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旦那と弟夫婦の末路

「お母さま? この方はキャメロンのお母さまなの?」

 メリーは驚いて聞いた。

 元婚約者であるにも関わらず、メリーはキャメロンの肉親を知らない。

 忘れているだけかとも思ったが、こんなインパクトのある人物、一度でも会ったことがあったなら忘れるはずはない。

「ええ、そうです。お嬢さま。私の母です」

 キャメロンは魔女のような人物の側へと近付いた。

 可憐な金髪美少女のキャメロンを止めたくなるほど、キャメロンの母は怪しげな雰囲気を醸し出しているが。

 よく見れば二人の顔は似ていた。

 金髪のキャメロンの母が黒髪なのも意味が分からないが。

 黒であれば金髪を染めるのは容易い。

 しかしその場合、白髪の部分をわざわざ作るものなのか?

 メリーは悩んだが、いま考えるべきは多分そこではない。

「お母さまが精霊の森を離れるなど、珍しいですね。なにか問題でもありましたか?」

「なにか問題でもありましたか? じゃないよ、馬鹿息子っ!」

 キョトンとした様子のキャメロンに、母は雷を落とした。

 キャメロンの母の怒号に屋敷が揺れる。

「息子が勝手に婚約するわ、息子が娘になってるわ、どういうことだよ、馬鹿息子っ!」

「おや、そういう仕様でお母さまが産んだのでは?」

 キャメロンは心底不思議そうな顔をして母を見上げている。

 不思議に慣れ過ぎているキャメロンは、自分の身に起こったことへの自覚が足りなかったようだ。

「違うっ!」

 母に否定されたキャメロンはシュンとなった。

 そんなキャメロンを見てキュンキュンするメリー。

 自分にはSっ気があるのだろうか?

 いや、違う。

 自分のことを好きになってくれた人が、親に無断で婚約者になったり、別れのショックで性別が変わったりしたらときめくのが普通だ、と思ったりするメリーであった。

 なお、普通だと言い切るほどの自信はない。

「あなたが特殊な生命体であることは自覚していたでしょう? 普通の人間とは違うのよ」

 キャメロンの母の言葉は、見た目が見た目なだけに説得力がある。

 精霊の森から来たということは魔女というわけではなさそうだが、普通の人間ではない。

 なぜなら、あの森で普通の人間が暮らすのは難しいからだ。

 精霊や妖精の血が入っていないと力を吸い取られ、消し炭のようになってしまうと聞いている。

 そう考えると元婚約者の出自は結構とんでもないな、とメリーは思った。

「だから私は、お母さまが私のことを特殊仕様で産んだのかと……」
「それは違うっ。違うからっ」

 特殊な出自であることと、今回キャメロンの身に起こったとは微妙なズレがあるようだ。

「でも、お母さま。私は恋に落ちてしまったのです。恋をしているのなら、何が起きても当然ではありませんか」
「そんなことあるかぁっ!」
「いや、だって。実際そうですし」

 すかさず突っ込む母に動じることなく、キャメロンは自分が恋に落ちたということをアピールすることに余念がない。

 伏し目がちなキャメロンがポッと頬を赤く染め、横目で見上げるようにチロチロとメリーを見ている。

 可愛い見た目の上に可愛い仕草が重なって、とても可愛い。
 メリーは自分の頬がだらしなく緩みそうな気配を感じていた。
 オッサンか?
 自分に自分で突っ込みを入れながら、貴族女性としての威厳を保とうと戦うメリー。

