19.嘘の多い王子様。
「ミリア、あなたとやっと踊れるのが楽しみです」
今、私はラキアス皇帝が即位したのを記念する舞踏会にレナード様と馬車で向かっている。
アーデン侯爵邸で過ごして1ヶ月。
私と彼はだいぶ仲良くなった気がする。
「ふふっ、そうですね。レナード様、事業の件のアドバイスありがとうございました。お陰で、黒字転換することができました」
私は事業に挑戦するのは初めてだった。
興味はあったが、父がやらせてくれないだろうことは分かっていた。
「アドバイスという程のことはしていませんよ。ミリアのアイディアがよくて準備が短期間にも関わらず、非常に細やかで丁寧で人の心を動かす工夫もされていた。だから、人の目につけば問題なく事業が軌道に乗ったのです」
レナード様に甘えて、私はすぐに事業を開始した。
しかし、赤字続きでで失敗したと思い頭を抱えた。
その時、2週間の収支報告を見たレナード様が、宣伝費のゼロが2つ足りないと言ったのだ。
「そんな、失敗するかもしれないのに大量の宣伝費などかけられませんよ。というか、もう失敗してしまいました。事業をするのって難しいのですね」
私は自分の力を試したいと思っていたが、そんな力などなかったと打ちひしがれていた。
「せっかく、良いアイディアなのに知ってもらえなければ勿体ないですよ。侯爵邸のお金を使い切るくらい宣伝費をかけても良いくらいです。ミリア、自分のしてきたことに自信を持ってください。私の初めての事業は失敗しましたが、ミリアの事業は失敗などしないと私は確信していますよ」
彼が事業に失敗した話など聞いたことないから、これは私の為についた嘘だろう。
でも、私もやってきたことが無駄になるのが嫌だったので、私は宣伝費を彼の言う通りに増額した。
すると、瞬く間に貴族はおろか平民の間でも話題になり刺繍サービス事業は軌道に乗った。
平民が自分が買った既製服に、名入れしたいと刺繍サービスを利用するとは思わなかった。
私が想定していた以上の、需要がこのサービスにはあったのだ。
私に平民の知り合いなんていないから彼らが何を思っているのか、どんなものを求めているのか分からないのかもしれない。
「あっ、ポール⋯⋯」
私はふと元第4皇子が、現在平民であることを思い出した。
ポールとは私が彼に与えた平民の戸籍の名前だ。
「ミリア。ポールとは誰ですか? 私の推測が確かなら、あなたと唯一踊ったと言う元第4皇子の現在の名前でしょうか?」
1ヶ月過ごして分かったが、レナード様はやはり切れ者なのだ。
彼曰く、私は人に興味がないらしい、私は自分は人のことばかり気にしていると思っているから意外な評価だ。
そんな私が突然出した男の名前だから、私にとって重要人物だと思い元第4皇子ではないかと推測したのかもしれない。
正直、レナード様は政敵である父に落とせるとは思えない程、危機管理を含め抜け目のない男だった。
「白状します。今、他国で元第4皇子は平民のポールとして生活しております⋯⋯」
彼が言い当てたので、私は仕方がなく白状した。
「手紙のやり取りをしていますよね。ポールが暮らしているのはどこでしょう。エスパルではないですね。あそこは単一民族国家だから、ポールがいたらバレます。橋が崩落した後、なぜだか橋の下で大火事があったのです。乾燥している季節ですから、山火事など珍しくないと思われるでしょうね。だから、元第4皇子の連れた軍隊は死体もあがってなくても全滅ということになっています。ミリアが助けたかったのは第4皇子だけですよね。でも、彼を助けるために必要な何人かはついでに助けている。運良くミリアに買収してもらえたのは、誰でしょうか。橋の崩落したところの領地の令息はミリアのアカデミーの同期ですね。ミリアに告白してこっぴどく振られていましたが、駒としては採用されていた。彼は貿易業で成功をおさめていますね。相手国はどこでしたっけ⋯⋯」
