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第56話

 朝。起きた直後は、眠い目を擦っていた澄人だったが、ナオがはるのことを話し始めると、即座に目の色を変え立ってきた。

「本当に、はるが!?」
「はい。子供達の状態をチェックしている最中に、姉さんが私の意識内に現れました。ただ、話せたのは僅かな時間でしたけど……」
「それで、はるは無事なの? 何か言っていた!? 今いったい、どこに――!!」

 テーブルから立ち、ナオの両肩を掴んで聞いてくる澄人。

 強く力がこもった手と、早口で話す様子から、冷静さを失っているのがわかる。

「落ち着いてください、澄人。順番に話しますから」
「ご、ごめん」

 ナオの両肩から手を離し、澄人はイスへ戻って置かれた紅茶を飲むと、肩の筋肉の強張りが静まっていく。

 向かいの席に座ったナオは、澄人が紅茶のカップを皿へ戻したのを見てから、話を続けた。

「姉さんは、たぶん無事です。ですが、何者かに捕まっていて、身動きが取れない状態のようです」
「そうなのか……。場所は?」
「……わからないそうです。もちろん、こちらから場所を特定しようと思ったのですが、姉さんに止められてしまいました。捕らえている者に、気づかれてしまったら、私の意識が破壊されてしまう可能性があるという理由で」
「……つまり、それだけのことができる者が、はるを捕らえているということか」
「捕らえている者の名前を言わなかったところを見ると、何者なのか姉さんもわかっていないのだと思います」
「…………」

 テーブルの上で指を組む澄人。できることなら、すぐにでも助けに行きたいと思っているのだろう。

「澄人。昨晩、姉さんが私の意識内に現れたのは、自分の居場所を教えるためではなく、あなたの身が危険だということを、私に伝えるためでした」
「危険?」
「伝えてきた時、姉さんはまともに言葉を発することができない状態でしたので、詳細は不明なのですが……」

 ナオは記録していたはるの音声を再生する。

『か……まわず……き、いて……』
「はるの声だ!」
『すみ、ひと、さんが……き、けん…………ねらわ……れ……てる。らい、げつ……せん、とう……ちいき……に……すみひと、さん、は……』

 そこでナオは再生を止める。はるが苦しむ叫び声を澄人に聞かせたくなかったからだ。

「……来月に戦闘地域へ僕が行くことになって、そこで命を狙われるってことか」
「来月といえば、ちょうど外出禁止の期間が終了するタイミングですね」
「また、久重一将が関係しているのか……」
「もしくは、姉さんを捕らえている者という可能性もあります」

 なぜはるが捕らわれているのかは謎だが、そこには必ず理由がある。捕らえている者がはると澄人の関係を知っているとしたら、彼が助けようと行動する前に、消しておきたいと考えるはずだとナオは思った。

「澄人。姉さんは来月と言っていましたが、それよりも前に、あなたを狙ってくることも十分ありえます。敷地内であっても、建物の外へ出ることは極力避けるようにしてください。それと、第一研究所内にいる人間にも注意を。無論、命が狙われていることは秘密です」
「わかっているよ。僕がそのこと知っているという情報が、もし広まることになれば、命を狙っているやつの耳に入るかもしれない。そうなったら、余計に危険が増すだろうからね」

 自身の状況を理解できている澄人に、ナオはほっとした。

「あと……最後に、姉さんから澄人へのメッセージがあります」
「本当に!?」

 ナオは、はるからのメッセージを再生させる。

『わたしは……生きて、います。あなたのこと……ずっと……愛、しています。だから……また……会え…………が……んば……』
「はる…………」

 澄人の拳が握られる。きっと、胸が締めつけられるような思いをしているのかもしれない。

「澄人。姉さんは今、とても苦しい思いをしているのかもしれません。ですが今回のことで、どこかで生きていることが判明しました。今はそれを喜びましょう」
「……そうだね」
「それともう一つ、朗報があります。昨日の夜に、子供達の補完作業が終わりました」
「ついに終わったんだね」
「ちょうど最終チェックをしている最中に姉さんが現れたので、子供達の姿を見せてあげることができました」
「そうか。はるに子供達の姿を……」
「まだ意識だけの状態なので、さすがに会話は行えませんでしたけど、姉さんがお母さんだってことは、わかっていたみたいですよ」
「そうなんだ。僕も子供達と、早く会ってみたいな」
「外見だけなら、見ることはできますよ。タブレット端末に映して見せましょうか?」
「見たいけど……やっぱり、いいや。子供達に体を与えることができるまでの、楽しみにしておくよ。その方が、がんばれる気がするし」
「そうですか。では、マイクロメモリを一旦お返ししますね」
「いや、まだナオが持っていてくれないかな。今の僕が持っていると、万が一の時に、子供達にも危険が及ぶ。それに……命を狙う目的が、僕を殺してマイクロメモリを奪うことかもしれないだろ?」
「はい。ですから、一旦……マイクロメモリを――データの補完が終わって、完全になったこの子達を、持ってあげてくれませんか?」
「あ、そういうことか。わかったよ」

 もし万が一のことが起きれば、データの補完が完了した子供達は、父親に一度も触れられないままになってしまう。それはあまりにも悲しすぎる。だからナオは持ってほしいと思ったのだ。

 ナオから手渡されたマイクロメモリを、澄人は指先で優しくなで始めた。

「この中の子達って、二人とも女の子だって言っていたよね?」
「はい。01-Sの方が澄人似で、02-Hは姉さん似です」
「じゃあ、今のうちから名前を考えておいたほうがいいな」
「つけたいと思う名前は、何かあるのですか?」
「さすがにまだ、具体的には決めていないけど、やっぱり“春”って漢字を入れたいとは思っているよ。二人とも、はるの子供だし」

 マイクロメモリに触れる澄人。その顔は、久しぶりに笑顔になっていた。

 それを見て、ナオは思う。澄人を絶対に守らなければならないと。

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