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知覧特攻平和会館(鹿児島・南九州市)

 
挿絵



昼休みに秋庭と次に向かう心霊スポットの日程についての段取りの打ち合わせをした侑斗は、兄星弥が遊びに来る中で最初に伺う南九州市にある知覧特攻平和会館について可能な限りパソコンでネットサーフィンをしながら情報を集めていた。

「知覧特攻平和会館 探せば結構いろんな情報が出てくるんだなあ。」

侑斗が思わず呟くと、後ろで眺めていた星弥が「何それ?知覧特攻平和会館のこと調べているの?」と訊ねられ、侑斗は「ああ。小城市でね心霊スポットの清水の滝と福所江橋を心霊観光地として認定して観光客の増加させようという事で今心霊観光のキャンペーンたるものをしていてね、広報課の秋庭光徳さんと一緒に小城市内の心霊スポット巡りをしていたんだけどさ、心霊写真たるものがね清水の滝でしか、しかも赤いオーブが一つだけ浮いている、怖さのレベルで考えたらCぐらいの成果だったから福所江橋なんて霊能者じゃないと分からんレベルの既に成仏をされている浮遊霊が彷徨っているぐらいのレベルだったから、それでさ心霊観光地として宣言して良いんですか?って思っちゃってさ、俺は市長に進言したんだ。もっと他の心霊スポットと比較したうえで、心霊観光地宣言をしたほうが良いって言ったら、市長から鹿児島の知覧特攻平和会館に、宮崎の綾の照葉大吊橋、熊本の田原坂公園、大分の観音の滝、福岡の犬鳴ダム、佐賀の蟻尾山、長崎の原城跡、沖縄の喜屋武岬の計8か所を明日から秋庭さんと二人で出張で行くことが正式に決まってね、事前に情報を調べているんだよ。」と星弥に話すと、星弥は侑斗に思わず「いくら市長のチョイスと言えども大丈夫なのか?」と話し始めた。

それを聞いた侑斗は思わず「それってどういうこと。田原坂公園と犬鳴ダムがやばいってのは兄ちゃんがくどいぐらいに言っていたから怖いのは分かるけどさ、他はそんな怖いって程のレベルではないと思うんだけどなあ。」と話すと、星弥は「いやいやいや。何言っているんだよ。全部、霊能者が行くのはきついところばかり。秋庭さんも心配だけどさ、でも一番心配なのが侑斗、お前だよ。お前が取り憑かれないかが一番心配だ。」と答えると、侑斗は「きついってどれだけきついのか?」と話すと、星弥は霊能者としての見解を説明し始めた。

「観音の滝はカメラのピントが合わないとかのカメラの不具合による霊障ではという現象で知られているが、そこはまだ二人で行ったとしても大丈夫だろう。ただそれ以外が問題だ。綾の照葉大吊橋は宮崎でも有名な投身自殺の名所、同じく投身自殺が多いことでも知られる犬鳴ダム、蟻尾山は首吊り自殺の報告があることでも知られているし、激戦地でもあり現代は自殺の名所としての側面を持つ喜屋武岬も同様だ。自殺者の御霊が更なる自殺者を増やそうとして手招きをしたりアクションを起こしたりしてくるんだ。田原坂は日本で起こった内乱においては数多くの戦死者を出していることで有名、島原の乱でも有名な原城跡は今でもなお落武者の霊やオーブが写真で写ると言われているし、特攻平和会館は涙なしでは語れん。見ていて辛すぎる。あんなもん心霊スポットっていうのは不謹慎って言うのか、そりゃ霊が出て当たり前だろ的な条件が揃っているから霊が見える人にとってあれは辛すぎる。」

