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茉莉子(まりこ)

2022年3月3日木曜日 夜20時過ぎ。

米満は、観音の滝での取材を終え長崎市内の自宅へ帰宅した。

観音の滝の心霊現象の真偽を確かめるため、米満は予めポラロイドカメラを持った状態で写真を撮った結果がどうなったのかが気になり、家に帰ってきたと同時に撮影した写真を検証してみることにした。

「滝壺は見た限りではオーブといった霊障なども見受けられないが、ただ俺が見た観音の滝の滝面の近くで見たあの何者かは黒い靄のようなもので映し出されている。こればかりは科学的根拠では示せないだろう。まあ木々の木陰の可能性も捨てきれないけどね。先ずは安村編集長に心霊写真なのか否かをメールで送ってみて確認をしてもらうことにするか。」

そう考えた米満は仕事上で使うMacのノートパソコンを用いて、安村にメールを送信した。

『お疲れ様です。米満です。観音の滝の滝面近くで不思議な写真が撮れました。ぜひ一度見て頂き検証をして頂けませんか。』

するとメールの内容を見たのだろうか、安村はすぐ写真の内容を確認したと同時に、米満に電話を掛けてきたのだった。

「これは木々の木陰ではないだろう。明らかに人の形をしている。恐らくだが、黒い靄をしていることから、ただの幽霊ではないだろう。怨霊の可能性が高い。すぐにでも写真はお焚き上げ供養を行うべきだ。」

安村の返事を聞いた米満は思わず訊いた。

「怨霊って何ですか?」

米満の質問に安村が恐る恐る答え始めた。

「いいか。怨霊というのは、この世に怨み辛みの念を抱きながら命を絶った御霊のことを指す。今まで色々な心霊写真を見てきたが、ここまで邪悪な気に包まれた御霊など相当な負のエネルギーを持っていることだろう。関わらないほうが無難だ。」

安村の答えを聞いた米満は「確かに、邪心を持った霊だったと思います。僕が今まで見てきた中でも、断トツですね。きっと滝壺に落ちて命を絶った自殺者の御霊だと思います。落下した衝撃で顔面を強く打ち付けているのか陥没して顔の原形をとどめていませんでした。だから、怒っているのか、悲しんでいるのか、それすらわからないような状態でした。でもあんな形で現れるという事は、死んでもなおこの世を怨み同時に自分の仲間を増やしていくため、あの地に訪れた人をあの世の世界へと引きずり込んでいるのかもしれません。」と語ると安村はある可能性を指摘した。

「大昔の話になるんだけど、48年前に観音の滝で自殺した望月裕の御霊の可能性が高い。望月は死ぬ前に家族を自らの手で殺害をした後に家を放火し、勢いのあまりに逃げ込んだ観音の滝の滝面で自殺を図り死亡した。このことはニュースにもなっているから、過去の新聞記事でも探ってみたらわかる話だ。望月裕がかつて経営をしていたモチヅキ・ドリーム・ファクトリーは経営赤字を補填するための借金が膨らみに膨らんだ結果、倒産し、また望月自身も自己破産をする形となった。この世への憎しみに近い怨みの念は相当持っているに違いない。映し出されたこの黒い靄はひょっとすると、望月裕の御霊を映し出しているかもしれない。」

改めて望月裕の話を聞いた米満は「観音の滝ってまさか、水難事故が多いことは知っていましたけど、まさかそんな犯罪者が息絶えた場所でもあったんですね。」と話すと、安村は「まあモチヅキ・ドリーム・ファクトリーや戦友であり親友だった染澤潤一郎が経営したソメザワ・マテリアルは調べれば調べる程呪われるという逸話もあるように、あまり深入りはしないほうがいい。過去に事件の謎について調べようとした結果、憑かれ無理心中事件を起こした記者だっている。それから記者の間では忌み嫌われるようになった。警官だって、関われば呪われると分かっているから関与したくない話の一つなんだ。」と語りだした。

米満は「そうなんですね。わかりました。御祓いも出来るだけ早めに行うようにします。」と答えると、安村は「そのほうがいい。ところでそんなことがあっても取材は続けるのか?」と聞くと、米満は「いえ、僕の中ではまだ取材をした結果の答えに辿り着いていません。まだまだ虹の松原にも、七ツ釜にも、調べてみないと分からないことは隠されていると思います。明日、明後日も続けて取材をします。」と話すと米村は続けてある指示を出した。

