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市街戦 2

「……これは参ったな。まさかドラゴンを引っ張り出してくるとは」
「ド、ドラゴンって、でも、ドラゴンはこの世界にはいないはずじゃ、」
「ああ、この世界には存在しないとも。……だが、ここではない別の世界には存在するのだ。帝国の連中め、とうとう次元魔導を実用に足る段階まで極めたな」
 王が少年を抱く腕に力を籠める。ドラゴンの出現により、辺りはますます恐慌状態に陥った。最早ちょっとした暴動のような事態になってしまっている。
 状況を把握しようと周囲に視線を巡らせた王の前で、地面に幾つもの魔導陣が浮かび上がった。通りの至る所に出現したそれに、王が目を見開く。
「まさか!」
 叫んだ王の予測通り、怪しげな光を滲ませたそこから、次々に黒い魔物たちが溢れ出してきた。貿易祭で夜の市を襲ったあれと同類の魔物だ。
「っ、まずい! 火霊! 街に危害を加えぬように焼き払え! 金の国の民を守るのだ!」
 命を受けた火霊たちが炎を噴き上げて駆ける中、王は少年をしかと抱え直し、腰の剣を引き抜いた。
「あ、あの、降ろしてください。僕、邪魔になってしまいます」
「何を言う。事情は判らんが、何故かお前は奴に狙われているらしい。ならば私の傍にいるのが一番安全だ」
 そう言い、王は少年を抱えたままドラゴンの直下に向かって駆け出した。途中で襲い来る魔物を全て剣のひと振りで斬り伏せながら、王が叫ぶ。
「炎よ 我が前に立ち塞がりし愚かな者に 炎熱の洗礼を与えよ! |紅蓮の火矢《ファイアアロー》!」
 詠唱を受け、王の背後に幾十もの炎が生まれ、ドラゴンに向かい真っ直ぐに放たれた。そのまま竜の鱗に突き刺さるかと思われた炎はしかし、竜の全身を覆うように現れた無数の黒い渦に飲み込まれ消失してしまった。
「ここで空間魔導を使ってきたか。厄介だな」
「空間魔導……?」
「ああ、それもとびきり強力なものだ。恐らく、攻撃を全て別の空間に飛ばしたのだろう。今のような中級魔法程度では、奴に傷ひとつ加えられん。奴に攻撃を通すためには、あの空間を破壊し同時にドラゴンに致命傷を与えられる大技を使うしかないが、そんなことをすればこの街まで吹き飛んでしまう。なるほど、よく考えて仕掛けてきているな。敵ながら見事だ」
 言いながら、背後に湧いた魔物を振り返りざまに斬って捨てる。この魔物たちもきりがない。恐らくこれもデイガーの空間魔導であるだろうことを考えると、前のときのように魔導陣を焼き払ってどうこうなるものでもないだろう。
 貿易祭のときのあれは事前に設置された、いわばトラップのようなものだったが、これは違う。これは、今現在デイガーによって生み出されている魔導陣だ。消したところですぐさま次の魔導陣が設置されるだけである。向こうの魔力切れを待つという手段もあるにはあるが、デイガーの契約相手は強大だ。魔力が切れるまでにはかなりの時間を要するだろう。そして、恐らくその頃にはこの街が壊滅している。
(さて、どうするか)
 既に打てる手は全て打ってある。後はそれが動き出すまでこの場を切り抜けるだけなのだが、決して簡単なことではなさそうだった。
「さあ、ロステアール国王陛下、私と遊びの続きをしようじゃないか! そしてそれをこちらに寄越せ!」
 頭上から降ってきた楽し気な声に、王が剣を構える。
「衝撃に備えろ、キョウヤ。来るぞ」
 王の言葉に少年が身を固くしたのと同時に、ドラゴンが急降下した。通りに並ぶ家屋を風圧で破壊しながら、その鋭い牙を剥き、王目がけて凄まじい速度で地を滑ってきた。この巨体を避けるのは至難の業と判断した王が、正面からそれを受ける。身を切り裂こうとする牙を見誤ることなく見事に剣で受け止めた王だったが、しかしそれまでだった。
