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未来のお話

『ハヤト博士、大変です! 侵入者が! 片桐さんと石岡さんが裏切りました!
証拠映像は今送ります。佐藤さんが怪我をして……セキュリティカードも奪い取られました。
認証登録も手を加えられていて、全く打つ手がありません!
しかし、幸い、隠し端末には気づかれなかったようです。ハヤト博士の指示通り、なんとかこの部屋に全員を閉じ込める方向に誘導できました』

 朝早く起こされ、ハヤトは文句も言わずに労をねぎらった。

『ふむ…。よくやった。人質を連れて行かなかったのは好都合だな。
その部屋には隠しシェルターがある、今開けてやろう。行け』

大きい画面いっぱいに、研究所らしき一室と白衣の男が映っている。
男の言葉が終わらないうちに、画面の下に小さな画面がいくつも出てきて、裏切りの証拠を映し出した。
男性は動揺しているようだが、やるべき事を忘れてはいない。
画面の前に立つ、ハヤト博士と呼ばれた男性が、端末を操作しながら指示を出した。

『ハヤトだ。早速だが、工場の作業員にテロリストが混じっていてね。直ぐに工場の損害の訴えの用意を』

どうやら、弁護士に連絡をしていたらしい。その間にも、作業員達がシェルターに駆け込む。
作業員によってシェルターの扉が閉められると、建物に爆発音が響いた。シャッターが各場所で閉まるのが画面で確認できた。

『これは困ったな。監視カメラの外でテロリストが爆破をしたらしい。機密の機械がバラバラだ。ああ、作業員は恐らく大丈夫だ。シェルターに入っている』

続いて、ビリビリと音がした。

『ああ、漏電が。こうなった以上警察も来るだろうが、
以前機密を漏らされた覚えもある、それを強調して出切るだけ調査を受け入れない方向で頼む。
ん?シェルターに閉じ込められた作業員達?3日分の食料は完備してある、危険手当も支払い済みだ。問題ない。
テロリストはどうなるかだと?自爆テロを守れと言われても困るのだが、そこらで感電して倒れているのではないか?死にはしとらんだろう』

画面の隅に映っていた背広の男が青ざめた顔をしていた。
ハヤトもまた、機嫌がよくなかった。確かに犯人達の手際のよさから国家の関係が予想された。犯人を捕まえてもうやむや、むしろ調査すると言われて工場に押し入られる可能性が高かった。
だが、それでも多少重宝していた工場を容易く処分してしまうほどに機嫌がよくなかった。子供っぽい感情だとわかっている。タケルはまた怒るだろうし、子供達も少し落ち込むだろう。
高すぎる損害額は言うまでもない。しかし、それでも八つ当たりせずにはいられなかった。
今日は色々と嫌な用事が立て込んでいるのだ。嬉しい用事もあるのだが、嫌な用事と抱き合わせなのであまり意味がない。
そこに工場からのエマージェンシーである。機嫌が悪くならないはずはない。
そこへ、のんびりとした男の声が降ってきた。

『今日はディーンと小さいハヤトが来ますね、博士。楽しみです。また庭に出て笑顔を見せて欲しいです。そろそろ迎えに行く時間じゃないですか?』
『ああ、そうだな』

ロビーの声に、ハヤトはため息をついて席を立った。
ハヤトがディーンを迎えに行き、二人で研究室を出ると、獣人の子達が尻尾を振りつつ駆けて来た。

「ディーン!また変なお料理作りに来たの!?」
「おお、また増えたな!良い子にしてたか、お前達」

まとわりつく獣人の子供達に、ディーンが笑いかけた。その腕には、二歳くらいの小さな男の子。

「ちいさいハヤトも、こんにちわー」
「ディーン、手品見せてよ!」

大人の獣人が一人後から現れて、ディーンがぶら下げていたかごを受け取った。

「おお、カト虫に火トカゲか。ありがたい。創作料理はやめてくれよ。スープと丸焼きが良い」

大人の獣人は喜色満面に言う。

「だーめ。今日はタケル師匠の同僚が病気になったから、その治療に来たんだよ」

獣人は尻尾をたらした。

「そうか……その同僚もカト虫も火トカゲも他の普通に料理したら美味しい食材もかわいそうに……」
「そうか、そんなに俺の手料理が食べたいか。一人分作るも二人分作るも」
「すまない、俺が悪かった」

