バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

上司出ます

 
挿絵



「まことに申し訳ございません」笹原は声を沈めて陳謝した。「ご不便をおかけしてしまいまして」
「本当だよ」カスタマーは間髪を入れずに返してくる。「不便極まりない」
「はい、申し訳ございません」笹原は再度陳謝する。「わたくし共で対応できる範囲内で誠心誠意ご対応させて頂きたく存じますので、なにとぞご理解のほどお願い致します」
「範囲内って何だよ」カスタマーは追い被せるように返してくる。「無責任だろ。自分たちでできる簡単な、楽なところまでしかやらないっていうのか。客に対して何だよ。なにが誠心誠意だよ」
「申し訳ございません」笹原はみたび陳謝する。
「大体やる気あるのか。マニュアル通りの対応しやがって」カスタマーは言葉を追加した。「口で何言ってたって、どうせ腹ん中じゃ俺ら客のことなんか何も考えてやしないんだろう。ええ。舌出して笑ってやがるんだろう」
「いえ、とんでもないことでございます」笹原は声をかすらせて柔らかく否定した。
「うそつけ。俺だってな、こんなこと言いたくて言ってるんじゃねえんだよ。だがここで俺が見逃したらお前らこの先もずっと客に迷惑かけて知らん顔してくんだろ。そういった甘えた態度を改善させるためにだな、俺はこうして、声をあげてんだよ」
「はい、今回いただきましたご意見は貴重なお客様のお声として申し送りを」
「貴重なご意見じゃねえよ」カスタマーは追い被せて怒鳴った。「今すぐ改善しろよ。なにが誠心誠意だよ」くり返す。「日本語間違えてんじゃねえぞ」
「申し訳ございません」笹原はよたび陳謝した。
「申し訳ございませんなんてもう聞き飽きたんだよ」カスタマーは怒鳴る。
「は、申し訳ございま」
「聞き飽きたって言ってるだろ。もう言わなくていいからさっさと改善しろよ」
「は、頂いたご意見は必ず申し送り」
「申し送り申し送りいってんじゃねえよ。今すぐどうにかしろ」
「は、まことにご不便を」
「うるさい。もうお前の声は聞きたくない」カスタマーは怒鳴った。「上司を出せ」

 かちり。

 解除の音が鳴る。
 笹原はちらりとその方を見た。
 上司の準備が瞬時に整ったことを確認する。
「はい」低い声で神妙に応える。「それでは恐れ入りますが、少々お待ちくださいませ」
「おう」カスタマーは横柄にふんぞり返る。
 笹原は転送ボタンを押下した。

「ハイ、お客様。たーいへんお待たせしましたぴょーん」上司はウサギの姿で明るくそう言った。

「――」カスタマーは絶句したようだった。
「私の名前はー、ウサキョン部長でえす。よろしくねー」ウサギは前足をぶんぶん横に振る。
「ウサ……キョン」カスタマーは声を震わせた。
「ハーイ、お呼びになりましたあ? あっりがっとぴょーーん」
「ウサキョン」カスタマーの声は上ずった。「可愛いッ」
「えへへー、ありがとぴょん、でもちょっと照れちゃうなー」
「なんでなんで、ウサキョン,君ほんと可愛い、最高だよ!」
「ほんとー? えへへっ、うれしいぴょん! お礼にウサキョンから大サービスしちゃうぴょん! 後日ー、お客様のご自宅にー、ウサキョンカレンダーとウサキョンキーホルダーをお届けするびょーん」ウサキョンは兎の前足の人差し指を立て赤い目でウインクした。
「おおーッ!」カスタマーは狂喜した。
「それからそれからなんとー、お客様の来月分のポイントをー、三割増でつけさせていただくぴょーん」さらにウサキョンは、兎の前足の指を三本立てた。
「おおーッ」カスタマーは叫んだ。「ウサキョン、ありがとーう!」
「こちらこそありがとだぴょーん、これからもどうぞよろしくだ、ぴょーん」
「だ、ぴょーーん!!」
 カスタマーとの会話は終了し、電話は切れた。

「お疲れ様です」笹原は呟くように声をかけた。
 上司からの返事はない。
 いつものことである。
 上司はカスタマーとの対話終了と同時に「元の鞘」に収まり無言で待機している。
「……」
 無論返事を期待するようなことはしないが、笹原はなんとなしにホームポッド上でじっと充電する上司の姿を見つめていた。

