170話 内乱の予兆
「では騎士団の者を使いに走らせる。数日は掛かると思うがなるべく連絡を取れるようにしておいてくれるかな?」
暗に迷宮深層には潜るな、とアインさんに釘を刺されてしまいました。まあ、日帰りできるレベルでなら大丈夫だよね?
「いや、嬢ちゃん。そろそろレジスタンスの連中も戻って来る。
そう……バッジーナさんは一応プロの軍人だし、ここは言う通りにした方がいいんだろうね。
「セラフ、
「うう……それは本格的に現場復帰しろって事なんですね……」
メッサーさんとしては善意の助言のつもりの発言。うん、間違いなく。
でもそれは、
「セラフさん。ウチのシルトは覚悟を決めたんだ。この迷宮自治区を背負うってね。そう仕向けた張本人がそんな顔をしてどうしたのさ? ボクらはシルトがこう決めた以上は世界中が敵に回ろうといつでもシルトの側に立つ。シルトに負わせた責任は、当然ここにいるみんなにも負ってもらうからね? 無論、本気も本気」
お姉ちゃんはそう言って、二刀一対の紅蓮と常闇を抜いて見せた。それはお姉ちゃんなりの覚悟と気合の表れ。あたしに敵対する者は斬り捨てるというその姿はとっても心強いな。
「……分かってますよ。私だってこの迷宮が発見されて以来ずっとここに詰めているんです。愛着だってあります。ただ花形職業の受付嬢に憧れてたので、そこが惜しいだけです」
ふふっ。女の子としては分かるわぁ。なんて言うか、高嶺の花的な扱いだもんね。あたしは柄じゃないからそんな事は望んじゃいないけど、セラフさんは普通の冒険者から努力を重ねて掴み取ったのだろうし、そこに一点同情の余地はあるわよね。
でも、あたしだってきっと普通の女の子じゃいられなくなるだろうし……
やっぱお互い様! 一時でも憧れの職業に就けたセラフさんは幸せな部類だわ!
*****
「閣下、帝国に放っていた間諜から報告が上がりました」
「うむ。聞こう」
この辺境伯領と森を挟んで国境を接する帝国の皇帝が、愚行を犯して以来いつ暴発するか分からぬ情勢だ。ヤツが事を起こせばまず攻め込んでくるのは我が辺境伯領だろう。故に、情報収集を怠る事は出来ない。今騎士団長が来たのはその定期報告の為だ。
「は。最近は帝都での新兵募集を隠れ蓑にした監禁及びスキルの強奪の件が明るみに出たため、目立った動きは特に見られぬようですな。加えて冒険者を強引に勧誘していた事実は、冒険者ギルド組織の信用を大きく失う事になり、帝国内で多少の混乱が見られるようです」
「具体的にはどういう事だ?」
「は。国からの依頼を冒険者ギルドが受諾しないらしいのです」
それは各方面に影響が出るだろうな。公共事業と言えど民間に依頼せねば手が足りん。それが出来ぬとなれば国家は停滞する。
「それから、帝都から離れた村落に至るまで皇帝が乱心しているという噂が広まっているようでして。帝都内でも一般市民はその噂で持ち切りです」
「その噂の出どころは?」
そんな私の質問に、騎士団長が苦笑しながら頬を掻く。
「はぁ……その、迷宮自治区のレジスタンスのようですな」
「ふふっ。あの小娘どもめ。やりおるわ」
「お嬢様の差し金でしょうか?」
「さてな。あれにそちら方面の才があるとは思えぬが……いや、あのレンという異界の少年ならば……」
「なるほど、有り得ますな」
この報告を聞く限りでは、当面帝国は自国内のゴタゴタでこちらに攻め込む余裕はなかろう。となれば。
「私からも報告がある」
「……王都からの書状の件でありますか」
「ああ」
「王都から召喚命令が来た。謀反の疑いについて申し開きをせよ、だそうだ」
私は執務机の向こうに立っている騎士団長に書状を放り投げた。受け取った騎士団長が書状に目を通す。
「……これは! 差出人は内務卿リマール侯爵ですか……」
「茶番もいいところだ。自らが流した噂だろうに」
「罠……ですかな」
「十中八九そうだろう。行けば拘束、行かねば反逆罪、どちらにしても逆賊の汚名を着せられるであろうな」
「では閣下……」
「うむ。迷宮街に赴き味方を増やしに行くかね。頭を下げてでもな」
「中央の狙いは迷宮の財でありましょう? 迷宮自治区の後ろ盾が閣下である事を見越しての策略です。閣下の庇護が無ければ困るのは迷宮です。何も閣下が頭を下げずとも迷宮はこちらに付くのでは?」
「それでもだ。いずれ皇女殿下とレンが帝国を治める時に関係は良好であった方が良いであろう?」
将来帝国を治める二人には味方になってもらわねば困る。今判断を誤る訳にはいかんのだよ。