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美しき【魔王】の俺の番が【聖女】だとか聞いてない~聖なる力にダメージを受けながらも不遇聖女を溺愛したい~

 この魔界を統べる無敵の王──……。
 漆黒の闇の如き髪に血のような赤い瞳──……。
 泣く子も黙る【美しき魔王】グレンセスとはこの俺のことだ!!

 ……引いたな?
 今ちょっと引いたな?
 いや、いい。
 美しいのは事実だからな。

 容姿端麗、文武両道。
 そんな完璧な俺にも、一つ悩みがある。
 嫁問題だ。

 魔族には(つがい)というものがあり、それは俺たち魔族が生涯にわたり求め続ける唯一の存在だ。
 ただ、番は必ずしも魔族同士と言うわけでもないし、同じ時代に存在しているとも限らない。
 よって、番を見つけることなく生涯を終える魔族も少なくはない。
 俺にも当然その番がいて、俺は運良くそれを見つけることができた。
 いや、運が良いのか悪いのか……。

 その番こそが──……

「魔王さん!! またぼーっと鏡で自分の顔を見てる!! だめですよ、あんまりナルシスト極めちゃうと、友達無くしますよ!!」

 そう言ってノックも無しに部屋へと入り、壁にかかった鏡と俺との間にぬるっと入ってきた女。
 こいつはシルフィーナ・セルベリン。
 人間界で産まれた俺の番で────【聖女】だ。

 こいつと出会ったのは本当に偶然だった。
 魔界へと魔物を討伐しに侵入してきた不届きもの達を成敗しに出陣すると、騎士達の中に一人、この女が涙を堪えてそこにいたんだ。
 ボロっちい、なんの飾りもない【元は白かったであろう服】を着て、大きな目にいっぱいの涙を浮かべながら騎士達に癒しの魔法をかけていた【聖女】に俺は釘付けになった。

 どくん──と鼓動が跳ねて、次に湧き上がったのは“こいつが欲しい……”という欲求だった。

 気がつけば俺は、騎士達を蹴散らしこの女を掻っ攫っていた──、と言うわけだ。

 それからはこの魔王城でこいつを守っ……捕らえているんだが、それに関しては少しばかりの後悔がある。

「魔王さん!! ほら、朝ご飯できましたよ!! 今日の朝ご飯はしっかりと精をつけてもらうためにも、特大ステーキ〜シルフィーナ特製ソースを添えて〜ですよ!! さ、召し上がれ!!」
 そう言って俺に運んできたであろうワゴンの上のクロッシュをパカっと開け、特大のステーキを見せつけるシルフィーナ。

 いや重いわ!!
 朝から何てもん食わせようとするんだ!!
「いらん。俺は魔族だぞ、食事なぞなくても生きていける。完璧な俺のことはいい。お前は自分のことを考えろ」
 そう言うと、シルフィーナは少しだけシュン、と肩を落として「わかりました……」と言うとワゴンを持ってとぼとぼと俺の部屋から出て行った。

 まずい。
 俺の言い方が悪かったか。

 攫ってきてからと言うもの、このシルフィーナはやたらと俺の世話を焼きたがる。
 騎士との戦いで少し疲れを見せたら、事もあろうにあいつは魔族のこの俺に光魔法を放ちやがった。
 多分、疲れを癒してやろうとでも考えたんだろうが、俺は魔族だ。
 神聖パワーとか毒でしかない。
 あの時は本気で昇天するかと思った。
 それに、いちいち口にするのは神への感謝、俺への感謝、生きていることへの感謝。
 まさに神聖なる【聖女様】な言動に、俺への精神的ダメージは積み重なる一方だ。


 それでも捨ててこようとは思えないのは、番をそばに置いておきたいという本能と、シルフィーナという一人の女を存外気に入っているから、なのだろうな。

 俺に懐いて擦り寄ってくるシルフィーナは可愛……悪くはない。
 献身的な姿も愛おし……従順で好ましい。
 そんなシルフィーナに対してあのような待遇をしていた王国の気がしれない。

 色々調べると、こいつはあの王国の王子と婚約していたようで、王子側が他の女に現を抜かした挙句、こいつに冤罪をかけ、罰として騎士達の回復役と称してこの魔界へと追い出したらしい。
 もうこの国に帰ってくるな、と告げて。
 ま、悪役令嬢に仕立てられた上の追放ってやつだな。
 俺の愛読書でもよくある展開だ。

 あぁそういえば、聖女という加護を失った王国側から、書状が届いていたな。
 早く着替えて執務室で確認せねば。

 そして俺は着替えをするため着ていたシャツをベッドへと脱ぎ捨てた。
 その時──。


 バァンッ!!!

