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チョコレートと家庭訪問

「お花、出来たよ」
「おお、器用だなラキちゃん」

 ザイルはラキの作った花になる杖の出来を確認すると、杖の詰まった箱に入れた。
 ラキは魔力過多の少女で、ディーンの同級生だ。ディーンといつも一緒にいて、ここでバイトをしてくれる。
 ラキはたまに魔力暴走を起こすが、ディーンが抱きしめるとすぐに収まった。
 ディーンの大胆な落ち着かせ方もそうだが、抱きしめながら無意識にしていた魔力コントロールが功を奏しているらしい。ラキも徐々にだが自分で暴走を抑えられる様になっていた。
 ディーンのいない時でも、素数という数字を数える事で落ち着くという。
とても勉強熱心だが教科書が無いというので、バイトの前借という形で買って上げると凄く喜んでいた。
今では、ディーンと共に授業の合間を縫ってバイトと勉強に精を出す毎日だ。
ラキが花の杖を作るあいだ、ディーンは手紙の確認をしている。
 
 テジナの要請の手紙、テジナの感想の手紙、テジナを教えてくれるように頼む手紙。ディーンに届く手紙は多い。
 テジナは娯楽として急速に広まりつつあった。

ここ術具の研究室でも、テジナの道具作りだけでなく、娯楽を目的とした術具の作成が流行っていた。
ディーンのお蔭で、研究費が大分助かっている。
一つ一つの値段は術具に比べれば大分安いが、材料の値段も安い。
魔術に関係の無い人たちにも買ってもらえるのは大きかった。
魔術師の分を逸脱しているのではないかとの声もあるが、研究費が無くては何も出来ないのだ。
この前、ディーンの師匠、ハヤトのアイデアで、孤児院にテジナの道具作成を、雑貨屋にその販売を依頼したのは良かった。
孤児院にも臨時収入になるし、こちらは材料を用意するだけでいいのだから。
ディーンは勉強の時間を削られて困っているようだが、そろそろディーンがテジナを教えている孤児院の子や
噂を聞いてきた道化の者達が一人前にテジナを出来るようになってきたので、そろそろ手が空いてくるだろう。
落ち着いてきたら、そう、一年もたったらディーンには魔力のある術具の制作を手伝わせるつもりだった。
少し早いが、ディーンの道具から得た新しい術具のヒントが多くあった。早くそれを試したかった。
燻っていた自分にいい突破口を与えてくれたディーンと共に。

「よし、返事は全部書き終わった……。もう勉強する時間が全然無いな……。悪いな、ラキ。手伝わせて」
「ううん。私も学費が必要だから。じゃあディー、勉強しよっか」

 ザイルはいつものように、時々手助けしながら二人の勉強を見守った。
青年と少女が二人並んで、教科書を読む様子は微笑ましい。
ディーンは年頃の男の子にしては珍しく、治癒系統の術や研究に強い興味を示していた。
本格的な授業は第二入学試験の後とはいえ、テジナに、日々の勉強に、治癒の術の勉強に、ディーンは良くやっていると思う。

「そういえば、兄弟子の事はどうなったね」

 ふと気になってザイルは言う。ザイルの兄弟子、風太はラキと同じ魔力過多だ。
魔力を封じるなり使いこなす訓練をするなりしないと、大変だろう。

「ん~。来るなら俺と交代になるし、卒業してからでいいって。師匠、病気なんだよ」
「それは心配だな。医者には掛かったのか?」

 ザイルは眉を上げる。ディーンの師匠、ハヤトが病気だとははじめて知った。
ディーンの話を聞いていると、ついハヤトが完璧な人間だと思ってしまう。
だがそれは、ディーンの眼から見たハヤトなのだ。

「師匠は、治せないだろうって。師匠、病気には詳しいんだ。俺や風太が病気になっても治してくれるし。でも、その師匠が治せないだろうって。だから俺、外で勉強すればって」 
ディーンの師匠想いはいつもの事だが、そんな理由があったとは知らなかった。
初めから魔術師に頼めば良かったのでは…と思ったが、優しいザイルは言わなかった。
代わりに聞く。

「医師になろうとは、思わなかったのかね?」

 ディーンは肩をすくめた。

「師匠、医者嫌いなんだよ…絶対掛かろうとしねぇの。薬草の本とか薬草とかは喜んで受け取ってくれるけど…」
「そうか…」

 しかし、そんな医者嫌いが魔術師に身を任すだろうか。この懸念もザイルは、優しさから黙っている事にした。

「最近さ、悩んでるんだよな。師匠も帰って来いってうるさいし」
「何故!?」

 せっかく受かったのに。何より、ザイル自身がディーンと離れがたかった。
ほんの五ヶ月の間だが、ディーンが持ってくる道具と、テジナ。ディーンの年の割りに幼い笑顔に、どれだけ癒されただろう。つまらない人生に色を与え、地味だと思っていた術具の新たな見方を教えてくれた。
ディーンが来て以来、ザイルの研究室も騒がしく活気が出てきていた。
ミグなどは、いたずら用の術具なんて作っている。これも学生に飛ぶように売れていた。

