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第2話(2019/3/1修正)

 澄人に部屋から追い出されてから、ヒューマノイドの少女はしばらく呆然としていた。泣きそうになった。それでも、彼女はこらえた。

  澄人は自分よりも、もっと辛い気持ちでいるのだと言い聞かせ、彼のためにゴミ袋だらけだった二階の廊下とトイレを片付け、台所を掃除し……昼になると食事を作った。

 しばらくまともな食事をとっていないであろう澄人の体のことを考え、用意したのは温かい玉子がゆ。それをトレーの上に乗せて、彼女は再び澄人の部屋を訪れた。

「澄人さん、お昼ご飯を用意してきました。ドアを開けてくれませんか?」
「い、いらない! に、に、二度とくるなって、い、言ったはずだろ!」

 どうやら今は耳を塞いでいないようだ。

 澄人の声を聞けるだけでも嬉しかったヒューマノイドの少女は、思わず笑顔になった。

「でも、お腹が空いていると元気がでませんよ。もしお口に合わなければ、残していただいても構いませんから。一口だけでも――」
「い、いらないって、い、い、言っているだろ! なな、何度も、言わせるな! お、お前が作ったものなんて、ぼ、僕は絶対に食べない!」

 また布団をかぶる音が鳴り、澄人は返事をしなくなる。

「澄人さん……」

 ヒューマノイドの少女はドアの前で、作ったおかゆに視線を落とす。

 自分がどう思われても構わない。優しい言葉をかけてくれとは言わない。彼が元気になってくれればそれでいい。だから……と、彼女は願いながらドアを見るが、やはり鍵が開くことはない。

 ドアの前で、どうすれば澄人が食事をとってくれるのか考えていると、玄関のチャイムが鳴った。

「あっ、誰かきたみたいですね。お昼ご飯、ここに置いておきますから。気が変わったら食べてみてください」

 彼女はドアの前に、おかゆを乗せたトレーを置いて階段を下り、リビングに備え付けられているインターホンのモニターを見る。映っていたのは、宅配便の配達ヒューマノイドだった。

「ニモツを、オトドケに、アガリマシタ」
「今開けます」

 ヒューマノイドの少女は玄関へ行き、ドアを開けた。

「サインでも大丈夫ですか?」
「ハイ」

 印鑑の場所がわからなかったヒューマノイドの少女は、渡されたタブレット端末に、タッチペンで“柳原”とサインをし、横幅三十センチくらいのダンボール箱を受け取ると、リビングへ行った。

「澄人さん宛の荷物みたいだけど、品物は……栄養食品?」

 それだけなら、特に不審に思うことはなかっただろう。けれど記載されている――海外の文字で書かれた会社名に、彼女の目が止まる。

「この会社って……」

 ネットワークに接続し、記載されている住所で検索をかけてみると、一件のビルがヒットした。しかしそのビルの外観は汚れきっており、とても食品販売を行っている会社が入っているとは思えない。

「……澄人さん、ごめんなさい」

 ヒューマノイドの少女は、その場にいない澄人に謝罪しながら、ダンボール箱を開ける。

 中に入っていた栄養食品の箱を見た彼女は、すぐに食品名で検索をかけ、大手通販サイトへ飛ぶ。そこに登録しているショップのページを開くと、澄人が注文した固形栄養食品を見つけたのだが、その値段に驚く。あまりにも安すぎるのだ。それから臭いについても、不自然な――何かを誤魔化しているような、強く甘い香りがした

「まさか……」

 嫌な予感がした彼女は、リビングに置かれているゴミ袋を探った。その中には、今届いた栄養食品と同じパッケージの空き箱と中身が入っていた袋が、大量に詰めこまれていた。

「……やっぱり」

 ヒューマノイドの少女は、袋に付着していたわずかな粉を指で取って舐め、成分を分析した。すると瞬く間に大量の添加物が検出され、その中にはパッケージに記載されていない――長期間摂取し続けると、依存性になるようなものもあった。

