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風の国

1

城の中を風夜について歩いていくと、大きな扉とその脇に控える兵士の姿が見えてきた。
風夜に気付いた兵士達が頭を下げ、それに手を上げて返した風夜が振り返る。
「此処が謁見の間だ。説明は俺がするから、聞かれたことに答えてくれ」
「うん、わかった」
「じゃあ、入るぞ」
風夜が言って、重そうな扉を開く。
中に入ると、正面に王なのだろう男性が座り、その横に青年と一つ椅子を開けて少女が座っていた。
青年から鋭い視線を向けられ、居心地の悪さを感じながら、王達の近くへ行く。
風夜に視線で止まるよう伝えられ、花音が足を止めると、彼は王に近付き何かを伝える。
それが終わると本来彼がいるのだろう空いている椅子ではなく、花音の隣に戻ってきてくれた。
そこで花音を観察するように見ていた王が口を開いた。
「花音といったか?君は、光の一族の話を聞いたことはあるか?」
「光の一族?いえ、ありません」
聞いたことがないと花音は首を横に振ると、王は難しい表情をして、花音のペンダントを指した。
「そうか。だが、光の一族に関係ない者が、そのペンダントを持っている筈がないのだ。そのペンダントからは、光の一族の力を感じるからな」
「えっ?」
王の言葉に花音はペンダントを見付けた時のことを思い出した。
花音がペンダントを見付けたのは、元の世界の両親の部屋だ。
だが、元の世界にそんな一族はない。
それにペンダントの力でこの世界に来たことを考えると、両親は、そして自分はこの世界の人間ということになる。
そうなると、何故この世界ではない世界で自分達は暮らしているのか、自分にこの世界の記憶が全くないのか、両親が全く話をしなかったのか。
わからないことだらけで、正直混乱しそうだった。
それがわかったのか、横にいた風夜が口を開いた。
「父上」
「何だ?」
「花音はまだこの世界に来たばかりで、混乱しているようです。彼女が光の一族かどうか、結論を急ぐことはないかと」
「ふむ」
「だが、風夜。奴等は段々と勢力を増してきている。そいつが光の一族なら、早めに力を取り戻してもらわなければ」
思案するように黙った王の横にいた青年がそう口を開いた。
「ですが、無理に力を目覚めさせることもないでしょう、兄上。彼女はまだこの世界に来たばかりで、何も知らない。まずはこの世界を知り、慣れるところからです。それにまだ、奴等は俺達で抑えられる」
「確かにまだどうにか出来ているようだが、これからも勢力が増す可能性もあるんだぞ」
「その時はその時ですよ」
「あ、あの」
風夜と青年の間だけで交わされる会話に花音は思わず口を挟んだ。
「その奴等というのは、何なんですか?」
「それは」
「花音、今日はもういい。その話は、また今度だ」
青年が言おうとしたのを遮り、風夜が言う。
その瞬間、青年が風夜を鋭く睨んだが、王が立ち上がったことで何も言わなかった。
「いいだろう。花音、城の中に部屋を用意するから、今日は休みなさい」
「は、はい」
「風夜、案内しなさい。空夜、お前は他国に連絡するように」
王はそう言って、謁見の間を出ていく。それを見て、花音は息をはいた。
緊張が解けて、疲れが押し寄せてくる。その時、前に誰かが立った。
「おい」
「は、はい」
不機嫌そうな声音に、花音は思わず背筋を伸ばす。
声を掛けてきたのは、先程まで王の隣にいた空夜と呼ばれた青年だった。
「お前が光の一族でないなら、邪魔なだけだ。さっさと元の世界へ帰れ」
「兄上!」
空夜の言葉に風夜が声を上げる。花音は風夜が何かを続けようとするのを止めるように首を振ってから、空夜に頭を下げた。
それを見た風夜は溜め息をつき、空夜は花音を冷たく一瞥して立ち去っていく。
(私だって、来たくて来たわけじゃないのに……)
顔を俯かせていると、今度は誰かに服の袖を引っ張られる。
視線を動かすとニコニコと笑みを浮かべている幼い少女の姿があった。
「ねえねえ、お姉ちゃん」
「えっ?」
「お姉ちゃんがいた世界ってどんなところ?やっぱり、この世界とは違うの?」
誰かわからない少女に急に聞かれ、困ったように風夜を見る。すると、彼は軽く少女の頭を叩いた。
「こら、まずは自己紹介だろ!」
「あ、そうだった!ごめんなさい!私はこの国の皇女、風華です。宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくね」
笑顔を向けてくる風華に、花音も笑みを返す。
「風華、今から花音を部屋に案内するから、話は行ってからにしたらどうだ」
「はーい」
二人の様子を見ていた風夜が言った言葉に、風華が元気よく返事をする。
そして花音は、二人の案内で部屋へと向かった。
2
「ふわああぁ」
次の日、今までは考えられない広いベッドの上で、花音は大きく身体を伸ばした。