獣人は頭を下げた。尻尾がすっかり丸まっている様に、ディーンもショックを受けた顔をする。

「そんなにまずいかなぁ、俺の創作料理。ハヤト師匠には、成分的には素晴らしいって認めてもらったんだけど。ハヤトだって向こうのチビ達だって喜んで食べるし」
「ワシは成分的には素晴らしいと言ったが、うまいといった覚えもないぞ。
ディーンの料理の腕はいいが、文化の違いはどうしようもない。あの地のご馳走がこちらのゲテモノ、逆もまた然り。後、子供達の真っ白な頭に変な食文化を書き込むな。後で苦労するのは子供達だ」
「食べ慣れればそうゲテモノとも思わなくならないか?ハヤト師匠」
「ならんな。それより、もっと頻繁に帰って来い。ラキも寂しがってるし、ハヤトに顔を忘れられても知らんぞ。
ロビーですらディーンの顔を見たがってる。いい加減、魔物退治なんぞやめろ。もう十分だろう。そんな危険な職業を選ばずとも、医者でも手品師でも研究者とかあるだろう」

ディーンはそれに困った顔をする。ディーンは魔物退治に生きがいを感じている。
ディーンのおかげで、何人もの人が助かったのだ。

「ハヤト師匠、その事については昼食の時にゆっくり話そうぜ」
「ボディガードの件は絶対に譲らんからな。ワシは自分のものが他人に傷つけられるのが一番我慢ならん」

ハヤトは先手を打って言った。以前はディーンも決して逆らわなかったのに、大人になったら逆らってばかりだ。
ボディーガードをつける事、魔物退治をしない事。ハヤトがディーンに望む事はこの二点だけなのに、
ディーンはこの二点だけに断固として従わない。

「俺は、師匠の弟子だ。覚悟は出来てるし、もう子供じゃないんだ。俺だって、自分の為に周りの奴が傷つくのは大嫌いだし、だからってその為に俺の信念を変えるつもりはない。師匠ならわかるだろ?」

残念ながら、ハヤトは自分の為に周りのものが傷つくのが嫌いなのではない。
どんな理由であれ、自分のものが傷つけられるのが嫌いなのだ。
そしてハヤトに信念はない。ただ、自分の好きなように生きる。誰にも邪魔はさせない。それだけだ。
ただ、ディーンの気持ちはわかる。優しくて、柔らかで、それでいて意志が強い。
だからハヤトは、ディーンが大切なのだ。そして、二度と傷つく様を見たくはない。

「ワシはそれだけの力はあるし、失う覚悟もある。お前はどうだ、ディーン。
離れた所で待つラキとハヤトを守る力も、ボディーガードを守る力も…身を守る力すらないだろう。タケルや風太のように強ければ、ワシも考えても良かった。だが、ディーンは違うだろう」

