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秘鎌・大勾月

「よーし!あのスケ番はもう雁字搦(がんじがら)めだ!関節が極まって、勝負はついたぜ!」
「快勝やー!」
「響くん、すごーい!」
 響が板額の元へと、重硬で滑らかな音を立てながら、スケート靴で砕けた氷上を踏み歩く。
「最後の種明しです」
「ぬぬぬ」
「あの気体の正体。ぼくは、細片と粉として散布したガーネットのコットンムートン効果で増幅させた、光の複屈折を起こしていました。ガーネットの宝石としての特徴を活かして、この場に豊富に舞っている、花びらと氷片に錯視させていたというわけです」
「ふっ、響の野郎、薄氷の戦いと思わせつつ、端から盤石だったって訳か」
 響が板額に顔を寄せて囁く。
「ぼくと貴女との関係性だと、頚動脈を切るべきところですが、これは喧嘩」
 板額が、響の視線から逸れた聖鎌に、尚も手を伸ばす。
 響は忍者刀の峰で、板額の聖鎌を弾き飛ばす。
「女の命を頂いて、終わりとしましょう」
 響が忍者刀で、板額の横髪を一房(ひとふさ)切り取って風に蒔くと、南淡高校の番格達がスケートリンクの塀を越え始めた。
「いてまえーっ!」
 周が腕捲りをしながら、スケートリンクの塀を飛び越える。
「おうおう、面白えな、やろうってのか!」
「シュウ!やってまえ!」
「そこまで!」
 両陣営の間に、小柄な生徒が歩み寄りながら、大喝する。
「双方とも、この場に潔さを残して解散!」
「誰だてめえは!」
 小柄な生徒の濡れそぼった細い短髪が、凛とした人相だが子供の様な可愛らしい顔に、撓(たわ)み曲がりして張り付いている。
(蒸れた強い塩素の匂い。(たすき)掛けのビニール巾着袋。室内プール帰りか?)
(きちんと持って帰ってる)
(なんやら結締(けじめ)が利いてるニイちゃんやな)
 繊細な二重瞼、薄っすらと陰を落とすとも柔らかく光を透かすとも言い及び難く人心を揺らし惑わす黒く艶やかな長い睫毛、柔らかく膨らんだ張りのある頬を誇りながら、小柄な生徒がスケートリンクの中央に立つ。
「南淡高校、生徒会役員、(たいらの)敦盛(あつもり)。勝負は決した。この場は双方退()くべし」
「あーん?生徒会さんが喧嘩の仲裁だあ?可愛い顔してるがよ、番格がそんなの聞いて、はい分かりましたって言って帰るとでも思ってんのか?」
(すさ)んだ心に一曲、(つかまつ)ろうか」
 敦盛が細指で小さな横笛を取り出すと、南淡高校の番格達が強面(こわもて)に戦慄の表情を浮かべてたじろいだ。
「城も、それで納得だな」
「?」
「そもそも、これは試合形式の戦いのはず。当校生徒会管理のスケートリンクを用いているからには、他校の生徒も規則を遵守すべし」
「はー。何だかよ、笛なんか出されてよ、あいつらも、お前に(ひる)んぢまってるし、(しら)けちまったぜ」
「それでは」
 周が敦盛を睨んで笑う。
「次やるのは、お前とだな」
(えっ?そんな強いの、あの笛の()ん)
(響くんも、何だかんだで強かったしね)
「『タイマン』でも結構」
「はっ!役員つってもよ、会長連れてこいよ、まどろっこしいぜ?」
 敦盛が眉先をしかめる。
「さあ生徒諸君、下校の時間だ!」


「のうー」
「ああ?」
夕餉(ゆうげ)はまだかのう」
「煮えるまで待て!」
 周は、鍋の鶏肉おじやが仕上がるまでと、数学の予習をしている。
(方程式と函数、二次曲線、線形代数。数学と音楽の相性は抜群。統計で社会を自家薬籠中に。搬送波に和音、フーリエ解析等役立つ事が一杯。楽しく数学で頑張ろう!だってよ、このプリント。なんだ、ご丁寧に音楽の基礎理論とかも書いてあるぞ。完全に趣味だろ、これ)
「煮えてきたのじゃ!」
「おーし。溶き卵を流したぞ。さあ食え」
(鶏肉おじや。肉は天草大王。卵は蘭王。見ていた通り、昆布だし以外の調味料一切抜きだぜ)
「塩くらいは欲しいのう」
「そのまま食え」
「これでは素っ気ばかりなのじゃ!」
「いいんだよ、食え!」
「熱いのじゃ!」
「吹いて食え!」
 周が、きよが持つ蓮華の上のおじやを息で吹く。きよも合わせて吹き冷まして、おじやを口に含む。
「ほふーう」
 周は、きよが視線の仰角を上げる様を見て、半笑いする。
(その通り。お前は今、『虚無』を味わっている!溶き卵がとどめだぜ。厳選された全ての素材。昆布は沁み、肉は旨味豊かに、脂は甘く、淡白な米と並列していた!そこにそれ自体が甘みを持つ生の卵の濃厚なまろやかさ!シンプルは最高のソース!というわけだ!ははははは!さあ食え!濃厚にして虚無!あたかもそれは天地創造。虚空に輝く離れ離れの星々が一つの感動をもたらす様に、虚無の中に今お前は自ら美味を導き出している!お前だけが知る、お前だけの美味。畜生、どんな旨い思いをしていやがるんだかだな!)
 きよが幼指を曲げて空に食い込ませながら、口を閉ざしたまま鼻から吐息を漏らす。
「ふまひのろお〜」
「おう、沢山食えよ。鍋一杯あるからな。ちょっと待て」
 周は携帯通信端末の呼び出しに応えて、食卓から中座する。
(周くん!)
「!?野郎おー!待ってろ!」
 周が猛然と車庫へ走り出す。
「どこに行くのじゃ!」
「全部食ってろ!」
「全部じゃと!」
 きよは(すく)い取ったおじやを急ぎ食べ進もうとするが、蓮華の端を噛むに留まる。
「はちはち…時間がかかるのじゃー!」
 

 響は、夜の摩天楼から飛び降りながら体をひねり返して、敵の単車へ寸鉄を投擲し、再度地上へ向いて、風を受けながら斜めに落下して行く。響は、操舵を乱された単車群が、軌跡を絡ませながら相互に衝突する様子を目端に捉える。
 周の単車・赤鸞(せきらん)が、響の傍に現れる。
「周くん!」
「乗れ!教えろ!」
「今、ぼくらを襲撃しているのは、南淡高校の番格達!」
「よし!」
「あ、それと」
 響が口笛を強く長鳴させる。
『昭和』とナンバープレートに書かれた、白地に赤い模様の単車が響の足下に滑り込む。
「ぼくの単車、『飛竜』さ!」
勢い余った『飛竜』が、周に後尾部を露呈する。
(昭和48 ひ 26-33?そんな地名どっかにあったか?車体にはでかい水平両翼、それに付いたロケットエンジンっぼい部品)
「派手だな!」
「変形もするよ!」
「後で見せろ!」
「周くん!空中戦では敵の上と後ろを取るんだ!」
「分かってらあ!」
「うあっ!」
「ぬおおりゃっ!」
秘鎌(ひれん)大勾月(おおまがつき)!」
 周と響の単車を一絡(ひとから)げに両断すべく、『建仁』ナンバーの単車を駆る板額の、巨大な三連鎌が虚空を光らせながら振り下ろされた。

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