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五月雨の死

幽鬼の呼びかけに吉井が冷静になって答え始める。

「待ってくれ!どこにあるかもわからない金庫をあてもなく探すのは無謀なことだ!それにこのメモ書きにはしっかりと個人を証明する記載が残されているじゃないか。しかも下着の中に入れておくなんて、亡くなった故人以外、まず入れることは不可能だよね。冷静になって考え、このメモは警察に渡すべきだ。」

吉井の話に幽鬼は「そうだ。その通りだよ。でも再捜査をするには時効が成立している。この遺体の身元が望月樹であることを証明する上においては確かにこのメモは渡す必要があると思っている。」と語った後、「福冨克哉が遺した虹の松原に埋められた金庫については何か、情報があるはずだろう。俺はその金庫に後世に伝えなければいけない真実が隠されていると思っている。さすがに警察も時効が成立している事件にまで首を突っ込んでまで調べることはないだろう。」と語った。

吉井は幽鬼なりの解釈を聞いて、「日本三大松原の一つともされている、虹の松原から金庫を探すには複数台の金属探知機が必要になってくるな。一先ず今日探すのはよしたほうがいい。透視能力を持つ鬼塚がいたとしても、広大な土地の金庫が埋められている場所を探し当てるのは不可能に等しいだろう。な、そうだろ?」と吉井は鬼塚に聞き始めた。

鬼塚は「確かに僕の透視能力で探し当てられるかもしれない。ただし、100%見つけられるとは言い切れない。同じような光景が広がるあの松原では、機械の力を借りないと、僕の頭の中では鬱蒼とした松の木々の中に福冨がスコップで必死になって穴を掘って何かを埋めているのは、幽鬼が樹が遺してくれた文章を読んでくれたおかげで大体想像がついた。ただ、同じような松の木々が連なる中しか出てこなかった。それだけで果たして場所の特定はつくのか?」

鬼塚なりの回答を聞いた幽鬼は「それでは無理だな。吉井の言うように金属探知機が必要になってくる。」と語り、吉井は「幽鬼の言うように闇に葬られた真実を暴くことは確かに必要だ。40年以上も前の事件で一度”無理心中事件”と判断され被疑者死亡で書類送検をしている事件について仮に真実が分ったとしても再捜査をすることは法律が変わらない以上それは出来ないからね。しかし、樹が遺したメモには疑問が残る。」と話し出し、自分なりの見解を説明し始めた。

「兄の裕は福冨に猟銃を突き付けられただけで、”はい!わかりました!”って死ぬかもしれない滝面へ勢いよくダイブって果たして出来るものだろうか?」

その質問には幽鬼や鬼塚も疑問に思った。

「脅されて滝に落ちてしまったのであれば、滝面へと向かって勢いよくダイブをするなんてことは有り得ない。怯えながら逃げ場を失い落下してしまったのならわかるが自らダイブするというのは、やはり裕は自殺をするようにという指示が予めあったのだろうと俺は思う。そうでなければ考えにくいことが起きている。それは福冨にも、裕にも、それぞれの弱みに付け込むような内容の指示書を予め送っており、その通りに動かせたんじゃなかろうか。そうであれば一体誰がこんな脅迫目的の指示書を送り付け事件を起こさせたのだろうか。」と幽鬼が話した。

3人の話を黙って聞いていた五月雨がある可能性を説明した。

「樹のメモにあったように、高度経済成長期の終焉と共に迎えた競合他社によるサバイバル争いが熾烈なものとなり、それぞれの会社が生き残りをかけて、先進の技術を誇るソメザワ・マテリアルとモチヅキ・ドリーム・ファクトリーが経営統合して生き残っては困る事情があり、阻止したい複数の企業の目論見があれば、指示書や脅迫を行ってきたのは、きっと数多もの複数の企業による行為だと思われる。きっと佐賀だけに限らないわ。そうやって2社をターゲットとして狙い、いじめ、追い詰め、潰していったに違いない。そうなってくると、九州だけにとどまらず日本全国になってくる可能性があるかもしれない。兄の裕の死後、樹と茉莉子の夫婦関係が冷え切ったというのも何か引っかかる。茉莉子は裕の事件に関与しているかもしれない。」

五月雨が導き出した可能性に、誰も反論をすることが出来なかった。

4人が話し合っているときに、現地には警察がやってきた。

ある程度の事情聴取を受けた後、樹が綴ったメモは遺体を引き揚げた際に見つかったものだと説明し、渡した。警察が身元確認を行うため遺体を担架に乗せ車に乗せると、車のエンジンをかけて移動していくのを静かに見守った。