星弥がそう語ると、以前に”慰霊の旅路”の心霊検証依頼で特攻平和会館に行った時のことを思い出しながら語り始めた。

「日本史で学んだことがあると思うがここは第二次世界大戦の沖縄戦で爆装した飛行機と共に敵艦に体当たり攻撃をして命散った陸軍の特別攻撃隊員の遺品や関係資料を展示している資料館でもあるのだが、当時の特攻隊員達が出撃するまでに起居していた半地下式の三角兵舎というのが復元されていて、あとは着陸訓練施設の跡地があったりして、平和というのがいかに尊いものなのかというのを痛感させられたのだが、俺は最初に展示されてあった飛行機を見た際に当時の特攻隊の軍服を着た若い男性が笑いながら飛行機に乗ろうとしていた。そのときは博物館の関係者が当時の衣装を着て整備か何かをしようとしているところをたまたま見てしまった程度で思っていたんだけど、博物館の中に入って遺品を展示するコーナーで改めて写真を見たときに、思い出した。あの時に見た飛行機に乗ろうとしていた人に違いないって気づいて、博物館の関係者じゃなかったってそのときにわかった。当時の特攻隊の隊員が婚約者や母親に宛てた遺書なんかも展示されているけど、正直に言って見ているだけでもきついし辛いし、何より死んだ今でも戦おうとしているのだからね。あれは言葉には言い尽くしがたい、思い出すと涙が出てくる。」

星弥が特攻平和会館について語り終えたときには思わず涙がこぼれていた。

それを聞いた侑斗は「怖いってよりも、そっちの辛さのほうが増すわけだ。」と淡々とした口調で語ると、星弥は「戦争はもう終わったから戦わなくていいよって心の底から伝えてあげたい御霊が複数彷徨っている。当時の時代背景から察しても、厳しい戦況化に置かれていた中でそれでも政治家が意地を張った結果、多くの未来ある若者がこの世に未練を残し旅立った。霊と話せる俺にとってあれは辛すぎた。」と答えた後に「戦死した霊というのは、残留思念が強すぎる。残した家族のことがとか、恋人が、旅立つまでに心残りを遺して逝ってしまうんだからね。八甲田山で見た、生き抜くために我を忘れてでも必死になって行軍を続ける亡き兵士達の霊を見たらわかるだろ。状況は違うが、戦死者の霊というのはそう簡単に成仏は出来ない、それはこの世への未練というのが計り知れないほど大きすぎるからだよ。死にたくて死んだんじゃない、覚悟を決めた上で戦ってお亡くなりになられたのだから。ただ一つ言えることがあるとしたら、平和会館で彷徨う御霊の殆どが悪意のある地縛霊ではなく浮遊霊。だから尚更気を付けなければいけない。未成仏のプラスα浮遊霊なので、霊能者の侑斗が気を付けないと何処にでも憑いてくる。多くの戦死者を出したり、八甲田山のような状況下で多くの犠牲者を出した場合は尚更、だから霊能者は敬遠するんだ。」と説明をしたところで、侑斗は何も言える言葉が出てこなくなってしまった。

そんな侑斗の様子を見た星弥は「まあ行って見たらわかることだね。未成仏の浮遊霊ほど厄介なんだ。取り憑いてきたら、霊能者でも憑依されたことに気付けなくなってしまう。それが恐ろしいところなんだ。決して悪意ではないから、必ず御祓いだけは念入りに行ったほうが良い。」と忠告すると、侑斗は「いつも御祓いだけは念入りに行っているし、勿論そんな歴史があったことはわかったから気を付ける。」と答えるにとどまったのだった。

そして明くる日の2025年10月21日 火曜日の朝8時を迎えると迎えに来てくれると約束してくれた秋庭の車の到着をマンションの玄関でじっと待っていた。待ち続けること5分ほどが経過してやっと秋庭の車が到着すると侑斗は助手席に座り、最初の目的地である知覧特攻平和会館へと向けて出発した。

向かう道中に侑斗は秋庭に「いつもなら、市民課でデスクワークに励んでいる頃なんですけどね。でも佐賀県の心霊観光地としてのPRのほうが優先したいというのもあってか、お土産には是非とも幽霊羊羹をってのも市長考えているみたいで、本当に頭の中は心霊だらけになっていますよ。」と苦笑いをしながら話すと、秋庭は「幽霊羊羹なら近々実現しそうだよ。老舗の和菓子屋とコラボレーションをしていて今まさに幽霊羊羹が完成して試食の段階に入って後は商品化に向けての動きに入ろうとしているからね。今俺達が心霊観光都市宣言のためのそのほかの市町村と共同で発表するのも九州のみならず、他の中国地方や四国地方、全国に波及してきそうな感じはするんだ。そうなってくると果たして?というのが一番懸念をしなければいけない所だね。せめて小城市が発端となってというのは強くアピールをしたいところだよ。」と語ると、侑斗は「そうですね。何せ、佐賀の観光地としての魅力度は九州においてはワーストですからね。せめて僕が怪談師として佐賀怪談を語り継ぐにしても、がばいがばいと主張しても、SAGAと歌ったとしても意味がないんでしょうね。」と話すと、秋庭は「ハハハ。そのうち長崎と福岡に土地を分配するような形で吸収合併されたらいいのに何て声が出てきても不思議じゃない。消滅寸前だ。」と話すと、侑斗は「佐賀藩藩主の鍋島家が嘆き悲しみますよ。仮にもしそうなったとしても佐賀の地名だけは残してほしいですね。」と語った。

