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十話

 ようやく、二つの情報を整理しながら、日常生活が送れるようになった頃。
 またしても、兄上のゴーストが現れた。何かピコンした顔で。

「兄上、どうかなさったのですか?」

『くんれん、する。神官課程』

 神官課程だけかなりなめらかな発音で言った兄上は、独自に色々調べて下さったのだろう。
 その手にはとても古い神官課程の教科書が握られていた。……兄上の母君、青蓮様の形見だった。
 今でさえ、二つの教科を読み込むのが大変で、薬学の質問は兄伝いに、執政の質問は父の側近にしてようやく食いついている状態だ。
 けど、僕は笑った。

「ありがとうございます、兄上」

 兄上が急接近する。憑依したいのだ。僕はそれを受け入れる。
 兄上が一生懸命補助呪文の知識を引っ張りだし、兄上の知識から使えそうなものが僕にも出来ないか試している。
 正直、凄く大変でキツイ。でも、僕でさえ大変なのに、兄上はどれほど大変だろうか。
 僕は、基本的に幽霊は餌としか考えない兄上が、一生懸命気遣うのが嬉しいのだ。
 僕は、兄上の心遣いを無駄にしないよう、頑張った。
 ……今の兄上は、使用人の幽霊も躊躇なく食べてしまうけど……。けれど、僕と薬仙子の事だけは食べずにいてくれるようになると、とても嬉しい。




 僕は、軍人課程に入学した。
 勉強と兄上の情報を受け取ること、両方を出来るように特訓してきたとはいえ、少しきつかった。
 休み時間には、思い切ってコミュニケーションを取るようにした。本当は勉強したいところだけど、執政をしたいというなら、まずコネを作る事を考えるべきだ。放課後は兄上との練習で出来ないのだから、休み時間を使うのは当然だ。
 そして、侯爵家の跡継ぎでもある僕は当然注目された。
 覚悟していたが、兄上についても言われた。
 兄上の悪口を聞くのは好きではないと警告だけして、曖昧な笑顔で流すが、次また同じ間違いを起こすようであれば戦場で機会があれば見殺しにしようと決める。
 家でも、さり気なく兄上の悪口を言う者は遠ざけるようにしている。
 だが、それをする以上は、それで身を滅ぼさないよう、しっかりと足固めをしなくては。
 薬師課程と執政課程で勉強していたから当然といえば当然だが、僕は筆記で高い成績を残した。
 先生がそれに注目してくれ、執政課程に行かないのかと聞いてきたので、家の事情を差し障りのない範囲で告げた。出来れば、執政の応用課程に進みたいのだとも。
 教師はそれを重く受け止めてくれた。
 そして、独学の勉強で編入試験を受かる事ができたら、先生のほうで推薦すると約束してくれた。
 会話の中で薬学も兄に教えてもらっていると告げると、驚かれた。
 何故と聞かれて、また補助呪文が使えるからと言えば父上がなんというかわからないので、争いは嫌いだし、死んだ母と兄上の母がそういった道の家系だから、と言うと感心された。
 この話が母方の実家に伝わり、それとなく助け舟を出してもらえるようになり、執政の応用課程に進むが、軍人の家庭教師をつけるという話で進みつつあった。
 これはあまり褒められない事なのだが、僕の武術はそこそこといったレベルを出ないし、雷撃もある程度強いものの、成長が殆ど見られなかったからだ。
 兄上の雷撃がメキメキ力をつけているのを見ているし、僕の治癒術も凄まじい速度で強くなっているので、それはよくわかった。
 たぶん、これは兄上がつけた力だからだろう。
 最初から完成された能力。小さい子供でも使える代わりに、威力は大きくならない。いわば、腕力ではなく短剣なのだ。
 そして、兄上が執政課程と薬師課程を終えた頃、僕は神官課程の基礎を終わらせ、兄上が教えてくれた技を全てマスターした。応用課程は母上も青蓮様も通っていないので、独学さえ無理だ。
 兄上が旅に出るのは寂しいが、兄上は薬師応用課程にゴーストを置いていくようなので、いつでも会える。体の方の視界情報は送ってくれると約束もした。そのかわり、僕もいくつか手伝いをする事になった。
 けれど、神官課程と執政課程の勉強がなくなり、ぐっと楽になった。
 最も、この学力を維持する為の勉強はしていかなくてはならないけど。
 何か薬仙子がやらかしたらしく、兄上が死んだ事になったので、僕は兄上の生存を頑なに信じる往生際の悪い人間となってしまったけど、僕が兄上を心から大事に思っていることは周知されたらしく、僕にごまをするために兄上の事を悪く言うものはいなくなった。
 兄上が旅に出て知ったが、兄上はほんとうに強い。
 心の底から以外だが、兄上は教えるのも上手いため、兄上のゴーストから武術を教わるようになった。
 様々な魔物や行動パターンも理解できるようになってきた。これはきっと将来役立つだろう。
 珍しい魔物の肉やハーブをこっそり調理して食べる事が増えたので、料理も上手くなった。兄上と料理をするのは楽しい。兄上は料理が上手だし、様々な料理器具が兄上に操られてふわふわと浮くさまは面白い。
 たまに、あまりに窮屈なスケジュールに折れそうというか、非常に疲れて立ち上がれないような錯覚に陥るときもある。叫びだしそうな、暴れだしたいような、とても怖いような衝動に襲われる時も。でも、僕が20歳になるまでの我慢だ。
 20歳になれば自由度も上がる。
 その時が楽しみだ。

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