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13.ただいま現世

 ああ……とても暗い。
 地獄で何度も見てきた暗闇が、今も目の前に広がっている。
 何も見えないし、何も感じられない。
 落下する感覚もない。

 そうだ――ここはもう地獄じゃない。
 俺はちゃんと試練を終えたんだ。
 だからなのかな?
 この暗闇は、とても暖かく感じられる。
 まるで日の光に照らされているような……そんな暖かさが――

「う……うぅ~ん……」

 俺は重い瞼をゆっくりと開けた。
 視界へ飛び込んできたのは、岩場でも灼熱の大釜でもなく、ただの天井だった。
 実に十万年ぶりくらいに、普通の天井というものを見た気がするよ。

「ああ……帰ってきたのか」

 俺はむっくりと起き上がった。
 どうやら王城の一室で、ベッドに寝ていたらしい。
 俺がベッドから降りようとすると、ガチャっという音がして扉が開いた。

「――! 目が覚めたのですね?」

「王女……様? えっ、何でここに?」

「覚えていらっしゃらないのですか? 昨晩、王城の廊下に倒れられていたんですよ?」

「俺が……?」

 身に覚えはないけど、彼女が嘘を言っていないことはわかった。
 同時に、なんとなく状況も察した。

「何があったのか存じ上げませんが、無事でよかったです。ここ数日間、あなたの姿がどこにも見当たらなかったので……」

「すいません……。あの、もう少し休んでいても構わないですか? まだ体調が万全ではないので」

「もちろんです。夕食は準備させますので、それまでゆっくりお休みください。私は一度お父様の所へ向かいます」

「わかりました」

 そう言って、王女様は部屋を出て行った。
 これで俺が寝ていた部屋は、俺だけになった……というわけではない。
 厳密にはもう一人いる。
 何だか王女様は忙しそうだったし、そっちに状況を聞くとするか。

「そこにいるんだろ? プラム」

 俺は自分の影に向かって話しかけた。
 すると――

「何じゃ、気付いておったのか」

 影の闇がググーっと盛り上がり、人間の形に変化した。

「王女様から気配が消えて、代わりに影のほうから感じたからな。いや、しかし……それが本来の姿か?」

「そうじゃよ」

 王女様の身体から出たプラムは、自分の肉体を取り戻していたようだ。
 髪の色や長さは王女様に取り付いていた時と同じだけど、外見年齢は一気に若くなった。
 女性……というより少女に近いのか?
 外見は十四歳くらいで、体型も子供のそれに変わっていた。

「どうじゃ見惚れたか?」

「いや……むしろ意外だったな。そんな話し方してるし、もっと年上の女性を予想してたんだけど……まさか、そんな幼児体型と――」

「ふんっ!」

「うっ――!」

 プラムの右ストレートが、俺の鳩尾にクリーンヒットした。
 突然のことで思わず膝を付く。

「何すんだよ……」

「レディーに向かって失礼じゃぞ! これでもワシは二千年以上生きていることを忘れるな!」

「……そういう理屈なら、俺は地獄で十万年以上過ごしてるけど?」

「むぅ……まぁそうなるのう。しかし変化というなら、主も相当変わっておるぞ?」

「えっ、俺が?」

「うむ。態度が異様に大きくなったのもそうじゃが……見るほうが早いか」

 そう言いながら、プラムは大きな鏡を生み出した。
 小さな手のひらから出現様子には驚かされたよ。

「ほれ」

「……これが俺?」

 俺は二度見してしまった。
 鏡に映っていたのは、俺が知っている俺じゃなかった。
 具体的に言うと、髪の色が灰色から漆黒に変わっていて、身長も低めだったのに一八〇センチくらいに伸びている。
 加えてヒョロヒョロだった腕と脚は、筋肉量が増えてガッチリした体系になっていた。
 まるで別人だ。
 自分でも戸惑うくらいの変化が起きていた。

「これ……変身魔法でも使ってるみたいだな」

「そう思うのもムリはないのう。ただ勘違いする出ないぞ? いくら見てくれが変わっても、主は主のままじゃ」

「それはまぁ、そうなんだけど……あれ? さっき王女様、普通に俺と話してなかった?」

 これだけ変化していれば、違和感を感じるはずだよな?
 会話内容も反応も、いつもと変わらない王女様だったけど……。

「ああ、それはワシが記憶を操作したからじゃよ」

「えっ、お前ってそんなこともできるの?」

「当然じゃ。ワシは真祖なのじゃぞ? できないことなどないのじゃ!」

 プラムは両手を腰に当てて言い切った。
 えっへんという擬音が聞こえたような気がする。
 見栄を張っているようにも見えるけど……。

「へぇー……本当なんだな」

「ほう、なるほどのう。そういうこともわかるようになったわけか?」

「まぁね。というか意外だったよ。てっきり裏切られるかと思ってたから」

「何じゃ? 信用しておらんかったのか?」

「当たり前でしょ? まぁ今は信用できるけどさ」

 実を言うと、俺はプラムが現れてからずっと、いつでも反撃できるように身構えていた。
 わけだが……どうやら杞憂に終わったらしい。

「あとさ? 俺ぇ~ お前の身体回収した覚えないんだけど、何で戻ってるわけ?」

「ワシの肉体なら、主が戻ってきて呪具が消滅したときに解放されたぞ。そういう仕掛けじゃったからのう」

「あーそうなのか。まぁいいけど。それで状況はどうなってるの?」

「うむ。あまり良い状況ではないのう……」

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