「魔術の事話したら、何か得体がしれないから帰って来いって…」
「え、得体が知れない…?」

 確かに魔術を知らないものの中には、そういう者もいる。しかし、ディーンの師匠もその手の人間とは以外だった。
しかし、そういえばディーンも、風の術を勉強した時にタネも仕掛けもない事に驚いていた。
初めて術を見たとき、大抵の子はどうやって使うのか聞いてくるが、
どうしてこうなるのか聞いてきたのはディーンが初めてだったのでよく覚えている。

「あ、風太はわかってくれたぜ?説明には時間掛かったけど、あいつ精霊見えるし……。それで、いっぱい勉強して来いって。でも師匠はお前の話は要領をえないって……。そうだラキ。師匠、ラキのことうちの子にしてもいいって。お菓子も送ってもらった」

 ディーンが懐から袋を取り出すと、ラキは歓声を上げた。

「ディーンのお菓子って、あれ!?」

 うちの子にしてもいいという言葉よりも、お菓子に反応したラキはディーンから奪い取るようにして袋をあける。
そこに二欠片程混じっていた黒い欠片を貴重な術具を扱うように、そっと持ち上げた。
ゆっくりと口に運ぶと、じっくりとかみ締める。

「甘い…ハヤト様大好き……」

 陶酔したラキの様子に驚く。何か、おかしな物でも混じっているのではないか?
これだけの道具を作るハヤトだ、ありえない事ではない。

「一つ味見してもいいかな?」

 ラキが返事をする前に一つ取り、ぺろりと舐める。
口に広がるほろ苦い甘み。危険な様子は無かった。むしろ、じんわりと力が出てきた感じがする。
簡単に探査の術をかけて、術が掛かっていない事を調べる。
黒い欠片を口に入れてしまうと、その甘みにとろけそうになる。
そして、魔力を回復する高価な薬を飲んだ時と同じ感覚に気づく。

「酷いです、ザイル先生!私、これ大好きなのに」

 ラキが涙ぐんで訴えてくるのを気にせずに、急いで他のお菓子もつまむ。
これも甘くて幸せな気分になるが、あの不思議な感じはしなかった。。
ラキが悲鳴をあげるが気にしない。どうやら、魔力回復の力を持っているのは黒い欠片だけのようだった。

「あの黒い欠片、あれはなんだね?もしかして…魔力が回復する力を持つようだ」
「チョコレートか?確かにあれ食べるとちょっと元気になるような……。そういえば風太、暴走した後いつも食べてたな。元気出るって」
「ええ?そんな効果を持つお菓子、凄く高価なんじゃ……」

ラキが心配そうに上目遣いにディーンを見つめると、ディーンは考え込むように言った。

「いや、わかんないな…。師匠、どこから食料仕入れてくるかわからないし」
「どこで手に入れたか知りたい。君の師匠に連絡は取れないかね」

 もしかしたら、大発見になるかもしれない。
今までの魔力回復薬は、まずい上に体に悪いものだった。
お菓子という事は体に害が無い。その上こんなにおいしいのなら、活気的な大発見だ。
ザイルは勢い込んでディーンに聞く。

「そうだ、ここに君の師匠を呼ぶといい。この学校を良く知ってもらえれば君の師匠も得体がしれないという事も無くなるし、治療も出来るし、君の兄弟子の魔力暴走もどうにかできるし、私も君の師匠に色々聞く事ができるじゃないか」

 ザイルは言い募る。それはとてもいい考えに思えた。

「え……いいのか? ここ、部外者立ち入り禁止じゃなかったか? テジナ教える時だっていつも外に行くし……」
「私が話してみよう。チョコレートはまだあるかね?これの研究の為ならば許可が出るはずだ」
「う……。俺もチョコ好きなんだよ。少ししか送ってもらってないし」
「君の師匠の為だよ。病気なんだろう?」

 ディーンには悪いが、そういえばディーンが頷くのはわかっていた。



ディーンの師匠が病気という事で、転移の術を使って迎えに行く事になった。
チョコレートの威力は凄かったらしく、思ったよりも大事になってしまってザイルは戸惑う。
ザイルの横ではディーンが不安そうに身を縮めていた。

