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さくらまじまじ甘えがち4

宮津さんから猫のスタンプで『今日どう?』と送信された。話がしたい、会いに行こう。
待ち合わせ場所は駅前にある牛肉料理専門店。
ガーリックライスを牛肉で巻き、チーズを載せたものが出てきて『ガーリックか、匂いが残らなければいいが』と感じたが、店員さんがテーブルへきてバーナーでチーズを焼き、とろとろにしたので驚いて興奮する。聞けば宮津さんはガーリックも好物だそうで。ふうん。

「昨日さ、お兄さんがうちに泊まったよ」
はあ、何ですって?
「お風呂貸すだけのはずがね、寝ちゃったんだ。笑える」
まさか。
「お兄さんって自由だなあ。裸で、ぶらぶら下げて室内を歩いたよ」
愕然とする。帰ったらしつけする! 自分の裸を見られたような屈辱感と羞恥心に苛まれる。
「いつもきちんとして居そうな、あきちゃんと違うんだねえ、アハハ」
笑われて居る。やるせない、沈鬱だ。
「スーパーボウルの話をして盛り上がったよ」
野球か、俺は関心が無いや。郁はスポーツが好きだもんな。行き場を無くした性欲の発散に運動をするくらいだ。

「あきちゃんのお仕事ってさ、スーパーボウルと比べてどれだけ輝く立場なの?」
職位のことかな。俺はまだ主任でも無い、そう伝えると「ふーん」で会話が途切れる。無粋な指摘にも思えたが、宮津さんは店長だもんな。それに、股を開いて座るんだ、これもプライドの高さゆえか。少し、遠さを感じる。

「あ、この写真見て。今にも朽ちそうな吊り橋だろ? とある人と渡ったんだ」
いい人が居たのか。それはそうだよな、フリーな訳が無い。
「失礼ですが、どんなかたでしょうか」
興味がある。
「一言でいえば『おじさん』だなあ。寝てばかり居るよ。リビングでも寝て居て、掃除機がかけずらい。音で起こしそうだしね」
そういうことじゃない。何しているの、その人。
「だから、ルンバを買ってみた」
「何か違います!」
「そう? ああ、ルンバってさ、清掃するとき裏返すんだけど、カブトムシみたいなんだよ、アハハ。かわいいよね」
「あなたが楽しいなら、なんでもいいんです……」
調子が狂う、でも居心地がいい人。愉快だからかなあ。何でも楽しいと受け止めて居そう。へんてこだけどかわいらしい。

「でもさ、ここ3日ばかり帰って来なくて」
はあ?
「いつも朝の6時には出て行って、夜の22時に帰って来るんだ。もしかして、都合のいい相手にされて居たりとか無いよなあ」
どう言うことだろう。よくよく聞けば、朝の6時前に起こされて、家を出たいと喚くそうだ。だが、いざドアのカギを開けると出て行かない。構って欲しいだけだろうか、はた迷惑。

「そういう人って、ブレグジットと呼べそうです」
宮津さんが目を丸くする。

「英国の欧州連合離脱、のことです」

大騒ぎしておいて、いざとなると煮え切らない姿を指すはず。
笑いを取ろうとしたが傷付けたらしい、宮津さんが表情を曇らせる。俺は相手が年上だからと背伸びして、口が過ぎたのか。

「あきちゃんの言ってること難しくてわっかんないや。サラリーマンって政治状況も把握するの? ふーん」
置いていかれた。

「……ぼくは相手の欲しがる服も買ってあげたし、ご飯だって好物を作るのに、味が気に入らないとかあるかな、自分の努力不足なんだろう」
それは貢いで居る感じだ。
「なかなか理解しづらい面はある、どうしても他人だからさ、あきちゃんとお兄さんみたいに一緒に生まれた身内では無いし」
ふうん。
「そう、先日ね、ぼくは頭痛が酷くて鎮痛剤を飲んだんだ。そうしたら眠気に襲われて『先に寝るね』と声をかけたら『ご飯だけ作ってくれよ』と言われて」
何それ。
「痛みって理解しづらいよね、足に青あざができるのとは訳が違って見た目では分からない。少し悔しくて泣くのを堪えながらフライパンを握った。オムライスを作って出して、すぐに寝たけど辛かったなぁ」

