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卒倒

不意に意識が遠くなり、脊髄が痺れることで、
私の意識は私の預かり知れぬ領域にぴょんと跳躍するのだ。
さうして、吾は私の自意識から剥落する自意識から脱皮し
何物でもないニュートラルな自意識の様相で宙ぶらりんになるのだ。

このどっちつかずの有様にほろ酔ひ気分で上機嫌になり、
私が私であると断言できないこの眩暈の瞬間が
なんのことはない、吾が吾から遁走するいつものやり口なのだ。

眩暈にある吾は直にぶっ倒れることがはっきりと解ってゐるのであるが、
その僅かの時間がぐにゅうっと間延びし、
その短い時間のみ、吾は吾であることが言明できる。

この眩暈の時間はダリの絵の如く時計はぐにゃりと曲がり、
どろりと零れ落ちやうに流体物と化し、
既に吾の意識も歪にぐにゃりと流体化して、
時間の進行を全く意識することなく、
卒倒までの短い時間の快感をもっと堪能するのだ。

ここで、吾は最早今生では会へぬ筈の異形の吾にたまさかでも遭ふのだ。
そこで、吾は吾に溺れてはならぬ。
これは、吾が吾に対して詭計を行ふいつもの手なのだ。
今にも羽化登仙するかのやうな吾の心地よい瞬間に騙されず、
吾は、しかと吾の体たらくを直視し、
さうして吾はほろ酔ひ気分の中にありながらも、吾を断罪するべきなのだ。

それが吾が卒倒するときの唯一の礼儀であり、
吾が現在にしかをれぬことに対する最も有り体な姿勢なのだ。

さうして、吾は吾に対する言葉を全く失ふことで、
吾は吾に対して絶句することで心底から語り合ふことが可能といふ矛盾を
身をもって知るのである。

吾と吾との間に最も相応しい言葉は沈黙であり、
さうしてしじまが吾の卒倒を誘ふのだ。

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