「なあ、ザイル先生、何で将軍がいるんだ?何で王宮魔術師がいるんだ?」
「安心しろ、私も怖い」

 王宮魔術師、セラフィードが穏やかな声で問うた。

「ディーンくん、君のテジナとやらは私も以前みせてもらいましたよ。それで、もうチョコレートは隠していないのですね?」
「ないない、無いです!もう全部持ってかれました!」

 ディーンは必死に言い募る。だから苛めないで、と言いたげだった。
 セラフィードも、寛がせたかったら後二言三言付け加えるぐらいしないと。明らかにがっつきすぎだった。
第一、身体検査は何度もされていた。ディーンはテジナをするからと、特に念入りにされている。
怯える雛のようなディーンを横目で見ながら、ザイルは恐る恐る言う。

「あの、セラフィード様。まさか…戦争起こりそうだとか、そんな事はありませんよね?」
「それはない。が、魔物退治や強力な術を使う時にあれば便利だし、万一の備えはあった方が良かろう。気休め程度のものだが、無いよりはあった方がいい」

 将軍、ラシドが横から口を出す。万一とはどういうときか、考えたくも無かった。
よくよく考えてみたら、戦闘時に魔術師の持久力が無い事が大分問題になっていた事を考えれば、こうなる事は十分に想像が出来たはずだった。
脱力気味にザイルは考える。多少研究室が活気に溢れるならば歓迎する。
しかし、こんな事態は歓迎したくなかった。
願わくばチョコレートが実用的にならないほどに高価なものならばいい。
そして私とディーンが消されませんように。残念ながら、ザイルは術具専門で、
それほど魔力はないし強くも無い。魔術師セラフィードどころか、ラシド将軍から逃げる事も出来ないだろう。
生徒を守るどころか、祈るしか出来ない現状に歯噛みする。
ディーンはラシド将軍の言葉を聞いて、悲鳴を上げた。

「俺、戦争の片棒担ぐのか!?」

 セラフィードは、青い顔をしたディーンを落ち着かせるように言い聞かせる。

「魔物退治や、医療や、様々な事に役立てるのですよ。それよりディーン、聞きたい事があるのですが……」

セラフィードは机の上を指し示す。

「俺の荷物!?何で俺の荷物がそこにあるんだ!?」
「貴方の事をもっとよく理解したいと思いまして」

 セラフィードは微笑む。怖い。凄く怖い。自分でさえ怖いのだから、ディーンはどれほどだろう。

「色々興味深い物があったな。特にこの魔剣…」

 異様に細い剣にラシドが触れたとたん、ディーンが豹変する。

「その刀にさわんな!」

 剣に向かって駆けようとするのを、兵士に止められる。

「風太が預けてくれた大事な刀なんだ!それに凄く高かったんだぞ!」

 ディーンはなおも剣に手を伸ばす。カタナとは、剣の異国語だろうか?

「魔術師の卵が剣にこだわるか。勝手に触って悪かったな。確かに高価だろうな、この剣は。特に細工はしていないようだが、それでも剣自体に魔力が込められている。細くてもろそうだが、その代わり鋭くてよく切れそうだ。それに美しい」

 ラシドはそっとカタナを置く。セラフィードは置かれたカタナをゆっくりと撫でた。

「買ったんですか?よくこんな剣…カタナ?が売ってましたね。これ程魔力が込められたもの、普通手放しませんよ」

 ディーンには悪いが、持ち物チェックは私もしておくべきだった。
不謹慎だが、色々なものがあって楽しそうだ。あんなカタナを持っていたなんて、全然知らなかった。

「このノート、見ました。しっかり勉強しているようで何よりですね。貴方の考え方は変わっていて面白いです。筆記用具にもテジナを使っていたのは驚きましたが」
「俺のノート見られた……宮廷魔術師に見られたっ」

 カタナが解放されて落ち着いたディーンだが、こんどはノートを見られてへたり込む。
ディーンのノートは確かに見ていると面白い。変わった計算方法などが書かれていて、アプローチの方法が全然違うのだ。数学や薬物の実験の時にそれが顕著に現れていて、その一部はザイルもこっそり参考にしている。
筆記用具もコンパスやシャープペンシルなど、便利なものが多い。
特にコンパスは学校指定の筆記用具に推薦する予定でいる。

「それとテジナの道具と、お菓子。お菓子は少し頂いてしまいました。あんな高級なお菓子がこんな所で食べられるとは思いませんでしたよ。おいしかったですよ。それと、これ……なんですけど。この虫は見たことが無いですね。珍しい琥珀です、力も持っている。これは個人的にですが、売ってもらえませんか?貴方とは相性が合わないでしょう。私にはぴったりですが」
「返せよぉ…それ、師匠が俺と風太に買ってくれたものだぞ。俺のお守りなんだからな!」

