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さくらまじ命がけの行進1

♢♢♢

「失礼します、営業部の五辻です」
初めて自分から商品部へ出向いて包材の相談を持ち掛けた。この包材で行こうと思うが、在庫は確保できるか、そして粗利の回収は可能かどうか。
「五辻くんが来るなんて初めてね」
話を聞いて下さったのは商品部の課長。女性で、わが社初の管理職と耳にした。敏腕なのだろう。
「それほどこの取引に燃えて居るの? でも相手は中堅だから売れても20束が精々。まあでも、見直したわ。事務担当へ丸投げの営業担当ばかりで辟易して居たの。力を貸す、幾らで検討して居るのかしら?」
卸問屋への在庫確認と引き取りを受けて下さった。一礼すると「カールの髪が似合う」と微笑された。かわいがっていただけるよう、尽力する。

そして、事務担当の受注入力誤りで請求額ミスが発生したと聞けば、経理部へ謝罪に出向いた。

「営業担当のきみが謝ることでは無い、だが、奢り高ぶる五辻くんが頭を下げるはな、私どもからもチェックを厳しくするよう担当者へ持ちかける。きみ、いい顔をするように成った。元から器量はいいが、低姿勢こそ学ぶ意気込みと我々は捉える」
「今まで、すみませんでした」
革靴をかちりと合わせて一礼する。
「素直なんだな。きみが本気で業務に励むと言うのなら力を貸そう! 何でも相談に来なさい、円滑な業務こそ全社の発展に繋がるんだ。きみに期待する」
「ありがとうございます、全力で業務にあたります」

「そう。大袈裟かも知れないが、営業担当は全社の命運を担う。毎日が命がけの行進と言ってもいいだろう」

経理部内に響くタイピングの音は勇ましい靴音に似る。そしてデスクに置かれた電卓、大きな金庫が鎮座して『数字』が脳裏をよぎる。

「競合他社がひしめく中、危険を冒す価値がある。全社の生活が懸かって居るし、意識統一さえも達成させるからだ」
他部署の上司の言葉は重い、しかし期待されて居ると感じる。
「わが社の歴史に加わり、権威を高めるべく、五辻くんは職位をあげたまえ」
そうだ、職位だ。

「会社の心臓部・営業企画室へも顔を出しておきなさい。良きアドバイスが貰えるはず」

営業企画室では事務担当の受注入力はおろか、パソコンデータの管理。会社創設以来30年の取引データが保管されており、元営業部の西芦(にしろ)部長が配属されたと聞く。ん? 二重のセキュリティーロック、経理部より堅い防御とは。

「珍しい子が来たなあ? 営業部の五辻くん。通称・麗しのほくろくん」

出迎える明るい声とは逆に精悍な顔立ちが歴戦の猛者を思わせる。左手首に光る腕時計ブレゲのクロノグラフ・推定価格470万円がキャリアの高さを知らせて緊張感が漂う。しかもスーツがキートン。クラシコイタリア代表のブランドで、世界の著名人や政治家が愛用するカシミア使用の三つ揃え。70万円はするはず。厳格な雰囲気を醸し出し、己の若さを思い知る。

「五辻くんは、いたずらに高遠であると聞く。すまし顔は反感を受けがちだ」

しかし、俺の顔を知られて居るなら話が早そう。関連会社に負けず、取引をもぎ取るために数値を把握して、今日うまくいった・ではなく、繋げて行く仕事をしたいと話してみる。

「成程。成長過程と見た。ことを為すには先ず大体を把握して後に細部へ至れば百事成るのだ。
取引先は有限だ、1つ1つの取引先の意向を把握し、顧客と捉えよ。今は1つの商材の取引であろうと、きみを信頼し、やがて多数の商材を任せられるに違いない。大局を読むのだ」

難しい、これが幹部の言葉か。だけど、抜き差しならぬところへ来たからには指導を仰ぐ。



「最近の営業担当は事務官へ丸投げで、ただ取引を攫うだけが目的のように思えた。しかし、各所との連携があってこそ成り立つのだ。周りへの感謝を忘れず。いつでもデータ閲覧に来たまえ。過去の実績は鑑みるべき点がある」

営業企画室にはパソコンが5台ある。配属されているのは西芦部長と補佐だけなのに、心臓部か。
詳細を伺い、身が竦む。全社のパソコンデータ管理及びサーバーメンテナンスも行う。社内外のメール履歴、各メーカー閲覧履歴、営業部でいえば受注入力および納品書データも把握し、毎日正午から13時にかけてメンテナンス作業へ入り、その間は例え取締役社長であろうともパソコン操作が許可されない。隠し事のできぬ世界。逆に、この部署が機能しないと全社のデータはハッキングされる可能性がある。強靭なウイルス対策だろう。

自分の体を想えと言われ、何かなと思ったら「心臓は常に動き、肺も休まず呼吸する」そうか。会社の中枢部・休むものは無し。
壁を見やると8センチはある分厚いファイルが整然と埋め尽くす、万が一データが破損しても残せるよう、紙媒体での記録保持か。
営業部の棚は包材のカタログと納品書の管理だけ。しかも、各自が乱雑に扱うので縦横無造作に棚へ放り込む。まるで別世界だが、この空気に屈せず何としてもお力添えを頂戴したい。