そして侑斗のマンションから出発してから4時間2分程経過したところで、二人は知覧特攻平和間に隣接する駐車場に車を駐車させてから、博物館に入るための入口の方向へと歩いていくと、博物館の入り口には二人の到着を心待ちにしていたであろう可愛らしい感じの女性が立っていて、二人の姿を見たと同時に小走りで声をかけてきた。

「饗庭さん、秋庭さん、遠いところからわざわざお越しいただいてありがとうございます!そして、ようこそ南九州市の知覧特攻平和会館へ来てくださいました!案内係を務めさせて頂きます、南九州市役所の広報課に勤務する百道真由佳といいます。出来る限り、知っているわたしが学んできた情報を饗庭さんと秋庭さんに伝えることが出来たらいいなと思います。今日は宜しくお願いします!」

明るい笑顔で二人を出迎えると、侑斗は「知っている学んできた情報ってのがどんなものかは気になるけど、今日は案内役をよろしく頼むね。」と優しい口調でお願いをすると、隣にいた秋庭は「百道さんは市役所に勤務するようになって何年目?」と訊ねると、百道は照れ臭そうに笑い始めると「社会人1年目です。勤務して半年が経ったばかりなので、まだまだ南九州市の歴史などよくわかっていないところもあるんですけど、今日は頑張ってガイド役を務めさせて頂きたいと思います!」と答えると、秋庭は「饗庭と同じだな。饗庭も社会人1年目なんだよ。まあ饗庭の場合は言わなくても分かるよな、オカルト系のテレビ番組でもボランティア霊能者として活動をしているからね。」と案内すると、百道は「はい。勿論知っています!」と自信満々に語ると、侑斗は百道に「今回ご紹介をして頂ける知覧特攻平和会館ですけど、因みにここは何を紹介されて展示されてある平和会館なのか、博物館に入る前に先ず教えてくれませんか?」と地元の人ならではの情報を聞き出すつもりだったが百道の口からは予想だにしない言葉が返ってきた。

「はい。勿論学習をしてきましたよ!ここは、太平洋戦争時に飛行機に沢山の爆薬を積んだ状態で敵にぶつかるというミッションで命を落とした”しんぷう(=神風)特別チーム”のチームの方々が亡くなるまでに遺してくれた遺品や遺書などを展示する博物館です。インターネットで検索したら出てくるんですけど、実はオンラインでの入館も出来るんです。なので、帰ってきてまたもう一度思い出を振り返りたいなって思われたときにまたもう一度博物館の内部の様子を見ることが出来るのでチェックしてください!」

笑顔満々で百道が答えると、侑斗が思わず突っ込んでしまった。

「神風特別攻撃隊だろ!何だよ!しかも神風を”しんぷう”だって!?しかも特別チームってアメリカ軍の特別編成されたチームみたいじゃねぇか!こう言っちゃ悪いかもしれないけどさ、小学校の時一体何を必死になって学習した!?」

侑斗がそう語ると、百道は「え?学習してきたつもりだったんですけど、間違ったことを伝えてしまってすみませんでした。」と謝罪すると、そんな侑斗を見た秋庭は侑斗に小声で囁くように伝えた。