 セラフィードが掲げた石は、琥珀だった。中には昆虫が入っている。
眼を凝らすと、木と虫の精の両方が宿っているのがわかる。極上の琥珀だった。
しかし、ディーンとは全く相性が合わない。
ディーンの術を阻害する事はあれ、ディーンの助けとはならないだろう。
琥珀は力を吸う効力があり、ただでさえ扱いが難しいのだ。
楽しいだけで役に立たないテジナや魔力回復の効能を持つお菓子といい、
魔力過多の風太をそばに置き、魔力のあまりないディーンを学院に送ってきた事といい、
無駄を追求しているとしか思えないディーンの師匠らしい贈り物だった。
しかし、こういってはなんだが、盗賊のようになっていないか、宮廷魔術師殿。 

「ああもう、セラフィード様。本当に師匠は治してもらえるんだろうな? 師匠に何か危害を加えるっていうなら、俺……」

 セラフィードはにこりと笑う。

「安心してください。チョコレートの製法を教えてもらうまでは死なせませんよ」

 禁術使ってでもこの世に引きとめそうな勢いだなおい。
なんにせよ、検閲済みの手紙はディーンの伝書鳩で送ってあった。
後は、迎えに行くだけだった。

「風太、奇形だから驚かないでくれよ」

 今頃といえば今頃の告白に、ラシドが眉を上げる。

「それで心を動かすようなメンバーじゃないだろう」

 まあ確かに、熟練の魔術師二人に将軍だ。たかが奇形に動揺したりなどしない。
他にディーンは、カタナと琥珀の携帯を求めた。ディーンの住んでいる所は、孤立した小さな村で、防備が十分で無い上に、魔物はよく出てくる。
最近は魔術師と思われていたハヤトが住み着いたという事で、ハヤトがなんとかするだろうと、防備をさらに減らしてしまっているから、武器とお守りを求めるのは当然といえば当然だった。
セラフィードは難色を示したが、ラシドは笑って許可を出した。
武器の一つあった所で、将軍と宮廷魔術師に正式な学生ですらないディーンが勝てるはずも無い。
ディーンとザイルは転移室に連れて行かれる。
そこでは、既に他の魔術師達が転移の術の準備をしていた。
床に描かれた魔法陣の上に立つと、魔術師達が術を唱え始める。
不安げに抱きついてきたディーンを支えて衝撃に備えると、ゆらりと景色が揺れた。



揺れが消えたと思ったら、そこはもうカリト村の丘の上だった。
めまいが治まるのを待つと、周囲を見渡す。
丘の上には家が一軒だけあった。家の脇には畑が広がっており、見た事の無い植物が見慣れた作物に混じって植えてあった。
雑草である光草がきちんと整列して植えてあるあたり、ディーンの師匠らしかった。
精神を集中させてみると、家から強い魔力を感じる。魔力過多の兄弟子がいると聞いていたが、これは異常だった。

「これは…妖魔の気配?」

 セラフィードが構えると、ディーンが慌てた。

「嘘だろ!?家には風太や師匠がいるんだぞ!!」

 ディーンは走り出す。

「ハヤト師匠ー!タケル師匠ー!風太ー!」
「下手に動くな、ディーン!」

 ディーンを追って家に向かうと、ドアが開いて、一匹の妖魔が出てきた。妖魔を見るのは初めてだった。
ザイルは術具専門の魔術師だ。実戦になど、めったに出ることは無い。
不気味な黒い羽と尻尾を生やし、口からは牙を覗かせた妖魔が、笑みを浮かべてディーンに襲い掛かる。

「ディーン!寂しかったです!」

 ザイルが助けるまもなく、妖魔はディーンにしがみつく…というよりは、抱きついているように見えた。
寂しかったなどと吐露する妖魔を、ディーンはぎゅっと抱きしめ返す。

「風太、妖魔がこの辺にいるって!」
「嘘!? 危ないですね……。でも今タケル師匠も来てるし、大丈夫かと。さあ、早く入って下さい! 引率の先生方も、どうぞ」

 ディーンの警告に、妖魔は不安げな顔をして急いでディーンを招き入れる。
ザイルが呆然としていると、大音量の声が聞こえてきた。

「ディーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

どたどたと音をさせて、家の中から中年の男性が駆けてくる。その背格好から、ハヤトだとわかった。

「会いたかったーーーーーーーーーーーーーー!!大丈夫だったか?悪い人に騙されてはいないかーー!?」

 魔術師だといってディーンを騙したのはハヤトだったのでは……。
どう考えても止まりそうにない勢いだったので、ディーンを後ろに庇うと、案の定ハヤトは飛び掛ってきた。
だが、ディーンを庇う必要は無かったらしい、ハヤトが飛び掛る直前、青年が駆けてきてハヤトの襟を掴みあげる。

