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黒部ダム(富山・中新川郡立山町)

 
挿絵



2025年9月15日 月曜日。
シルバーウィークの最終日を迎え、一同は朝7時に目覚めたと同時に身支度をサッと済ませてから朝ご飯を食べることが出来るスペースへと足を運ぶと、バイキング形式になっているテーブルから並んであるご飯やパンやサラダ、おかず等を適当に取って食べ始めると、朝の8時過ぎにはホテルをチェックアウトをする手続きを終えたところで、黒部ダムへと向けて出発をした。

車を運転する原田が「ここのホテルからだと3時間で黒部ダムに到着する。」と説明をすると、助手席に座る侑斗がタブレットを片手に「黒部ダムって観光地のイメージが個人的には強いんだけどなあ。心霊ってイメージがいまいちしないんだけどな。」と話しながら、Yahoo!のワード検索で「黒部ダム 心霊」と検索し始めた。

「黒部ダムで調べたら1956年から7年の歳月をかけ1963年に完成。1000万人超の作業員により造られたらしいが、非常に難工事だったためか作業中に殉職された方の数は171名にも及んだ。中には日雇い労働者がいたことから血気盛んな人達でトラブルに発展し喧嘩から殺人に発展してしまうこともあったという。殺された方の御遺体はコンクリートに流し込まれダムの一部になったという噂があり長い年月で死体から出る脂でダムのコンクリートに黒いシミとして浮かび上がってくると、その黒いシミが顔となって現れるというのがある。その他にも人柱として利用されたという話もある。実際に殉職された方であろう御霊を見てしまったという話も報告例としてある。また心霊現象とは関係ないが、ダム建設途中の冬場は雪で覆われ5か月閉ざされてしまうと食料が底に尽きてしまい池にいた蛙を取って焼いて食べたという逸話がある。」

侑斗がそう話すと、後ろに座る勝本が「よくあるダムの怪談話だな。まあ俺もざっくりと調べてみたけど、ダムの堰堤のコンクリートを固める際に誤って沼状態のコンクリートの中に沈んでいった労働者が多く、助けることも出来ないまま今も眠っているのは事実のようだ。ダムに通じるトンネルの工事を行う際でも、破砕帯という岩盤の中で岩が細かく割れ地下水を溜め込んだ軟弱な地層のために掘削作業をしている最中に多くの方が生き埋めになったともある。自殺も実際にあったみたい。」と語り始めると、隣に座っていた小田切が「共通して言えることは、ダム建設の際にかなり多くの人員が送り込まれていたことと、中にはプロではない日雇いの労働者もいた事。トラブルに発展し、喧嘩の末に殺人が発生したため夜中の時間帯に遺体を建設中のダムに投げ込むこともあったという。日雇いのために業務内容のきつさのために逃げ出した程度にしか思われず、上からコンクリートを流し込まれ完全犯罪が成立しようとしたところで、何十年も経過して遺棄された方の御遺体の脂が表面に染み出してきたことによりあっちだけでなくこっちにも黒いシミのようなものが見受けられる、そして転落した人を救出することなく見殺しにした。果たしてとなると疑問に思うことは多々あるけどな。そもそもコンクリートから亡骸から染み出た脂が残っているとは非常に考えにくいし、年月が経てばたつほどコンクリートの中で白骨化するだろうから遺体の腐敗による症状とは考えにくい。もっとも北海道の常紋トンネルのようなことが起こり得るのではと思うんだけどな。あんな立ったままの人骨が頭蓋骨が割れた状態で沢山発見されたぐらいの遺体の状態になると思う。」と話すと、それを聞いた侑斗は「噂話の可能性もあるってこと?」と聞き始めると、小田切は「嘘の可能性がある。土葬された遺体であっても、棺に納められた遺体の脂が外に染み出るなんてことは聞いたことがないだろ。年月が経って腐敗による腐敗臭が漂うことがあったとしても亡骸から脂が染み出ることは考えられない。」と語ると、じっと侑斗達の話のやり取りを聞いて居た星弥があることを話し始めた。

