バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第8話 好敵手

 イザベルはしばらく何も言えずにデイヴィスを見ていた。デイヴィスは相変わらず提案をした時の真剣な表情のままイザベルの返事を待っている。

「そればどういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だよ。俺はお前の盗みのテクニックを俺のために使える。お前も二度と俺に命を狙われる事なく、楽しく盗みが出来る。どう?」
「でもそれってデイヴィス様……いえ、デイビッドに降伏しなければいけないんですよね?」
「もちろん」
「だったら嫌です」

「たっぷりと優遇してやると言っても?」
「嫌です」

「今までの無礼をすべて許してやると言っても?」
「嫌です!」

「これからは俺が公私ともに守ってやると言っても?」
「嫌です!!」

「昨日言った通り、俺直々に魔術を教えてやると言っても? あと剣術も教えてあげようか」
「い……え!? あれ本気だったんですか!?」

 思わず声をあげてしまった。デイヴィスが苦笑する。

「さすがに俺もその気もなしにあんな事は言わねえよ」

 どう? ともう一度聞かれる。この条件はとても魅力的だ。思わずうなずいてしまいそうになる。
 それでも。

「お断りします」
「理由は?」
「まだ負けを認めるつもりはないからです」

 デイヴィスがすっと目を細めた。

「つまり、まだ俺の盗んだ物を狙うつもりか?」
「はい」
「わかった。……とても残念だよ、レディ・イザベル」

 その言葉と同時に、四方八方から氷で出来た刃が現れた。それはイザベルの目の前で彼女を切り裂かんとスタンバイしている。

「俺の正体を知っているお前をみすみす逃がすつもりはない。可哀想だが、消えてもらう」

 刃の鋭さが増した気がした。

「わ、私、あなたの正体を喋る気は全くありませんけど?」
「そんな事は信じられない」
「そうなったらデイヴィス様は私も道連れにするでしょう? 大体言うつもりがあったらとっくに今日話してるわ! フィオナとアシュレイに!」
「そういえば今日の昼にフィオナたちとお茶してたんだっけ?」
「そう! ショコラとバニラのチェックケーキ、ものすっごく美味しかったんですよ!」
「……そんな事聞いてない」

 つい状況も忘れはしゃぐイザベルに、デイヴィスは苦笑する。イザベルは口を尖らせた。

「だって本当に美味しかったもの」
「はいはい。それは分かりました」

 呆れた調子で言われる。そして小さく笑った。

「まあつまり、俺たちの立場は同じというわけか、『レディ・イザベル』」
「そうですわ、『デイヴィス様』」

 顔を見合わせ二人で笑う。それと同時に氷の刃からは解放された。

「本当にお前を引き入れられなかったのは残念だな」

 そんな事を言われても困る。

「私、デイヴィス様の事、あまり知らないし……」

 つい言い訳じみた言葉が出る。

「社交界でしょっちゅう顔をあわせてるじゃねえか」
「『優男に擬態してるデイヴィス様』と、ですよね?」
「擬態って……。俺は虫かよ」
「あの時のデイヴィス様と比べたら虫の方がいいかもしれませんね」

 デイヴィスが眉を潜める。

「失礼にもほどがあるだろ」
「だって見ていてイライラするんだもの。あまりに男らしくなくて、情けなくて。こんな事がなければ、今でもデイヴィス様の事は嫌いでしたよ」
「……『嫌いだ』とはっきり言われたのは初めてだな」
「え? 意外!」
「社交界ってのは、言葉、しぐさ、すべてが武器になる。そんな中で堂々と『嫌い』だとか言ってみろ。あっという間につまはじきだ。わかりますよね、カースル男爵令嬢」

 そう言われると何も言えない。

「で、どうする? もうお前に勝ち目はないよ?」
「そんな事やってみなきゃわからないわ!」
「これでも?」

 首筋に刃物を当てられる。昨日の魔剣だ。

「い、いちいち脅すのやめてください!」
「お前が頷かなきゃ実行するけど?」

 ふふふ、と不気味に笑う。

「で、でも、デイビッドは人を殺さないって……」
「昨日言っただろ。俺は立派な犯罪者だよ。この剣を血に染めた事は両手で数えられないくらいだ。それに今夜一人加わるだけ」

 絶対零度の声に、イザベルの背中を冷たい物が走る。

「さあ、どうする? レディ・イザベル。俺の仲間になるか、死ぬか」

 そんな究極の選択は困る。

「期間を……ください」
「期間?」
「はい、さっきも言いましたけど、私は本当のデイヴィス様の事をあまり知りませんから。それにまだ勝負とかしたいし」
「……絶対最後のだけが本音だろうが」

 デイヴィスはため息をついた。

「じゃあこうしよう。もし俺が半年以内にお前に泥棒をやめると言わせる事が出来たら俺の片腕になってもらおう。そのかわり失敗したら俺は何でもお前の言う事を聞く」
「え? 半年って短くないですか?」
「お前みたいな小娘相手なら半年で十分だ。むしろ長過ぎるくらい」

 ものすごい自信だ。

「それなら半年で」
「よし。交渉成立だな」

 その言葉と共に首から刃物が離れ、イザベルを縛っていた縄がほどけた。縄の跡はデイヴィスが魔術で治療してくれた。曰く、『証拠隠滅』だそうだ。

「それより『これ』のお礼がまだだったな」

 忘れてたガラスダイヤを見せられ、びくっとしてしまう。

「え? で、でもさっきの攻撃……」
「あれだけで俺の怒りが収まるとでも? これから俺はこう言われるんだ。『ライバルにレプリカを渡された愚かな泥棒』と」

 デイヴィスの口から不気味な嗤いが漏れる。イザベルはつい後ろにさがってしまった。

「これはお前を甘く見ていた俺のミスだ。だから」

 そう言って椅子から立ち上がる。そうしてイザベルの側に来て、頬をゆっくりと撫でる。

「これからはこの俺様が直々に管理してやるよ。お前が降参してくれるその日までじっくりとな。覚悟しておいてくださいね、レディ・イザベル」

 デイヴィスはそう言って表用の顔でイザベルに優しく微笑みかけた。

しおり