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手品師と魔術師

「さあ皆様、この帽子をご覧下さい。タネも仕掛けもございません!」

 ディーンが帽子を掲げると、すかさず魔法陣が四方から飛んできて、帽子に張り付く。

「何か生物が入ってるな」
「うまく隠してあるなぁ…」

 魔法陣を飛ばした魔術師達が感心する。

「ああっ透視その他の術はご遠慮願います」

 ディーンが注意するが、魔術師達は全く聞く様子が無かった。

「他に何がしかけてあるかな」
「あの服は何かありそうだな」

 ディーンの服や道具に魔法陣が張り付いていく。

「やめてください、やめろって怖いって」

 魔法陣に襲い掛かられてディーンは慌てた。無害とわかっていても、魔法陣が飛んでくるのは気持ちのよいものではなかった。
 しかし、注意して止むものではないので、諦めてそのまま進める。

「この何の変哲も無い帽子から、鳩を出してご覧にいれましょう…それ!」

 鳩が帽子から飛び去ると、パラパラと拍手が鳴った。

「さて、ここに箱があります。ミグさん、中に入って頂けますか」
「はい」

 ミグが箱の中に入ろうとすると、また野次が飛んだ。

「入学式の時は調べさせてくれたぞー!」
「何? 何で今回は調べさせてくれないんだ!?」

 ディーンはその野次を黙殺する。
 入学式の時、余興として舞台に立たされた時は大変だった。
 箱を調べろというのに、いきなりディーン自身の服に何か隠していないか調べたり、他の道具を調べたり、箱を魔術まで使って念入りに調べて仕掛けを見破ってしまったり。
 教師のザイルは素晴らしく盛況だったといったが、とてもそうは思えなかった。

「さて、この箱に剣を突き立てさせて頂きます。美女は無事に生還できるでしょうか…」


テジナを終えると、ディーンは急いで片づけを始めた。

「待ちたまえ、道具を触らせてはくれないかね」
「そうだそうだ、もうテジナは終わったんだからそれぐらいいいだろう」

 野次を飛ばしていた魔術師が、知的好奇心に目を輝かせてやってくる。

「あの、俺、早く帰って勉強しないと…。第二入学試験もあるし…」
 
 ディーンは控えめに言う。入学式に始まり、宴会の座興に呼ばれたり、貴族の家に呼ばれたり、孤児院に呼ばれたり、ディーンは勉強の暇も無い程大忙しだった。
 その上、魔術師が観客にいると、透視の術をかけられたり、思いもよらない調べ方をしたりで、ちゃんとテジナが出来たためしが無い。ただし、いい事もあった。
 合格が出来たのもそうだし、テジナに作っていた道具の複製を作って売る事で、ザイルの研究室とディーンにお金が入ってくるようになった。
 ノートに書いてあるトリックも、高値で売れている。
 呼ばれた時も、大抵なんらかの謝礼はでるから、入学に必要な品は苦も無く揃える事が出来た。
 ディーンが師匠に貰った宝石を売ったお金は、旅費と入学試験で尽きていたので、テジナが無かったらどうなっていたかわからなかった。
もちろん、テジナの道具を売ることについてはディーンの師匠に了解は取ってあった。
わからない事があっても、ザイルやテジナを気に入ってくれた人たちがフォローしてくれるので困る事はない。
ただ、唯一どうにもならないことがあった。

「いいじゃない。第二入学試験だって、先生達がテジナ見たさに合格にしてくれるわよ」

 ミグが肉をつまみながら言う。
 そう、ディーンがテジナで入学試験に合格した事実。こればかりは、陰口を叩かれても仕方ない。
それに、それはディーンに合格する実力が無かった事も意味している。

「ミグさん、それは無理だ。今だって大分勉強遅れてるんだから、例え合格しても勉強についていけねぇ。とにかく頑張って早く皆に追いつかないと。明日は風の術の実技もあるし……。術の実技は初めてなんだ」

ディーンはため息をついた。そう、合格しても勉強についていけなければ全く意味が無いのだ。
ディーンは魔術師学校卒業の肩書きが欲しいのではない。魔術師になりたいのだ。
野次を飛ばしていた魔術師がそれを聞いて手を打った。

「よし、俺が勉強を見てやる。だからこれ貸してくれ。複製を作ってみたい。テジナの道具、小物は全部複製してみたが、大きい仕掛けは売ってくれないからな」

 微笑んでテジナを見ていたザインがディーンの所へ来ていった。

「悪いなカース、大きいものは作るのが大変だから。ディーン、こちらはカース。リオンの町で術具を作って売っている。カースは風の術がうまいぞ。ぜひ教わってくるといい」

 ディーンはカースに頭を下げる。

「カース先生、お願いします」
「よしよし、任せろ。初級の風の術なんざ、軽いもんだ。俺もテジナの小物で儲けさせてもらってるしな」

 ディーンの師匠、ハヤトのくれたものに、こんなにもディーンは守られている。
 ディーンはそれを思って、微笑んだ。



 そして翌日、ついに実技の時が来た。

「風よ…我が祈りに答えて吹け!」

 ディーンが魔法陣を描くと、そよそよと風が吹く。
 教師ラースはふむ、と頷いた。

「うん、威力はとても弱いですがちゃんと発動してますね。テジナだけでなく、魔術もきちんと学んでいるようで何よりです」
「ありがとうございます」

 ディーンはぺこりと頭を下げる。級友達がやったじゃないかと、次々と頭を撫でてくれる。
 魔術師達は大抵、ライバル意識が高い。特に、第二入学試験前は空気がピリピリしているのが常だ。
 しかし、ディーンは芸があり、魔力もさほど多くなく知識も皆無と、ライバルにはなりえない。
このクラスは、そんなディーンを核として和やかな雰囲気を形成していた。

