
 ありすは腕を組み、ウーと時夫を交互に見た。
「捕まったんじゃなかったの?」
「捕まってたんだけど、『最後の一葉』の意味論で……ま、それはいいとして雪絵さんが」
 ありすはウーの様子から二人が無事脱出した事を察した。ウーと時夫は葉っぱでドロンした後、なぜか二キロ離れた恵瑠波蘇の火麺団の店に出現したのだ。アンタッチャ・ブルの部下が全滅し、足のある火麺団が麺が伸びない内にバイクで逃走した結果、恵瑠波蘇はゴーストタウンと化した。
「アンタッチャ・ブルから聞いた。奴等、ここじゃない西部のどっかに、雪絵さんを連れ去った」
「……おそらくは漂流町ね!」
 ウーは人差し指を立てる。
「ブランコもそこに?」
「うん」
 ありすの下着姿という僥倖を見ないとは、ブランコ・オンナスキー。自分で指定しておいて、よっぽど警戒しているのか。
「やるわねブランコ・オンナスキー!」
「キラーミンよ。キラーミンはありすが三丁目を襲撃した時の危険に備え、雪絵さんを移動させた。連中は漂流町を襲撃し、そこを占領している。今は漂流町を本拠にしている。そこに必ず雪絵さんはいる」
 ウーは言った。
「すべてキラーミンの入れ知恵よ。キラーミン先生はブランコなんかよりよっぽど切れ者なのよ」
「元はといえばさ、あんたのせいでまた……」
「だから捨石のステーシーとなって」
「何よそれ」
「ジーザスクライストスッパイスターだってば。そういうと、石川ウーは百万ドルの笑顔で笑った」
 と自分で言って微笑んでいる。
「……古い」
「あ、そう。じゃ百万ボルトの瞳で……」
「それも古い。でそのスパイの成果は?」
 時夫がウーをフォローして、八人の主な敵の名を伝える。
「んで、そいつらは?」
「漂流町を襲撃して乗っ取ったわ」
「……で、その漂流町は?」
 あったのか、漂流町! それ自体が移動してるんではないだろうな。
「ていうか漂流町どこよ? あたし達の町の隣町の漂流町は!」
「西部を移動してるの。しょっちゅう変わっちゃうの」
 まじか、移動する町! 大陸移動都市?! 大自然の神秘!
「移動してるなんて……YouはShock だわ」
 予想はしていたが、本当だったとは。
「あたしさ、西部でビー玉を拾ったんだ」
 そういうとウーはポケットから七色に輝くビー玉を取り出して見せた。
「これをね、こうやって目に近づけると、虹がバーっと光って瞬間移動できるんだ。それで何処行ってたかっていうと、恋文町のグルグル公園」
「ハァッ?!」
「時夫ん家の近所の森にある底なし沼と同じなんだよ。このビー玉、時空を隔てて移動できる」
 なぜそれが西部に落ちていたのかは、石川ウーにも分からない。
「じゃ、なんでわざわざ捕まったのよ」
「だからスパイなんだってば。そんで、たまたまグルグル公園に行ったついでに、一個一個遊具を回転させて、漂流町の座標を探ってたって訳。あの公園の回転遊具、座標計算ができるのよ。それをしないと、漂流町、つまり恋文町の隣町には絶対行けないんだから」
 ウーは自分の店でバニーガールに着替えてたんだな。
「ウー、さっきは葉っぱでここに瞬間移動したんじゃなかったのか?」
 時夫は卯に訊いた。
「いいや、全然。指の中にビー玉を隠してただけ。だって、葉っぱ載っけてドローンの方が、絶対カッコ着くでしょ。でもさ、後ろ手に縛られてたからビー玉を持てなかったの。だから時夫、来てくれて助かったよ」
 「最後の一葉」の意味論は、あくまで敵の弾が当たらなかったという事に尽きるらしい。ビー玉は目に近づけないと時空を歪ます虹が発動しない。
「訳が分からないわね。じゃあ、ここは一体何なのよ。成田空港に恵瑠波蘇が出来た理由は?」
「たぶん……成田空港に来た飛行機に、テキサスのタンブルウィードの種がくっついていて、それと共に、あっちのエルパソが生えたんだと思う」
「雑草か!! エルパソはセイタカアワダチソウか!!」
 と言ってる間も、眩しすぎるぞありすのその格好。……けしからん!! ありすの二の腕でヘッドロックを喰らって死にたい。
「ここにはゲートルームはないわね。匂いがしないのよ」

 その頃、キラーミン・ガンディーノは荒野でせっせとサボテンにへのへのもへじを刻んでいた。ジャックナイフで。しばらくしてすっと立ち上がると、恵瑠波蘇の方向を見やってにやりとする。

