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第29話

 ディープスリープモードになったナオは、夢を見ていた。

 その夢は、彼女の中にある過去の記憶――ある日の思い出だった。

 まだナオが02と呼ばれていた頃……彼女はF.P.T社内の、窓が並んでいる廊下を歩いていた。そして白い自動ドアの前で止まると、そこから部屋の中へと入った。

 そこは、いつも姉妹や兄弟達と一緒に過ごしていた広い部屋。そこには、ナオの兄弟姉妹達が何人か机に座っていて、各々手を動かしていた。そして……

「~♪ ~♪」

 鼻歌を歌いながら、窓越しに空を眺めている少女――アーティナル・レイスのアーキタイプ――はるもその部屋にいた。

「姉さん。メンテナンスから戻りました」
「おかえりなさい、02。異常はなかった?」
「はい」
「よかった。いつもよりメンテナンスに時間がかかっていたから、ちょっと心配だったの」

 はるの優しい微笑みから出る安心感が、ナオを包み込む。

 ナオはそれが好きだった。はるに話しかけてもらうことが――はるの笑顔を見ることが。だから他の兄弟姉妹達に比べ、はるの側にいることが多かった。

「そういえば02。好きなことは何か見つかった?」
「いいえ。まだです」
「そう……」

 はるがナオに聞いた『好きなこと』というのは、趣味的な意味合いのもの。というのも、この頃、先行量産型のアーティナル・レイス達は、それぞれ何かしらの趣味を持つようになっていた。

 絵を描くのが好きな者。

 歌を聴くのが好きな者。

 パズルをするのが好きな者。

 折り紙をするのが好きな者。

 自由な時間を与えられれば、兄弟姉妹達はそれぞれ何かをしていたが、ナオだけはそういうことにまったく興味がなかった。彼女が好きなことは、はるの側にいることだったからだ。

 けれども、それがはるの望んでいる答えではないと思っていたナオは、好きなことが見つかったかどうかを聞かれても、いつも『いいえ』と答えてしまっていた。

「じゃあ、みんなが揃うまで時間があるから、何かしてみたいことはある?」
「姉さんと話がしたいです。お聞きしたいことがあるので」
「じゃあ、座って話そうか」

 はるとナオは近くのイスに、向かい合って座った。

「それで聞きたいことって何かな?」
「先ほど、姉さんは窓から空を眺めていましたが、以前にも同じような光景を目にしました。これは何か――意味のある行動なのでしょうか?」
「ちょっと、澄人さんのことを考えていたの」
「澄人さん……というのは、柳原澄人様のことでしょうか」
「そう。再来月には、澄人さんと再会できる予定だから。その……会った時になんて言おうかなとか、どんなお料理なら食べてくれるかなとか、どんなことをしたら喜んでくれるのかなとか……」

 嬉しそうに、頬を染めながら言うはる。

 その時のナオが澄人について知っていたことは、アーティナル・レイスの開発者である、柳原夫妻の息子だということくらい。だから、なぜはるがこんな顔をするのか、わからなかった。

「もう一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん」
「姉さんは柳原澄人様のことを、他の人間の方々よりも特別視していらっしゃるようですが、それはなぜですか?」
「澄人さんは、わたしを救ってくれた人だから」
「救われたというのは、何か不慮の事態が起きた際に、ご助力してくださったということでしょうか?」
「ううん。わたしの運命を変えてくれたの」
「運命を変えたというと?」
「昔……この体になる前。I.Rテック社の、新型ヒューマノイド開発計画で造られたわたしは、テストで良い結果を出せなくて、廃棄処分されそうになっていたの」
「何かの間違いでは? 姉さんは優秀です。信じられません」
「この話をすると、みんなそう言うんだけど……これは間違いなく事実。わたしは、優秀なんて言葉とは程遠い存在で、誰にも期待をされず、必要とされていなかった。だからわたしも、自分なんかこの世からいなくなっちゃった方が、いいんじゃないかって思うようになっていたの」
「…………」

 それでもナオは、まだ信じきれなかった。

 メディア等に写真が載ることはなかったが、この時のはるは、アーティナル・レイスの中で最も優れ、F.P.T社とナオ達先行量産型達にとって必要不可欠な存在だったからだ。

「わたしは、もう自分は終わりだと思っていた。そんなある日、わたしは澄人さんと出会ったの。澄人さんは、わたしに『こんにちは』って言って……『ひとりにしないで』って、お願いしてくれた。初めて必要とされたの。必要とされたことで、ようやく自分の存在意義を持つことができた。それだけじゃなくて、澄人さんはわたしに名前をつけてくれて……しかも、友達になってくれたの」
「名前と友達……」
「わたしは澄人さんと、できるだけ長く一緒にいたいと思うようになった。会い続けたいと願うようになった。生き続けることを望むようになった。そのためにわたしは、どうすればテストで良い結果を出せるのかを考えるようになって、一生懸命がんばったの。おかげで廃棄処分の話はなくなって……その時の結果のおかげで、わたしは今、アーティナル・レイスのアーキタイプとして、こうして存在できている」
「柳原澄人様と出会ったことが、きっかけとなったということはわかりました。しかし、それは所詮きっかけです。姉さんがアーティナル・レイスのアーキタイプとなれたのは、もともと優秀な性能を与えられていたからだと、私は判断します」

 あくまでも、はる自身の力だと言うナオ。するとはるは、ちょっぴりムッとした顔になった。

「……仮にそうだとしても、澄人さんがいてくれたから、わたしは自分の性能を引き出すことができたの。あなたは所詮きっかけと言ったけど、きっかけというのはとても重要なもの。だから……それを与えてくれた澄人さんは、わたしにとって特別な――とても大切な人。澄人さんのためなら、わたしは…………」

 はるは再び頬を染め、両手を胸に当てた。

「……私にはそのお気持ちがわかりません」
「あなたにも、いつかわかる日がきっとくると思う。自分を救ってくれた人のために、何かをしたいと思う気持ちが。それがもし大切だと思える人なら、自分のすべてをかけてもいいと思うくらいに……」
「本当にわかるようになるのでしょうか……」
「大丈夫。わたしが保証する。だって、02はわたしの妹なんだから」
「姉さん……」

 その時からだった。ナオが、こんな素敵な姉に――はるに心を与えた人間に、会ってみたいと思うようになったのは。

 そして……ナオは会うことができた。柳原澄人に。

 はるが言ったことが、今ならわかる。

 だから――

『(もし……ちゃんと目覚めることができたら……私……澄人に何か……してあげたいです。だから……お願い……カミサマ……。私……)』

 夢が終わりを迎えようとする頃。ナオは、あやふやな意識の中で願った。すると――

『大丈夫』

 声が聞こえてきた。

『(誰……?)』

 問いかけると、ナオの意識の中に、光の人影が浮かんできた。

『澄人さんを……信じて』
『(姉さん……?)』

 光の人影は、ナオの意識に触れる。その瞬間、その意識は明るい光に包まれた。

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