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忌まれる、理由は


「シュライト、私はな、生まれたその瞬間から、陛下にも妃殿下にも忌まれているのだ」
「……殿下?」
「生まれた私の両目を見た瞬間、妃殿下は狂乱されたそうだ」

 淡々と、あくまでも事実を語るだけと言う言葉で紡がれるのは、あまりにも残酷な現実だ。けれど、それを口にするイグジリスは何も気にしていなかった。彼にとってそれは、当たり前のことでしかない。その話を聞かされているシュライトの方が、胸を抉られるほどの痛みを感じてしまう。何故、と。何故世界は、この美しく悲しい王太子に、どこまでも残酷なのだろうか、と。
 生まれたそのときに、既に忌まれる運命が定められていたのだと、イグジリスは語る。その顔に感情は浮かばず、手慰みの戯れとして、雑談の一つとして口にしているというのが、良く解った。解るからこそ、シュライトはただ、返答も出来ずに静かに、言葉の続きを待つしか無い。何を言うことも出来なかった。それらは、全て、部外者であるシュライトに関与できることではないのだ。イグジリスと国王夫妻の間にある溝は、彼が生まれてから20年に及ぼうという歳月の間に、修復不可能なほどに巨大化していた。
 だが、シュライトは誤解していた。始まりが何であれ、その溝は、最初はそこまで巨大ではなかったのではないか、と。けれど現実は、違う。生まれたそのときに、イグジリスは存在を否定された。成長するにつれて彼の異質性は際立ち、国王夫妻との間にあるのは義務と義理で成り立つ関係だけになった。溝は確かに広がったが、その大きさは当初のものからそれほど巨大化したわけではないというのが、事実であった。

「いつ頃だったか。何故そこまで陛下や妃殿下に厭われるのか理由が知りたくなってな。古い文献やら何やらを紐解いたことがある」
「……」
「そうして私が辿り着いた答えは、この目が、この色が、魔物を示すのだということだ」
「……魔物、でございますか」
「魔性とでも呼ぶべきか。とにかく、人ではない何かとして忌まれた存在と、私の目は同じ色をしていたのだよ」

 淡々と、やはりあくまでも事実を語るだけというイグジリスの言葉に、シュライトは静かに問い返した。魔物など、この世界に存在しない。魔性の女などという表現は存在すれど、イグジリスが口にしているのは、お伽噺の類に出てくるような空想上の存在についてだと思えた。
 そんなものと?と言いたげなシュライトに気づいたのだろう。イグジリスは生真面目な騎士を見て、小さく、笑った。子供のように無邪気に、殉教者のように透明に。今にも消えそうなほどに、儚い笑みだった。

「建国神話だ、シュライト。この地を治めた初代国王は、民を苦しめる悪逆の主を殺して玉座についた」
「……存じております」
「その悪逆の主、我が国以前にこの国を治めていた国の王の目は、私と同じように、赤目と黒目であったらしい」
「……それ、は」
「ただでさえ珍しい色違いの両目というだけでも異質だというのにな。民草に伝わるお伽噺ではそこまで詳しくは記されていないようだが。彼の王は、流した民の血の分だけ赤い目をし、築いた屍を焼いた土の色と同じだけの黒い目をしていたそうだ」

 そこまで告げて、どこか楽しそうに、謳うように告げて、そして、イグジリスは視線を己の手に戻した。色の白い肌。細い指。病弱ゆえに華奢な体躯の己のそれが、骨格から見れば母である王妃のそれに良く似ていることを、イグジリスは知っていた。遠目に眺めることしかない母であるが、肖像画などを見ても、彼の美貌は母から受け継いだものが多い。王家の貴色である白金の髪や、(まなじり)の鋭さ、鼻筋などは父に似ている。だが、全体の印象はどちらかと言えば母親似だ。
 そして、似ているからこそ、彼は両親から忌まれることとなった。間違いなく自分たちの血を引く子供だと解っていながら、その目は建国神話の忌まれた王のそれと同じ。呪いか何かか、或いは彼の王の生まれ変わりかと、事情を知る人々は彼を恐れた。それほどに彼の王は悪逆で、恐れるべき存在で、人以外の何かのようであったと伝わっている。……奇しくも、人形めいた美貌というところまで、共通していた。
 それらはいずれも、ただの偶然だ。
 偶然でしかない。生まれ変わりなどと馬鹿馬鹿しい話だった。イグジリスは間違いなく国王と王妃の血を引く、この国の王太子である。だが、その目は呪いのように彼の存在を受け入れさせることを阻む。魔物を生んだのかと精神を病みかけた王妃も、呪いの形代かと我が子を赤子のうちの殺そうとした国王も、そのような感情を向けられて育つ子供が、普通に育てるわけが無いのだという事実を、理解していなかった。
 この美しく悲しい、人から乖離しているような美貌の王太子を作り上げたのは、紛れもなく国王夫妻だった。最も身近にいるはずの、最も愛情を注いで貰うべき筈の両親から忌まれたイグジリスは、己を護るために必死に足掻き、今の己を手に入れた。彼に罪はあるまい。ただ、不運であった。あまりにも、不運だったのだ。誰もが。

「理由を知ってしまうとな。妃殿下を責めることもできんと思った」
「そのようなことは」
「待望の王子と思ったものが、魔物の片鱗を宿していたのだ。愛せという方が、無理であろう」
「……殿下」

 これが、いっそ自虐か何かであれば良かったのだ、とシュライトは思う。イグジリスはいつだって、事実を告げているだけなのだ。己を傷つけている自覚もない。また、傷つくこともない。それらは彼にとって当たり前であり、傷つくという意味が解らずにいる。
 ……それほどに、彼を取り巻く世界は冷たく、彼が抱えた孤独は、深い。

「だからな」
「……何か?」
「……だから、お前に話しておこうと思った。私に優しいお前に、私の忌まれる理由を、きちんと話しておくべきだとな」
「……そのようなもの、私には不必要です」
「シュライト?」

 知らず、怒ったような口調になってしまった己に、シュライトはハッとした。イグジリスはただ、シュライトに誠実であろうとしたのだろう。自分が抱えてきたものを、そっと包み隠さず見せようとしてくれただけにすぎない。けれどシュライトは、そんなものはいらないと、そう、思った。誰かが決めた理由も、誰かが彼に向ける感情も、関係がなかったのだ。
 シュライトにとって大切なのは、この美しい主が、そこにいてくれることであり、自分が側にいることを許してくれることだけだったのだから。

「私には、他者の理由など、いりません。ただ、私が、殿下のお側にいさせていただきたいと思うだけです」
「……シュライト」
「それだけなのです、殿下」

 静かに告げるシュライトに、イグジリスは目を見張り、そして、すぐにその目を伏せた。そうか、と呟かれた声は小さかったが、確かに騎士の耳に届いた。常に凍えるような世界で生きてきた王太子は、幼少時から傍らに在った温もりに、ありがとうと、泣きそうな声で、告げるのだった。


 人の子として生まれながら、魔物と呼ばれる哀れな王太子。いっそ本当に魔物であれば、傷つくことも無かっただろう。だが彼は人であるからこそ、傍らの騎士の優しさに救われる。ただ、それだけに。
 

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