「勇猛心が無いものは常に負け戦。五辻くん、昨年は埋もれたから理解できるだろう? 現在与えられた時間で最善を尽くせ」
「ありがとうございます、過去の実績を踏まえたうえで、自分は超えて見せます」
「本気なんだな。よし。その男気、気概を待ち望んで居た。五辻 英くんだったな。きみに賭けてみよう」

お、西芦部長は俺より背があるんだな、182センチくらいか。ついていくと、企業のデータを閲覧させていただけた。東証一部上場企業で、流通業だがコンビニも展開している大手F社。

「今は他社が窓口だが、かつては私が担っていた企業だ。どうだ、昔のよしみで連絡をとってやろう。行けるな?」
「畏まりました」

外垣を伴い、出向く。どんな資材が今必要か伺うと「紙ストロー」。初めて扱う食品資材だが丈夫なものが欲しいと仰る。成程、紙ストローはプラスチック製とは異なり地球にやさしいが、長時間の使用には適さない。お子さんが少しづつ飲むと途中で使えなく成るだろう、改善の余地がある。そして「また話が聞きたい」と言っていただけた。西芦部長のお力添えに感謝したい。

『礼はいい。容姿端麗で勤まらぬと入社2年目で知ったはず。埋もれたのだからな。会社とは頭脳を欲する。要は中身だ』
言葉が響く。昨年の怠惰を猛省する。
『後釜を育てるのは上司の務め。私の経験及び技術をきみに託す。羽ばたくさまを拝みたい。関係部署への挨拶を欠かさず連携を強化せよ』
砲台に乗った面持ち。
『五辻くん、1人で渡れるほど世間は甘く無いし、会社の名を背負って動く責任の重さを知ること。応援するぞ。生末を見守る』
業務の他にも西芦部長からは『きみはグレゴリーが似合うように品格を整えよ。イタリアブランドで美しいショルダーラインが特徴のスーツだ。着こなす姿を楽しみにする』とエールを頂戴した。部長の一言一句に無駄がない。目指す姿があるのは業務のよりどころ。しかし、そのスーツは幾らするんだ。検索しようとしたら着信だ。


早速、他社から連絡が入る。
『F社さんから聞いたよ。食品包材も扱うんだって? 太いストローは無いかな? タピオカが吸えるもの』
ああ、流行して居るからな。自分だけでは対応できず、他部署へ「分からないので教えて下さい」と教えを乞う。外垣がコンビニでタピオカドリンクを買ってストローを確認する側で、既製品対応が可能か自分も調べてみる。流行は一過性、できれば製造せずに既製品で納品できる体制を作りたい。不良在庫は置かないようにする。

「五辻くん。メーカー直送で一括納品したらどうだ?」
上司からの指示、そうか、配送コストもかからず在庫も置かなくて済む。しかも、一度で大量に捌ける。
「合点承知です」
上司の妙案で行こう、各所へ相談だ。
「先輩、覇気がありますね」
外垣を連れて駆け回る。

――関係各所との連携がうまくいき、営業に追い風を頂戴できたと感じる。取引先へ出向いた際にはそこで手土産を購入し、取引先の売り上げ貢献・そして部署へ渡すことで顔見世もできて居る。
「かわいげがあるわ」
商品部の課長から手厚い指導も賜れるように成った。
「うちの粗利は売価の7掛けとは知って居るわよね。しかし製造コストを考慮すると売価設定は高めにしがち」
あ、確かに上乗せした金額を提示する。
「そうすると取引先からそっぽを向かれる、同業他社と比較するからね。売り手は数多居る」
うちより安く提示した会社の勝。『毎日が命がけの行進』か。会社を担う営業担当の重みを知る。
「商品部としては高く売って欲しい、だけど営業としては在庫を置かずに確実に売りたい。その軋轢に屈しないで粗利を確実にとること」

計算だらけ。

「営業職を甘く見て居ました」
「気付けたから、いいの。ここからよ。分からない時は『ここが分からない』といつでも聞いてね。部下を育てるのは上司の務めなの」
素敵な笑顔だなあ。
余裕があり部下への配慮を忘れない管理職の言葉が響く。俺はこの位置まで駆け上がりたい。
「水滴が石を穿つように、こつこつと励めば発展の基と成るわ。そして、あなたの頑張りはいやがうえにも全社の士気を高めるはずよ」

そうか、結果を出そうと慌てず、俺なりに自分のペースで業務にあたろう。

「心得ます」

「あら、笑顔のかわいいこと。和顔愛語って知ってる? 汝自身がほほ笑めば心に仏さまが宿るがごとく」
嬉しい。励みに成る。

「流石は後輩・外垣くんの性欲のはけ口ね」

……課長は、俺が手土産で持参したラングドシャにクリームチーズを挟んで折り鶴のように抓んだ甘味を手にしながら呟くが。

「今、何か?」
「ごめんなさいね、言いなおす。読み違えたわ」
よかった。
「全社があなたを狙い撃ち」
「脇を締めて挑みます!」

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