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講義を受けていたら高田が肘を突いた。
「新宮は真面目だなあ。本気で管理栄養士に成る気か」
「うん」
「初任給12万円だぞ。稼げない」
思わず頬杖を付いた。
覚悟はしていたが、激務の割に報酬が追い付かない。公務員だからか。
恐らく、希望しなくても小中学校の給食センターか、病院内の食事の栄養管理担当だろう。
子供相手なら野菜を気にしながら、しかも好みに添わなければならない。食べ残す。
それに給食費だ。日別に予算が組まれる。野菜が高騰しようが予算は変わらない。
病院なら、塩分・糖分を天秤で測り、厳密な調理を要求される。
調理の際に塩分を加味するより、たれ・としてかけて食べさせれば薄味でも患者さんは食べてくれる。
しかも管理栄養士に成る前に、栄養士に成らなければ国家試験すら受験出来ない。
今はその前の段階だ、道は果てしないが母親を助けたい。

「しかめ面するな、折角の美形が台無しだ」

「それ、今は言わないで」
「何かあったか。ああ、そうだ、新宮に聞きたいんだけどさ」
「なに?」
「おまえ、今フリーだろ。付き合わない? オレ、結構おまえが気に入っているんだ。美人だし、真面目で、なんかこう放っておけない感じ。1人で何処まで行く気だ。背負ってもいい」
はあ?
「好きな相手には普通、そう思うよ。まさか聞くけどさ、他の学科を受けてるおちびさん。おまえの相手じゃないよな。一緒に住んでるとは聞いてるけど、連れ回して無いもんな」
「……友人だけど。それを越えそう。気持ちは嬉しいけど、ごめん」
放置していたのは、誰もが知るのか。俺が気付かないだけか。
「憂う表情が惜しいな、いつでも待つぞ」
「待たないで!」


顔を上げたら「おまえは相手に不足しない。でも本気で誰かを幸せにしたいと、そろそろ考えたらいいんじゃない? お母さんが大事なのは聞いて知ってるけどさ」

ああ、話したな。
そういえば、高田には色々話してる。
打ち明け話も。くだらない話も。
何故かな、今もするりと懐に入ってきた。

でも、全然嫌悪感がない。不思議だ。
俺と服の趣味が似てるからか? 今も袖口は白いシャツ生地だけどチャコールグレーのニットソーを着てる。中性的な服装がお互い、好きなんだよな。
髪型もルーズショート。何処のダンスグループだ。おらおらか。まあ、似合うけど。
「聞いてるか、おい。新宮」
「うん」

「素直すぎるんだよ。分かるか」
「え?」
「付入る隙もある。その肩が抜けそうなドロップショットのスカイブルーのニット姿からも滲み出る」
「何が言いたいの、高田」

「管理栄養士に成るべく、身に着けるべき知識を得てる。それも対象に成る。……下手したら嫉妬させるぞ。器量よし、誰でもおまえを捉えたいと願うんだからな。自覚あるだろ、なあ? おまえを落とす為に手段を択ばないものも現れるぞ」



講義が終わったので須津にLINEした。そういえば高校時代以来、初のLINEだ。
「ごはん」と押そうとしたのに「ごめん」と予測変換。
心の底が覗けたようで困惑する。
げ。
しかも、一気に既読に成った。はあ? 須津、送信していたのか。グループ分けしていなかったかな。
『何時に帰れる?』
『おなかすいたから一緒にごはん食べたいな』
まいった。
可愛い顔をして、こんなに愛くるしい言葉を綴るのに、黒い欲望を疑ってしまう。
「本当に一緒にランチだ、初めてだよ、嬉しいな」
須津は本当に喜んでる。目の前には安価なハンバーグ定食450円、これでも俺が相手なら嬉しいんだ。
「初めてだっけ」とパスタをフォークで丸めた。
「それ、何パスタ?」
「ん? たらこと青しその和風。さっき、一緒に注文したじゃない」
「手首、細いね」
は?
「見た目の欠点、ないよね。でも、中身を見せてくれないの、どうしてかな。たらこみたいに薄皮で包んでる」
食欲が失せるなあ。
「食べる?」とパスタを巻いたフォークを差し出すと口を開けた。咀嚼してる、少しは黙るかな。
「いつも、こうしてるんだ?」
「なにが」
「付き合う相手に」
「してないよ、ここまでしない。なんで」
「入学してすぐに目をつけられて、教授に口説かれたよね」
みてたの。
「それに僕がキスしても動じなかった。慣れてるよね、やっぱり。相手に不足しない」
またいわれた。
「そんな軽薄じゃないよ、高校時代を知ってるだろ」
「もててた」
「……遍歴を聞かないで。今はきみとごはん食べてるんだからね」
時間がかかるかな、でも立て直したい。
ここまで好かれてる。これ以上、恋慕されたら親も守れない。どうして俺なんだろうか。
「ねえ、迷惑なのかな。僕がきみを好きな事。困った顔してる」
「え、いいや。驚いてはいるけど」
「じゃあ、付き合ってくれるよね。きみを知りたいんだ、どうかな?」
見た目じゃないんだ。少し心が揺れた、須津は友人でも別格だったのか。
でもこの目。まるで取り込むように見えるけど、勘違いか?


「柏が働いてるカフェの店長さん、さあ」
え?
カフェの場所、教えたかな。店名のスノウすら教えてないのに?
「かっこいい。男前だね」
「そう?」
何時、見たんだろう。
「まさか、言い寄られたりしてないよね」
「は? どうして。いや、その前に、」

「ねえ?!」と身を乗り出してきた。顔色が青ざめている。

闇だ。俺を取り込む為に、友人の須津は正気を失ってる。
真正面から来たのかと思った、まさか。
「どうして返事をしないの」

おかしい。
強引すぎる。声音が強調されている、迫力がある。圧されていく。

「綺麗なきみを僕のものにしたいから、どうしたらいいかずっと考えた。普通に口説いても、きっときみは僕を見ない」
「何を言い出すの。須津は可愛いよ、自信もって」
「柏、きみは高嶺の花だ。振る側だ」
聞いてない、どうしたら。

「俺には優先する事があるから。誰かを想う余裕がないんだ」
片親で育ててくれた、その恩に報いたい。お願いだから、聞いて。

「柏、きみはいろんな人に狙われてる。僕じゃ駄目なのかな? ねえ、沢山話がしたいんだ。僕を特別だと認識して欲しい」
立て直せるか。
大事な友人だ、しかも俺が好きだと告白して、闇を纏ってしまった。
そんな事をしなくても、一緒に住んでたのに。
好きなら、考えると話したけど遅かったか。
会わないうちに、LINEに気づかないうちに、想いを募らせたか。

「ねえ、須津。今日はバイトだけど、早番にして貰うから。話そうか」
大学の構内で話す内容じゃない。
「うん! 僕と夜を過ごしてくれるんだね。よかった、きみの為に植物の関連に進んでようやく報われた」
「なんて? どういう事」
「だって、柏は管理栄養士に成りたいんだよね。人伝いに聞いてたから。野菜とか植物関連を選択したんだ。どうかな? 僕はきみの特別に成れるよね」

かちゃんとフォークを置いた。
近々の想いじゃないんだ。そんなに前から俺を、なの?
正直、戦慄が走った。罠にはまった感じさえする。そんな想いにどう向かい合えば。


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