「仮に殺人が起こっていたとしたら、日雇いの労働者てあったとしてもいずれトラブルが起きたことを目撃した人は果たして黙り続けることが出来るのかが疑問。そんなことがもし起こっていたのなら罪悪感が芽生える。まあよくあるのが殺された人が夢枕に立って罪を犯したことを自供するように促すなどの心霊報告があるように、人の命を奪った行為に対して何事もなかったかのように過ごすことははっきり言ってそれは出来ない。現実的に考えると、堰堤のコンクリートを固める作業中に誤って落ちたために、当時の技術では救出する術がないために助けられることも出来ずに亡くなった、ほうが高いと思う。その作業中にお亡くなりになられた方々が、霊感の強い人がこの地に訪れた際に見えてしまったことから心霊スポットとしての側面も併せ持つようになったのかもしれない。」

星弥がそう語ると、小田切も「俺もはっきり言って殺人事件や人柱にされたという話は嘘の可能性のほうが高いと思う。相当の困難な工事だっただけに、犠牲になられた方が出たと考えたほうが自然だ。」と話し始めた。

車中で色々と協議をしている内に一同は長野県内へと入ると、電気バスが出ている関電トンネル電気バスの扇沢駅の付近にある扇沢第1第2駐車場へ車を停車させてから黒部ダムに向かうバス乗り場へと向かい始めると、黒部ダム行きの電気バスに乗って黒部ダムへと到着した。

到着すると同時に侑斗は「トンネルがあんなに長いなんて思ってもいなかった。まさかあそこが破砕帯で生き埋めになられた方が続出したと言われているトンネル?」と聞き始めると、隣にいた原田は「多分そうだろうな。あの排水管の多さから考えても地下水が湧きやすいための処置としか考えられない。」と答えると、小田切は「入って左側にある殉職者慰霊碑にまずは頭を下げてからダムを一望できるところへと足を運んで霊視を行うことにしよう。」と提案して一同が納得をしたところで慰霊碑の前まで移動をし始める。

『尊きみはしらに捧ぐ』

慰霊碑のモニュメントを前にして一同は深々と頭を下げて両手で拝み始めた。

「171名の殉職者をこうして、慰霊碑に設けられた献花台にも綺麗な菊の花があってちゃんと供養をしているのだから、お亡くなりになられた方が現れる可能性は無いと思うんだけどな。ただ山もあり、水場でもあるために、霊が集まりやすい環境である事は間違いない。」

原田が話し始めると、星弥は「いやダムならではの隔離された環境だからこそ集まりやすいのかもしれない。調べてみる限り、自殺があったのは事実のようだが、ただ自殺の名所とも言えるほどのレベルではないので、やはり検証すべき内容としては殉職された作業員の霊が現れるか否かだろう。自殺を図った方の御霊が生者を誘発するような行為などは見受けられず、もうこの世に思い残すことなくこの世を旅立たれたという印象を受けた。未成仏の地縛霊で彷徨ってはいないことは言える。あと、黒部ダムに向かう途中で俺達が通ってきたトンネルも現れる可能性もあるかなと思って、試しに霊視検証は行ってみたがやはり霊がいるような気配などはしなかった。」と語り始めると、原田は「投稿をしてくれた人は黒部ダムで記念撮影を行った際に不審な写真が撮れたとも言っていたからね。まあお亡くなりになられた方々が成仏されているかどうかを見極めなければいけない所だろう。」と話すと、星弥は「あの投稿された不審な人の顔だが、自然と一体化して、よくよく見たら人の顔にも見えるあたりから何かあっては怖いと思い投稿をしてくれたのだろうと思うが、この状態から察すると成仏はしていることは間違いない。」と説明すると、それを聞いた侑斗は「本当の心霊検証を行わなければいけない場所は黒部ダムを一望できる場所ってことだよね。」と切り出すと、星弥は「そうだね。慰霊碑で拝み終えたから、後は黒部ダムで現れる御霊の真偽について検証を行うことにするか。」と話して、一同は殉職者慰霊碑を後にして黒部ダムの堰堤をゆっくりとした歩調で歩きながら霊視を行い始めた。