「ハヤト。ディーンに飛び掛ったら危ないでしょう」

 青年は静かな声で告げる。
そういえば、ディーンは3人の名を呼んでいた。彼は恐らくタケルだろう。
掴みあげられて苦しいらしく、ハヤトは青い顔をしている。というか、ハヤト病人じゃなかったか。

「タケル師匠、危ないからおろしてあげてください」

 ディーンがタケルの手を取って頼む。タケルはゆっくりとハヤトをおろした。

「ちょ……ちょっと待ちなさい。このこ、妖魔ですよ?それも使役していない……」

 後ろから追いかけてきたセラフィードが突っ込むと、風太は不安そうな顔をした。

「僕が……妖魔? そんな……」
「風太が妖魔なんて、まさか……」

 動揺する風太とディーン。だが、心当たりはあるらしく、どうしようと手を握り合う。
だがしかし、二人の師匠は欠片も動揺しなかった。

「妖魔?そんなものいるわけがないでしょう」

 ばっさり切捨てるタケル。

「風太たんはワシの小悪魔であって妖魔ではないぞ」

 悪魔は妖魔以上に最悪の魔物なのだが、それ以前に何か勘違いしてそうなハヤト。

「この羽が見えないのですか!」

 セラフィードの言葉に、タケルはふいっと横を向いて言った。

「人間に羽なんてあるはずがありません。無いものが見えるはずがありません」
「風太のあまりの可愛さに羽の幻覚が見える事は確かにあるな」

 風太を抱きしめながらハヤトは言う。その顔は幸せに蕩けていた。

「幻覚にしては思いっきり羽を撫でているな」

 思わずザイルも突っ込むが、ディーンは苦笑いをして言う。

「師匠達、都合の悪い事は認めたことが無いから諦めた方がいいぜ。タケル師匠なんて、魔力暴走見ても気のせいですの一点張りなんだから」

 風太はタケルにハヤトから剥がされながら、ぺこりと頭を下げた。

「その件については後で話を伺わせてください。どうぞ中へ。お茶の準備はしてありますから」

 家に招き入れられる。靴を脱ぐように言われ、異国風のその家の居間に通される。
タケルとハヤトは妙な座り方をして、風太に指示を出した。

「風太。お茶を」

 風太は変わった入れ物からお湯を出し、緑色の茶葉にかける。
そうして緑色の液体を作り出すと、全員分用意した。
茶菓子に、チョコレートが皿にもられて用意してある。
風太とディーンも妙な座り方をすると、タケルが声をかけた。

「ディーン、疲れているでしょうし正座はしなくていいですよ」
「いいのか、タケル師匠?」

 妙な座り方はセイザというらしく、ディーンは喜んであぐらをかいた。

「チョコレートが好きだというので、用意しておいたぞ。それで、ディーは学校でどうかね」

 ハヤトが早速ディーンの学校生活について聞いてくる。

「テジナのおかげで、皆の人気者ですよ。勉強も頑張っていますし」

 妖魔の事でないのは戸惑ったが、教師として、両親に学校での生徒の生活を伝えるのは当然の義務だ。
ザイルはディーンがラキと研究室で仕事を手伝ってくれている事も伝えた。
ついでに自己紹介も済ませてしまう。セラフィードの時は眉を潜めたのみだったが、
ラシドの時に、ハヤトはディーンに眼を向ける。ディーンが首を振ると、こくりと頷いた。
その動作と、宮廷魔術師と将軍が来ても戸惑わなかった事が少し気になったが、
ハヤトがディーンの話を促すので問いただす機会を逃してしまった。
ディーンの学校生活の話に、ハヤトは満足げに頷いた。

「それはそうだろう、ディーは可愛いし頑張りやさんだからな。さぞかし人気者だろう」

 その顔はやはり幸せに蕩けていて、完全な親ばかといった感じだった。
ディーンの幼さにも頷ける。いつも子ども扱いで、猫かわいがりで育てられてきたゆえだったのだろう。
タケルもディーンに問いかける。

「ディーン、稽古は続けていますか?」

 ディーンは頭をかいた。

「あんまり…毎日が忙しくて……でも、危険な事は無いので大丈夫です。精々ラキの魔力暴走ぐらいで。でもそれも最近は少ないし」
「そうですか。しかし、一日稽古をサボるだけで体は大分鈍ります。時間を作って、しっかり稽古するのですよ。学校は安全でも、ここら辺は物騒ですから」
「はい、タケル師匠」

