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10.蛇と弱者Ⅴ

「それじゃあ女神様、僕をどう手伝ってくれるんですか?」

「主、その女神様と呼ぶのは止めよ。今の童は女神で無い。ただの蛇……ただの幼女じゃ」

 自分で幼女って言うんだ……

「じゃあ何て呼べば良いんです? アテナ様?」

「様も要らぬ。特別じゃ、主には童の名を呼び捨てにする事を許可しよう。そういえば主の名はなんと言うのじゃ?」

 僕は今更名乗っていない事に気づいた。

「僕はフラン・ベルクロームです」

「フラン? なんじゃ臭そうな名前じゃな……」

 アテナは鼻を押さえながらそう言った。

「その腐乱じゃないよ! 別に腐ったりなんかしてないからねぇ!?」

 勢いに任せてツッコミを入れた僕は、言っている最中に我に返った。

「あっはははは――――好い、好いぞ! 今のように接するが好い! 童も窮屈な会話には飽き飽きしておったのじゃ。今後は友人と接するように、童とも接するのじゃ!」

「友人ですか……」

「うむ? 童の例えがわかり難かったかのぅ?」

「いえ、ただ僕……友人なんてほとんど居なかったので、友人のようにと言われても中々実践できるかわからないなぁ~って……」

 思い返せば思い返すほど灰色の日常。
 特に冒険者になってからの僕は、いつも一人だったな……
 まぁ仕方が無いんだろうけどね。

「つくづく寂しい奴じゃのぅ主は……そうじゃ! ならば童が主の友人になってやろう!」

「えぇ!? 出来ませんよ! そんな畏れ多い事!」

「好い好い、なんせ童も数百年ぼっち状態じゃったからのぅ。そういう意味では主より先輩じゃ!」

 なんて後ろ向きな事を笑顔で言うんだ。
 さすがは元女神様……
 ぼっちとしての格が違う!

「うむ? 主、何か失礼な事を考えなんだか?」

「い、いえ! 別に考えてませんよ!?」

 す、鋭い……
 さすが元女神様だ。

「まぁ好い。それでどうじゃ? 主は童と友人になりたくないのか?」

 またこの幼女は……
 そんな言い回しで、そんな顔をされたら断れないよ。
 そもそも断るつもりなんて無かったけどさ。

「いえ、こちらこそ喜んで」

「うむ! ならばその話し方も改めるが好い」

「わかったよ。それじゃもう一度同じ事を聞くけど、アテナは僕をどう手伝ってくれるの?」

「そうじゃのぅ。本来なら試練を与え、主を鍛えてやりたいところじゃが……あいにく主はちと特殊。元来の方法は無意味じゃ」

「そうだね……」

「じゃが今のままの主では誰にも勝てん。じゃから主には、新しくスキルを習得してもらうかのぅ」

 予想していなかった提案に僕は驚いた。
 スキル?
 僕にスキルを習得しろだって?
 そんなの―――

「無理だよ! まさかもう忘れちゃったの? 僕は―――」

「わかっておるわ。そう結論を急ぐでない。童の話を最後まで聞かぬか」

「ご、ごめん……」

「好い。主のスキルの事は童も理解しておる。主のスキルは、肉体の生理的成長以外の変化を良しとしない。じゃが、主がそもそも持っておるスキルを呼び起こすだけならどうじゃろうな?」

「僕が持っている……」

「主は気付ておらぬだけで、それ以外にもスキルを持っておるんじゃよ」

 僕が他にもスキルを?
 この【零点回帰(ノーリターン)】以外に持ってるって言うの?

「じゃからそれを童の力で気付かせる。それなら他者から授かったわけでも、修行して得たわけでもない。あくまで元々あったものを認知しただけじゃ。じゃから消えたりはせぬじゃろう」

「待って! 僕にこれ以外のスキルがあるって本当なの? ギルドカードにはこれしか書いてないよ?」

「それは主が気付いておらぬからじゃ」

「気付いてって……そんな事で?」

「そんな事でじゃ。どんな物も、そこにあると認知されなければ無いも同然……スキルも同じじゃ。まぁそうそう無いのじゃがのぅ? 主の場合、そのスキルの所為で変化に気付き難いというのもあったんじゃろうなぁ」

 スキルや魔法の習得条件は複数存在している。
 その内の一つに、年齢による変化が含まれていて、その場合は何かのきっかけでスキルが発動する事で初めてわかるらしい。
 それは僕も例外じゃなかった。
 僕も皆と同じように、年齢と一緒にスキルも習得していたらしい。
 だけど使う機会が無い僕は気付かなかった。
 アテナが言うように、ある事に気付けなければ無いも同然。
 ホント……間抜けな自分が恥ずかしい。

「理解できたようじゃな?」

「うん、よくわかったよ」

「うむ。新たにスキルが得られれば、必然的に戦い方も増えるじゃろう。じゃがそれだけでは足らん。じゃから童からも主にスキルを与えよう」

「アテナから? それはさすがに無理なんじゃ……」

「心配するでない。童は知恵を司る女神だったのじゃ。信仰を失い女神としての地位は失ったが、力までは失っておらぬ。その力を使えばスキルも作ることが可能じゃ」

「そんな事も出来るの? でも結局僕にそれを渡しても、また消えちゃうと思うよ?」

「単純なスキルならそうじゃろう。じゃから主に渡す際、初めから主のスキルじゃった……という形にするのじゃ。そうすれば何の問題も無いじゃろう?」

 得意げな顔で言うアテナを見て、僕は驚くよりも少し呆れてしまった。
 そんな事も出来るのか……
 神様って何でもありなんだな。

「じゃからあとは使いこなせるようにする事じゃな。先に言っておくが、主とて修練は無駄ではないのじゃぞ?」

「そうかな……でもステータスは全然伸びないし、新しい技とかも覚えられないよ?」

「表面上の変化は難しいじゃろうのぅ。じゃが何も身についていないわけではなかろう。でなければ主よ……その剣の使い方はどうやって覚えたのじゃ?」

「それはもちろん練習して――――」

 あれ?
 そういえば僕……何で剣の使い方を覚えてるんだ?
 剣の使い方なんて年をとれば身に付くものじゃないし、練習しないと……
 あっ、そういう事か。

「数値上の変化は無くても、記憶は残るんだ!」

「その通りじゃ」

 記憶には大きくは2つの分類が存在する。
 1つ目は、顕在記憶と言う過去の思い出や知識といった意識的に想起できる記憶。
 2つ目はその逆、潜在記憶と呼ばれる意識的には想起できない記憶である。
 潜在記憶は簡単に言うと、乗り物の乗り方や道具の使い方といった身体で憶える記憶の事を指している。
 人間はこの潜在記憶によって、感覚的に道具の使い方を身につけていくのだ。
 そして記憶は新たに得られたスキルではなく、人間であれば誰しも持っている当たり前の能力。
 当然【零点回帰(ノーリターン)】の対象にはならない。

「これでわかったじゃろう? 主がこれまでしてきた努力は、決して無駄ではなかったんじゃ」

「そっか、そうなんだ……」

 僕の努力は無駄じゃなかったんだ。
 僕のこれまでの人生は、無意味なんかじゃなかったんだ。
 少しだけ身体が軽くなったように感じた。

「アテナ」

「なんじゃ?」

「僕……頑張るよ!」
 
「当然じゃ! 何せこの童が手を貸すのじゃからのぅ。期待しておるぞ?」

「うん。必ず応えてみせるよ!」

 こうして蛇と弱者は出会った。
 この出会いこそ、史上最弱の英雄譚の幕開けを意味していた。

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