昨日は風夜に部屋へ案内してもらってから、風華に色々なことを聞かれ、答えている内に時間が経ち、彼女と別れてからすぐ眠ってしまった。
色々と混乱していたし、疲れてもいた為、ゆっくりと見ることもなかった部屋を見回す。
広い部屋には、何もかも高そうな物が置いてあり、落ち着かない。
(やっぱり、夢じゃないんだ)
そう思った時、部屋の扉が叩かれた。
「どうぞ」
「失礼します」
声がして一人の少女が入ってくる。彼女は花音と目が合うと、頭を下げた。
「今日から花音様の身の回りの御世話をすることになりました、聖と申します」
「えっ?身の回りの御世話って」
「王からの命令で、貴女の専属になったんです」
「そ、そんな!私は自分のことは自分でするよ」
「そう言われましても」
聖と名乗った少女に花音が慌てて言うと、困ったように返してくる。
「私は御世話係より、友達になってほしいな」
「友達……ですか?」
呟いた聖に、花音は笑みを浮かべて頷いた。
「うん!私、この世界に来たばかりでしょ?だから、知り合いとかいないの。風夜や風華ちゃんにばかり頼るのめ悪いしね」
「……わかりました」
少し考えるようにして頷いた聖が部屋の時計を見る。
「そろそろ朝食になりますね。ご案内します」
聖に言われ、花音は部屋を出る。歩き出したところで、後から誰かの軽い足音が聞こえ、衝撃を感じた。
「花音ちゃん、おはよう!」
「風華ちゃん!?」
後ろから抱き付いてきたのは風華で、何か嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
「おはようございます、風華様」
「聖もおはよう」
クスリと笑いながら挨拶した聖に、花音に抱きついたまま風華が返す。
「風華様はすっかり花音様のことが気にいったみたいですね」
「うん!ね、花音ちゃん、一緒にご飯食べよっ」
そう言って、今度は前に回り、手を引っ張る。
「食堂への案内は、任せてよさそうですね。……では私は一度失礼します」
「聖、また後でねー」
頭を下げ、離れていく聖に風華が手を振る。
彼女の姿が見えなくなったところで、風華は花音の手を引っ張ったまま歩き出した。
風華と共に花音が食堂へ入ると、そこには既に空夜の姿があった。
彼も二人に気付いたらしく席を立ち、近付いてくる。
花音は昨日の冷たい態度を思いだし、逃げ出したくなったが、大丈夫だというように風華に笑みを向けられ、空夜を見る。
彼は少し気まずそうに口を開いた。
「昨日はすまなかった。君も混乱していたのに、あんな態度をとって、本当にすまない」
反省したような態度で話し掛けられ、戸惑いながらも気にしてないと伝えるように首を振ると、彼は僅かに笑みを浮かべる。
だが、再び開かれた扉から風夜が入ってくるのが見えたと同時に、笑みは消えた。
花音達に気付いた風夜が近付いてくるのと入れ替わるかのように空夜は離れていく。
「花音、昨日はよく眠れたか?」
「う、うん」
「そうか、よかった」
風夜の方も避けるように離れていった空夜に気付いていたはずなのに、気にしてないといった雰囲気で話し掛けてきた。
空夜の方を見れば、風夜の姿を見たくないとばかりに視線を逸らしている。
そこから風華へと視線を移すと、彼女は少し複雑そうな表情をしていたが、花音の視線に気付くと明るく声を上げた。
「風兄様、今日、私と出掛ける約束覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。……そうだ。花音、お前も行かないか?」
「えっ?」
「この世界に慣れる為にも、色んなところに行った方がいいだろう」
「そうだよ!花音ちゃんも一緒に行こう!」
急な誘いに驚いていると、風華が賛成するように、更に明るく言う。
「風兄様と私が見付けた秘密の場所だけど、花音ちゃんにも教えてあげる!きっと気に入るよ」
笑みを浮かべる風華に、断っては彼女を悲しませるような気がして、花音は頷く。
「出発は朝食後だよ!」
嬉しそうに言う風華に、行くことを断らなくてよかったと思いつつ、花音も笑みを返した。

3
朝食後、部屋へ戻った花音は、動きやすそうな服に着替えていた。
選んだ服はデザインこそシンプルだったが、素材は良いものらしく、高級感があり、溜め息が出る。
ふと時計を見ると、服を選ぶのに時間が掛かっていたらしく、三十分近く経っている。
風夜と風華が待っているのを思い出し、慌てて部屋を出ると、ちょうど前から歩いてきた聖と会った。
「お出かけですか?」
「うん。風夜と風華ちゃんとちょっとね」
「そうですか。お気をつけて、行ってきてください」
「行ってきます」
聖と別れ、二人が待っている城の外へ来ると、彼等は二頭の竜を連れていた。
「花音ちゃん、遅いよー」
気付いた風華が頬を膨らませる。
「ごめんね。それで、えっと……」
謝り、困ったように二頭の竜を見る。
「やっぱり、乗るんだよね?」
「心配しなくても、お前は俺が乗せていく。風華は一人で乗れるからな」
