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第19話

 朝食を食べ終えると、澄人は昨日やっていなかった課題と予習を午前中のうちに終わらせた。そして昼食中、アキラと良美から、午後から一緒に遊びに行かないかとモバイル端末にメッセージがきたが、明日からのために体調を万全にするためにそれを断り、今はテーブルに座って、ナオが入れたお茶を飲みながら、タブレット端末を操作していた。

「澄人。課題は終わったのではないのですか?」

 食器を洗い終えたナオは、画面に映っている文字列を見て、彼がまだ課題……もしくは勉強をしているのでは? と思ったが、澄人は「課題をやっているわけじゃないんだ」と首を横に振る。

「これは、はるから渡されたマイクロメモリの中に入っていた、データファイルなんだ」
「何のデータなのですか?」
「それが、いまだに何なのかわからなくて……時間のある時に、こうやって調べてみてはいるんだけど」

 澄人はマイクロメモリ内にある、ファイルの一覧を表示して見せた。

 そのほとんどは、拡張子がついていなかったり、ファイル名が文字化けしていたり……一見しただけでは破損しているようにしか見えず、何のデータなのかまるでわからない。

(姉さんが澄人に渡したということは、メッセージか何かでしょうか?)

 このデータファイルの正体が何なのか? 気になったナオは、自分ならデータを修正、修復ができるかもしれないと思い、それをやらせてもらえないか、彼に聞くことにした。

「よろしければ、私に分析と解析を行わせていただけないでしょうか?」
「そんなことができるの?」
「はい。ファイルが読み込める状態にできるかどうかは約束できませんが、そのデータが何なのかを調べることは可能です」
「……わかった。頼むよ」

 澄人はデータファイルの一覧を考えるように数秒見つめた後、タブレット端末からマイクロメモリを抜いた。

 それを手渡されたナオはイスに座ると、マイクロメモリを耳部にあるスロットへ挿し、中にあるデータを読み込んだ。

(やはり、ほとんどのデータが破損している……いえ、これは……破損しているわけじゃなく、不完全な状態なのでしょうか?)

 とりあえず、すぐに修正できるデータを選び、処理を施していった。そして約十秒後……二つのデータファイルが一応読み込み可能となった。

(かなりの容量ですね。いったい何のデータなのでしょうか?)

 修正された二つのデータファイルには、それぞれ “01-S”と“02-H”というファイル名がつけられていた。

(アクセス開始……)

 ナオは、その二つのデータファイルを同時に解析していった。すると……

――ダ…………レ…………?

(えっ?)

 声が聞こえた。いや、声のような――ノイズと言った方がいいかもしれない。ただ、そのノイズからは確かに意思のようなものが感じられた。そして、


『…………?』
『……? ……?』
 

二つのデータはナオを見てきた。もちろん視覚的なものではないため、見てきたという言葉は正しくないが、ナオが何者なのかを確かめるような――視線のようなものを彼女は確かに感じた。

(これは、まさか………)

 ナオは信じられなかった。その二つのデータは、彼女が想像していた以上に重要で……ある意味、危険な代物だったからだ。

(これがもし、他の誰かに知られていたら……澄人に確認しないと!)

 ナオはアクセスを中断し、澄人に目を向けた。

「澄人。このマイクロメモリに入っているデータのことは、私以外の誰かに話しましたか?」
「いや、誰にも話していないけど?」
「そうですか……」

(ほっ……よかったです)

 安心したナオは、安堵の息を静かに吐いた。

「えっと……何かわかったの?」
「はい。ただ……この場で声に出して話すのは、避けた方がいいかもしれません。誰かに聞かれる可能性がありますので」
「声に出して話せないようなことなの?」
「はい」
「…………」

 はっきり断言したナオは、澄人がつけているウェアラブル端末に視線を移した。

「ウェラブル端末を通して脳内音声で伝えます。登録をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「わ、わかった」

 澄人はウェラブル端末を操作し、ナオを登録した。

「これで登録できたと思うけど……」
「では、今から脳内音声による会話を行います」

 そしてナオは、澄人に脳内音声で話しかけ始めた。

「(あの……聞こえますか?)」

 当然それはナオの心の声になるので、澄人がいつも接している淡々とした雰囲気を持ち、抑揚のない話し方をする彼女とはまったく違う。そのため澄人は、「え!?」と声を出して目をまん丸にしながら、ナオとウェアラブル端末を交互に見た。