 二人の会話に、首をかしげる。そもそも、タケルの事は今日始めて知った。

「稽古とはなんだね?」

 ザイルが問うと、ディーンは恥ずかしげに答えた。

「タケル師匠からは、色々と武術を習ってるんだ。ここは魔物も良く出るから。俺は全然弱いけど、風太は結構強いぜ」

 言われて、カタナの事を思い出す。

「もしかして、剣術を?」
「うん、格闘技2種類に剣に弓。それとトラップ設置。どれもろくに使えないけどな」

 思いがけなく色々と習っている事に驚く。
肝心の魔術が不得手なのでよく忘れそうになるが、ディーンは多才だ。
手品はもちろんだが、魔力暴走を収めてみたり、医術について学んでいるし、魔術の勉強でも考え方は変わっているものの、中々鋭いものをみせていた。
この上武術もとなると……。

「ディーン、お前に出来ない事はあるのか?」

 ディーンはとたんに真っ赤になって手を振った。

「いや、俺何も出来ないって!そりゃ色々勉強してるけど、手品以外はそんな出来なくて」
「ディーン。先生にそのような言葉遣いを?」

 タケルが静かだがよく通る声で注意すると、ディーンは頭を下げた。

「あ、すみません、ザイル先生」
「構わんよ」

 ザイルはお茶をすすり、舌に残る苦味に顔を顰めた。
チョコレートに手を伸ばすと、口に放り込んだ。苦いお茶のおかげで甘みが際立って、一層おいしい。
セラフィードの視線が痛いが、知るものか。この機会を逃したら、もう食べられないかもしれないのだから。

「あの、僕の事を先程、妖魔と……僕は捨て子で、自分の事についてはなにも知らないのです」
「今はわしの子なんだから問題なかろう。どうせ羽なんて飛べなきゃただの飾りに過ぎんし」

 風太の質問を、ハヤトが遮る。妖魔の羽を唯の飾りといってしまうハヤトが信じられなかった。
しかし、妖魔は空を飛べるはずだった。ある程度育ったら羽が出現するという形な為、幼すぎて飛べないという事はない。
羽が生えた時点で十分に育ち、空も飛べる状態だという事なのだ。

「空を飛べない? 穏やかな性質のようですし、発育不良のようですし、突然変異なのかもしれませんね。それとも、他に何か理由があるのか……。そもそも妖魔が人を襲わずに生きていけたとは……」
「発育不良!?やはりそうなのか!?中々育たんからもしやと思っていたが…。2,3人攫ってきて食べさせればちゃんと育つようになるのかね!?は、早く妖魔について教えたまえ!」

 それを聞いてディーンと風太が同時にお茶を吹いた。
ハヤトに、妖魔が人を食うという辺りを気にした様子は全く無い。
ハヤトは妖魔の危険性を理解してないから気楽にできるのだと思っていたが、そんな事は無かった。
よくよく考えてみれば、魔力暴走があるのだ。風太の危険性がわからないはずはなかった。

「ししし師匠っ風太は人間なんて食べないぞ!」
「何考えてるんですか師匠!」

 風太とディーンが言い募るが、ハヤトは更なる暴言を吐いた。

「好き嫌いしても大きくなれんぞ!なぁにひき肉にしてしまえばどの肉も一緒がはぁっ」

 タケルに殴られて、ハヤトは倒れる。

「中々の突きだな」

 ラシドが褒める。タケルはすっと立つと、ぐりぐりとハヤトを踏みにじった。

「子供の前でなんて事を…私の目の黒いうちは風太に妙な真似をさせませんから」

 ディーンはタケルの足にしがみついて、ハヤトの解放を願う。
セラフィードは埒の明かない師匠二人よりも風太と話したほうがいいと考えたらしく、会話を続けた。

「貴方は、フェイクキッズという名の妖魔です。赤ん坊の姿で人間に拾われ、その人間の魔力を食らって育ち、ある程度成長したら、その頃には魔力を吸われきって衰弱した人間を食らい、羽を生やして飛んでいくのです。人語を解し、人の情を利用し、強力な術を使う厄介な妖魔です」

フェイクキッズ。ザイルはその名に眉を潜める。何人の孤児が、フェイクキッズのおかげで死に追いやられただろう。
子供を拾ってから、両親が病気をしたり拾われた子が魔力暴走を起こすと、その子供は殺される事が多い。
フェィクキッズの幼体を見分ける方法は、魔術師と神官を除いては両親の衰弱か魔力暴走、羽を生やす直前の妖魔の見せる凶暴性しかないのだ。一時期、発見された捨て子は全員殺すと決めた国もあったほどだ。
ラシドが風太に問うた。