「こんなものを、澄人さんはずっと食べていたの……?」

 信じたくなかったが、部屋から追い出される前に目にした痩せ細った澄人と、目の前にあるゴミ袋の中身が、彼女に事実を突きつける。

「どうしよう……」

 本来であれば、届いた荷物は人間に渡さなければならない。例えどんなものであろうとも。だが……。

「……やっぱりダメ。こんなものを澄人さんに渡しちゃ」

 彼女はダンボール箱に入っていた栄養食品をすべて手に持つと、台所の床下収納庫に隠した。

 その後、ヒューマノイドの少女は再び澄人の部屋まで行ったが、昼食に手をつけた様子はなかった。それは夕食の時も同じで、澄人は彼女の料理を口にすることはなかった。

「澄人さん……一口も食べてくれなかった」

 肩を落としながら、澄人が食べなかった夕食を、冷蔵庫へ入れるヒューマノイドの少女。
 今日一日、食事を作る以外にも、彼女なりに努力をしていた。

 二階の廊下とトイレの掃除をしながら、時折ドアの向こうにいる澄人に話しかけ、自分が何者なのかを何度も伝えた。けれども、彼はずっと耳を塞いでいたのか返事は一度もなく、ドアの鍵が開くこともなかった。

「届いた栄養食品を持っていけば、澄人さん、ドアを開けてくれるのかな……?」

 彼女は思わずそんなことを口にしてしまったが、すぐに首を横に振った。

「……だめだめ! そんなことをしたって、根本的な解決にならないじゃない。それにこれ以上、澄人さんの体調を悪くさせるわけにはいかないし……」

 そう自分に言い聞かせた後、彼女はリビングの掃除を始めた。そして数時間後、区切りの良いところまで終わらせると彼女は階段を上り、澄人の部屋のドアを軽くノックして声をかける。

「澄人さん。わたし、そろそろ休ませてもらいますね。一階のリビングにいますから、もし何かあったら……ご飯を食べたくなったら、遠慮なく起こして言ってください。すぐに用意しますから」

 しかし、やはり返事はない。また耳を塞いでいるのかもしれない。

「……それでは、おやすみなさい」

 ヒューマノイドの少女は、階段のライトを消しながら一階へと下りると、玄関に置いてあったジュラルミンケースを手に持ってリビングヘ行き、テーブルの上でそれを開けた。

 中には、充電やメンテナンスに使用するケーブル類や端末等が入っている。

「今日はコンセントでエネルギーを補充するしかないかな。澄人さんのために作ったご飯、食べるわけにはいかないし」

 彼女はコンセントプラグがついたケーブルを手に持って、リビングの隅の方に座り、端子部分とプラグ部分をそれぞれ、首の後ろにある差込口とコンセントに挿した。

「おやすみなさい」

 リビングのライトに信号を送って明かりを消すと、ヒューマノイドの少女は壁に身を預け、目を閉じたが、澄人が一階に下りてきた時のことを考え、完全なスリープモードにはならないでおいた。

 目を閉じている間、今日の記憶が人工頭脳内で再生される。

『へ、部屋から……出て行け! は、早く出て行け!!』
『す、澄人さん、聞いてください――!』
『う、うるさい! ぼぼ、僕は一人がいいんだ! ひ、一人にしろ! 二度と、へ、へへ、部屋にくるな! 出て行け! 出て行け! 出て行けーーーー!!』

 再生される記憶の中で、彼女が悲しみに浸っていると、突然ガラスの割れる音がリビングに鳴り響いた。

「誰――!?」

 まさか泥棒か? と、ヒューマノイドの少女は飛び起き、暗視機能をオンにすると、音がした方向へ体を向けて身構える。だが、そこにいたのは泥棒ではなかった。

「澄人さん?」
「っ…………」

 台所の食器棚の前にいる人物が澄人だとわかった彼女は、すぐに構えを解いた。

「どうしたんですか? 電気も点けずに……」

 ヒューマノイドの少女は挿していたケーブルを抜くと、リビングのライトを点け、台所へ行った。そして澄人の裸足の側に、床に落ちて割れたコップがあることに気がついた。

「大変! 澄人さん、ケガはありませんか!?」
「く、くるな!」

 ヒューマノイドの少女が駆け寄ろうとした途端、澄人は後ろへと下がる。

 床に血がついていないところを見ると、どうやら彼はケガをしていないようだが、その足はフラついている。下手をすると、割れたコップの破片を踏むか……最悪、そこに倒れてしまいかねない。

 ヒューマノイドの少女は近づくのを止め、その場で澄人に話しかけることにした。

「もしかして、喉が乾いたんですか? だったら、わたしが用意しますから、テーブルに座って……」
「い、いらない! 喉なんて、か、乾いてない!」
「じゃあ、どうしてコップを?」
「と……と、届いたやつ、だ」
「届いたやつ……?」