 ガタガタ、ガタガタガタ……。
 店が揺れている。外を、突風が吹いているらしい。
 三人は外に出てみて、その光景に凍りついた。隣町があるはずの西は広大な赤茶けた大地が地平線まで広がっている。照りつける太陽の下、無数のタンブルウィードが西の地平線から押し寄せてくる。まるで津波だ。その回転する草の上に、これまた無限増殖したへのへのもへじ達が、サーカス団のように乗って迫ってきていた。
「攻めてきたぞ!」
 時夫が唸る。ありすはガトリング銃を両手で構えた。
「何だ、この数……」
 ウーも呆れる。
 ありすのガトリング銃が炸裂する。黒い下着でマシンガン。か、かっこいい。前線から順に打倒していくも、その後その後サボテンの欠片を踏み越えて、へのへのガンマンが乗ったタンブルウィードの襲撃が迫る。殺っても殺っても今度は皆殺せない歌。
「恋文町に戻りましょう」
 ありすは銃を止めた。
「このままジープで敵陣を突っ切って砂漠を抜けられないか? 漂流町まで」
 時夫はその先に待っているはずの雪絵を見据えて訴えた。
「だめよ。この数の中へ突入したら、道を見失ってしまう。踏みつぶしても踏みつぶしてもジープが壊れるし。西部は、どこまでいっても砂漠なのさ。恋文町に戻るしかない。一旦戻って態勢を立て直す」
「なんで茸だかサボテンだか、」
「サボテン」
「サボテン人間だかわかんないヒトモドキにそんなにケーカイするんだよありす。相手はへのへのもへじなんだぞ!」
「禁断地帯だからよ。別にあいつらが怖いんじゃない。……ま、無論、当面の敵はあいつらであることには変わらないけど」
 それにたかがサボテン人間とはいえ、こう数が多くては。しかしありすが戻りたがってるのは、主に服を着たいからだろう。成田山のテントに戻る暇も惜しい。
「奴らの弱点は?」
 時夫はウーに訊いた。
「奴らはお笑いが大好きだ」
「だから?」
「さっきからその腰に拳銃みたいにぶら下げてる、買ったバナナを使うのよ! バナナを食べ、皮を捨てる! するとお笑い好きの彼らは、必ずバナナの皮でコケる! さぁ食べて」
 ウーに言われたまま、時夫は慌てたように食べ、言われたとおりに目前に迫ったサボテン人間たちに皮を投げた。
「おぉ! 確かにズッコケてる!」
「裏が上になってるのもわざわざ自分でひっくりかえして!」
 それを観て他の連中は大爆笑していた。なるほど、雪の女王・白井雪絵の寒いギャグが大爆笑になってしまう訳だ。そういえば、最初に出会ったジャックとニックもよく笑っていた。西部劇の悪役はなぜか好く笑うのだ。
「今のうちに逃げろ!」
 三人はダッシュしてジープに飛び乗った。
 古城ありすは、石川うさぎと役立たずの時夫を乗せてジープで恋文町に戻っていった。
「へのへののサボテン・ヒトモドキはやられ役感たっぷりだけど、幹部格は手強いわね。特にキラーミン先生。また何か、新しい科術の武器が必要かもね」
 運転するありすは前を見たまま呟いた。
「一つ分かったのは、西部の世界の強さの基準は辛党ってことかな。この世界じゃ、辛いものが正義なのよ」
 助手席のウーが百万ドルの瞳で言う。
「そうか。連中は辛いモン食べるけど、ならこっちは甘いモンで対抗する。それも普通の甘いポップコーンじゃダメね。本格的な甘いモンじゃないと」
 ありすはこれまでもそうしていたのだが、より決定的な甘味の必要性を感じていた。
「寒い食べ物に対して、熱いものを食べさせたみたいにか?」
 後部座席の時夫が訊いた。
「そう」
「小林店長のCBA48度線さえあれば……」
 今度は甘いミュージックで真夏の炎天下から、甘い花の香りの漂う春へと世界を一片させるのに。たとえばブライアン・アダムスの「ヘブン」とか。北では、時夫も小林カツヲのベストヒットUSOを聴きまくった。80年代洋楽の価値は、やたらと深夜に洋楽を聞きたくなった中二の頃の時夫にも分かるような気がした。
「……ま、このジープもらっただけでもありがたいよね」
 しかしそこで一つ問題があった。恋文町では、白っぽい恋人や人食いバーガー、パン剣など、ありとあらゆるものに白彩系の砂糖が使われている。
「火麺団のケバブを食べたのよ。劇辛の根底に、かすかに甘みがあった。確かに、白彩の和四盆が使われている」
 甘いモノは恋文町では白彩が支配している。よく考えたら辛党のギャング連中だって地下の女王及び白彩の手の者だろう。なんか複雑に入り組んでいるが、みんな地下の女王と黒水晶の罠なのだ。それはそうと意味論が発動してしまった以上、そのルールに従って行動せねばならない……。
「それで、白彩系じゃない菓子ってぇと……?」
「駄菓子しかないわね」
 ずいぶん安上がりな結論だ。
「白彩は、若干高級志向なので駄菓子には目もくれない。そこが狙い目。ウーが、『人生で大切な事はすべて山田から教わった』とか、なんとか言ったけど、私は断言する。人生で大切なことは、すべて駄菓子から教わった!」
 ありすは微笑んだ。「『だがしかし』の枝垂(しだれ)ほたるさんとは、話が合うと思うわ!」と続ける。板チョコじゃなかったのか?
「それに、三人じゃないわよ金時君」
 昨夜コンビニで色々、駄菓子を買ってたらしい。ありすはその中でもレア駄菓子を取り出した。
「これはね、『セブンネオン』っていう駄菓子。駄菓子科術で敵に対抗する」
 ありすは時夫にそれを渡すと、指輪キャンディをペロペロッとなめた。

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