「七ツ釜が自殺の名所となって有名になったのには、さっき俺が話したモチヅキ・ドリーム・ファクトリーの望月裕の弟でもありまた同社の副社長でもあった樹が事件を実名報道されたことを理由に投身自殺を図った地でもある。つい最近になってやっと遺体が引き上げられ、遺族によって遺体は引き取られ、墓に埋葬されたとも聞いたが樹の妻で妊婦だった茉莉子は単独で出産をした後に厳木ダムで投身自殺を図ったともされる話は知っているか?」

安村の話に米満は「ええ。知っていますよ。厳木ダムを語る上において欠かせない心霊現象の一つとして女性の霊が現れるとされるが、その女性の霊が茉莉子ではないかという一説があるように、非常に有名な話ですよね。」と答えると、安村が何故厳木ダムで自殺をした茉莉子について触れたのかの理由を説明した。

「厳木ダムは1987年3月15日に完成した比較的新しいダムだ。茉莉子が出産をしたのは1975年の4月のことだろうと推測されるから、出産後にダムに自殺をしたという話は有り得ないことになる。ダムが施工されるまで生き残り、完成してから自殺をしたとでも言うのなら、一体どうやって誰にもバレずに生き残れたのか?謎に謎を生むだけだ。恐らく女性の霊を見た=遺体がまだ見つかっていない茉莉子がイメージとしてくっついてしまったのだろう。そこで調べてほしいのが、ダムが施工されるまでにかつてダムの底に沈んでしまった唐津市の厳木町広瀬地区というのを調べてほしいんだ。恐らくだが、茉莉子は広瀬地区の一画で自殺をした可能性がある。茉莉子の遺体が見つかったというのも、記事として取り上げたら大スクープになること間違いない。急遽だが厳木ダムを調べてほしい。」

米満は「わかりました。調べてみることにします。」と言って、安村との電話を切ったのだった。

明くる日 3月4日 金曜日。

朝8時には家を後にした米満は、安村の指示通りに厳木ダムへと向かい走らせた。

「厳木ダムが出来るまで、かつてこの地は唐津市厳木町広瀬地区の一画だった。ダム底に沈んだ地域には6世帯の家族が住んでいたが、当初はダム建設に反対したという話もあったが、ダム建設側の誠意に負けて移転をすることに同意を得た話がある。しかし謎はダム建立の話ではない。望月茉莉子がこの地で死んだ根拠として挙げられるダムの近くで女性用のパンプスが見つかり、”茉莉子”と書かれた手書きのメモが靴の中にはあったということだ。仮にダムで命を絶ったとしても、ダムが出来るまでの間に誰かが匿っていた可能性がある。だとしたら一体誰だ?」

考えれば考える程、説明のつかないことばかりだった。

「少なくとも出産後ではない。仮に出産後であったとしても、いずれダムの底に沈む場所だと分かりその地を死に場所として選んだのなら凄い予知能力の持ち主だ。しかし現実的に衝動的に自殺を選んだ人であれば、間違いなくその可能性は無いという事が言える。」

ハンドルを握りながら推理をしていると、あっという間に厳木ダムに到着した。

「よくある、山奥にあるダムと言ったところだろうか。三途の川を彷彿させる水場+高い場所を連想させる山という、非常に霊が集まりやすい環境が揃っているな。ダムは心霊スポットの一つとして必ずと言ってもいいぐらい、紹介としてあげられることが多いのはそのためだ。その中でも厳木ダムは唐津市内にある自殺の名所のうちの一つでもある。俺が昨日伺った観音の滝は投身自殺、そしてこれから行く予定の虹の松原は首ツリーとも称されるように首吊り自殺の名所、七ツ釜は投身自殺の名所、そして厳木ダムは投身自殺の名所だ。自殺の名所と言われる場所は複数存在しているのは全国各地に存在する自殺の名所とされるスポットなどを調べてみる限りでは、唐津程点在しているところはないだろう。」

そう思いながら霊が出るであろうスポットをいくつかポラロイドカメラで写真で撮り始めることにした。

「ここに居れば、観音の滝と同様に、空気は重苦しく、何だか吐き気すらしてきた。相当の霊の数が彷徨っているに違いない。一説では、かつて住居があったことから墓場や神社などがそのままの状態で水没しているのではというのもあるが、仮にもしそうであれば移転をするための手続きを終えているであろうから、呪いや祟りの可能性は皆無に等しいことになる。」