 そんな娘の戦いを知ってか知らずか、コンサバティ侯爵夫妻が口を挟んだ。

「ところで先にいいかな? 馬鹿が逃げ出しそうなんで」
「ええ、そうなのよ。先にこっちの処理してよろしいかしら?」

 トレンドア伯爵とコレット、そしてメリーの弟であるアレクが、コソコソと玄関から、今まさに逃げ出そうとしている所であった。

 感情を露にしていたキャメロンの母は、スンとしたチベットスナギツネのような表情に変わった。

「あー……お先にどうぞ。そっちも大変だねぇ」

「お気遣い痛み入ります」

 キャメロンの母にメリーの母が頭を下げた。

 屋敷にかかっていた魔法は全て解けたので、コンサバティ侯爵が下す処分を邪魔してくるものなどない。

「トレンドア伯爵、君とうちのメリーは離婚させるから。もちろん、君が有責ね」
「そっ、そんなぁ~。私はメリーと離婚したくありませんっ」

 金髪碧眼の美青年は、冷や汗をだらだら流しながら情けない声でコンサバティ侯爵に懇願した。

「ふふ。何をおっしゃっているのやら。貴方には、ピンク色の髪をした可愛い男爵令嬢の愛人がいらっしゃるでしょ?」
「お義母さまっ」
「もう貴方に、お義母さま、なんて呼ばれる筋合いはありません」

 貴族らしく感情の見えない表情を浮かべたメリーの母は、焦った声を出すトレンドア伯爵に向かってピシャッと言い放った。
 トレンドア伯爵はビクッとして体を縮めた。
 コンサバティ侯爵は妻の肩を抱き寄せながら言う。

「そうだ。我が妻を馴れ馴れしく呼ばないように。コンサバティ侯爵夫人と呼びなさい。それと援助は早々に打ち切るからね。あと婚前の取り決めに従って、お金を支払ってもらう」
「あぁ、そんなぁ~」

 コンサバティ侯爵にもピシャリと言われて、トレンドア伯爵はヘナヘナとその場に崩れ落ちた。

「貴方たちも、お待ちなさい」

 コンサバティ侯爵夫人は、こっそりと逃げ出そうとした自分の息子とその婚約者に声をかけた。

 玄関先でビクッとしながら動きを止めたアレクとコレットが、ギギギッと軋んだ音を立てそうな動作でコンサバティ侯爵夫人を振り返る。

「この騒動に、一役買った自覚はあるのだろう? お前たちも罰を受けてもらう」

 にこやかに言い放つコンサバティ侯爵の声に、アレクとコレットの表情は引きつった。

「とはいえ、我が息子とその婚約者への罰ですもの。あまり重いものは避けてね、あなた」

 コンサバティ侯爵夫人の言葉に、アレクとコレットは縋り付くような表情を浮かべてコクコクとうなずいた。

「分かっているよ、我が愛しの妻よ。この二人には、鉱石の採掘場がある領地に行ってもらう」
「あぁ、我が家の領地のなかでも生活環境がとても厳しい場所にあるところね?」

 コンサバティ侯爵がにこやかに言うと、夫人は納得したようにうなずいた。

「そうだ。仕事は忙しく、王都からは遠く。寒いし、渇水しやすいし、土地も痩せていて作物がとれにくい領地だよ」

 アレクとコレットは青ざめた。

 コンサバティ侯爵夫人は、いかにも不思議そうな表情を浮かべて言う。
 
「あの領地は、鉱石によって金銭面では潤っているのに、なぜか飢えで苦しみがちな不思議な土地よね」
「ん、そうだ。恵まれているのか、いないのか。よくわからん領地だ。そこへアレクに行ってもらって改革してもらおう」
「それはいいわね、あなた。アレク、とてもやりがいのある仕事になるわよ。コレットと一緒に頑張ってね」

 いかにも良いことだと言わんばかりの表情で言うコンサバティ侯爵に、その夫人は笑顔で賛同した。

「「そんなぁ~」」

 アレクとコレットは抱き合ってヘナヘナとその場に崩れ落ちた。

「あ、そうだトレンドア伯爵。我が家へ支払うお金がないなら、君もアレク達と一緒に鉱石の採掘場へ行けばいいよ」
「それはよいお考えですわ、あなた」

「勝手に決めないで頂戴っ!」

 コンサバティ侯爵夫妻の声を遮るように大きな声が響いた。
 その場にいた一同は、驚いて一斉に玄関を振り返る。

 そこには、トレンドア伯爵の母の姿があった。

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