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狂宴-⑤―

 ロックは右脚を防ぐ為、彼は右逆手に持ち替えた翼剣の腹で銃弾を弾いた。

 続いて放たれた二発目を、ロックは刀身で受ける。凶弾を受けた反動で、彼は距離を稼いで、地上に降り立った。

 ロックは、翼剣から立ち昇る硝煙を見る。

 銃弾の刻まれた翼剣を挟んでの向こうに女がいた。

 彼女が頭に付けたのか、それとも生やしたのか分からない雄羊の角。

 首から掛かる銀色の革帯が、ハートを描いて、彼女の前面を覆う。銀色の前掛けは、それぞれの乳房の半分を覆い、覆われていない裸身の白みを引き立てていた。

下半身はミニスカートを纏っているが、背中、腰の括れはおろか、臀部に至る部分すら隠せていない。彼女の肉体の均整は、神話の女神が持つ、誰もが触れがたい神聖さと、誰をも誘う魔性さの止揚を体現していた。

 だが、ロックはその姿に心が奪われることはなかった。

 その女の放つ、()()()()()()()()()()()の敵意が、彼の闘争心の炎の源であるが為に。

「ロック=ハイロウズ……いかがでしょうか、私の考えたアトラクションは?」

 ロックは、サロメの両手を覆う、一対の武器をただ黙して見ている。

掌からはみ出る鉄の円。

円の中には五指が嵌まる穴が、幾何学的に描かれ、湖に映った月の光の様な鋭さの刃が円の縁から鋭く光る。

 中国に伝わる円形の武器――“(けん)”。

 主な用途は、投擲と格闘。

複雑に絡んだ幾何学模様は、乱戦となった際に相手の得物を絡めとり、円弧の刃は命を奪う為に作られた。

 だが、目の前の女の武器は、舞闘に留まらない。

30センチほどの鉄円環を握る拳には、羊の頭をした護拳。

回転式の銃剣が、頭蓋から延びる一対の角を表し、右手の一対の角から、狼煙の如く硝煙が昇っている。

 銃煙がサロメの裸体を囲む姿は、頭部の角も併せて、羊の様に見えた。

「言葉も出ませんか、あなたのコスプレ……あなたの中に潜む“魂”ですよ?」

 サロメは整った腰と豊かな乳房を両腕で隠し、広げて見せる。彼女の醸し出す肉感的な雰囲気を強調する動作は、薔薇の開花の様だった。

しかし、ロックはそこにある棘の鋭さを知っている。加えて、美と釣り合わない()()があることも。

「“剣の洗礼”……あなたの力の象徴で、魂の在り方です」

「ヘーゲルには、即自と向自ってのがある」

 ロックの持つ“ブラック・クイーン”の護拳から延びる剣は、消えていた。

 だが、護拳が割れて、

()()()()()()()()()()は、必ず、批判されるってことだ!!」

 ロックの言葉と共に、サロメの顔に穴が開いた。右顎、左眼窩に右の側頭の三か所である。

頭から生やしたのか、付けたのか分からない角と共に崩れ去るサロメ。

辛うじて残った象牙色の右目に映るのは、半自動装填式の拳銃を右手に握ったロックだった。

 “イニュエンド”。拳銃型の命導巧(ウェイル・ベオ)の銃口から、“雷鳴の角笛(アヤーク・ジャラナッフ)”によるローレンツの法則で発生する、

電界と磁界の螺旋で強化された弾丸が疾走。

 銃弾に、特殊なナノ加工をしている点では、“ワールド・シェパード社”から支給されている電子励起銃の弾丸と同じである。

ロックの場合は、リア・ファイル加工に加え、命熱波(アナーシュト・ベハ)の力で、ウィッカー・マンの再生能力を無効化出来る点で、前者に対する優位があった。

 しかしながら、その優位はサロメ相手に意味を成さない。
 
 電磁力によって抉られて、残った頭部の右目尻、左の口端の象牙色と石榴色が、それぞれ鋭さを含んだ輝きをロックに放った。

扇情さに満ちたサロメの体は、受信状態の悪い受像機の様に揺れ、銀白色のフル・フロンタルに変わる。

 ロックは、咄嗟に時計回りに半身を切る。右脚を七時の方向に素早く運び、反動で右拳槌を放った。

「女性の顔に()()()()()なんて、酷いですね」

 右拳槌の先に、石榴色と象牙色の半月を浮かべるサロメ。

三発の弾丸で抉られたサロメの頭部は、痛みも感じさせない獰猛な猫科動物の笑みで、ロックの拳槌越しの一撃を前傾姿勢で遣り過ごす。

「済まなかったな……次は、()()()終わらせてやる!」

 彼は、屈んで肉薄するサロメの右肩に銃口を、突き付けるどころか()()()()()()