「ラキさん、次は貴方よ」

 ラキは最年少の学生だった。ディーンと同様、知識は皆無だが、魔力の高さを認められての入学だった。
教科書も持っておらず、必死に前の生徒達の動作を見つめていた。
ラキは覚束ない手つきで、懸命に魔法陣を描いて術を唱えた。

「風よ…我が祈りに答えて吹け!」

 ディーンは突然、ラキの元に走る。
 ラキの周囲で激しい突風が起こるのと、ディーンがラキを抱きしめるのは同時だった。

「魔力暴走!?」

 ラースは片手で顔を庇うと、片手で魔法陣を描き始めた。
 鋭い風にディーンの服や肌が切り裂かれる。

「ディーン、血が…!」
 
 ラキは眼を見開き、悲鳴を上げる。

「目を瞑れ、ラキ。素数を数えよう。3、5、7…」

 ディーンは静かに言った。だが、ラキはそれどころではなかった。

「何を言っているの!?早く離れて…っ!」

 ディーンはラキの目を塞ぐ。

「落ち着け。深呼吸しろ。俺の心音を聞け。落ち着けば収まるから。」

 ディーンは言い募り、ラキはぎこちなく深呼吸を始める。
 ラースの魔法陣が描き終わった頃には、突風はやんでいた。
 ラースは魔法陣を解除し、ディーンの頬を叩いた。

「何をやっているんです!?魔力暴走させている人に突っ込むなんて……!
危ないじゃないですか!」

ディーンは、すみませんとラースに頭を下げると、
ポケットから茶色の欠片を取り出してラキの口に放り込む。

「あまい…」
「大丈夫か、ラキ。疲れただろ」

ディーンはラキを労わる。怪我をしたのはディーンの方なのに、ディーンのラキを見る瞳はどこまでも優しかった。

「ディーン……なんで?ラキのせいでそんなに怪我しちゃったのに…」

 ディーンは傷をチラッと見て笑った。

「こんなのたいした事じゃねぇよ。俺は自分から突っ込んだんだし、他の皆は怪我してないし。それより、焦るなよ。こういうのは、精神的に不安定になると起こるんだぜ?」

 ラキはぽろぽろと涙を流す。

「だって、私は…魔術師にならないと居場所が無いもの。魔力を封印したって、気味悪がられるのは変わらない…化け物なのは変わらない…。だから、魔術師にならないと…でも、勉強難しくて…それで…それで焦って…」
「化け物って言うなよ!!ちょっと風起こして物壊すだけだろ!それに、こういうのは繊細で感受性が強い証なんだからな!」

 怒鳴られてラキはピクリと肩を揺らした。

「俺の兄弟子も時々こうなるんだよ。だから、こういうのを起こす奴を化け物だって言うなら俺、怒るからな」

 ラキはおずおずとディーンを見上げる。

「ディーンの兄弟子も…?でも、ディーンの師匠は魔術をする人じゃ…」
「それがなんだよ?」
「ディーンは怖くないの…?」
「そりゃ、最初はびっくりしたけど…師匠、いつもその後お菓子くれてテジナ見せてくれるし、後片付けは風太が自分でやってくれるし…すぐに気にしなくなったな」

 ディーンは笑いかける。

「兄弟子も…?それなら、なおさら何故突っ込んだのですか。その危険はわかっているでしょうに」

 ラースはディーンの傷を確認しながら言う。

「ああすると被害の出る範囲が減るんだよ。すぐ収めないとラキが疲れるし」

 ラースはため息を吐く。

「貴方の兄弟子もすぐに学校に呼びなさい。多すぎる魔力は使うすべを学ぶなり封印するなりしないと危険です」

 ディーンはそれに肩をすくめた。

「今日までそれが魔力暴走だなんて知らなかったんだよ。それに魔物が現れた時とか、わざと暴走させると逃げてってくれるから助かるし。何より風太が師匠のそばを離れるかな……」

 ラースに睨まれて、ディーンは慌てて付け加える。

「でも、聞くだけ聞いてみるな。凄い魔力を持ってるって事は、凄い魔術師になれるって事だしな」
「きちんと力をコントロールできれば、ですがね。さ、傷を手当してきなさい」
「はい」
「ラキさんも。魔力暴走は大量の魔力を消費します。少し休んできた方がいいでしょう」

 ラースは教室に広がるざわめきをかき消すように、次の生徒の名前を呼んだ。
 ディーンとラキは連れ立って医務室へ向かう。
 長い廊下をゆっくりと二人で歩きながら、ラキは口を開いた。

「貴方の師匠って……不思議な人なのね。テジナが出来て……魔術師でもないのに私みたいな人を弟子に迎え入れて……」
「凄い人なんだ。俺の事も魔物から助けてくれたんだぜ。始めは師匠、弟子にするの嫌がってたけど、両親がいないって言ったら、早く言えって家に迎え入れてくれた……。俺の兄弟子の風太だって、捨てられたのを拾ってくれた。力の暴走の事を知った上でな。ラキも、どうしても居場所が無いなら、師匠の所に来いよ。師匠、可愛くておいしい料理を作ってくれる娘がいるといいのにって言ってたぜ」

 ラキは眼を見開く。

「そんな…いいの?でも…ラキ、お料理あんまりできないよ」
「覚えればいいだろ?大丈夫、師匠に任せておけば何とかなるから」

 ディーンは事もなげに言った。それにラキは一瞬眼を見開き、微笑む。

「凄い師匠だもんね」
「凄い師匠だからな」

 ラキはそっと手を伸ばし、ディーンの手を握った。その手は、暖かかった。

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