「朝の11時過ぎだというのに、この観光客の多さ。改めて凄い。邪魔にならないように歩かなければいけない。」

侑斗が語ると、小田切は侑斗を見ながら「そりゃそうだろ。富山を代表する観光地だからね。写真でよく紹介されている黒部ダムでしか見れない雄大な放流から眺めることが出来る虹を見たくて集まるに決まっている。ここに心霊現象の真偽を確かめるべく来ているのは俺達ぐらいだからな。」と話すと、勝本は「まあ観光に来られている方々に少なくとも俺達の行動が怪しまれぬように、ってか俺達の一連の行動が少なくとも浮いていることは事実だろう。」と周囲を警戒しながら小声で喋り始めると、それを聞いた原田は「周りを気にしていたらしょうがないから、投稿された情報の真偽を検証することに対して今は専念をしましょうよ。」と語り、放流されている様子を眺めることが出来るスポットからも人混みの中検証を行い始めた。

「霊よりも観光に来ている人の数のほうが多すぎる!!」

侑斗が思わず一同に対して苦言を呈すと、勝本は「仕方がない。我慢して行うしかないだろう。心霊目的で来ているのは俺達だけなんだから。」と諦めるような口調で言い始めると、人混みの中をかき分けながら霊視検証を行っていく。じっくりと検証を行いたいところだったが、観光客の多さのあまりに順調にいかず次第に一同は次第に苛立ちを隠せざるを得なくなっていく。

「この人混みじゃ作業員の霊を見つけるのは至難の業だな。」

原田がそう語ったときに、星弥は「いた。あのダム湖のほうに何名もの、それこそうっすらでしか分からない程度ではあるが、成仏済みの浮遊霊はいる。恐らく殉職された作業員とみて間違いない。」と気付き始めると、一同は星弥が霊を見たとされる個所にまで人混みをかき分けながら近づいたところで、改めて霊視検証を行う。

気を集中し、精神統一を行ってから行いたいところだが、周りの観光客はそれを許してくれないようだった。

「あの、すみません。そっちのほうでも写真撮影を行いたいから、じっとそこで立ち止まらないでほしいです!」

周りの観光客に指摘され、星弥は「すみません。すみません。」と申し訳ない語り口調で謝罪の言葉を口にするとその場を後にせざるを得なかった。結局観光客の邪魔にならぬような場所を改めて見付けたところでそこで行うことにした。

「やはり先程のスポットが一番霊の気配を強く感じた。ここでは僅かたりとも感じたりすることはできない。」

星弥がそう語ると、小田切は「改めて調査をするのなら、人混みの少ない朝の早い時間帯に来るべきだったね。」と語ると、星弥は「そうだったな。そのほうが、何もこんな今まで霊視検証を色々と行ってきているけど、”すみません、すみません”って人混みをかき分けながら行うなんて、気まずいにも程がある。」と周囲を警戒しながら話すと、侑斗は一同に対してある提案を打診した。

「せっかく有名な観光地に来ているわけなんだから、俺達だって黒部ダムでの雄大な景色を満喫することにしようよ。人混みは避けられそうにないのだからね。」

侑斗の意見に小田切は「そうだな。案外そのほうが検証できるかもしれない。」と返事をしたところで、一同はダム堰堤を後にしてダム展望台から外階段へと下り始めると放水観覧ステージへと移動してそこから眺めることが出来る虹を観光の記念に写真撮影をすることにした。