「羽の生える直前のフェイクキッズは酷く凶暴になる。以前使役されている妖魔に問うた時は、それが本能だといわれた。人を食らい魔力を得る事で、羽を生やすのだ。お前は何故羽が生えている。それに、ハヤト殿に対する殺意を持たないのか」
「殺意ですか……尻尾をはむはむされた時に少し…」

 恥ずかしそうに告げる風太の言葉を聞いてタケルがハヤトの襟を持ち上げる。

「ハヤト…貴方いたいけな子供になにしたんですか!」
「尻尾は幻覚なんだろう!?幻覚の尻尾を銜えようが問題はない!」
「あれは尾骶骨の奇形なので幻覚ではありません!」
「ならば羽ははむはむしてもいいんだな!?」
「それは……!!羽も奇形です!風太の背中のものも幻覚でも羽でもなくて奇形なんです!だからはむはむ禁止!」

 喧嘩はやめてと必死に仲裁するディーンに構わず、言い争いをするハヤトとタケル。
妖魔の尻尾を銜えるなど、どこをどうすればそんな発想が出てくるのだろう。
ザイルが呆然と喧嘩を見守っていると、風太がくすりと笑った。

「冗談です。確かに、どうしても衝動が抑えきれない次期はありました。でも、あの時もハヤト師匠が風太に食べられるならって頬を染めて、タケル師匠がハヤト師匠を殴って。……薄々、自分が化け物なのはわかっていました。でもそんなの、師匠たちにとってはたいした事じゃないから。今は自分を抑えられるし……たとえ人を襲わないと生きていけないとしても、僕、十分幸せな人生を送ってきたから」

幼いながらに、悟りきった様子の風太に驚く。ディーンがそれを聞き、セラフィードの裾を掴んだ。

「風太……。そんな……俺、やだよ。セラフィード様、宮廷魔術師だろ?風太、死んじゃうのか?どうにかならないのか?」

 どうやってかタケルから逃れて、ハヤトが風太を抱きしめた。

「ワシに任せろ。どんな方法使ってでも、風太は死なせん」
「何故人を食べないと生きていけないのですか?原因さえわかれば、どうとでもなるはずです」

 タケルがハヤトから風太を引き剥がしながらいう。

「生きていけないというわけではありません。魔力を食らう事で、成長するのです。つまり、風太くんはずっと子供のままというだけです。食らうことでしか魔力が手に入らないわけでもない。しかし……本能を抑えきった? ハヤトさんやタケルさんも衰弱の様子はない。少し調べさせてもらいます」

 セラフィードが術を唱えて風太に魔法陣を張り付かせた。
かなり難しい探査の術だった。

「これは……!!祝福を受けていますね。こんなのは初めてです。妖魔を傷つけず、邪悪さを増大させず、ただ加護を与えるとは。そんな神がこの世にいたなんて……。衝動を抑え切れたのは、これが原因でしょうね」

 そう、祝福をすればフェイクキッズは焼け爛れる。ただ、神官に祝福をしてもらうには手間と費用が掛かるのだ。
全ての捨て子に祝福を受けさせて試すのは、中々に難しかった。

「うちの子に何をする!」

 ハヤトが風太を庇うと、ディーンはハヤトに説明した。

「師匠、これが魔術です。俺、これの勉強しているんです」
「それがわからん。手品の学校に行ったんじゃなかったのかね。手品と魔術が違うとはどういうことだね。ワシはそんなわけのわからんものを習わせる為にディーンを学校に行かせたんじゃないぞ。大体、魔術師なんて胡散臭いじゃないかね。悪魔召喚してそうで」

 悪魔召喚をする魔術師がいるのは事実だが、ハヤトに言われたくは無かった。
セラフィードもそう思ったらしく、にっこりと笑っていう。

「妖魔召喚もしますよ。もちろん、フェイクキッズも。術で縛り、忠誠を誓わせる代わりに魔力を与えるのです」

 するとハヤトはカッと眼を見開き、風太を背に庇って言い放った。

「風太は渡さんぞ!この人攫いめ!」

 さっき2、3人攫ってとかひき肉とかほざいてなかっただろうか、この親父は。
ザイルはディーンに聞いた。

「ハヤトのご病気は、心の病気かね?」
「すいません、違います……。確かに俺と風太の事になると常識吹っ飛ぶけど、それ以外はいい師匠なんです」

ディーンがぺこぺこと頭を下げる。
セラフィードはなおも言い募った。

「妖魔召喚をさせない方法を教えてもいいですよ。いい主人を紹介するのもいいでしょう。
魔力を与えれば成長は出来るのですから。ただし、チョコレートの製法と交換ですが」