だが、入れ違いに彼女の右手の圏の刃光が、ロックの側頭部を照らす。

 銃声と共に、サロメの右手の羊頭髑髏が、腕の鎌首を擡げさせながら落ちた。

 イニュエンドが硝煙を吐き出した後、ロックは突き出した右手から半身を時計周りに半身を切る。

 サロメの白磁の左手を覆う羊の二本の角が、ロックの心臓に狙いを定めた。

 深紅の外套よりも、鮮やかな赤い血が、ロックの左肩と背中から放物線を描いて流れる。

 サロメの左側羊の頭蓋は、赤く染まりながら、その角を彼の左胸に向けた。

 しかし、寸前でサロメの圏の角の刺突が防がれる。

防いだのは、ロックの左拳を覆う翼剣――”ブラック・クイーン”の護拳。その弾丸の様な表面だった。

 彼の左護拳から延びる大きな鍔に、銃――イニュエンド――を組み込む。

光なく、熱が帯びるのを感じつつ、護拳から出た赤黒い刃がロックの前方を覆った。物質構成を行った熱力の波が、サロメの右手の圏の羊の角から、肘までを吹き飛ばす。

 刹那、羊の角からの銃撃の鋭い光が、赤黒い刃の隣で奔った。胴から切り離される寸前、サロメは右腕に力を入れ、ロックに発砲。

 彼女の右腕も土瀝青の路地に叩きつけられ、羊の角から放たれた閃光はロックの護拳を撫でる。

 収束された死の指向性光線の衝撃に、ロックは歯を食いしばった。

「一発で終わりたいんだろ……協力しろ、サロメ!」

()()()で、()()()()()()()も考えモノですよ、ロック=ハイロ――!!」

 ロックは、サロメの言葉遊びを遮る様に、右脚を大きく開けて踏み込む。右半身から上体を沈め、刃を背に置いた。

刃をサロメに圧しつけながら、ロックは上体を激しく起こす。

彼の右背中を守る様に突き上げられた“ブラック・クイーン”。

翼剣が光を纏いながら、腕のない美神像と化したサロメを、正面から宙へ打ち上げた。

 艶のある豊満な胸像と化したサロメが、足を消しながら空を舞う。パブリック・マーケットの木造壁と硝子を壊しながら肉体は海面に飛ばされ、水柱を上げた。

 同時に、ロックの背後でも爆発が起きる。

「爆発するぞー!!」

 ブルースの声と共に、女神像の端正な顔が罅割れる。罅から出た、電気の蛇が、豊満で均整のある肉体を胸から噛み砕いてきた。

両肩の罅からも、紫電の蛇がのたうちまわり、腰の部分へ緑の雷光を刻む。

 罅割れた頭部の破片が、二階建ての美術館の窓をぶち破る。電気の柱が胴体の彫像を焼き尽くし、脚線美だけが疵一つなく佇んでいた。

「脚への偏愛を見せるなよ、ブルース。そこの美術学校で、今すぐ願書を書いて、芸術を一から学び直してこい」

 ロックは口を歪めながら言う。

 先ほどの雷による爆発は、ブルースの“ヘヴンズ・ドライブ”によるものだった。彼はロックに向けて、辟易としながら、

「足には何も無かったんだろ? 俺の攻撃だと、熱量を増やして雷撃に変換するから、その分巻き添えを食う。これでも、調整した方なんだぞ?」

命導巧(ウェイル・ベオ)の攻撃は基本的に、分子をナノ制御して、神羅万象を操る。だが、精密に制御をする為に、倍の熱力量が求められる。

 ブルースの雷撃は、イオン交換の過程で出る雷撃を使う。その為、攻撃を調整する為に更なる熱力量を必要とするので、結果として、攻撃の範囲を広げてしまう。

 発電と同じで、火力や水力、原子力など、膨大な電気を使えるようにするには、それを維持しつつ、運ばなければならない。

使えるようにするために、大きな力がいる。混戦時ほど、被害を最小限に抑える、繊細な技能が求められた。

「それに、本来、()()()()壊すのは、お前の仕事だけど、サロメが神出鬼没に加えて、この人だかりだからな」

 ロックもブルースに言い返せない。

ロックの力は大きな命導巧(ウェイル・ベオ)を使っているが、制御は今一つである。それに、色々な出来事から、サロメへの敵愾心が強い為、加減も利かない。

ブルースにそこを見抜かれて、囮として利用されたのだ。

 ブルースの制御の賜物か、防災意識の表れか、避難者は窓から距離を置いていたので、バンクェットの頭部の爆発に巻き込まれた負傷者はいない。

 ブルースへの反論を考えていると、もう一つの爆炎の音がロックの耳朶を震わせる。

 フォルス湾の河口を臨める、レストランの屋外席の隣に聳え立つバンクェット。

その脚線美が爆炎に包まれ、消えていった。

「あっちも終わったみたいだな……ロック、キャニス達と合流しろ。気になるんだろ?」
 
 ブルースは、情報通話端末を右手に、電話を始める。

 電話の相手は、ワールド・シェパードのナオトだろうか。それとも、エリザベスか。

 ロックはブルースへの皮肉を呑み込み、サキ達のいる場所に走った。

 ふと、ロックは空を見上げる。

冬梅雨の中休めに見えた晴れ空が、八割方雲に覆われ始めていた。


 ※※※

「一丁上がり、と」

 キャニスが、サキの前で背伸びをした。