ディーンの魔力は風太より、いや平均的な魔術師よりも弱い。戦闘技術も、風太よりずっと低い。
そんな事は全く問題にならないくらいディーンはあらゆる意味で強いのだが、わかりやすい強さである戦闘が得意ではない。
その一点で、ディーンは自分を弱いと思い続けている。
実際、あちらの世界で最も恐れられているのはディーンなのだが、それすらディーンは知らない。
眠りつづける魔王よりも、魔王を思うままに操る唯人の方が恐ろしい。
そう影で囁かれているのをハヤトは知っている。
ハヤトは魔王ではなく王になって完璧な科学の世界を作りたかったのに、いろいろな意味で不本意な結末だ。
第一、魔王を服従させたなら、普通勇者と呼ばれてしかるべきではないか。
大体、本の出版は盛んでもテレビや電話はもちろん印刷技術もろくにない世界のくせに、何故ハヤトの事と科学の負の面が知れ渡っているのか。おかげで文明化は遅々として進まない。
まあ印刷技術に関してはハヤトが大分底上げしてやったし、高価とはいえ電話と同じ機能を持った術具や魔法もあるにはあるのだが。
どちらにしろ、もう計画の遂行は不可能な事に変わりはない。魔王を倒さない限り世界征服はしないと、約束してしまった。
魔王もまた、可愛いハヤトの娘である。
いつものようにハヤトに騙され、唇を噛んで行ってしまうディーンに、ハヤトは珍しくため息をついた。
以前なら、自分のエゴを押し通すことにいささかの迷いもなかった。
自分の死期がわかっているゆえの強さだった。しかし15年前、オーギュストに救われた為、ハヤトはもう自分の死期がわからない。
それはハヤトを迷わせ、一滴の罪悪感をたらす。タケルはいい事だといっていたが、ハヤトにとっては失態以外の何物でもない。
ディーンと心配した獣人達が台所に入ったのを見送って、ハヤトはロビーを呼び出す。
ディーンは急病で倒れたタケルの同僚の食事を作りに来たのだ。その同僚は結婚式を二日後に控えている。
本来ならば結婚式を中止せざるをえない状態だが、ディーンの料理はそこらの薬を凌駕する。
泊り込んでいるタケルの同僚が今日の昼夜と明日の3食、明後日の朝食の6食を残さず食べることが出来たら、問題なく出席できる。
ただし、こちらの世界でハヤトが魔王と呼ばれる決定打となったのはディーンの作った料理である。
見た目だけであれを食べれるのは魔王と言い切られる料理だから、食べきるのは難しいだろう。
加えて味も、あまりにも独特なハーモニーを奏でていて、受け入れるのは難しい。
ディーンの料理はどの世界、どの文化であっても「異界の食べ物」と評される料理である。当然魔王にも食べる事は拒否されている。
早速台所の獣人達が悲鳴をあげだす。子供達の悲鳴は楽しげだが、大人の獣人の悲鳴は切迫している。

「この前光草の毒を抜いて食べられるように加工する方法を見つけてな…」
「食べられないものをわざわざ食べられるようにするなぁぁぁぁぁぁ!!」

 どうやら、ついにディーンの料理は「世界が違うから結果的にゲテモノ」から「正真正銘のゲテモノ」へと進化したようである。
最も、いずれそうなるだろうと思っていたからハヤトは驚かない。
ロビーの警備スケジュールを組み立てなおすと、ふらふらとタケルの同僚が降りてきた。

『外出ですか、ハヤト博士』
『しばらく外出が多くなる。商談を持ちかけるものが多くてな』
『長期にわたるなら、外出の予定を……』

そこまで言ってふらついた為、同僚の後からついてきていたロビーがその体を支えた。
 ハヤトはいい意味でも悪い意味でも監視を受けている。

『タケルが勝手にやっとるだろ。あれは真面目だからな』
『ご協力感謝します』
『タケルに言え。それと、どうせ昼には地獄を味わうのだ。それまで休んでいろ』

そこで、タケルの同僚は阿鼻叫喚の台所に眼をやる。

『佐久間さんは、ディーンさんの料理の腕前を常々自慢されてましたが…』
『ディーンは料理の腕前はいいからな。他人の舌に合わせて無難な料理を作る事もできなくはない。だが、昼に作るのはディーンが最も得意で好んでいる料理だ。そしてディーンの好みは人と違う。ただ、ディーンの料理はどんな薬よりも効果がある。副作用も良く抑えてあるしな。良薬は口に苦しだ』
『はぁ…』