 割れたコップがあった戸棚を見ると、他のコップや皿が動かされた形跡があった。

「もしかして、昼間に届いた栄養食品を探していたんですか?」
「そそ、そうだよ! ど、どこにあるんだ? は、は、早く出せ! わ、渡せ!」

 右手を前へ伸ばし、要求してくる澄人。

 しかしヒューマノイドの少女は、首を縦には振らない。

「ダメです」
「くっ……め、命令だ! だだ、出せ!」

 澄人は『命令』という言葉を付け加え、再度要求をしてきた。そうすれば、普通のヒューマノイドと同じ様に従うと思ったのだろうが、言うまでもなく彼女はそれに従わない。

「ダメといったらダメです」
「に、人間の、めめ、命令だぞ! ぼ、僕の……僕の命令を、き、き、聞け!」
「何度言ってもダメです。これ以上、澄人さんにあんなものを食べさせるわけにはいきません」

 頑とした態度を取るヒューマノイドの少女だったが、その手は震えていた。

「ち、ちち……ちくしょう!」

 澄人は近くの棚や引き出しを手当たり次第に開け、乱暴に手を突っ込み、中を掻き出し始める。その指はあっという間に傷だらけになってしまう。

「ど、どこだ! どど、と、どこに、か、隠したんだ!?」
「やめてください、澄人さん! 手から血が出ています!」

 ヒューマノイドの少女は、急いで彼の手を掴み止めた。

「さ、触るな! ぼぼ、僕に触るなって、い、言っただろ!」
「澄人さん。お願いですから、落ち着いてください!」
「は、は、離せ! 離せよ!!」

 掴まれた手を振り払おうと暴れる澄人。しかし、彼女の手は離れない。

 ヒューマノイドの少女が、力いっぱいに掴んでいるからではない。まともな食事をとっていない澄人の腕は、軽く掴んだだけで抑えることができるくらい、細くか弱いのだ。

「澄人さん。今のあなたは、心も体も、とても弱っているんです。こんな状態が続いたら、あなたは……」
「だだ、黙れ! ぼ、僕がどうなろうと、お前には、かか、関係ないだろ!」
「関係あります! わたしは、澄人さんのお父様とお母様に約束したんです。澄人さんを必ず元気にして、幸せに生きられるようにすると。それに、あなたはわたしにとって――」
「ふざけるなっ! い、今まで、ひ、ひ、独りにさせていたくせに、何が幸せに生きられるようにするだ!」
「澄人さん……」
「ずっと……ずっと失敗作って、い、言われて……毎日……いい、いじめられて……父さんにも、な、殴られて……母さんにも、し、し、しかられてばっかりで……大好きだった、友達もいなくなって……誰も……誰も、ぼ、僕を助けてくれない! ぼぼ、僕の側には……誰もいてくれない! もう……誰も――何も信じられない!!」
「ずっと……辛い思いをしてきたんですね」
「知ったようなことを言うな! お、お前に……僕の気持ちなんてわからない! プ、プログラムで動く機械のお前なんかに、人間の心なんてわかるわけがない!!」
「っ――」

 ヒューマノイドの少女は、その言葉にショックを受け、思わず手が緩む。その瞬間に、澄人は彼女の手を振り払った。

「ぼ、僕の……僕のことをわかってくれるのは、と、友達だけだ! 僕の、たった一人の友達だった、はるだけだ!!」

 澄人はヒューマノイドの少女を押しのけ、フラつきながら走り、リビングから出ていく。

「澄人さん、まっ――」

 ヒューマノイドの少女は手を伸ばした。が……その指についているものを見て、彼女は固まった。

 澄人の手を掴んだ時に着いた血液。それを見ているうちに、幻聴のようなものが頭の中に響いてきた。

『……あなたのせいでこうなったのよ』
『……あなたが彼を孤独にしたのよ』
『……全部あなたが悪いのよ』

 ヒューマノイドの少女は、その通りだと目を閉じると、両手をぎゅっと握った。

「……ごめんなさい、澄人さん。わたしのせいで……ごめんなさい……ごめんなさい」

 彼女はその夜、一晩中謝罪の言葉を言い続けた。人間のように涙を流しながら……。

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