 競ることもなく勢いよく押し飛ばされた身体が、宙を舞う。そこに、すぐさま体勢を変えたドラゴンが追い打ちをかけようと口を開いた。並ぶ牙が目前に迫るのを目端に捉えた少年が、固く目を閉じる。
 だが、衝撃と痛みが王と少年を襲うことはなかった。代わりに感じたのは、浮遊感と、疾走感と、そして温かい体温。
「助かったぞ、グレン!」
 ドラゴンの牙に貫かれる直前、王と少年を背に浚い助けたのは、炎のような毛皮をした、天翔ける四つ脚の獣だった。
 赤い狼のような獣は、炎の鬣を王に撫でられ、心地よさそうにぐるると喉を鳴らした。
「……綺麗な子」
 思わず呟いた少年に、王が笑う。
「グレン・グランデルという。聞いたことはあるだろう? 赤の国の王獣だ」
「お、王獣って……!」
 王獣と言えば、円卓の十二国にそれぞれ一頭ずつ存在する守り神のような獣だ。その立場は国王と対等であるとされ、国王ですら敬意を払うという神聖な存在である。
「本来王獣にこのような騎獣の真似事をさせるのはご法度中のご法度なのだが、まあ、緊急事態だ。仕方あるまい。私は空を飛べるほどの風霊魔法は使えぬし、それにこいつはとにかく速いのでな。敵の攻撃を避けるのも容易いだろう」
 その言葉通り、王と少年を乗せた王獣の動きは速かった。襲ってくるドラゴンの牙や爪を難なく避けながら、口から炎を噴き出してドラゴンへと放つ。しかしやはり、それも黒い渦に飲み込まれてしまった。
「中途半端な魔法は通用しないのだ。お前は渦に触れぬギリギリまでドラゴンに寄ることに集中しろ。後は私がやる」
 王の言葉に咆哮で応えた王獣が、速度を上げてドラゴンの胸元へと肉薄する。その瞬間を逃さず、王が握った剣を構え、黒い渦にぶつけるようにして振り切った。
 途端、ドラゴンが悲鳴のような咆哮を上げる。王の刃が空間魔導を貫通して、鱗に覆われたドラゴンの肉を斬り裂いたのだ。
「馬鹿な! そんな剣ごときで空間を斬っただと!?」
 叫ぶデイガーを、王が見上げる。
「グランデルが鍛鉄の国であることを忘れたか? 赤の国の武具はどれも一級品。その国王である私の剣は、リアンジュナイル大陸で最も優れた剣だ。空間ごとき、斬れぬ訳がなかろう」
 不敵に笑んで見せた王だったが、内心では次の一手を考えあぐねていた。
(やはり浅いか。グレンに乗った状態で振るう剣では膂力が足りんな。いくら続けたところで掠り傷しか負わせられないとなると、さて、どうしたものか)
 胸の内で思案する王に、デイガーが歪んだ笑いを浮かべた。
「それはそれは大層なことだ! ならばこれならどうだ!」
 叫んだデイガーが、ドラゴンを再び急降下させる。だが、今回狙われたのは王でも少年でもない。ドラゴンが真っ直ぐに目指す先に居たのは、逃げ遅れたらしい少女だった。それを見て、王が目を見開く。
「っ! グレン!」
 王が叫ぶのと、王獣が駆けるのが、ほぼ同時だった。ドラゴンをも凌駕する速度で駆ける王獣が少女の上に辿りつくと同時に、少年を離して王が飛び降りる。
「グレン! 風霊! キョウヤを頼んだ!」
 風霊がいれば、少年が獣の背から落ちることもないだろう。それよりも今はあの少女を助けなければ。
 落下の衝撃を風霊に緩めて貰いながら着地した王が、すぐそこにいた少女に手を伸ばそうとする。だが、そのときにはもう、ドラゴンが眼前まで迫っていた。
 その間、瞬き二度もなかっただろう。そのわずかな時間で、しかし王の判断は迅速だった。己と少女とドラゴンの位置関係から導き出される正解は、たったひとつだったのだ。
 流れるように右手の剣を捨てた王が、その腕で少女を抱き寄せる。そして王は、左の腕を身体の前で構えた。
「火霊!」
 叫びに応え、その左腕に炎が纏わりつく。そして王は、炎を存分に纏った腕で、襲い掛かる鋭く巨大な牙を受け止めた。と同時に、後方へと跳躍する。少しでも牙の衝撃和らげようとしたのだ。事実、その判断は正しかった。だが、いくら勢いを殺したところで、元の力が強大すぎた。