「案内役としてはあまり期待しないほうが良いかもしれない。日本史においては相当おバカさんかも。」

秋庭の言葉に侑斗は「そうかもしれませんね。」と話し、二人は百道を先頭にしながら博物館の中へと入っていく。三人が遺品を展示するコーナーでゆっくりと散策をしながら歩いていく。案内役を務める百道が「ここに神風特攻チームのチームメンバーの方が生前に遺した家族への手紙や着ていた制服などが展示されているのですが、見れば見るほど、心霊スポット検索サイトで投稿されている手紙のコーナーで展示されてある文書の内容を読んだときに”帰りたい、帰りたいのに、帰れないよぉ”と思っても無いことを口に出したとたんに涙が溢れ出てくると、”帰りたいよ、ここから出たいのに、出れないの”と再び思ってもいないことを言ってしまったことから、亡くなった特攻チームの方が憑依して最期の言葉を伝えたのでは?ということから心霊スポットとしての側面を持つようになったのですが、その他にも博物館を見終えた後に是非とも見て頂きたい三角兵舎、復元された施設ではあるんですけども実はここも霊障によるものではという報告と同時に10代の少年らしき当時のパイロットの霊を見たというのもあり、全体を通して展示されたコーナーや三角兵舎での霊障や霊を見たという報告が寄せられていることから無念の死を遂げられたチームメンバーの方の思いでここは溢れているようにも見えました。」と話すと、侑斗は苦笑いをしながら「あのね、当時の日本って現代の日本と違って英語って必須科目でも何でもなかったからはっきり言ってチームだチームメンバーだとか絶対に口にしていないと思うんだけどな。」と言いながら、自分なりの見解を語り始めた。

「ここには以前に僕の兄が訪れていて、兄もまた亡きパイロットの兵の霊を見たと言っていました。その霊が非常に印象的でこれから死にに行くのに笑顔で飛行機に乗ろうとしている姿を見て、込み上げてくる思いがあったと言っていました。実際に家族に宛てた手紙などを見ていると、まだまだ生きていたらやりたかっただろう、色々な思いや未練を残し白い旅立ちをしなければいけなくなった若者達の無念を非常に痛感させられました。実際に遺品コーナーで展示されてある物を霊視を行った結果ですがやはりこの世に対する未練と共に残された家族に対するメッセージを必死で伝えようとする姿を改めて見て、やっぱり平和の尊さ、戦争はしてはいけないということを改めて思いました。」

侑斗が語り終えると、秋庭も「当時の政治家が潔く敗北宣言をしていたら、こんなにも多くの犠牲者などを出さなかった。結局日本における状況の悪化と同時に投げ戦とばかりにまで追い詰められ、ついには体を張って武器になってこいとばかりに若者が戦争の武器として使われ命を落としてしまった。戦争が終わって80年が経つが、これから先益々戦争を知らない世代が増えてくると、平和であることの有難さというのが当たり前になってしまうと思うと、改めて戦争はしてはいけないことだということをより一層後世の若い世代に伝えなければいけない気持ちになった。」と話すと、「ちょっと、見ているだけでも涙が出てきた。これは憑依されたんじゃない。」と話すと持っていたハンカチで涙を拭い始めた。

博物館を後にした一同は、入った瞬間に悪寒を感じたとされる霊障による報告やパイロットの霊の目撃談が寄せられている三角兵舎へと向かうことにした。

三角兵舎の中に入り、展示されてある写真や並んであるヘルメットを見て侑斗は「お国のために旅立つ覚悟を決めて突撃した若者達の無念をより一層強く感じます。博物館の中は撮影NGなのですが、これだけは後世に伝えていきたい目的があるために撮影が可能なこの場所でも展示をしたのかもしれません。当時の特攻隊のメンバーの笑顔で映る写真などを見ていると、年代から見ても僕とそんなに歳が変わらない人たちばかりですし、眺めれば眺めるほど辛すぎて言葉にならないですね。」と語り、秋庭は「何か、実際の三角兵舎はまた違う場所にあったようだけど、復元された施設と言っても報告に悪寒がしたとあったけど、何かいるのか入っていくにつれて他の観光客でも何者でもない気配を強く感じた。」と話すと、侑斗は「秋庭さんいますよ。爽やかな笑顔で僕達を迎えてくれるパイロットの霊がいますね。実際に使われていた施設じゃなくとも、我々を笑顔で出迎えてくれる、旅立ったこの地にまで戻ってきている兵士の御霊が一部いるということなんです。強い思い入れがあって、当時と似たような環境で復元されているのもあって懐かしんで来ているのかもしれません。」と話すと、侑斗は秋庭と百道に「あそこの、並んで置いてある布団のところに3名の方が並んで見ています。供養のためにも、陸軍形式の敬礼は知りませんけど、あそこにいる兵士達に敬礼をしてあげましょう。」と切り出すと、秋庭は「え?いるの?」と侑斗に聞くと「います。とても若い兵士ですね。大よそですが、高校生ぐらいの年代だと思いますよ。」と答えると秋庭に「そんなに僕の言うことが不自然だと思うのなら、僕が気配を感じたあたりをメインに写真撮影をされてはいかがですか?」と秋庭に提案すると、秋庭は「怖いけど、比較のために来ているのだから写真を撮るよ。」と切り出し侑斗が見たと指示した場所にカメラを向けて写真撮影を行うと、秋庭が持参していたカメラにある異変が生じていた。