曖昧に頷くタケルの同僚を置いて、ハヤトは研究室へ向かう。

ビーっビーっビーっ

ちょうど研究室の扉を開けた時。警報音にしか思えないチャイムがなり、ロビーのうち一つの正面につけてあるディスプレイが玄関前を映し出した。

『Satan!Satan!Please help my mate!』

見ると、金髪の年かさの青年が大切そうにひびの入った精霊石を持ち、何か訴えている。
悪魔呼ばわりは失礼極まりないが本人は必死のようだ。
恐らく、精霊石を直して欲しいのだろう。だが、ひびが入っているとなると難しい。
二日ほど前に、ひび割れた精霊石の修理が出来るか聞かれ、出来ないと断ったばかりだ。
恐らくその男だろう。
精霊石は、ハヤトと魔術師達の勉強会の時になりゆきで作り出された術具で、動力源として最近実用化されたばかりだ。
精霊石の最大の長所かつ欠点は、意思を持つゆえの気まぐれさだ。
持ち主が愛されれば、あるいは精霊石の機嫌を取れば能率が変わり、事故があった時はまれに精霊石が砕ける代わりに持ち主が無傷で助かり、持ち主以外が触れれば動かない事がある。
精霊石と直接対話する事は出来ず、それぞれの性格も違う為、精霊石は扱いが極端に難しい。
ハヤトには理解できないが、そこが最大の魅力らしい。
それは究極のエコとして、多くの家電に使用されている。ただし、とても高額になるが。
実際、メンテナンスはこちらの人間でも愛と技術でどうにかできるようになったのだが、制作と修理はどうしても魔術師かハヤト、あるいは両方が必要になる。
機械工学と魔道学を極めたのはハヤトだけだし、魔力がないと精霊石も術具も魔法陣もどうにもできない。
それでも少しずつ精霊石が市場に流通し始めて5年、先月公式に精霊石の使用に関する展覧会が開催された。
家族総出で行ったら魔王様と崇められた事は苦い思い出だ。もう二度と行くものか。
思い出して顔を顰めたハヤトは、断ることに決めた。
直せない精霊石を見せて風太を悲しませる事もない。

『ロビー。おいかえ……』

『待って下さい、ハヤト師匠。その人、知ってます。ヒビがはいっちゃったんですね?
これくらいならどうにかできます』

研究室にいた風太が、道具を置いて玄関に向かう。
風太が望むならハヤトに断る理由はない。
支度をして、商談に出かける。その時、タケルがディーンの作った弁当を持って走って職場へと出かけた。




『やあ、ハヤト!待っていたよ』

 ゲイルが、そこにいた。
 机の上には、大きくプリントアウトされた火星の写真がある。
 その写真には、広がる緑と、乱立した基地が記されていた。

『微生物の定着には成功したようだよ。植林も徐々に始まっている。このまま行くと、後50年で宇宙服が必要なくなる予定だ』
『それはいいが、何故誰も彼も緑のど真ん中に基地を立てるのかね。わしがあの緑を植えたのだぞ』

 ハヤトはこの話題になると機嫌が悪くなる。せっかく緑の野原が出来たと思ったら、気がつけば緑が掘り返され、基地が建設されていたのだから当たり前なのだが。

『わかっていた事じゃないか。火星に国境はないんだよ。でも、こうして君から成長促進の術具を買い取ってその分植林しているじゃないか』

 ゲイルがいう。各国が、火星の植林に動いていた。
 ハヤトも、より効果のある術具、より相性のいい植物の開発に余念がない。

『そういえば、完璧な世界は作れているかい?』
『難しいな。まだ魔王の魔力を抑えられん』
『まあ、未知の危険のある場所より火星の方がいいと判断してくれて良かったじゃないか。知ってるかい?度重なる打ち上げで、宇宙船の技術が飛躍的に伸びてる。砂漠も、物凄い勢いで減っているよ』
『それなのだが、一旦火星から退避出来んかね。魔王を連れて行って、火星で全魔力を植物成長の術を掛けてみたいんだが。魔力が空の状態で研究がしたい』

 ゲイルは、目を見開いた。

『それはいいね!ぜひそうしよう。近くに宇宙ステーションが出来たから、退避は今日中に出来ると思うよ』

 喜ぶゲイルが、ハヤトの手を掴んで勢いよく振った。

『それは今日中にしろという事かね』
『テレポーテーションがあるじゃないか。世界を飛び越えられるんだから、火星なんてあっという間だよ。一度ロケットで移動したこともある事だし』
『わしもいい加減年なんだがな』