 プルルルル

 その時、また着信音が鳴った。
 はっと振り向き、急いで受信ボタンをオンにする。
「お電話ありがとうございます。株式会社DOBOTカスタマーセンターです」
「あのね」中年らしき男の声がいきなり大きく響く。「お宅の製品、はっきり言ってゴミだよ。ゴミ」映像の方はオフにされた状態で、笹原の目の前には真っ黒な長方形が立ち上がっていた。
「あ」笹原は一瞬言葉を失う。「何かご不便をおかけいたしましたでしょうか」
「ご不便? そんな生やさしいもんじゃないっての」カスタマーはますますいきり立つ。「あのね、あんなもんにこんな値段つけるの、詐欺だよ。犯罪です。言ってる意味わかる? ああ?」
「は、ご不快な思いをさせましたこと大変申し訳ございません」
「あんな性能低いロボット他にはないよ。お宅らこの業界で何年やってんのか知らないけど、完全に他社に負けてるからね。もう返品して他社のにするから、金返してくれ」
「お客様、まことに申し訳ございませんが、すぐにご返金することはできかねます」
「なんだと」カスタマーは怒鳴った。「ふざけるな。この低能ロボットのせいで、どんだけストレスかかってると思ってんだ。訴えるぞ」
「お客様、ご不便をおかけしている事に対してはまことに申し訳ございません。ですがどうぞ、ご理解のほどをお願い致します」
「うるさい」カスタマーのヒートアップは止まらない。「お前みたいな下っ端じゃ話にならん。上司を出せ」

 かちり。

 ホームポッドのロックが、キーワードに反応し解除される。
 笹原はちら、と目だけを動かしてその方を見る。
「は」低い声で答え、かすかにうなずく。「では恐れ入りますが、少々お待ち下さいませ」
 転送ボタンをオンにする。

「はあん?」上司は低いハスキーボイスでそう言ったかと思うと、サイドスリットの入ったタイトスカートからむっちりと伸びた脚をぶん、と高く蹴り上げ、もう片方の膝の上にどすん、と下ろした。「うちのロボットの性能が、なんだって?」真っ赤に艶を放つ唇が、凄味を帯びた声で訊く。

「あっ――」今度はカスタマーの方が言葉を失った。「――、ね、姐さん」
「姐さん、じゃないわよ」上司はきゅ、と眉を寄せ、カメラをにらみつけた。「うちのロボットのなにが悪いのかって聞いてんの」語調が次第に強くなっていく。
「いやっ、ちがうんすよ、姐さん」カスタマーの声は急に焦り出した。「悪いなんてこれっぽっちも思ってないっすよ! あれはもう、神ロボットっすよ! もう能力高すぎて、あれがないと生きていけないっすよ」
「はっ」姐さん、もとい上司はぷいと顔を横に向けせせら笑った。「なに当然のことわざわざ大げさに言ってんの。それより」また顔をカメラに向ける。「あんたなんで顔隠してんのさ」
「あっ」カスタマーはしまったといわんばかりに次の瞬間映像をオンにしたようだった。「す、すいません! 失礼しました」
「ふん」上司はデスクの上に肘をつき、じろじろと相手の顔をながめまわした後「なんだ、どれほど強面の男かと思ったら、ぼくちゃんじゃない」と言い放ち「かーわいい」と言って鼻で笑った。
「あ」カスタマーはどういうわけか舞い上がるほど喜んだ。「あざーっす! 姐さんに誉めてもらえて超うれしいっす!」
「まあいいわ」ふう、と息をつきながら上司は映像から顔を離した。「今回のことは大目に見るから、うちの製品の良さをしっかりクチコミで広げときな」
「はいっ!」カスタマーは兵士かと思うほどの大声で返事をした。
「その代わり、あんたのポイントを来月二割増にしといたげる。あと」そこで上司は唇に人さし指を当て、思わせぶりなウィンクをした。「あたしのグラビアも、後日送っといて、あ、げ、る」
「うおお――ッ!」カスタマーは天にも昇りそうな奇声を発した。「姐さんッ! あざっす! あざ――っすッ!」

