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第11話

 スーパーマーケットに着いた二人は、三十分ほどで買い物を済ませた。

 購入したのは、米、パンとジャム、野菜ジュースや牛乳などの飲み物。それから保存が利く冷凍食品と、野菜を少し。

 週末まで買い物をしなくてもいいように、それなりの量を買った澄人と彼女は、両手にパンパンに詰まった買い物袋を持ちながら道を歩いているが、人気はすっかり少なくなっていた。

 今頃、他の実習生達――アキラと良美も、アーティナル・レイスのメンテナンスをしたり、明日のために勉強をしたり……余裕のある者は、今日知り合った他の実習生と楽しく談笑していることだろう。

 それを意識しているのかどうかはわからないが、澄人は若干早足だ。

「ごめんね……持たせちゃって。重くない?」
「問題ありません」
「あ……そう。けど、ちょっとでも重いと思ったら言って。僕が一人で持つから」
「必要ありません」
「そ、そう……」

 そっけない返事をしているように見える彼女だが、その心は幸福に満ちていた。

(姉さん、私……澄人のために、ようやく仕事らしい仕事ができています。役に立つことができています。ああ……幸せです)

 はると約束をしたことを果たせていることに、彼女は自分が生きているということを実感していた。

 しかしその隣で澄人は、ため息をついていた。

「はぁー……戻ったら、お米を洗って……いや、明日の朝はパンにしよう。洗濯は……まだ着替えがあるからいいか。とにかく、戻ったらすぐに勉強を始めないと……」

 疲労感のある声を聞いた彼女は、今ならば家事も任せてくれるのではないかと、淡い期待を抱いたが、

「澄人。やはり私が家事を――」
「昼間も言ったけど……それは僕が全部やるよ。だから君は、何も気にしないで」

 首を横に数度振る澄人。

 少しは近づけたと思っていた距離。だが、彼が心に作ってしまった壁は、そう簡単に取り除けるものではなかった。

「あ……そうだ。君のシステムチェックやメンテナンスも、しないといけないんだったね」
「はい」
「じゃあ……帰ったらすぐにやるよ。勉強は……その後かな」
「…………」

 できれば、そんなことはやらなくてもいいと、彼女は言いたかった。

 今日はもう何もせずに、戻ったらすぐに休んでほしいと思った。

 けれども、それは言えない。

 メンテナンスチェックをしなければ、彼女はその日の評価を下げなければならない。

 勉強を怠れば、どんどん実習についていけなくなり、課題もこなせなくなっていく。

 それは最終的に、澄人の人生を危うくすることになってしまう。それに彼女が言ったところで、彼は休まないだろう。

(せめて、私に家事を任せてくだされば……)

 澄人が寝ている間に、彼女が家事をすることはもちろん可能だ。しかしそれをした場合、彼は怒るかもしれない。彼女はそれを避けたかった。

 期間中、実習生はアーティナル・レイスの交換を申請することができるようになっている。もし澄人が申請をするようなことになったら――申請が受理されてしまったら、彼女は側にいられなくなる。

 それは彼女にとっての終わり――生きる意味を完全に失うことになる。

(澄人の側にいられなくなったら……役に立てなくなったら、私は……)

 考えた瞬間、彼女の心に恐怖が走った。

 澄人の役に立てなくなることは、幸福から絶望への転落。彼女にとってそれは、機能停止――死よりも恐ろしいことだ。けれどもこのままでは、澄人の疲労は今後どんどん蓄積していくことになるだろう。

(姉さん。私は、どうすれば良いのでしょうか……)

 歩きながら星空へ目を向ける彼女。その目には、この場にはいない、はるの姿が映っていた。

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