 その後、二人で術具の改良について話し合う。
 お昼、戻ってくると、タケルの同僚がディーンの食事に恐れをなしていた。
 ハヤトは、アリアに作らせた普通の食事を食べる。
 一口食べるごとに悲鳴を上げるタケルの同僚はどこか楽しそうで、ハヤトは安心する。
 午後。タケルが研究室に早く帰ってきて、準備を始めた。
 ハヤトも、食事を終わらせると改めてアリアに身支度を整えてもらう。
 次々と獣人が訪れてきた。
 今日は、獣人達の会議の日なのだ。

『それでは、第10回獣人会議を始めます』

広い部屋、ずらりと並んだそこにはゆったりとした服を着た、あるいはズボンだけの、獣人、獣人、獣人。
大勢の獣人が、ゆるりと円を描いて座布団の上に座っている。
各国のマスコミと大使館の大使や外交官がその横に設置された長机に座り、ぽつんと離れた席にハヤトとタケルが座っていた。

『今回、初めて外部の人間が入って緊張しているでしょうが、何時もどおりでいいですからね。全員、獣人に対する要望と動向の纏めは目を通してありますね?では、どうぞ』
『さっさと始めろ』

タケルとハヤトの言葉に、獣人の一人が手を挙げた。

『日本在住。セクハラが相変わらず凄いんだが、セクハラ反対派、挙手』

ざっと手が上がる。ほぼ全員に近い。

『容認派、挙手』

数人の手が上がり、テレパシーで発言順を決めて一人が口を開く。

『セクハラ……は、日本ではなくならないんじゃないか?
性的な意図はないし、ある程度は我慢してもいいと思う』
『タケルとハヤトは論外として、許可を取ってちょっと触ってくるくらいは、まぁ』

それに、一人の獣人が手を挙げて発言する。

『ちょっと触るぐらい……それは、獣化をさせられてる事を前提にしているな?
確かに、俺達は最初は危険な存在として、獣人である事を隠す事は許されなかった。
でも、今は安全は殆ど保障されてるし、犯罪率も0に近い。これは俺達の長年の努力の結果だ。
俺達の毛皮の有用性が広まってるし、研究室や好事家も俺達を欲しがってる状況で獣化を強要させられるのは問題だろう。
そろそろ、獣人である事を隠す権利を主張してもいいと思う』

ひろがるざわめき。
一人がそれに反論する。

『獣人だからという事で、俺達はかなりの保護を受けている。
その保護はどうするんだ?人間として扱うってことは、保護も無くなるって事だぞ』
『研究機関への協力と引き換えに、安全の保証と薬の入手経路の保証を、自分でどうにかできない時だけ助けてもらえるよう、一括で取引を結ぼう。
それ以外の事については、各自で受け入れ先と予め取り決めを結べばいいじゃないか。セクハラ問題だって、現行の法律で対応できるはずだ。
それと、獣人会議ももう縮小していかないか?』
『それは私も思っていた。国籍はまだ取れていないとはいえ、私はもうアメリカ人なのだから。身の安全も、生活の向上も、アメリカに頼るべきだと思う。
アメリカは誘拐もセクハラも酷い人種差別もきちんと裁いてくれる。
今ある保護でも優遇され過ぎていて申し訳ないぐらいだ』
『確かに、俺達の人と違う部分とかされたら困る事はとっくに纏めて告知が済んでるんだよなぁ。
セクハラ問題だって、会議の第一回から出てるし、最近はニュースでも取り上げてくれるし』
『ドイツ在住だが、獣化を強要とかはないなぁ…。控えめにお願いされる事はあるが。
確かにもう獣人会議に頼らずとも問題なくやっていける気がする』
『獣人同士でしか相談できない悩みもあるし、獣人会議がなくなるのは困るが、
全員参加はなぁ。スパイとか溶け込むつもりがないと思われても仕方ないぞ』
『待て待て、セクハラ問題はどうなった』
『ドイツとアメリカはいいわよ。日本はどこまでいっても獣人としか扱われないから、大変よ?
獣人会議は仲間同士で寛げるたった一年に一度の楽しみじゃない』
『セクハラは各自で職場と相談だろ』
『いやいやいやいや、通りすがりで抱きついてくる人とか職場で相談じゃどうにもならんだろ』
『俺は獣化しろ獣化しろ言われるのがもううんざりなんだ。俺の仕事ぶりを見ろ!』
『単純な力仕事だけだろお前。しかもそれ獣化したほうが明らかに作業効率いいだろう』
『ちょっと待て、皆資料とか要望とか読んだのか?セクハラ問題も大事だが、
せっかく外交官まで来てくれてるんだし要望をどうするか話さないのか』
『そんなもん思う存分尻尾触らせろとか解剖させろとか精子卵子よこせとかそんな要求ばかりじゃないか。文字読めないから知らないが』
『そんな事より腹が減った』
『代替物、肉タイプがなかなか手に入らない……薬だと物足りないなぁ』
『俺、犯罪に誘われたけどどうしよう…』
『移住しろ』
『ハンバーガー食べたい』
『ピザがいい』
『生肉』
『タケル』
『確かに頭から齧ってやりたい。二ヶ国語一気になんて覚えられるかばかやろう』