「魔王さん!! 今日の服をお持ちしましたよ!! お手伝いしま……きゃぁぁぁ!! なんで脱いでるんですか!!」
「俺が俺の部屋で服着替えてて何が悪い!? ノックも無しに入ってくるな馬鹿者がぁっ!!」
 またもノックも無しに入ってきたシルフィーナは、俺の美しき肢体を目にするなり顔を赤くして両手で顔を覆った。
 
 全く、なんなんだこいつは。
 これではまるでこの美しい俺が変態のようではないか!!
 しかもノックもせずに入ってくるなど……!!
 こいつ、俺を男だと意識してないんじゃないか?
 そんな考えに至った俺は、上半身を晒したままの姿でシルフィーナにゆっくりと近づくと、壁際に手をつきシルフィーナを捉える。
 あれだ、人間が好きな【壁ドン】ってやつだ。

「ぬあっ!! ま、ままま、ま、魔王さん!? ちょっ、な、何を!? どうされたんですか!?」
 面白いように視線をフラフラさせながら動揺を示すシルフィーナに、俺の機嫌は最高に良くなる。
「俺も男なんだぞ? で、お前は俺の番で女。あんまり無防備に近づくと、今すぐ俺のものにしちまうぞ?」
 ニヤリと笑ってこいつの耳元で囁いてやると、腰が抜けたのかヘナヘナと壁を伝ってゆっくりと落ちてゆく。
 それを慌てて支え起こしてやる俺。

 しまったやりすぎた。
 こっち方面は俺の愛読書である、人間が書いた【恋愛小説】なるものでしか読んだことがないから、加減がわからん。


 どうしたものかと考えていると、腕の中のシルフィーナが真っ赤な顔で俺を見上げて何やらボソボソとつぶやいた。
「なんだ?」
 聞き取ることができずに尋ねると、涙目で俺を見上げながらもう一度、今度ははっきりと「魔王さんのものにしてくださいっ!!」と言った。

 ────は?

 今なんつった、この女……?
 俺の思考回路がショートして、それからゆっくりと顔面が熱を持つ。

「私はもうずっと、魔王さんが好きなんですっ!! 戦場から連れ去ってくれた、あの瞬間から……」

 は……?
 まさか……これがあの【両思い】ってやつか!?
 こいつは俺が好きで、俺もこいつが好……嫌いではない。
 そんな記念すべき瞬間になんで俺は服を着ていない!?
 いや、今はそんなことはいい。
 それより、言わねば。
 この番に。
 魔族の弱点であるプラスの思念だが、これだけはダメージを受けてでも伝えねば、男が廃る!!
 何より強く美しく無敵の魔王の名が廃る!!
 俺のバイブル【恋愛小説】たちよ!!
 我に力を──!!

 俺は意を決して、シルフィーナの肩を掴み、彼女の大きな青色の瞳を見つめた。

「お、俺も……同じ気持ちだ。俺のものになれ、聖女。 ずっと、俺だけに囚われていろ。……愛してる──……」
 言った!!
 言ってやったぞ!!
 ぐっ!!
 息が苦しい。
 身体が重い。
 俺の言葉が俺自身の精神を抉る。

「魔王さん……!! 嬉しいです……!! 私も、あなたを愛しています」
 ぐはぁっっ!!

 愛することは命懸け。
 俺のバイブルである【恋愛小説】にもそんな文言があったが、まさにそれだ。
 俺は上半身裸のまま、しばらく動くことができなくなるのだった──。



 俺はその後しばらくして動けるようになると、王国からの書簡を確認した。
 聖女がいなくなって加護の無くなった王国は、聖女がいなくなってすぐに天変地異に立て続けに襲われ、聖女を追放した責任を問う国民により各地で反乱が起きているらしい。

 こちら側と争っている余裕のなくなった王国は長年の魔界との戦いを終わりにさせたいと考えているようで、それは実質、降伏宣言だった。
 こちらとしては、こちらの世界に踏み込まなければ危害を加えるつもりはなかったので、その宣言に応じてやった。
 もちろん、条件付きで。

【不用意に魔界へ侵入するなど、こちらの世界を脅かさす行動を起こさない】
そして、
【聖女シルフィーナの名誉を回復し、俺、魔王グレンセスの妻として差し出すこと】

 それが条件だ。
 そうすればこちらからの危害は加えないし、王国再建のサポートも多少ならしてやる。
 シルフィーナも、条件が呑めるならば王国に再び加護をかけることも考えるとのことだ。
 そう言ってやれば、二つ返事であいつらはシルフィーナへの謝罪と共に、彼女を正式に俺の妻にと差し出してきた。




 ──そして今日。
 【聖女】は【魔王】の妻になる。

 魔王城のバルコニーに美しい俺と美しい妻、二人並んで魔界を見渡す。
 大きな歓声が耳に響く。
 俺が……俺たちが守るべき魔界の民が俺たちを見上げ祝福しているのだ。

「魔王さん、私を連れ出してくれて、ありがとうございます。ずっとずっと、私の愛はあなただけのものです」
「ぐっ!! あ、あぁ……。……俺も、お前だけだ。……愛している。────【元】聖女殿」

 ダメージを受けながらも、魔王としての完璧な顔を保ちつつ、俺はそう言葉にした。

 俺の番は元聖女で、小悪魔だ。
 平然と愛を囁いて俺の理性と精神を破壊してくる。
 
 この後の夜のことを考えれば、俺は最後まで生きていられるのだろうかと不安になるが、まぁ、もう何も考えまい。
 俺たちには永い永い時間があるのだから。
 焦ることはない。


 そして俺がシルフィーナを、シルフィーナが俺を名前で呼ぶことができるようになるのは、まだもう少し先の話──。



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