淋しそう、なんて言えばいいのか。

「一言欲しかったんだ、大丈夫かって。甘えだよね、ぼくはどうかしてる。眠いから寝させてって言うぼくも自我を通そうとして居るんだからさ」
「あの、僭越ながら、そういう方とはきちんとお話された方が宜しいと思いますが。あなたのために成らないです。先ほどから伺えば、どうも振り回されておられます」
「うーん、難しいよ」
あ、言い過ぎた。
「いつも、ぼくの話を聞いて貰ってばかりでごめんね」
「それは別に構わないんです。話すことで楽に成ればとも思うんです、でも」
しまった、言葉を飲み込まなければ。
「うん。愛情に強く傾きすぎかなあ。どうも、ぼくだけ置いてきぼりの悪寒がしてる」
気付いたなら別れたらいい。言い出せないが。人の恋路を邪魔したら馬に蹴られるし、人としてどうかとも思う。
でも、放っておけない。どうしたらいい、話を聞くだけであなたを救えない。
わが身は無力無能だったと思い知る。知恵が湧いて出て来ない。
誘い方も、人の気持ちを受け止めるのも経験が無い、しっくりせず窮地に立たされたのを知る。



宮津さんが「きみは忍耐の石だね」とぼやいたので、意味が分からず検索した。身の不幸や悲しみを話すと飲み込んでくれて、悲しみの心を開放する魔法の石。ペルシャの神話だった。俺は魔法使いでもスーパースターでも無い。話を聞くだけで力に成れそうに無い。でも、何とかしてあげたい気がして居る。

「こてんぱんにされたか。お兄ちゃんが居るぞ」
「煩い、心の内を読むな、同じ顔で!」
歯磨きして居るんだから声をかけるな。
「押しても引いてもだめな時はある。ご縁が無いと言うことだ」
どうしたらいいんだよ。
「相手の幸せを願うんだ」
「簡単に言うな」
「英、何でも自分の想い通りになると思うなよ、誰にだってゴールが決められない瞬間はあるはず」

そうなのか。今までが幸せだったんだ。
タオルで口を拭うと郁に続いてリビングへ向かう。カウチでありながらオットマンも付属するタイプのソファで、ブラウンXベージュのツートンカラー。長さが2800ミリ高さは350ミリという、二人暮らしには贅沢なものだが、たまに郁がここで寝るから丁度いい。俺もこのソファーが落ち着く。

「自分の心の良し悪しだって甚だ間違いが多いものだ。自分の考えを改めて反省せねばな。英は驕って居たと思う。暴言ばかりで、いつかは人を遠ざけると危惧して居たぞ」
そうか、俺の言葉遣いや態度に問題あり。それ以前にお相手が居たのだが、これは日頃の行いが悪くてご縁を遠ざけたと猛省すべきか。へこむなぁ。

「改めなければならぬことを改めない者は、無限の堕落者と呼ぶ」
手厳しい、初見だ。それほど、俺を危惧してくれて居るのか。

「気を取り直して、録画してあるラグビーの試合でも観る?」
今、何と?
「もう観てたんだろ! いいこと言うと思ったよ!」
「じゃあ、クマノミの動画を見せてやろう」
あのオレンジ色のかわいいクマノミを見てどうする。
「クマノミってな、相手がいないと自分を性転換するそうだ。思い切りが大事、おまえも相手が居ないから、あの人と言うことでも無かろう? たまたま会ったんだ」
そう言い切れたなら楽だが。
「よし、性転換だ」
「違う。俺はこのままでいい。たまたま、宮津さんを」
「だろ?」
そうなのか?
「オレから見たら宮津さんは英に沿わないと思うぞ? あまり縋らないように、と言いたいが、恋愛は自由だからな」
郁に宮津さんと会った経緯を聞きそびれたが、さほど問題無さそう。それより、郁は達観して居る気がする。

「だらしないオレが言うのもおかしいけど、相手にデリカシーがあるか見極めろよ? 品格が備わる人と交流したらいい。自分も向上するだろ」
大きなソファーでも股を広げない郁に、ふと気付く。まあ、いつも通り。俺も足を組むくらいだし、今どうしてそれを気に掛けたんだろう?





