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さくらまじまじ甘えがち3

「営業部の魅惑のほくろくん。おはようっ!」

他部署に肩を叩かれる。顔を覚えて貰えるのはいいのだが、容姿のあだ名で呼ばれて名前が出てこないし、入社2年目、確かな実績が無いと会社の負債になる。それに、事務担当の女性陣から「もっと爽やかな挨拶をして欲しい」何故だろう。

部屋でも狙われて会社でもおかしな雰囲気。最近、視線が突き刺さる。目立った言動は慎んで居るのだが、これが2年目の試練なのか。営業部へ向かう階を踏む靴が軋む音を響かせる。

「五辻さん、魅惑的な腸腰筋で女性陣から反感を買って居ますよ。ここでどーんと項でも曝け出されたら如何ですか?」
祭囃子かと思った。後輩の外垣(とのがき)は朝から賑やか。

「おまえが何か言いふらして無いか?」
「いいえ? だって僕はあなたの踝(くるぶし)が好きなんです」
何を言い出す、身体の一部だぞ?

「いつ見たんだ? だから俺の誕生日に靴下をくれたのか!」
気分を害する。

「隙あらば凝視しますよ。滑らかに磨き上げられた肌のおみ足、そそります。脳内で動画再生して嬲っております」
髪を整えながら爽やかに言うな。
「口が減らない、あの靴下は捨ててくれる」
「不満ありげなご様子、失言しました。陳謝します」
分かればいい。

「手首です! その小指側の出っ張った尺状茎状突起で、いっそ、僕を蹂躙して欲しいんです!」
ふざけやがって、放り出す。
「黙れ、あほう! まさか俺を性的な目で見て居るのか」
「暴言に痺れます。その美麗で端正なお顔立ちから飛び出すとは思えぬ荒々しさ、貫かれます!」
「どこか行け」
かわいい顔して破廉恥め。

「五辻さん」
「なんだよ」
目線を合わせるな。

「熱いお茶でも放っておけば温度は下がります。喧嘩に乗らずして吉です」
「おまえが仕掛けたんだろ」
「その見下す視線が麗しい、提示します、渾身の想いでタックルの許可をお願いします」
両手を広げるな。只でさえ似たような身長、益々大きく見える。
「只ならぬ性欲をどこかで発散してこい、俺の視界から遠ざかれ」
「先輩に出会えた奇跡に感謝して居るんです、ご指導賜りたいんです」
それならそうと。

「がんしゃも厭わない所存です」
「今、何か?」

猛獣使いに成りたい、ふざけた野郎ばかりが群がって来る。止め時が分からない。野郎同士で補い合うのはごめんなんだ。

「そこの営業部のノッポたち。粒ぞろい同士で戯れない、業務に励め。特におまえだ、五辻だっけか、春風に揺れるカール髪で麗しの伊達男。入社2年目だろう、学生気分が抜けないと出世しないぞ?」

他部署に恫喝された、こいつのせいだ。苛立たしくも外垣を連れ出し、営業に出た途中で、宮津さんを見かけたんだ。平日勤務の自分と、平日に休みがある宮津さんと、意識した。異業種に関心を持つ。



郁からLINEがあり、宮津さんが勤務するショップへお直しをお願いしたボトムを引き取りに行って欲しいとのこと。会社帰りに立ち寄ると、レジに宮津さんが居たのだがクレーム対応の真っ最中。まずい時に来てしまった。しかし、吠えるお客に対して毅然とした態度で接して居る。
俺なら慇懃無礼な態度を恫喝したい。でも、宮津さんはあくまでショップとスタッフを守るんだ。男気がある。接客販売業か、奥が深い。

「あきちゃん、来てくれたんだ? 仕事帰りだね、お疲れ様」
「あれ、俺って分かるんですか」
スーツだからかな。ほくろにも気付いてたのか。

「体形が少し違う、お兄さんより細めだし、顔つきが引き締まってる」
「ほくろじゃ無くて?」
「ああ、それもあるけどさ。ぼくからしたら分かりやすいよ。スタッフだから人の体形は一番気になるからね。サイズの検討しないとさ。職業病だけどさあ」

ゆらゆら歩いて行くなあ、どこかへんてこりん。

「あ、ごめん。名刺交換を忘れてた」
社会人だからかな。別にいいけど。……は? 店長職。どおりでクレーム対応も難無く熟せた訳か。
「たまたま任されただけ、僕は敷居が高いものじゃ無いから、普通に接して欲しいな。記載してあるLINEにスタンプばんばん送ってよ? うさぎとか猫がいいなあ。かわいいもんね」
「そういうのがお好きですか」
また、お茶目な面が覗く。
「時にはふざけたいじゃん」
ああ、分かる。