「これが黒部ダムの観光放水か。こんなに凄いものとは思ってもいなかった。放水から生じる虹も美しい。」

侑斗がそう語ると、原田が思わず呟いた。

「何だかんだ言って結局黒部ダムで旅行らしいことをした。それに尽きる。」

原田の何気ない一言に一同は思わず笑い始めると、一同はレインボーテラスを後にして昼食をとるために黒部ダムレストハウスへと足を運ぶことにした。

そこで星弥から改めて写真に写し出された心霊写真の真相について触れ始めた。

「慰霊の旅路に寄せられていた、黒部ダムで撮影されたあの不審な人の顔は立ち位置から考えてもあれはダム湖の堰堤をよじ登り隠れるような形で身を潜めるような事でもしない限り、あんな写り方にはならない。生きている人間にはできないことだ。それをしてしまえば、100%の確率で死ぬだろう。一応ホテルにいるときに御祓いは既に済ませておいたが、あの写真に写る人の顔の正体は生前に黒部ダムの建設工事に携わり不幸にも足を滑らせてまだコンクリートの基礎が固まっていない底なし沼のような状態の堰堤に落ちてしまってお亡くなりになってしまった方だろう。今もなお、そこで眠っている。写真に写ってしまった理由は”自分の存在を忘れないでほしい”、恐らくだが残してしまった家族のことが今もなお気掛かりでしょうがないのだろう。工事が完了し、今や立派な観光地の一つとして多くの観光客が来ている今の現状を工事に携わった人間の一人として天国から自分の偉業だとばかりに誇らしく思うのと同時に自分の家族が来ていないことが心配だったのだろう。寂しい思いをさせてしまい申し訳ないと後悔の念をにじませている。ただ見ている限りでは成仏はしているし、この世に対して怨みの念もない。禍を齎す危険性は皆無とみて間違いないだろう。この方は今もなお最期の地となった黒部ダムで強い思い入れがあるからこそ、彷徨っているだけに過ぎなかった。その他にも殉職された方の御霊を複数名キャッチすることが出来たが、どの方も決して激しい怒りや憎しみの感情などは一切感じられなかった。きっとどの方も思っていることは同じだ。携わった工事現場でこんなにも観光客で賑わい盛り上がっている状況を見て、工事関係者の一人として関われたことに誇りを持っているんだ。慰霊碑にはお亡くなりになられた171名の方々の名前を刻んだプレートやレリーフがあることも含め、大切に供養をされていることはここにきて改めて思った。その思いに亡くなられた方々も恨めしい気持ちは芽生えてこないはずだ。」

星弥がそう語ると小田切はカレーライスを食べながらスプーンをいったん止めて「多くの方がこの地で命を落としたことに間違いはない。ただ非常に悲しい現状としては多くの方がお亡くなりになられる=霊が出るだろうという個人の勝手な憶測によって怪談話が出来上がってしまったことだろう。俺や星弥のような警察や消防の関係者は間違いなくダムの堰堤に生じた黒いシミのようなものはダムの年月と共に自然と生じたものだろうと思ったし、遺体から脂が染み出たなど馬鹿げた怪談を考えているほうが、お亡くなりになられた方々に対する冒涜に等しい行為だと思った。怖いという概念は捨てて、亡くなられた方達のおかげでこうして立派なダムが出来たことにリスペクトの気持ちを捧げなければいけないだろう。そして今星弥が食べているハサイダーフロートは殉職者に対する皮肉か?」と嫌味に聞き始めると、星弥は笑いながら「違います。そう言っている小田切さんだって黒部ダムカレーを食べているじゃないですか。それも故人に対する冒涜ですよ。」と語ると、小田切は「これは違う。冒涜でも何でもない!」と言い切ると、侑斗が思わず口にした。

「俺の食べている破砕帯チョコムースはどうなるんだ・・・?」

侑斗がポツリと呟くと、隣にいた原田は「大丈夫。冒涜行為でも何でもない。」と語ったところで、それを聞いた小田切が「そんなに選んだメニューに対して突っ込んでほしかったのか?」と切り出すと、侑斗は苦笑いをしながら「いえいえ。そういうことではありません。」と釈明して楽しいランチタイムを過ごしたのだった。

昼ご飯を食べ終えた一同は次に向かう青木湖の予定スケジュールも考えて、食べ終えたと同時にレストハウスを出たところで、黒部ダムを後にし黒部ダム駅から発車する扇沢行きのバスに乗って戻ることにした。

電気バスから改めて眺めるトンネル内の”破砕帯”と書かれた看板を見て改めてじっくりと眺めた。摂氏4度という冷たい地下水と土砂が毎秒660リットルも吹き出し難所をくりぬけるためにもトンネル工法の権威者の知識と経験を活かす形で7か月後にやっと破砕帯を突破することが出来た。困難を生じた工事だっただけにダムが完成した際の喜びも大きなものだったに違いない、だが同時に多くの命がこの地で失われたという過去を決して忘れてはいけない。

そんな思いで扇沢駅に到着すると同時に、車を停車させていた駐車場へと戻り始めると次の目的地でもある青木湖へと向けて出発し始めた。

時刻は13時30分を過ぎたころだった。

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