「よう、春風に揺れるカール髪の伊達男・五辻 英くん」
上司か。憂鬱だな、でも席を立って挨拶すべきか。
「噂通りの焦燥ぶり。私の部下が行き場を失った恋心にさ迷い、抑圧した想いで色気を増幅し、只ならぬ気配を醸し出すさまを看過しない。何があったか経過及び結果を報告せよ」
「セクハラです」
ほっとけ。
「愛想が無い、上背のあるきみを注意するだけで見上げねばならん上司の想いに感謝したまえ」
「はあ」
上司は背が低いなぁ、俺が高いのか。
「上司に対して口の利き方を知らぬ驕りぶり。しかし憂う表情で性的魅力が爆発して駄々洩れだ。強気の容姿端麗が嫋やかなさまは初見、弱さを見せつけて隙だらけ。おかげで全社がきみを狙い撃ち」
もういや。有象無象が群がる世界。
「会社の風紀をかき乱す五辻くん、私の話を聞きなさい。先ずはアンクル丈のスーツを注意する。足首の露出を抑えろ。どこのアイドルグループのセンターだね?」
「動きやすいんです、それに今日たまたまです……」

「何をそんなに迷子と化すのか。まさか、青春なのか!」
上司は常日頃から部下の俺を叱咤し、指導されるから構いたいのだろうか。
「きみは営業職だろう、相手を口説いて落としてなんぼだ」
そうか。
「人は業務だけで生きられぬ。趣味や色恋があってこそ人生に彩りを添えるのだ」
「理解します」
いい上司だ、そこまでお話して下さるとは。

「どうだ、きみも詩吟をしないか? 仲間を探して居る。私は雑誌にも掲載されて賞を頂戴した」
何の話ですか。
「怪訝な目つき。安堵しろ、当たって砕けて粉々に成ったら業務がきみを待って居る。上司として、お相手を獲得しない腑抜けは看過しない。ノルマを課す、新規取引先開拓を命ずる、心してかかるように」
「パワハラです」

「口の減らない魅惑のほくろくんめ。これを持て。そして邁進だ」
生臭いと思ったら、デスクにずるりと魚を載せた。どう見ても新巻鮭。なにゆえに?

「本日、取引先から手土産で頂戴した。持ち帰りたいが、我が家では切り身しか受け付けぬ。魚の顔が怖いと家内が言うのだ。断腸の想いできみへ託す」
いらん。うろこが眩しく光って生々しい。まず、カバンに入らん。
「丁度花冷えの日が続いておる。これで鍋をつつこうと誘えば宜しい。断られたら私がきみと鍋を囲む」
「臭いので結構です」
郁は鮭が好きだから喜びそうだが、切るときに手が臭く成るんだよな。
「鱈なら食べるか」
「最早、自分の応援とは思えませんが?」
「そう。目的はきみとの食事会」
四十男の狂い咲き。このとち狂いめ。
「きっぱりお断りします」
「取り付く島のないかわいい部下め。この新巻鮭はなんと1200円らしく」
「たいそう、安価ですね。北海道産ならもっとしますよね、ノルウェー産もなかなか美味ですが」
上司がデスクを叩く。
「縋らせ上手。この魅惑的なほくろくんめ。営業成績が良いからと図に乗るな。お相手を獲得せよ、逃がした魚は大きかったと愚痴をこぼす部下は要らぬ。行け、しくじったら更迭する」
「またしてもパワハラです」モラハラも問いたい。