「あの、何時まで勤務ですか?」

折角だからと晩御飯に誘った。駅前は夜に成ると賑やかで繁華街らしい顔を見せる。事前に下調べをして居なかったので、近くのイタリアカジュアル料理店・リストランテへ向かう。ミラノ風カツレツをシェアしたが、お肉が好きだと言って喜んでくれたのが嬉しい。締めに俺はエスプレッソを頼んだが、宮津さんはジェラート。豆類がダメだもんなと眺めたら「少しちょうだい」と言われて戸惑う。
あ、ジェラートにかけてる。なるほど、アフォガードか。

「宮津さん、コーヒー飲めるんですか?」
「甘くしたらね」
「豆類がダメでは無くて?」
「うん。苦手ではあるけど、上司や同僚とカフェに立ち寄って飲む機会が多いから慣らしてる」
ふうん。
「香りは好きなんだ。苦いのが無理かなあ。だから、お砂糖沢山入れるんだよ」
「へえ、どれくらいなんですか」
「7.8杯はいく。水面が見え無く成るまで」
はあ?
「口の中がじゃりじゃりして、コーヒー味の飴みたいなんだ、アハハ」
冗談だよね?
「そこまで無理して飲まなくても。紅茶でいいじゃないですか」
「きみは真面目だよね。ぼくも嘘はつかないけど、律儀な感じ」
あなたが年上だから、相応の対応を心掛けて居るんです。
しかし、何だかお茶目と言うか、へんてこりん。面白い人だなあ。もっと、話をしてみたい。



「このお店はショップから近いのに、誰もあなたに気付かないようです」
それが不思議。顔を知られて居るだろう、スタッフだもんな。
「上司に『おまえは立って居るだけでいい、お客を呼べる』と言われてから、身なりにも気配にも気を付けて居るんだ」
どういうこと? 今、着ている服は一見シンプルだけど逆さになったクマのプリント。カモフラージュみたいだから分かりづらいが。
「男としては背が低いからだと思う。それに、あきちゃんみたいに美麗じゃないから、お客様が話しかけやすいらしい、スタッフとしての素質ありと認められて居ると受け止めた」
うん、まあ。人懐っこい雰囲気はする。
「あきちゃんは小顔だから、一緒に歩く人は大変だろうねえ。アハハ」
そう? あなたは気楽そうだけど。

「誰もぼくに気付かないのはオフだから。普段は気配を極力消す。ぼくの活躍する場はショップだから、自分のオーラはそこで全開にする」
成程、これは俺にも使えそう。異業種との交流は必要だな、いい話を聞けた。

「アドバイスと受け止め、使わせていただきます。ありがとうございます」

「他を気にしないものは物事を貪ると思う、雑に扱うしね。しかし、人と接して礼節を弁えて居るあきちゃんは、立派だと感じるよ」
人に褒められたのがこんなに嬉しいとは。覇気が漲る。
「スーツのせいでも無いな、あか抜けてるし。そういえばショップでは今、季節の変わり目だからデニムが売れるんだよ。着る服に迷う時ってデニムじゃない?」
ああ、そうかも。
「デニムにも12オンスとか、厚みで違うんだ」
毎日スーツだから忘れて居たが、矢張り異業種の人との交流は響く。自分も胸を張って仕事の話がしたい。



今日の外回り、営業活動はいつもより真摯に向き合おう。

「これはようこそ、五辻くん。おお、後輩だったかな、外垣くん。粒ぞろいの営業担当」
顔を覚えて貰えて大助かり。
「お見知りおき下さり、感謝します」
「うん? パーマをかけた営業担当は珍しいからさ。同行者はストレートで覚えやすい。それに美麗だしね。お二人そろって魅惑的。目の保養だよ。花間を思わせる」

そんなつもりで無く。でもまあ、後輩の外垣を連れて歩き出してから、覚えられて居る気はする。こいつも玉子型のかわいい顔をしてるし、スーツも拘ってる。目立つのか。ふうん、じゃあ、もっと強気で攻めてみよう。

「今日は藤柄の包装紙を提示します。これからの季節は桜柄が多いのですが、和菓子などの贈答用に、品があると思いまして」
担当者が頷く、いけそう。タブレットを手渡す。
「紫地に白い藤柄です。商品名は『いろは』と申します。758X530ミリ、厚みがあります。50枚入り1束1612円で如何でしょう」
悩んで居るな。
「数を。例えば6束購入していただけるのなら勉強します」
ここで、落とす。
「5912円で提示します」
これ以上はまからない。言い切って俺の強みを全開でいく。圧してみる。

「よし、勝負時と見た。貰おう。伊達男の提示内容を承認するぞ」

「ありがとうございます」しかし、どうせならこの案件も売りたい。

提示したのは歌舞伎柄。これは卸問屋の決算棚卸の際に出てきたという、いわゆる不良在庫だが、縁あってうちの会社が買い取った。10束ある。
「春先はお祭りが多くなりますよね。この柄は他社では容易に見付けられないはず。『みます』と申します。サイズは『いろは』と同じですが、若干紙が薄目ですので、1375円で如何でしょう」
まだ落とせるが、10束全部売るのが目的。担当者は柄を珍しがり、気に入ったようで、思惑通り10束購入即決された。
「面白い柄なのに、安価だ。これは良い提示内容だと褒めたいね」