「っ!」
 牙が腕を深く抉り、突き刺さる。このままドラゴンが口を閉じれば、腕が食い千切られてしまうだろう。だが、この状況にあって、王は冷静だった。何故ならば、これを見越した上での判断だったのだから。
「……|火炎爆砕《グラン・フレア》」
 王が呟いた瞬間、牙に貫かれた左腕を起点に、凄まじい熱量が膨れ上がり、弾けた。王をも巻き込んだように見えた爆発はドラゴンの口を焼き、竜が悲鳴のような咆哮を上げて頭を振る。その口から、何かが弾かれたように飛んだ。
 王獣の上から戦場を見ていた少年は、飛んでいったそれを見て、悲鳴のような声を上げた。
「ロストさん!」
 弾かれて宙を舞ったのは、少女を抱えたグランデル国王だったのだ。
 少年の叫びに、王獣が飛ばされた身体に向かって駆ける。そのまま王の背後に回り込めば、風霊がその身体を掬い上げて獣の背へと降ろしてくれた。
「っすまん、風霊。助かった」
 少年は王が気絶しているのではないかと思っていたが、気絶しているのは幼い少女だけで、王は意識を保っていたようだった。だが、身体の方は酷い有様である。ドラゴンに牙を突き立てられた左腕は肉が裂け、白い骨が覗いているし、左腕自体を魔法の起点に使ったせいか、皮膚の至る所が焼け爛れていた。見ただけでは判らないが、もしかすると骨も砕けているかもしれない。
「ロ、ロストさん、」
 あまりの様子に顔面を蒼白にする少年に、王が笑う。
「大丈夫だ、この程度で死にはせんよ。まだまだ戦える」
「で、でも、すごく、痛そうです」
「心配してくれるのか? やはりお前は優しい子だな」
 微笑んだ王が、少年の頬に唇を落とす。突然のことに少年は変な声を上げて身を引いてしまい、風霊の支えがなければ王獣の背から転げ落ちてしまいそうだった。
「な、なにして、」
 抗議の言葉を言いかけた少年だったが、突如王獣が宙を駆け出し、驚いて言葉を飲み込んだ。
「なるほど、そう簡単に休む暇は与えてくれんようだ」
 王の睨む先には、再び牙を剥いて向かってくるドラゴンがいた。と、王獣の周囲に幾つもの魔導陣が浮かび上がる。そしてそこから、炎の矢が降り注いだ。
「避けろグレン! これは私の魔法だ!」
 命じるまでもなく、王獣は炎の猛攻を全て躱したが、火がそのまま市街に向かって降っていきそうになっているのを見た王が、慌てて叫ぶ。
「火霊! 相殺しろ! 街を焼いてはいかん!」
 言われ、奔った炎が魔導陣から放たれた炎にぶつかり、火の粉を上げて弾けさせる。
 王の言葉通り、この火は先ほど王が放った炎の矢であった。
(あの黒い渦で吸収した攻撃は、魔導陣を使って返すことができるということか)
 中途半端な攻撃は無意味どころか逆効果らしい。これはいよいよ手詰まりだ。少年には大丈夫だと言ったものの、実を言うと左腕はもうほとんど使い物にならない。利き腕ではないから捨てて惜しいものではなかったが、それでも損害は損害である。
 取り敢えずはと風霊に命じて地面に投げたままの剣を拾ってきて貰ったは良いが、この剣による攻撃も、そこまで有効な手段であるようには思えなかった。
(せめて地上を這ってくれれば倒しようがあるものを)
 いっそ両翼を落としてしまおうかとも思ったが、この巨体が地面に落ちれば、やはり街が破壊されてしまう。これ以上他国に損害を出すのは避けたかった。
 だが、悩む王の目が上空に飛ぶ何を捉えた途端、彼はふぅと息を吐きだした。どこか安堵したようなそれに、少年も釣られて空を見上げる。目を凝らして見ると、こちらに徐々に近づいてくる獣のようなものが見えた。
「ようやく来たな。安心しろキョウヤ」
「え?」
 首を傾げた少年を見て、王が微笑む。
「この勝負、私の勝ちだ」

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