やいのやいのと、好き勝手な事を喋り始める獣人達を、タケルはにこにこと眺めている。
ディーンが外交官やマスコミにお茶と菓子を配り、風太が獣人にも数種類の飲み物と菓子を配る。
マスコミは滅多に外に出ない風太をカメラに納めるが、インタビューは控えた。
会議中口出ししたり邪魔したりしたら退場、というのが公開の約束だったのだ。
始まる前に獣人に話しかけようとしただけで強制退場という徹底振りだから、声を出すのも憚られる。
本来はカメラ映像の公開だけとの話だったのを、映像は合成できるとごり押しした為、カメラの役割以上の事をさせてもらえないのだ。
迷走する会議で、時々挙手、との声が上がる。それには全員従うが、話し合いはぐだぐだだった。
二時間も議論ですらない雑談を続けた後、ハヤトが発言をやめさせる。
タケルが、書類に書いた事を読み上げていく。

『事前の取り決めのない獣化の強要と、尻尾や耳を掴まれる、許可なく体を撫でる行為の禁止を国に訴えかける。今後も獣人の特性を周知していく。
研究や獣人に適した労働については、今後も体に害のない、倫理的に問題のない範囲で協力する。代わりに、災害時など薬が手に入らない状況の最優先の薬の配達と安全面の整備をお願いする。
ここまでは前回と同じ…むしろ、減りましたか。次は、新しい項目です。
次回会議は有志のみの参加とし、また次回の会議の内容も公開する。
後、おなかが減ったので予定を変更してこれから食事。
では、この内容を獣人たち共通の一年の方針とします。賛成の方は挙手』

全員が手を上げ、タケルは頷いて書類にはんこを押す。

『では、食事にしましょう。その後研究室からの報告を聞いて、要望を出して、後は自由行動です』

内容を煮詰めもしない。しかも、二時間かけてこの内容だ。
ディーンが事前に用意していたらしく、ロビーに食事を届けさせる。
バイキング形式で、向こうの料理と獣人たちの住む国特有の料理が並ぶ。
タケルは外交官達に詫びながら、食事を勧めた。

『どうぞ、皆さんの分もあります。このようなご不便をお掛けしてすみません。
ハヤトの研究発表中はまたご不便をおかけしますが、
これがうちの流儀なんですよ。会議にかこつけた雑談と息抜きといいますか。
獣人同士でしかわからない悩みもありますし、
テレパシーも併用しての愚痴の言い合いですから、他の人は入れたくなくて』
『構わないよ。無理を言ったのはこちらだからね。しかし、交渉しても要領を得ないわけだね。毎回こうなのかい?獣人達にミーティングの勉強をお願いしてもいいかな?』
『全員一致したものしか採択しませんから、結局何時も同じ決定事項になってしまって……。お望みなら、基礎の勉強は増やす事にします』