粗利を確保、取引先に勝たせたように見せて俺の勝だ。宮津さんのお陰。きっと、あの人は俺が栄光を掴むための道標。
さて、上司へ報告してから帰社しよう。

「行くぞ、外垣」
「先輩の圧が迸っておりました(ほとばしる)、いつにも増して魅惑的」
何でもいいや。
「僕を誘惑する目的でしたら、達成です。おめでとうございますっ」
何だって?
「先輩、お手を拝借」
ん? 肘をどうする気だ。
「甲を吸うな、おばかさん! 肘を撫でるのも許可しない、この変態、近寄るなっ」
「戯れですよ、本気に為さらず、お静かに」
おまえがやらかしたんだろ。

「下着のラインを確認いたします。紳士服コーナーでバイトした実績をここで披露しましょう。ブランドを当てて進ぜます」
引っ張るな!
「黙れ、煩いぞ! だから、触るな、汚らわしいっ。目を輝かせるな、どこのお人形だ、おまえは」
ふざけた野郎しか居ないのか。俺は毎日この身を晒し続ける恐怖を覚える。



――帰社して、2Fの営業部へ戻るべく階を上がると、外垣が裾を引く。踊り場で見返ると笑顔だ。何だ?
「そう言えば、昨日、お兄さんにお会いしました」
はあ?
「僕の妹が『ブルー・キャット』というゴスロリのショップでバイトしておりまして、迎えに行きましたら、あなたにそっくりな方がレジを担当されて」
あいつ。聞いて無いぞ、まあ、でも働く気に成ったなら。しかし、ディープなショップでバイトだなぁ。
「晩御飯をごちそうに成りました。隣のショップの宮津さんと言う方と一緒に」
何だって?
「3種のサーモン盛り合わせが美味でした。ああ、それと」
「なに」
耳を貸して・と手招きされた。

「お兄さん、EDですって」
何ですって? 自分でばらしたの?
「ショップのスタッフ全員ご存じですよ。応援されて居るらしく、お客様にも好感度が高いそうで容姿端麗とは親御さんに感謝ですね」
生きていけるんだろうか。俺なら無理。

「五辻 英さんは20歳まで生きられぬと言われても未だに生存して居るという、医学の読みを疑う事実。喜ばしいことです」
あいつ許さない。双子の秘密をべらべらと口が軽すぎ。

「初見であなたは雪のように儚く消えそうな印象がありましたが、納得です。心臓が右にあるそうですね。鼓動を確認したく、お触り宜しいでしょうかっ」
「溌溂と言うな」

「いえ、スーツの上からだなんて申しません。弄りたいので脱衣をお願いいたします。もしくは脈を測りたく手首の露出を重ねてお願い申し上げます」
手首の骨がどうのって言ってたな。

「握る許可を全力で申請します」
迫りくる恐怖。
「診察はお断りする、そして舐めるように俺を見るな。まあ、同情されないのはありがたいけど」

「そこです! 五辻さん。縋らせ上手」
何がだよ。
「心を閉ざさず生きていきましょう!」
「うん、そうだな」
俺は心を閉ざして居るの? 人からはそう見えるのか。
「五辻 英さん」
またフルネーム。

「あなたは小顔で顎がとがり、美麗だから黙って居ると驕りと思われるのですよ? 誤解されるのは損です。積極的に心を開いていきましょう」
そうなのか。ああ、だから女性陣に『爽快な挨拶を』と注意されたんだ、ツンツンして近寄りがたいという意味だったか。宮津さんにも『あきちゃんと違って』とさりげなく言われたし。ふうん、これから正さねば。

「ありがとう」
「僕も心がけております、人間社会の事柄は刻々と変換していきますから」
外垣はA1ランクの大学で社会学を専攻と聞いたな、移り行く社会と揺らぐ家庭の在り方か。有能な後輩に出会えたものだ。人真似では無い言葉の重みがある。

「先輩には、ほくろがあり、かわいげがございます。つけいる隙があるので危惧なさらず」
うん?

「こうして、あなたのポケットに容易く手を突っ込めると言う訳でございます」

やめろ! しかもボトムの方だ、信じがたい。同じくらいの背丈の戦慄。幼げ残した顔してとんだ悪ふざけ。常軌を逸したおぞましさ。

「温い(ぬくい)です」

「感じるな、手を抜け」と掴むと「爪が」と手を取り凝視されて、膝の裏を腿で蹴る。しかし、しがみつかれて共倒れ。床に崩れたさまを他部署に見られた様子。
「カールの伊達男とストレートの好男子が乱れ髪。くんずほぐれつ、おや無様」
生き恥晒しても死に恥晒すなと言う親の言葉が脳裏をよぎる。走馬燈ではあるまいな。出征街道に暗雲が立ち込める。こいつ!



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