「本当なら私が花音ちゃんを乗せてあげたいけど、まだ他の人を乗せるほど慣れてないの。だから、風兄様で我慢してね」
「おい、風華!何だよ、我慢って」
風華の言葉に、風夜が言い返す。それを見て、花音はクスリと笑いながら風夜を見た。
「それじゃ、宜しくね」
「ああ」
頷いて竜に飛び乗った風夜に手を借りて竜の背に乗ると、二人を乗せた竜は上空へと飛び立った。
城を出発してから、約十分。竜が下降したのは、綺麗な湖の近くだった。
「綺麗……」
「でしょ?風兄様と私の秘密の場所なんだよ。空兄様や風兄様の親友である火焔様も知らないんだから」
「火焔?」
「隣国、火の国の皇子だよ。花音も近いうちに会うことになると思う」
聞き覚えのない名に花音が首を傾げていると、近くの岩に腰を下ろしていた風夜が答える。
「風兄様、向こうの方見てくるね」
「ああ、気をつけろよ」
「うん」
頷き、風華が走っていく。それを見ながら、花音は風夜とは別の岩に座った。
「ねえ」
「ん?」
静かに湖を見つめている風夜に、少し気になることがあって声を掛ける。
「風夜って、空夜さんと仲が悪いの?」
「そう見えるか?」
それに小さく頷くと、風夜は寂しげに笑った。
「幼かった頃は、そんなことなかったんだけどな。王位継承権のことで、兄上派と俺派に分かれていて、いつからか俺と兄上の仲も悪くなってた」
「そっか……」
花音にはそれしか返せなかった。
王位継承権のことは花音が口出しすることじゃない。風夜と空夜二人の問題であり、二人が解決しなくてはいけないものだった。
「花音ちゃん!」
暗い雰囲気になってしまったところで、風華の明るい声が聞こえてくる。
「向けてくるに綺麗なお花が咲いてたんだ。花音ちゃんも見に行こう」
ニコニコと笑いながら、風華が駆け寄ってくる。
それを見て花音が立ち上がった時、風夜が短く制止の声を上げた。
「待て」
「えっ?」
岩から立ち上がった風夜が腰に差した剣の柄に手を掛ける。
先程は笑みを浮かべていた風華も、今は笑みを引っ込め、辺りを警戒するように見回していた。
二人の雰囲気が変わり、空気が張りつめる。
その変化に戸惑いながら花音が視線を動かすと、何か黒いものが見えた。
4
「な、何?あれ」
視線の先にある黒いものを見て呟く。
元の世界で読んだ本に出てくる魔物と呼ばれる種族の方がどんなによかったか。
まだそれらは、ちゃんとした姿を持っていた。
だが、今目の前にいるのは実体がないようで、ただ妙な動きをしながら近付いてくる。
それが気味が悪かった。
「風華!花音は任せた!」
「うん!」
剣を引き抜いた風夜に頷き、風華が両手を前に出すと、そこに集まった風が花音と風華を守るように広がる。
すると、近付いてきていた黒いものは一人その外にいた風夜へと襲いかかった。
「あ……」
それに花音は小さく声を上げたが、不意に風夜の姿が消える。
よく見れば、彼は飛び上がって攻撃を避わしていた。
大きく跳躍した風夜の剣の周りを風が包む。
「はあ!」
風を纏わせた剣を風夜が叩き付けるように振り下ろす。
すると、それが当たった黒いものは四散して消え、同時に花音と風華を包んでいた風もなくなった。
「何だったの、今の……」
風華の後ろで花音は座り込む。頭の中は、この世界に来た時以上に混乱していた。
(何?今の黒いの。それに風夜と風華ちゃんは、何をしたの?)
「大丈夫か?」
剣を納めて近付いてきた風夜が、手を差し伸べてくる。その手を花音は、反射的に払っていた。
「あ……」
驚いたように目を見開く風夜に、はっと我に返る。
「……ご、ごめん」
「……いや、ほら立てるか?」
謝った花音に苦笑し、風夜が再び手を差し出してくる。
花音は今度こそ彼の手を借りて、立ち上がった。
「花音ちゃんは知らなかったから、驚いちゃったんだよね」
風華が言いながら、花音から距離をとる。
そのことにほっとした自分に気付いて、思わず愕然とする。
「今日はもう帰ろう」
「ここからなら歩いても帰れるから、たまには歩いて帰ろう」
そう言った風華が、風夜と手を繋ぎ、歩きだす。
花音はそんな二人の後を黙ってついていくしかなかった。
どうやら自分は、さっきの黒い得体のしれないものだけでなく、目の前にいる二人にも恐怖心を抱いているようだった。
城へと戻ってきてからも気まずさがあり、花音は風夜とも風華とも顔を合わさずに部屋へ戻る。
昼食、夕食と聖が呼びにきてくれたが、食欲はなかった。
風夜や風華、それにあの場にはいなかったが、同じような力を持つだろう空夜とも今は会いたくない。
自分は恐怖心を隠すことが出来ないだろうから、優しい彼等を傷付けてしまう。
そう思うと、顔を合わせられなかった。
ベッドに横になり、今日起きたことを思い返していると、次第に睡魔が襲ってくる。
それに逆らうことなく、花音はゆっくりと目を閉じた。

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