新入社員歓迎会・後編
「見ての通りワタシはこの国の人間じゃありマセン。
蒙国?シロガネさんの言葉に、ユーさんは首をひねった。
んー、蒙国も知らないと。こりゃ、かなり重症の記憶喪失みたいだ。
「マジっスか、金属の知識以外は勉強からっきしだった自分すら、蒙国の位置ぐらい分かるっスよ?」
「世界地図でも持って来たほうがいいべか?」
メッキくんとナマリさんの二人も、心配そうに口を開く。
「――その必要はないわよ」
工場長が、ピシャリと言い放つ。静かだが冷たい口調で。
「ユーちゃん、ロシアという国名に心当たりはある?それとモンゴル」
ああそれなら、とユーさんはうなづいたが……え、ちょ、ちょっと待って。
「工場長、それって異世界時代劇の……」
驚愕するボクと、異世界時代劇という単語に再び首をかしげるユーさん。
「あのねユーさん。
今工場長が言った国名は、物語の中だけに存在する”架空”の地名なんだ」
そうボクが解説するが、
「でも、ユーちゃんにとっては
真っ向から工場長が反論する。
「どういう、ことですか?」
訳が分からないよ。
「それじゃユーちゃん。試しに貴方がいるこの国の名前を言ってみなさいな」
そこでユーさんは、日本、という単語を口にした。
「おいおい、そりゃずいぶん昔の呼び名だぞ?今のこの国は
銀さんも驚いたように口を開く。ユー自身も、聞き覚えのない国名に驚きを隠せない。
いや、その会話の流れにボクが一番びっくりだよ!え、どういう事?
「あとユーちゃん、貴方の記憶では奴隷制度はどうなってる?」
「工場長っ、それシロガネさんの前で言う話題じゃ……」
工場長の言葉をスズちゃんが遮ろうとする。蒙国出身の白人にとって、奴隷の事は繊細な問題なのだ、が。
「大丈夫すずチャン、ワタシには古い歴史の話ネ。それに」
シロガネはニンマリと笑い、なおもこう言う。
「もうワタシには、工場長のやりたい事が読めマシタ」
「おっ、流石は銀さんに次ぐベテラン社員」
工場長はそう言うと、親指を立てた。いや、ボクにはさっぱり工場長の意図が読めない。
でもユーさんの正体は、うん、何となく分かってきた気が……いや、それが本当だとは信じがたいが。
「さて質問の続きよユーちゃん?貴方が”知っている歴史”を正確に話して頂戴」
工場長に言われるままに、ユーさんは自分が知っている”奴隷にまつわる歴史”を話した。
それはヨーロッパ諸国が大航海時代で他国を侵略し、アフリカや南米、アジアの一部が植民地化され奴隷となり、日本も苦戦した歴史……
話し終わると、その場にいた一同はボクも含めポカンとした表情を浮かべた。
何か、おかしな事を言っただろうか?とユーさんは平然とした様子で、その話の異常さに気づいてない。
「ちなみにユーちゃんね、”この世界”ではアジアとヨーロッパの立場が逆転してて、
アメリカ大陸は日本が発見し、その他多くの国が日本やアジア各国に支配される。
ロシアのあった地方一帯はモンゴル族の一派に占領されて蒙国と言う名前になる。それが、シロガネさんの母国」
淡々と話す工場長だが、ユーを含めその場にいた他の人間は驚きのあまり誰一人言葉を発することが出来ず、時間ごと固まった。
「そのとおりデス。
そしてユー、”異世界”へ
シロガネさんが蒙国の言葉で歓迎したのを切っ掛けに、漸く止まった時間が動き出した。
「いっ……い、異世界人っスかぁ!?」
「すごいべユーさん!改めて惚れ直しただべ!!」
「あわわわわわ……」
「こりゃ鋼谷の奴がいなくて正解だったわい!今の話を聞いたら発狂しかねん」
かくしてその場はしばらくの間、大混乱となった。
いや、えぇっ??
異世界とか物語の中だけだと……思ってたのに……えっ、本当に?
うん、多分この中で一番混乱したのはボクだったと思う。
↑ ↓ ↑ ↓
さてここから先は、後で聞いた話。
騒動が一段落した後、ユーさんは銀さんに男子寮に案内された。
と言ってもその住民は寮長である銀さんとメッキの二人だけで、ユーさんが三人目になるのだが。
「しかし異世界から来たとはビックリっスね。未だに信じられないスけど」
「じゃが”秘密兵器を拾った”と興奮気味に連絡してきた工場長の言葉が今なら理解できる。
使いようによっては益にも爆弾にもなりかねない代物だぞ、お前さんは」
ユーさんに対して、二人がそう声をかけ、そんな二人に、よろしくおねがいしますとユーは頭を下げた。
一方、そんな静かな雰囲気の男子寮とは打って変わって、女子寮はまだ興奮冷めやらぬ様相であった。
寮の住人は自宅から通っているボクを除く、ナマリさん、スズちゃん、シロガネさん、そして寮母でもある工場長の4名になるのだが。
「じゃあ、スズちゃん。明日から製造部門を手伝ってもらうから」
「ちょちょちょちょ、何でそうなるんですか工場長っ!」
「あら、個人的趣味ももちろんあるけど、従業員を時々入れ替えて様子を見るってのは前から考えていた事よ?誰かが休みになった時に困らないように」
「意図は分からなくもないですけどっ、それ絶対、個人的趣味の方が大きいですよねっ?」
工場長の言葉に、スズさんは頬を膨らませた。
「ちなみにユーさんは、どこの部署に配置になるんだべか?」
「あらあら、本当にナマリちゃんはユーちゃんにゾッコンなのね?」
「んー。なんつーか、一目惚れ?運命の人ってのはこういう感じだと思うべさ」
「まあ、彼はとりあえず総務、猫使いの部署に置く予定だけど……自分の心配はしなくて良いの?」
「……どういう、ことだべか?」
工場長の言葉に、ナマリさんは目を丸くする。
「スズちゃんを製造に持ってくる代わりに、ナマリちゃんは倉庫担当をお願いするつもりなんだけど?」
「ぐぁっ!たっ、確かに人手不足の我が社ならそうなるべな」
「ナマリさんなら大丈夫ですよっ。私でも務まってるくらいですからっ」
「まぁ、倉庫の鍵を閉め忘れる人よりは仕事できそうだべ」
「うぐっ……せっかく今まで忘れてたのにっ」
ナマリさんを慰めようとしたスズちゃんだったが、逆に藪蛇をつついた格好になった。
「ああ、その件だけどスズちゃん」
工場長が、声のトーンを落としてそう告げる。
「どうも、鍵の件は貴方のミスじゃなさそうよ?」
「どう言うことですか?工場長っ」
「倉庫内に侵入させる所まで含めての今回の犯行、ってこと」