信じられないことに、彼には全てバレているようだった。
手が震え出して、必死に隠す。
手紙のやり取りは、ポールの生活が安定するまでは仕送りをするのに必要だ。
忍び的な人間を使って、やり取りをしていたのでバレないと思っていたのに。
「私には、さっぱりわかりません。そういえば、第2皇子が戦死してしまいましたね。優秀な方だったのに帝国の大きな損失です。皇子達はろくに軍隊としての訓練をしていないのに、象徴として出兵に参加するのは無くさなければならない悪習ですね」
レナード様はまた嘘をついた。
彼は私がポールをどこの国に逃したかまで気がついている。
彼はよく嘘をつくけれど、その嘘は自分のためについているものではない優しい嘘だと私は気がついていた。
「そうなんですか。第2皇子の件は初めて聞きました。」
彼の言う通りだ、結局、皇子が死んでまで帝国民を守ったという事実に感動することで、平民達の帝国運営に対する不満は幾分解消されている。
のんびりしてそうなラキアス皇帝よりも、彼のほうが皇帝としての資質は高かっただろうに。
「ミリアにダンスを申し込んでいれば生きられたのに、彼はミリアに交際を申し込んでしまった。それが、生死を分ける選択だと気が付ける人はいないと思いますよ」
第2皇子は生き延びたくて、カルマン公爵家の後継者として育てられている私に交際を申し込んできた。
その事実をレナード様が知っていたとは驚きだ。
私がカルマン公爵になった時、私の夫になっていれば出兵を避けられると踏んだのだろう。
「私を利用しようとした人と、私を救ってくれた人ですよ。私にとっては、全く違います」
舞踏会で誰にも誘われない私を救ったポールと、私を利用してやろうと近づいた男を並列に語られるのは不快だった。
「そういえば、ミリアは自分を無趣味だと言っていたけれど、私はあなたは物事に没頭しやすい多趣味な人間だと思ってます。刺繍やピアノが良い例です。読書も好きですよね。お茶に関する知識にも驚かされました。今度、ミリアのいれた紅茶を飲んでみたいです」
私が彼の言動に不快感を感じたのに気がついたのか、彼が話題を変えてきた。
私が彼に対して婚約者としての仕事をしなければと考えているがバレているのか、彼は紅茶をいれて欲しいとおねだりしてきた。
「紅茶はうまくいれられるか分かりません。前に、父に紅茶を入れてあげようとしたら、紅茶が父の服にはねてしまったのです。父は怒ってポットを握り、ポットに入ってた残りの紅茶を全て私の手にかけました⋯⋯」
私は紅茶をうまくいれられるか自信がなかった。
紅茶をいれる練習をしようとすると、あの時の手に掛かった紅茶の熱さを思い出して手が震えてしまうのだ。
でも、夫となるレナード様が私のいれる紅茶が飲みたいと言うことなのだから逃げずに練習するべきだ。
「前に私が紅茶をいれるのが得意だと言ったのを覚えていますか?私は自分がミリアに紅茶をいれる方が嬉しいです。美味しいと言わせる自信がありますよ」
レナード様が明らかに私をフォローしている。
彼はいつも目の前の女性を喜ばせるような言葉を、素敵な王子ボイスで囁いてくる。
そんな彼と1ヶ月過ごしているのだから私のような人間もお姫様気分になりはじめていた。
「そうだ、ミリア。アーデン侯爵領の領地経営をしませんか?兄達は事業に集中したいと考えているので、ミリアが領地経営をしてくれれば助かると思います。私も、優秀なあなたが領地経営をしてくれれば安心です」
彼が思いついたように言ってくれた言葉が、堪らなく嬉しかった。
私がアカデミーで必死に学んできたことが無駄にならずに済むからだ。
「領地経営に携わらせて頂けるなら、是非お願いしたいです!」
私が即答すると、彼が微笑んだ。
「では、明日、当主しか入れない秘密の地下室にご案内しますね。実はミリアが普段仕事をしている執務室の本棚の裏に隠し扉があるのですよ」
私は彼の地下室という言葉に、また震えだしてしまった。