彼女の声は、()()()()()()というよりは、()()()()()()と言う様で、疲れを微塵と感じさせない。

「キャニス、早く助けよう」

 バンクェット像が崩れるのを見届けて、サキは電子励起銃の引き金から指を離した。

 “ウィッカー・マン:フル・フロンタル”の攻撃は、思わぬ衝撃をもたらしたようで、死者の数よりも、負傷者の方が多い。

殆どが、それから逃げようとした為、誰かとぶつかるか、躓くかによるものだった。

「でも、サキ。ウィッカー・マンに気を付けて」

 サキは言われて、キャニスの口調から、楽観の色が無いことに気付く。

――これからだよね。

 ウィッカー・マンを倒すことは重要だ。

 しかし、この場合、生存者がいることを喜ぶべきだろう。

 だからこそ、これ以上不幸な人を増やしてはいけない。
 
 サキは、そう檄を飛ばしたキャニスに短く礼を言って、倒れた人たちに声を掛けていった。

 声を出せる負傷者より、声を出せない方が、痛みは愚か、生死の判定が難しい。

意識を失っていれば、猶更で、早めに見つけ出す必要があった。

「サキ、それと」

 キャニスの声に振り替えると、ペットボトルが投げられた。

 思わず受け取ると、

「消毒も忘れずに。後、この辺りはレストランだから、奇麗な布やナプキンは使っちゃって」

 彼女の悪戯っ子の様な、口調にサキは苦笑した。最も、非常時に他者の所有物を応急処置に使うのは、認められている。

 法治国家なら、大体同じだろう。

 そう考えていると、サキの頬はふと冷たさを覚えた。

 空を見上げると、覆う雲が行事の時よりも増している。

 雨音が湾の見えるカフェの屋外スペースを叩き、外に立つもの全てを流しかねない勢いの雨粒が、間もなくグランヴィル・アイランド全体を覆った。

 雨に濡れながらもサキは、怪我人の応急処置を進める。

 意識のない人は、頭を動かさない様に固定し、屋内に運んだ。

体を冷やせば、悪化しかないので、重傷者で意識のないものはレストランで休ませ、そうでないのは軒差しで待機してもらう。

「誰か手を貸してくれ!!」

 男性の声が、サキの耳に入った。

 サキがつられて行くと、蹲っている男性が見える。

 東洋系で、年は約二十代。

鍛え上げられた中肉中背だが、押し寄せる人並みには、手も足も出なかったらしい。逃げている最中にうつ伏せで、地面に叩きつけられたようだ。

 黄色の線の入った藍色の服を着た救急隊員が、三人駆け付ける。

 何人かの軽傷の避難者を呼び、東洋人の若者を抱えさせた。

 二人の救急隊員が、負傷した東洋人の意識の確認に取り掛かる。

「道を開けてくれ!!」

 三人目の隊員が、担架の傍で声を上げる。

 二人の隊員が男性を抱えて、載せる。

「サキ、何かあったの?」

 背後からいきなり、キャニスの声。

 サキは振り返って重傷者がいたことを返事しようとした。

だが、サキの口から出ようとした言葉が、かき消される。

 キャニスの蒼白な顔が、彼女の言葉の出どころを挫いたのだ。

 戸惑いながら担架の方に振り返ると、

「そこをどけ!!」

 ロックの怒声が、響く。

 彼の声で、サキは意識を戻し、目を疑った。

 運ばれようとした、東洋系の男性の頭に“恒星”が見えたからだ。

 サキは、電子励起銃を構える。

 だが、周囲が、彼女の行動に戸惑い、混乱。

 救急隊員の二人が、サキの前に立ちはだかった。

「馬鹿野郎、()()()は……ウィッカー・マンだ!!」

 ロックの剣幕に、担架の傍にいた救急隊員が戸惑いの声を上げる。サキの目の前で、手伝っていた怪我人も怪訝の色を顔に見せ始めた。

――私とロック以外には、見えない……!!

 しかし、サキは背後の方向から、()()()()()()()()声を聞いた。

「ケンジ……何で?」

 サキの右肩にいた、キャニスのか細い、問い。

 ロックとは違い、ただ、姿()()()()()()()吟味しながら、震えている。

「あの世から会いに来たのさ」

 場違いで、喜々とした声が背後から雨と共に降りる。

 そんなキャニスの口から洩れたのは、言葉ではなく、“()()()()()()()”。
 
 雨でぬれ始めたサキの体を、その温かさと湯気に染まった赤い血が熱を与えた。

「お前と永久に過ごすためにね」

 冷たい喜色の声が、サキの体に付いた、キャニスの生の残滓の熱を奪っていく。

象牙色の眼の女――サロメの右の羊の角が、キャニスの心臓を背後から貫いていた。

心臓を貫かれた褐色の女戦士の肉体が、雨粒と共に崩れ落ちる。

 サキを温めるキャニスの微かな熱が、引いていくのを感じた。

 強くなった雨と象牙眼の冷たさが、入れ替わる様に彼女の心と体を浸していくのを感じていた。

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