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第5話

「はあ~……すっげぇ恐かった」

 廊下へ出た途端、アキラは大きく息を吐いて言った。アキラだけではない。他の実習生達も、同じ様に息を吐いたり、ほっとした表情で廊下へと出て、寮のある方向へと歩きだしていた。

「あのオッサン、久重重工に入社する前は、きっと軍人かヤクザだったに違いないぜ」
「オッサンって……総主任って言った方がいいよ。いつ聞かれているかもわかんないんだから」
「そうだな。呼び方で評価を下げられたなんて、洒落にもなんねぇしな」

 良美の言う通りだと言うように、アキラはうんうんと頷くと、澄人の方を向いた。

「そういやお前、話の最中に急にブツブツ言い出して、どうしたんだよ? 総主任が怒鳴るんじゃないかと思って、ヒヤヒヤしたぜ」
「ちょっと……いろいろ考えちゃって……」
「でも結局、総主任は澄人君に何も言わなかったよね? どうしてなのかな……」
「さぁな。でも、目をつけられたのは確かだと思うぜ? もしかしたら評価も下げられているかも」
「…………」

 澄人の肩が、目に見えてわかるくらいに下がる。その背中を、アキラは軽く叩いた。

「気を落とすなって。落ちちまった分はもうどうしようもねぇけど、これからがんばって評価を上げていけばいいんだよ」
「だけど、評価を上げるって言っても、どうすればいいんだろうね? 実習と課題について、総主任は、やれるかどうか――やるべきかどうか、よく考えろって言っていたでしょ?」
「うーん。『やるべきかどうか』ってことは、実習や課題の中にはやってはいけない――評価が下がるものもあるってことなんじゃないか?」
「やっぱりそうなのかな。評価が下がる実習と課題って、どんな内容なんだろう?」
「僕は……違う気がする」

 良美が首を傾げたところで、澄人がぼそっと言った。

「違うって、何か他の意味があるってことか?」
「その……ただ、そんな気がするだけで……他の意味があるのかどうかは、わからないんだけど……」
「「う~ん……」」

 澄人の言うことに、アキラは腕組みをし、良美は右の人差し指を顎の辺りに当てるが……十秒ほどで、アキラの口がまた開く。

「……まあ、今いろいろ考えてもしょうがねぇよ。澄人の言う通り他の意味があるとしても、とりあえず俺は、自分が確実にできる実習と課題をやっていくことにするぜ」
「私もそうする。どの道、総合的な評価が高くないと、下の方に配属されちゃうことになっちゃうだろうし」
「澄人もそうしろ。せっかく友達になったやつが、低評価で実習終了なんてことになったら、悲しいからさ」
「…………」

 だが、澄人は頷かないままだった。

 そして澄人が住むことになる寮に着くと、

「そうだ! 連絡先交換しようぜ。これから長い付き合いになるんだし」
「そうだね。澄人君も、交換しよう」

 アキラと良美はモバイル端末を手に持った。

「あ、ああ……」

 良美に言われ、澄人もポケットからモバイル端末を出し、自分の連絡先をアキラと良美に送った。

「よし。そんじゃ早速、今日の夜は三人で飯を食おうぜ! ここの食堂の料理、値段のわりにうまいって話だし。時間は……」
「十九時はどう?」
「いいぜ。澄人も十九時でいいか?」
「うん……いいけど」
「よし決まり! んじゃ、夜にまた会おうぜ」
「澄人君、またね」
「…………」

 アキラは隣の寮へ。良美は女子寮の方へと歩いて行った。

「……友達……か」

 澄人は右手でキャリーケースを引き、寮のエレベーターに乗ると、「ふぅー……」と息を吐きながら天井を見る。

「はる……僕、友達ができたのかもしれない……」

 友達と言い、連絡先を交換してくれたアキラと良美。普通なら嬉しいことのはずだが……

「でも……なんでかな。嬉しいって思えないんだ……」

 彼の左手が、ネックレスへと行く。

「僕……君がいないと、やっぱりダメだ……なんにも、嬉しいって思えない。楽しいって……思えない……」

 天井を向いていた彼の顔が、地面へと向いた。

「なんで……君がいないんだ……一番の友達だった君が……大好きな君が……なんでいないんだ…………なんで僕はあの時……なんにもできなかったんだ…………」

 エレベーターの中で、澄人は涙を流す。だが、すぐにそのエレベーターは、澄人の部屋がある三階で止まってしまう。

「…………」

 エレベーターの扉が開く前にハンカチで涙を拭き、すれ違う者に涙を流した顔を見られないようにうつむきながら、自分の部屋の前に着くと、カードキーで鍵を開け、中へと入っていった。その瞬間――

「お待ちしておりました。柳原澄人様」

 少女の声が澄人を出迎えた。

「……?」

 澄人の顔が上がると、その声の主が目の前――玄関の上り口に立っていた。

 それは彼が朝に出会った、H.W型のアーティナル・レイス――はるの妹である彼女だった。

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