「口が減らない伊達男。指導のし甲斐がありそうだ。人生に価値を見出した、私と言う枯れ木に花が咲く。きみをしつけてくれようぞっ」





会社を出ると突然ネクタイを引っ張られ、そのまま胸倉を掴まれたので、反射的に腕を払い、よろけた相手の肩を圧してアスファルトに伏せさせた。左手首にして居る腕時計・タグホイヤーのカレラにひびが入って無いか確認する。ああ、無事だ。これは親から貰ったものだからな。
「てめえが店長を連れ出してんだろっ」
呻く声が聞こえて驚く。この通り魔、宮津さんの知り合いか?
「ぶん殴ってやるっ、許せねえ」
暴力を振りかざす意図が読めない。

「ぶん殴るって? そんな言葉は聞き苦しい。言葉の強さですごむな、本当に強い人は口にも出さない。圧をかけるのは自分が非力で弱いと認めるようなものだ」
男が立ち上がろうとする。脱げたスニーカーが転がったまま、靴下でアスファルトを踏みしめるのが無様。
「五辻ってんだろ。その面、肉屋で見たぞっ。名刺で会社も名前も確認した」
名刺? 宮津さんに渡したそれのことか。え、どういう関係。何がどうなって居る、だが先にいわれのない暴力を振るわれた。

「人の名を気安く呼ぶな、自分が名乗りもせず」
正当な対応すらどうかと思える。俺より背が低いから屈んだら蹴りやすい、潰すか。

「昔の人は相手を傷付ければ仕返しされることを知って居たらしい。だからむやみに手を出さない。貴様はしつけられて居ないのか」
俺だって、反射的にやり返しただけ。
「俺を愚弄するのも許せないが宮津さんに迷惑をかけて居るのなら鉄槌を下す。よく聞け、間抜けめ。手は剛拳とも合拳とも言う。合拳を習慣としてこそ、人に危害を加えないはずだ。人となりを問うぞ!」

心持が曇って居るから相手を想えないのだ。なんて卑劣な人だろう。いや、最早人では無い。こんなものを相手にして居るのか、何か事情でもあるのか? 俺からしても初見でだめ男。くずじゃないか。

ん? ボトムの裾を誰かが引く。

「先輩、抜群の反射神経に惚れ惚れですが、周囲がしり込みして居ます。相互に恫喝しあう遊戯をお止め下さい。お国の機関が来てしまいます」

何で片膝着いて見上げて居るんだ。

「しかし麗しい絶景です。その鍛え抜かれたであろう股ぐらに痺れます、僕は感動すら覚えますよ、股下推定90センチ。性的な香りが馨しい(かぐわしい)です」

何を口走って居るのか、理解できない。

「僕を蔑む冷酷な視線、一撃で目まいを覚えます。この美脚と称賛すべき、しなやかなおみ足に縋りついても宜しいですか?」
「……っ! 尻を揉むな、あほう! 公共の道路上で恥さらしだ、どこか行け!」

「どこへ行きましょう?」
「違う、1人で行け! 腰を抱くな、俺に触るな!」
腕まで回しやがる。

「先輩の楽観主義・オプティミズムにも惹かれております」
「だから、手を引くな! エスコートするなっ。制裁を加えるぞ!」
ほぼ同じ背丈の戦慄、容易く手を取られて居る。

「もう許さん、おまえとは一線を越えたく無いっ」
訳が分からん。屈辱を覚える。俺の周りは野郎だらけ。

……ああ、でも確かに周りは人の波で渋滞して居た。

「先輩、怒りの念が起きた時は憂いが生じ無いか考えたほうが宜しいです」
ん?
「愚か者を相手になさらず。あなたの人となりを疑われますよ?」
この子、敵わないかも。

「大変不躾ですが、SNSの流れと先輩を見て感じるんです」
うん?
「誰に対しても暴言を吐く人は、自分に酔って居ると思う節があります」
驕り、か。

「強い自分をイメージして陶酔して居る。その陰で暴言に傷つき涙を堪えるものに気付かない。自分自身も自我を失い、壊れて居ると気付けない、違いますか?」

外垣が悔しそうに言葉を振り絞るので、俺は自分の言動で後輩である外垣を傷付けたと、ようやく理解した。正しい背中を見せなければ。

「でも、そんなあなたに思い初めましたよ」

ん? まさかね。

しおり