秋庭が侑斗に「並んである布団のところを写真撮影しようとしたら、誰もあの布団の近くにいないはずなのに顔認証のシステムが動くんだよ。ほら。」と切り出すと、侑斗は「いるんです。カメラは人の気配と察知して反応しているのかもしれません。」と答えると秋庭は「ええ!?もう嫌。耐えられない、もう怖すぎる。ってか饗庭君見えるんだったら撮影しなよ。」と侑斗に切り出すと同時にカメラを差し出すと、侑斗は「仕方がないですね。撮影しますよ。」と返事をするとカメラのシャッターを切った。そして侑斗が指示した兵士達がいる方向に向かって三人は改めて敬礼をした。

侑斗が秋庭と百道に「僕と秋庭さんと百道さんの三人で敬礼をして、改めて現れた三人の兵士達が反応を示してこちらを見て敬礼をしてくれましたね。とてもにこやかな笑顔でスッと消えました。改めて亡くなられた方達に両手を合わせて黙祷を捧げましょう。」と切り出したところで、三人は改めて両手を合わせ拝むことにした。

三角兵舎を後にし、改めて近くにある三角兵舎の跡地に行きましょうということになり、秋庭の車で三角兵舎の跡地に向かうことにした。近くにある駐車場に車を停車させ、階段を上り始めたすぐのところにある三角兵舎の跡地に目を向けるとそこでも改めて深々と頭を下げた後に両手で拝み始めた。

三角兵舎の跡地を後にしたところで、秋庭は百道に「楽しいガイドをありがとう。一言アドバイスをするとしたらもう少し、いやもっと南九州市の歴史に限らずとも教科書に載るような内容は改めて勉強したほうが良いよ。」と話すと、侑斗は「まあ。まあ。チームだ、チームメンバーだ、スペシャルメンバーだって言って反応する兵士は一人もいませんでしたから大丈夫ですよ。」と話すと、百道は「わたしスペシャルメンバーだなんて一言も言ってませんよ。それにわたし大学は英語学科だったんですから日本史よりも英語のほうが得意なんです!」と話すと、秋庭は「それで英語のワードばっかりが出てきたってことだったのか。」と改めて気づいたところで、車を駐車させておいた駐車場にまで戻ってきたときに改めて侑斗は二人の御祓いをした後に自身の御祓いを済ませてから出発すると、秋庭は百道を近くの喜入駅にまで送り届けると、秋庭と侑斗は改めて百道に御礼を伝えたところで二人は次の目的地でもある宮崎県の東諸県郡にある綾の照葉大吊橋へと向けて出発をした。

時刻は15時をちょうど過ぎた時だった。

車を運転しながら秋庭が侑斗に「英語は得意だが日本史は駄目でした。正真正銘の馬鹿じゃないってことだけは分かった。しかし誰もが知っていることなのに知らないなんてやっぱり常識を知らないも同然だな。」と呆れるように語ると、侑斗は「昔ね、八甲田山に行ったときに、行軍遭難事件ってあったじゃないですか。今も犠牲になられた兵士の御霊達が行軍を続けているんですけどね、そのことを”慰霊の旅路”のSNSでも取り上げたんですけど、亡くなられた方には凍傷を負った両手が使えず我慢しきれず着衣を脱げない状態のまま脱尿をした方が複数名いまして、脱尿をしたところからさらに凍傷を負うような形になってしまったことが死因に繋がってしまった、男としては非常に痛ましい死に様ですが、当時の状況を伝える矛盾脱衣による一部兵士が発狂してふんどし姿になる姿の様子が残されてあるのでその写真も合わせて撮影して投稿したところ、それを見て何かを感じ取ったのか、ある女性のユーザーさんが僕にこう言ったんですよ。”今の陸上自衛隊でもふんどしは伝統として引き続き着用されているんですか?”ってね。秋庭さんどう答えますか?」と切り出すと、秋庭は失笑し「馬鹿じゃない。呆れて言葉にならない。」と話すと、侑斗は「百道さんはコメントを投稿してくれた彼女と似たような思想を持っているような気がしますよ。」と苦笑いをしながら答えるのだった。

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