 ハヤトはそれを聞き、口を開きかける。
しかし、ディーンの不安そうな顔を見ると、口を閉じた。しばらく考えると、ゆっくりと口を開いた。

「チョコレートに魔力回復の力があるといったな」

 先程まで、露ほども話が通じなかったくせに、いきなり核心を突いてくる。
そう、よく考えればディーンから事前に話はいっている。今まで会話が通じなかった事がおかしいのだ。

「交渉権はディーンと風太の身の安全と交換だ。人質に取るなという意味じゃないぞ。必要ならうちの子達に護衛をつけてもらう。少なくともそちらにいる間はな。後、家の敷地に勝手に入るな。入れるな」
「交渉権か。ならば製法自体は何と交換する?」

 ラシドが問うと、ハヤトは肩をすくめて言った。

「学校に案内してくれるんだろう?魔力だの魔術だのが何かわからないうちは無理だな。今日出した茶菓子くらいは持って行ってもらってもいいがね」
「私も行きます。この日の為に苦労して一週間も有給休暇を取ったのですから」

 準備していたらしい荷物を取ると、ハヤトとタケルは外に出る。

「さて、移動の術とやらを見せてもらおうか」

 ………本当に、今までの馬鹿騒ぎが嘘のようだった。
会話が成立しない、真面目に会話してくれると思ったら食えない。
扱いにくい事、このうえない。
まさか帰ったら自分がハヤトの世話を任されるとは露ほども思わず、ザイルは
セラフィードに同情を覚えた。
セラフィードが外に向かい、杖で地面にカリカリと魔法陣を描いた。
それに赤く光る液体を垂らすと、その液体は即座に溝を伝い、魔法陣を赤く染めていく。
セラフィードが術を唱えると、魔法陣が光りだした。
1人で転移の術を行うとは、さすが宮廷魔術師だ。
ザイルは他の面々を見回す。

「ディーン、やっぱり僕そのお守りの方がいいです。また交換しましょう」
「またか?はい、風太。剣も返すな」

 ディーンが琥珀を渡すと、風太は嬉しそうに胸元から琥珀を取り出して交換する。
風太に握られて、ディーンの持っていた琥珀が力を失っていくのに気づく。
ディーンの魔力を琥珀が奪い、琥珀から風太が魔力を奪う。
こうして魔力を補充していたのか。無意識の本能と偶然の賜物だった。
ハヤトとタケルは、不安そうに見回しながら、異国語で話している。

『液体が勝手に動いていますね。さっきの風太に張り付いた六芒星といい、なんて不思議な……』
『この世界には、もしかして本当に魔法があるのかもしれんな』
『まさか。そんな非科学的な。風太のようにESPの一種かもしれませんよ』
『ESPの学校か…しかし、チョコレートがESPに聞くなんて聞いた事ないぞ。風太は確かにチョコが好きだったが……ESPについては一通り調べてある』
『人種が違えば、ESPの性質も違うのでは?』
『それを魔法と呼んで何の差支えがあるのかね?魔法陣といい、呪文を唱えるところといい、そのものじゃないかね』
『イメージの強化の為では?風太は呪文など使いませんよ』
『まあ、行ってみればわかるだろう。しかし、魔法にしろESPにしろ、これで野望が遠のいたな』
『いい加減、諦めてください。大体、貴方は後数年の命ですし、子供も作れないのですから、無理ですよ。
たったの数年で何ができますか』
『風太とディーンとロビーとお前とラキ。それだけいれば十分だろう?メンバー的にも多彩で豪勢じゃないか』
『私ばかりか、子供達にまで非道を?』

いきなり、タケルがハヤトを睨んで刀に手をかける。ディーンと風太は手を握り合い、ラシドが身構えた。

『わかっている。そんな事は出来ない。しかし、子供の頃の夢だったんだ。夢を語るぐらい、いいだろう?』
「わたしは今、この生活が気に入っています。自分でも驚いたことにね」

 風太とディーンに微笑む。二人はタケルの笑みに、ほっとしたようだった。

「誰にも壊させません。絶対に」

 何を話していたのかはわからないが、子供達の名前が多く出ていたようだから、ハヤトがまた何か言ったのだろう。タケルとハヤトは本当に良く争う。
ハヤトはべたべたの過保護で育てたいようだが、タケルはそれを妨害したいようだった。
確かに、ディーンの年になってもあの様子では仕方ないだろう。
それにしても、カタナまで持ち出して脅すとは、タケルも少し変わった人なようだ。
転移の術が発動する。ゆらりと景色が揺れると、そこはもう魔術学校だった。
なぜか、ザイルの研究室だった。

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