 かちり。

 ホームポッドのロックがかかる。
「お疲れ様です」笹原は呟くように声をかけた。
 上司からの返事はない。
 しん、と、宇宙空間のような静けさが室内に満ちる。

 プルルルル。

 着信音が鳴る。
 笹原はホームポッドを見やりながら、受信ボタンに手を伸ばす。
 上司は身じろぎもせず、充電している。
 全身黒色に統一されたその円形フォルムは、微塵も崩れることがない。
 笹原が受信ボタンを押し、電話してきたカスタマーのパーソナルデータが回線上を走るまでは。
「お電話ありがとうございます。株式会社DOBOTカスタマーセンターです」
「あ……あの」消え入りそうな、小さな声。映像は二十代と思しき女性の姿だ。
「はい」笹原は幾分ほっとしながら、誠意ある声音で応えた。「いかがなさいましたでしょうか」
「あの……えと」ストレートロングの黒髪もつややかなカスタマーは、言葉に迷っているようだった。「私……あの」
「はい」笹原は辛抱強く答える。「何か、お困りごとでしょうか」
「あ、いえ」カスタマーは慌てて否定する。「そういうわけじゃないんですけど、その……あのですね」
「はい」
「私、あの」
「はい」
「お、御社の」
「ええ」
「ロボットを、あの、使ってまして」
「ご利用いただきありがとうございます」笹原は微笑みながら礼を言う。「当社の製品はお役に立っておりますでしょうか」
「あ、はい」カスタマーの声も明るくなる。「すごい便利です。自走でお買い物にも行ってくれて、ほんと助かってます」
「それは何よりでございます」笹原は心が温かくなるのを感じた。
 そう、カスタマーセンターといっても、なにもクレーム客ばかりから電話が来るわけではない。こういう、わざわざお礼を伝えてくれるお客様もいるのだ。
「ええ、あの、それでですね」カスタマーは勢いに任せて、本来の目的を遂げようと決意したらしかった。「すいませんけど、あの、そちらの上司さんを、出していただけますか?」
「あ」笹原はつい真顔になった。
 だがそれは当然の顧客要望だ。
 クレーマーもそうでないカスタマーも皆、結局ここへ電話してくるのは“それ”が目的なのだ。

 かちり。

 ホームポッドのロックが解除される。
 笹原はちらりとそちらを見た。
 上司のフォルムはカスタマイズされていた。
 完璧に。
 電話してきたこの女性カスタマーの個人データ、つまり購入時アンケート及び彼女のロボット使用履歴から予測される趣味嗜好に合わせたホスト系イケメンキャラクターの姿を、微塵の隙もなく再現していた。
 それを見届けてから笹原は「では、恐れ入りますが少々お待ち下さいませ」と告げ、転送ボタンを押下した。

「どうもこんにちは。タクヤです」上司が柔らかいトーンで微笑みかけながら言うと、

「きゃ――ッ!」女性は歓喜の声を響かせた。
「いつも利用してくれて、ありがとう」上司はにっこりと笑い「あれ、そのピアス、可愛いね。よく似合ってるよ」と映像に向かってすっと指を向ける。
「あ、ありがとうございますぅ」カスタマーの声は、まるで実際に上司の指先で耳朶に触れられたかのようにうわずり、震えていた。
「その黒髪も、とっても綺麗だ」上司の声はいまや、口説きに入っているものとしか聞こえなかった。「僕以外の男には触らせたくないな」
「はぁぁ……」カスタマーはますますあられもない声を挙げた。「タクヤさぁん」
「さあ、君には来月、どれだけたっぷりポイントをつけてあげようか」
「あぁん、うれしいぃ」
 さすがの笹原も、身の置き所のないような心持ちになったが、かすかな咳払いでそれをやり過ごした。
 これは仕事だ。

「お疲れ様です」笹原は呟くように声をかけた。
 上司からの返事はない。
 黒い円形フォルムの基盤はホームポッド、通称「元の鞘」の上につくねんと鎮座し、粛々と充電している。
 やがて終業時刻となり、笹原は端末の電源を落として席を立った。
「お先に失礼します」ホームポッド上の上司に会釈し、挨拶する。
 上司からの返事はない。
 笹原は、できるだけ迅速に部屋を辞した。
 邪魔になってはいけないからだ。

 上司はこの後、事務所内をくまなく掃除してくれるのだ。

しおり