バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

31.今は亡き国

 ケルベロスが暴れまわった所為で、木々が倒され視界が僅かに開いた。
 視線の元凶たる魔獣を討伐したはずなのに、俺たちに向けられている誰かの視線は消えていない。
 少しだけ敵意が薄まった眼が、未だに俺たちを観察しているのだ。
 いいかげんに歯痒い、というか鬱陶しいと感じてきた。

「そろそろ出てこいよ! これ以上隠れてるつもりなら、お前たちも敵として扱うぞ」

 俺は脅すように投げかけた。
 傍から見たら誰に話しているのかわからない滑稽な姿に、その誰かは怯えた。
 
「……シズちゃん、行こう」

「待ってヒノワ! 危険だよ!」

「わかってる。でもあの人たちなら何とかできるかもしれない」

 生い茂る木々の後ろから、一つの陰が顔を出した。
 それを追うようにもう一つ、別の影が見えて、姿形をハッキリと現した。
 最初に出てきたほうは、黄色い髪が肩くらいまで伸びていて、狐の耳と尻尾を生やしている少女だった。
 もう一人の方は狼の少女だ。灰色の長髪が風になびき、少し細めの尻尾が見え隠れしていた。

「獣人の……子供?」

「そのようじゃな」

 背丈や顔つきからルリアと同年代くらいだと推測できる。
 こんな幼い少女が俺たちに敵意を向けていたのか。
 そう思うとゾッとする。
 人類種に対する敵対心は一体どこまで染み付いているのだろうか。
 あるいは別の理由で、ズカズカと近寄ってきた俺たちを警戒しなければならない状況になっているのだろうか。

「コソコソ覗き込むようなまねをしてすみませんでした。私はヒノワと申します。隣はシズネです」

 狐の少女ヒノワは、その年に見合わない丁寧な話し方で自己紹介をした。
 シズネのほうは、腰に携えた刀に手をかけ、睨むように俺たちを警戒しているようだ。

「さっきのケルベロスは魔王軍の差し金だよな? あれはお前たちの味方か? それとも敵か?」

「敵に決まってるだろ! あの化け物に私たちの仲間が何人も食われたんだぞ!」

 シズネが怒鳴るように言った。
 興奮して呼吸が荒くなった彼女を、ヒノワがそっと落ち着かせる。

「何があったのか教えてくれ」

「……はい」

 俺たちはヒノワから事情を聞いた。

 結論から言うと、アニマットという国はもう存在しない。
 予想通り、危惧した通り魔王軍の侵攻によって蹂躙されてしまっていた。
 やったのは王国を襲ったのと同じ大群のようだ。
 それが起こったのが一ヶ月くらい前のことで、今は生き残った僅かな人々と隠れるように生活しているらしい。
 さっき倒したケルベロスは、生き残り逃げた彼女たちを殺すために、魔王軍が放ったのだという。
 遠くへ避難しようにもケルベロスに見つかれば全滅してしまう。
 だから彼女たちは隠れるしかなかった。
 そのため外界とは完全に孤立し、外の情報は得られていなかった。
 そういう状況だったから、二人は俺たちを警戒して見ていたのだ。

「なるほどのう……。それで今はどこに向かっておるのじゃ?」

「私たちが隠れてる場所です」

「ヒノワ、一つ確認していいか?」

「何ですか?」

「今、国の中はどうなってるんだ? 魔王軍が潜伏してるのか?」

「……わかりません。ケルベロスがいたので、無闇に近寄れませんでしたから」

 ヒノワは悲しそうな表情で俯きながらそう言った。
 俺はこれ以上何も聞かず、彼女たちの案内に従って歩いていった。
 そして――

「着きました」

 森の中にそちたつ壁があって、その周りには大きな岩が転がっている。
 ぱっと見では壁しかわからないが、一つの大きな岩に案内されると、後ろ側に人一人がギリギリ通れそうな穴があった。
 そこへ一列になって入っていくと、徐々に空間が開けドーム状の空間ができていた。
 ポタポタと天井から滴る水が小さな池を作っていて、その周りには生き残った獣人で作った居住スペースがある。
 そしてチラホラ獣人の姿も見受けられた。

「おい、他の生き残りは? やけに少ない気がするけど」

「……これで全員なんです」

 俺は驚愕した。
 驚愕して言葉を失った。
 確か以前聞いた話だと、アニマットの人口は六十万だったはずだ。
 それが今、目の前にいるのは二十人くらい。
 しかも女性や子供の姿しか見えない。

「何人なんだ?」

「私たちを入れて……二十八人です」

「そんな……」

「悲惨じゃな」

 ルリアは悲しい顔を見せ、プラムは肩を落とした。
 かつて入国を阻まれた国は、もはや存在しない。
 それがどれほど恐ろしいことなのか、わからない俺たちじゃなかった。

しおり