「どうかなさいましたか?」
「今脳内音声で聞こえた声って、ナオ……だよね?」
「(そうです。これが本来の私というか性格になります)」
「え、えぇぇ……」

 呆然と口を半開けする澄人に、ナオは実際の声と脳内音声の両方で彼に聞いた。

「何か? (え、えっと……やっぱり違和感ありますか?)」
「違和感っていうか、別の誰かが話しかけてきたんじゃないかって思うくらい違うから、驚いたよ……」
「不快にさせていたのでしたら、申し訳ありません。(朝にも話しましたが、実験機として使われることが決まった時に、データの一部を削除されたのが原因で……それ以来、こんな堅苦しい態度しかとれなくなってしまったんです)」
「じゃあ、普段からそんな感じだったってこと? 最初に会った日……この部屋を案内してくれた時も?」
「はい(そうですよ。澄人に会えて、私とても嬉しくて……ちゃんと案内できたのか、ちょっと不安だったんですよ?)」
「そ、そうだったんだ……てっきり、あの時君は怒っていると思って……」
「いえ。そのようなことはありません。(そ、そんな、怒ってなんかいませんよ! まぁ……確かに、表情も変えられませんし……抑揚のない口調ですから、そう思われたのも仕方ないですけど……うぅ……)」
「ご、ごめん……」
「お気になさらないでください(私がこのことを話していなかったのが、そもそもの原因ですから)」
「…………」

 澄人は、ナオの顔を見つめ始めた。

「どうかなさいましたか?(どうかしましたか?)」
「いや、ずっとナオのこと、仕事がすごくできて真面目だと思っていたけど……こんなに、かわいらしい部分もある女の子だったんだなって」
「は……?」

 今までであれば、その「は……?」は、不快に感じているという印象を澄人に与えただろう。だが今は――

「……何を言っているのですか? (なな、何を急に……! わ、私が……かわ、かわいらしいだなんて……ね、姉さんの方が、もっとかわいいというか……)」

 初めて言われた言葉に、無表情のナオの顔が少し赤くなった。

「……澄人。そのようなことを軽々しく言うのは、控えるべきだと思います。(そういうのは、姉さんに言うべきことで……私なんかには、もったいないというか……)」
「あ……ごめん。別に変な意味で言ったわけじゃなくて……」
「はい。それは理解しています(わ、わかっています! わかっていますけど……澄人にそう言われると、うれしく……なって……)」
「え、そんなに?」
「……いいえ。(あっ――いい、今のは、何でもありません! 忘れてください!)」
「でも、確かに聞こえた気が……」
「…………(ああああああああ! そ、そんなことよりも、このデータファイルについてです!)」
「あ、そうだね。それじゃあ……」

 口を閉じ、ナオの目を見る澄人。すると、彼の声がナオの人工頭脳内で聞こえてきた。

「(これでいいかな?)」
「(はい、大丈夫です)」
「(それで、誰かに聞かれるとまずいって、いったいどういうことなの?)」
「(このマイクロメモリには、ある重要なものが入っていました)」
「(重要なもの?)」
「(アーティナル・レイスの人格――パーソナリティー・プログラムです。それも二つ)」
「(それが重要なものなの?)」

 アーティナル・レイスのパーソナリティー・プログラムは確かに重要と言えるものだが、別段珍しいものではない。だから澄人も、それが重要と言われても、いまいちピンとこなかったのだろう。けれど――。

「(現在生産されているアーティナル・レイスには、すべて同じパーソナリティー・プログラムが使われているのは知っていますよね?)」
「(うん。パーソナリティー・プログラムは、どの企業も同じもの――マスターコピーを使って、人工頭脳――AI-visにインストールしているんだよね?)」
「(そうです。パーソナリティー・プログラムは現在一種類のみ。他のバージョンなどは、存在していない……いえ、いないはずでした)」
「(いないはず……?)」
「(この二つのパーソナリティー・プログラムには、通常の人格プログラムには絶対に存在しないはずの――あり得ないデータが含まれているんです)」
「(あり得ないデータ……?)」
「(数値化された、人間の遺伝子データです)」
「(遺伝子データ……? まさか――!)」
「(そうです。その遺伝子データは、おそらく澄人のもの。つまり……)」

 ナオはマイクロメモリを抜くと、そっと手の平に乗せて見せた。

「(この中にある、二つのパーソナリティー・プログラムは……言うなれば、あなたと姉さんの子供です)」

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