米満が取材ノートに書き綴ると、携帯の着信音が鳴った。

「饗庭だ。一体何だろう?」

米満が饗庭からかかってきた電話を取り始めた。

「もしもし。饗庭、何の用?ついに牛首トンネルの霊に祟られて俺に取材要請か?」

米満が笑いながら話すと、饗庭が呆れた口調で話しかけた。

「残念ながら牛首トンネルの霊に祟られていない。俺はやっと帰れることが出来そうだ。俺が話した8mmフィルムのことについても近々検証会を行いたいが、支倉のことは話は聞いたか?」と聞かれたのだった。

米満はそれを聞いて「何?支倉の話って?まさか結婚するとかそういった話か?」と聞くと、饗庭は「結婚ではないね。おめでたい話でも何でもないから俺達だけの秘密にしたいんだけど、支倉のお婆ちゃんが女手一つで支倉の母親となる一人娘を育てたんだけど、その支倉にとってのお爺ちゃんの正体が分かったんだ。DNAの検査の結果、染澤潤一郎のDNAと完全一致した。支倉と染澤潤一郎は血縁関係になる、つまり支倉は染澤潤一郎の孫だったんだよ。このことは俺達だけの秘密にしたい。同時に俺だって公にしてほしくない秘密を抱えているんだ。」

饗庭の話を聞いて、米満は「えっ!?」以外の言葉が見つからなかった。

あまりにも衝撃的で言葉が出てこなかった。

染澤潤一郎と言えば無理心中事件を起こし切腹自殺を図った地で、次々と住む人や訪れた人を呪い祟り、”潤一郎さん”に纏わる都市伝説があることでも多久市内では非常に有名だったのは記者である米満もわかっていた。

まさかその”潤一郎さん”の孫が支倉だったとは思いもしなかった。

どう言い表したらいいのか分からない感情を抑えながら、饗庭の話を聞き始めた。

「饗庭の秘密って何か教えてほしい。俺は饗庭や支倉の秘密を知ったとしても、俺達の友情は決して変わらない。俺はずっと支倉とも饗庭とも友達であり続ける。」

その言葉を聞いた饗庭が、「ありがとう。米満がそう言ってくれるだけで俺は嬉しいよ。」と言いながら話をした。

「俺のお爺ちゃんは望月樹だったんだ。七ツ釜で最近遺体を引き揚げられ話題になったあの樹の孫だ。樹の妻で妊婦だった茉莉子は公衆トイレで単独で出産をした後に、ゆりかごに生まれたばかりの胎児を毛布にくるみ体温が下がらないようにした後に交番の前に捨てた。その捨てられた赤ちゃんが俺の親父なんだよ。」

饗庭の告白に、米満は「えっ!嘘!マジかよ!!ちょうどよかった!俺ね、今編集長の指示で茉莉子の取材をして来いって言われてね、厳木ダムにいるんだよ。出産後に自殺をしたとされる茉莉子が厳木ダムで自殺をしたって話の真偽をね、遺体がまだ見つかっていないことも考えて何かしらの根拠を示すことが出来ないかと思い取材しているんだよ。何か知っているか?」と話すと、饗庭は淡々とした口調で答え始めた。

「茉莉子は分からない。少なくとも出産後に厳木ダムで自殺をしたという話はデマ。親父が生まれたのは1975年4月8日の話だからな。ダムが完成したのは1987年になってからの話だ。大きなタイムラグが生じる。可能性として有り得るとしたら、茉莉子が結婚するまでに過ごした唐津市内の茉莉子の実家が実は厳木町の広瀬地区で、ダム湖に沈む予定の6世帯の中に含まれていたという話だ。だとしたら茉莉子が実家を目指し帰ってきたが、実家付近の思い入れのある場所で死んで、誰にも気づかれることがなく今もなおダム湖で眠り続けている可能性がある。あくまで可能性だけの話だ。少なくとも”茉莉子”と書かれたパンプスが投身自殺を図った地に残されていたことや自殺をしたと見てダム湖の付近を捜索したダイバーが遺体すら見つかっておらず、かつダム湖ならよくある、仮に体に石を括り付けた状態で自殺をしても、体の中に含まれるガスにより遺体は浮き上がってくる。見つからないなんてことはロープできつく首を吊った以外に有り得ないことなんだ。パンプスだって誰かが仕掛けた悪戯の可能性は捨てきれない。」

饗庭の話を聞いて米満はふとある可能性を示唆した。

「競合他社の一つであり、かつてソメザワ・マテリアルの会社があった武雄市内の跡地を買い取ったフェニックス・マテリアルの創業者の小鳥遊悟がこの案件に絡んでいると思わないか?」

米満が饗庭にそう話すと「さあ。どうだろう、調べてみないと分からないね。」と話し電話を切ったのだった。

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