見ている先では、早速マスコミがインタビューをしている。
楽しく共に食事をするもの、唸られるもの、様々だ。

『見てください、このグロテスクな食事!さすがは獣人……』
『人の食文化にけちつけるなよ。食べるつもりがないならそこ退け』
『からーーーい!火トカゲだけあって、口から火を吹きそうな味ですね』
『ふふふ。私はこれを干して細かく刻んでから料理に混ぜるのがすきなの』
『香辛料と言うわけですね!』
『俺はチーズバーガーが食べたかったんだ……』
『国に帰ればお腹一杯食べられるじゃないか』

食事が終わると、研究室から発表がされる。

「獣人研究室からの発表だ。
薬の代替物については、レシピをやるから肉でもスープでもパンでも適当な研究機関に作ってもらえ。資金は自分で稼ぐように。国に出してもらっていいのは薬だけ、それも出来るだけ自分で買え。
で、アメリカ在住の者は喜べ。カト虫と火トカゲの輸入、養殖、食用として売る事の全てが許可された。
日本では養殖も飼う事も禁止されてるから、実質食べられるのはアメリカだけだ。
後、ディーンがこちらで食べられる向こうの味のレシピと材料リストを作った」

ハヤトの補足に、歓声が沸く。
獣人会議も盛況に終わり、後片付けと見送りをしているとカインが現れた。
カインは真っ白な翼を羽ばたかせ、神父を背負ってやってきた。

『今日はディーンさんが来てるって言うから、遊びに来たよ』
『白い翼が生えたのか』

 ハヤトがいい、タケルが歓声を上げた。

『うん、ワインを飲んでパンを食べていたら急に…』
『成人したなら連絡すればいいものを』
『すみません、大分騒ぎになったので気づいているものかと』

 神父が、申し訳なさそうに言う。
 ハヤトが、それでも嬉しそうにディーンを呼ぶ。
 積もり積もった話をし、夕食にそのまま招く。
 食事を終えると、電話が来た。

『ゲイルだ。退避がすんだよ』

 そこでハヤトは魔王を呼び、宇宙服を着せた。
 自分も宇宙服を着て、意識を集中して火星へと飛ぶ。

「げほっ」

 火星の基地群の裏側へと飛んだ少し無理をしすぎたらしく、ハヤトは久々に吐血した。

「ハヤト!」
「心配ない。それより、術を」
「うん。緑よ、我が祈りに答えて芽吹け!」

魔王が雑多な種をまくと、それは凄まじい勢いで成長していく。
魔力を帯びたそれは、見渡す限りの大地を緑に変えた。
それを確認すると、基地までテレポートする。

『ハヤト博士、いらっしゃいませ』

獣人に、出迎えられた。

『退避しとらんかったのかね!?』
『獣人なら今の環境でも理論上宇宙服無しで生活できると聞きましてね。と言っても貴重な獣人に火星に宇宙服無しで外に出てみてくれない?とは言えなくて。まあ獣人になってもいいかな、と思う者は残ってたんです。こっちに来てる獣人から薬はわけてもらっていますし。命がけの実験ですが、それは宇宙に出るときに覚悟してますし。ちょっと息苦しいですが、我慢できないほどじゃないですね。これで外でも楽に作業が出来ます。今、宇宙ステーションとの定期便が来ますから』

夜遅く、宇宙ステーションから迎えの宇宙船が来て、それに乗る。

「やれやれ、無断外泊か。アリアに怒られるな」

 ハヤトは、最近では最も長い一日にため息を吐き、宇宙船の中で睡眠をとった。



魔王が作った緑の地の中心地なら酸素が十分にあり、獣人なら普通に生活できる事がわかり、獣人の村が出来るのはそれから一年後となる。
火星への移民計画は、順調に進んでいる。

しおり