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第6話 針

 イザベルは地下室の中を必死に這い回っていた。今は全身傷だらけだ。ある地点に行けば風の刃が飛んできて、またある地点では頭の上に大量のボールが落ちて来る。おまけにそのたびに憎たらしい高笑いが聞こえてくるのだ。

「デイヴィスったら馬鹿にして……」

 ひとりごちる。そうして疲れを感じ、少しだけ休憩をしていると、手を縛っていたロープがひとりでに解けた。どうやら解けるポイントにいたらしい。

ほっとすると同時に、わざとらしい拍手の音が聞こえる。この男はどこまでもイザベルを馬鹿にするつもりらしい。

『ほどけたようだね。おめでとう、レディ・イザベル。では……』

 声が低くなる。

『第二弾と行きましょうか!』

 その声が聞こえるがいなや、大量のナイフがイザベルめがけて飛んで来た。慌てて転がりそれをよける。手の戒めがなくなったので手加減を緩めたのだろう。

『ああ! 本当に無様だなぁ。楽しいよ』

 デイヴィスはノリノリだが、イザベルは全然楽しくない。とにかく次は鍵を探さなければいけない。

『ほら、油断しちゃ駄目だよ』

 だというのに、デイヴィスの攻撃は止まらない。何度も何度もたっぷりと魔術攻撃を浴びて、イザベルはついに倒れ込んだ。

 邪悪だとわかる笑い声が振って来る。

『力つきたようだな。残念。まだいっぱい攻撃は残ってるのに。ほら、立ち上がってみろよ』

 声に嘲笑われ、イザベルは唇を噛んだ。

「卑怯者……」

 ついつぶやく。間違いなく本人には届いていない。

『絶望しているかな? 怒っているかな? 今のそのお顔を見れないのが残念だよ』

 ふわりと何かがイザベルを包む。体が全く動かせなくなってしまった。

『あの時、俺の提案にうなずいておけばよかったって思うだろう? そうすれば今頃は俺の仲間として楽しい生活を送ってたのに』

 イザベルでも分かるくらいむせかえるような濃い魔力に包まれる。

『今度こそ絶望したかな? ふふ、いい子だね』

 優しく頬をなでる感触がする。 頭がぼうっとしてきた。

『ではさようなら』

 その言葉と同時に体を切り裂かれそうな衝撃が襲って来る。苦しいとか、辛い、とかそういう次元ではない。

 デイヴィスはこの魔術で本当にイザベルを殺そうとしているのだ。先ほどまで聞こえた嘲笑の声も聞こえないのがその証拠だ。もっともイザベルがそれに気づいたのは回想時だったが。

 デイヴィスの攻撃が自分の魔力に触れたのがわかった。イザベルの魔力まで使って彼女を破壊し尽くすらしい。

 このままでは本当に殺されてしまう。

 嫌だ! と思った瞬間、イザベルの中で何かが弾ける感覚がした。

 そうして彼女の意識は途切れた。


****

 次に目を覚ましたとき、イザベルが見たのはぼろぼろになった部屋と壊された扉だった。

 何が起きたのだろう。確か自分はデイヴィスに殺されそうになっていたはずだ。

 それでも扉が開いた——というか吹っ飛んだ——のはわかった。魔術の効力が切れたのか頭もはっきりする。イザベルはほっと息をついた。体調もそこまで悪くない。怪我はしたままだが、死にそうになった事に比べれば大した事はない。

 だが、ふとドアの所に目を向けると、ドアの破片がゆっくりくっついてゆくのが見える。イザベルは慌てて階段を駆け上がり、外に転がり出た。そのイザベルの前で扉は元の姿に戻っていく。危うくまた閉じ込められる所だった。きっと自動修復の術を常にかけているのだろう。用意周到な男だ、と悪態をつく。

 一階は無人だ。どうやらデイヴィスはまだ帰ってきていないらしい。

 何故か床の一部分がぽっかり空いているの見えた。これも罠だったらどうしようと思い、おそるおそる手をかざしてみる。途端に視界が暗転し、気がつくと見慣れた景色の中で座り込んでいた。ディアブリーノとして細道なども知ったからこそわかる。ここはティーズベリーの貴族街の端っこあたりだ。つまりあれはデイヴィスが帰還に使うための転移術の着地点だったのだろう。思わぬ幸運にイザベルは歓喜した。

「見てなさい、デイビッド。やっぱり最後に笑うのは……」
「誰だって?」

 頭上から冷たい声が振って来る。聞き覚えのある声だ。イザベルはおそるおそる後ろを振り向いた。

 思わず顔が引きつるのがわかる。そこにいたのは怒気を隠しもしていない大泥棒の姿だった。

「まったく。悪運の強い小娘が」
「デ、デイビッド? どうしてここに?」

 ついびくびくしてしまったのは無理もないだろう。

「何だ、その言い草は? お前が勝手に、この俺様がせっかく開いた帰還の陣を使ったんだろうが」

 イザベルにしか聞こえないような声で説明してくれる。やはりあれは移動の魔法陣の着地点だったらしい。

「それより、お前のターゲットはこれだろ?」

 目の前にトルコ石のブレスレットが掲げられる。反射的に手を伸ばすと、さっと引っ込められる。おまけに楽しそうに笑っている。イザベルをからかって溜飲を下げるつもりらしい。

 思い切り遊ばれている。

 しばらくしてデイビッドの顔から余裕の笑みが消える。思い切り舌打ちをされた。何が起きたのだろうと不思議に思っていると、視界にスティーブンの姿が見えた。つまりイザベルのせいでデイビッドは逃げそびれたのだろう。

「しょうがねえな。お前を助けるのは不本意だが仕方ない。少し我慢しろ」

 イザベルの耳元にそうささやき、さっさと掴まれる。

 そこにスティーブンが何かを手に持ってゆっくりと近づいて来た。どこか焦っているように見える。

 彼の手に持ってるものに気づきはっとする。針だ。ただの針ではない。あれにはきっと強力な毒が塗ってあるに違いない。スティーブンが手を振りかぶった。投げる気だ。

 そう気づくがはやいか体と口が動く。

「危ない!」

 イザベルはとっさに体をひねる。すぐに首に痛みが走った。針はイザベルに当たったのだろう。

 デイビッドが何かを叫んでいるが、何を言っているのか分からない。そこでイザベルの意識はまた途切れた。

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