「実名報道により世間からバッシングを受けたとしても、名前を変えるような形で生き残っているだろう。裕と樹は2人兄弟だったが、彼らの親戚が引き取ってくれる可能性もあり得るからね。」

吉井が幽鬼に話すと、ある一人の警官が同行せず現地に残り、幽鬼たちの元に近づき話しかけてきた。

「今までずっと樹さんを探してきました。一体どうしてあなたたちは見つけてきたんですか?僕は亡き祖父を探すために潜水士の資格を取って、沖へ流れ遺体の引き上げなど不可能だとされていた祖父の遺体をずっと僕は父の代わりに探してきたんです。そのために唐津に来たんです。」

幽鬼はどう説明したらいいのか悩み始めたが、鬼塚が警官に答え始めた。

「信じ難いことかもしれませんが、僕には科学では証明できない、強い霊能力を持っています。この地で眠る樹さんの御霊に話しかけ呼び出すことに成功したんです。その際に、樹さんはこう仰っていました。”僕の亡骸はまだこの地で眠り続けている。亡骸には秘密が隠されている。公にして僕が受けるべき裁きを受けるように世に広めてほしい。”と僕に伝えてくれたんです。僕たち、幽鬼と吉井の3人で、樹さんが導き出した場所に辿り着くとそこに遺体はありました。投身自殺を図ったとしても、亡骸が流れ着くには非常に考えにくい場所で樹さんは息絶えていました。」

鬼塚の説明を聞くと、その警官は感慨深い気持ちになったのか思わず涙を流した。

そしてあることを話し始めた。

「5年前に多久署で刑事だった父が、かつて旧染澤邸があったあの家で再び無理心中事件が起こったことを知り、捜査に入った際にあの封印された地下に足を運び、父は豹変したかのように人格が変わってしまうと、一週間後に自宅で首を吊った状態で自殺を図ってしまったんです。父は、実の両親の顔を知らないんです。生まれてすぐにへその緒が付いた状態で交番の前に捨てられ、発見した交番の巡査の養子になる形で育ちました。父はこの職業柄、自分の実の両親を知りたい一心で調べていくようになったんです。そして辿り着いたんです。実名報道により七ツ釜に身を投じ自殺をした望月樹の息子だったということですよ。父が旧染澤邸で発生した無理心中事件に携わってから、改めて染澤潤一郎が起こした事件とされることに父は疑問を呈しました。果たして切腹自殺を図ったのなら、息の根が絶えるまで人間腹の奥深くまでえぐるように刺し続けることなど果たして出来るのであろうか?と、調べていくにつれ望月裕による無理心中事件に行きついたんです。その時に裕の9歳年の離れた弟の望月樹の妻の茉莉子が妊娠をしていたと、そして実名報道でバッシングを受け続けた樹が精神的に追い詰められ七ツ釜へ投身自殺を図り命を落とした後、未亡人になった茉莉子が自力で出産した後に生まれたばかりの我が子を交番の前にゆりかごの中に入れた状態で捨て、その後は厳木ダムで命を絶ったとされる都市伝説の内容の一部が真実だったと気づかされたんです。」

その話を聞き、幽鬼が「僕たちは、望月樹の都市伝説が真実なのかデマなのかについて調べていたんです。まさか茉莉子さんが出産した子供が生き延びて警官になっていたとは思ってもいませんでした。」

幽鬼が話すと、「そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。僕がYouTubeやTikTok、ニコニコ動画で動画配信している”幽鬼の怪談日和”で生配信の撮影のために集まった、僕オカルト研究家兼怪談家の幽鬼と、心霊現象研究家の鬼塚彰、そして都市伝説研究家の五月雨緑に、超常現象研究家の吉井竜之進です。」

自己紹介を済ませると、警官が名前を名乗り始めた。

「饗庭星弥です。宜しくお願いします。」

5人が改めて自己紹介を済ませた後、樹が遺したメモの内容について触れた。幽鬼が「樹さんのメモには、かつて福冨克哉が事件である証拠を8mmフィルムに映像として残し、その8mmフィルムが虹の松原に眠っていると記されてありました。福冨が死ぬ前に綴った内容がこちらです。」と饗庭にメモの一文を指し示しながら説明をし始めた。

『今までお世話になりました。こんな悪い人間でも、真摯に向き合ってくれた染澤さんや望月さん兄弟には感謝しかありません。でも一度過去に悪いことを起こした人間であることを知られてしまっている以上、社会では全うに評価されませんでした。望月裕さん樹さん、そして染澤さん、ありがとうございました。そしてこの競争社会が招いた闇は決して裁かれることはないと思います。自由主義である以上、自由競争を生き抜く上において、邪魔者は排除されるということだと思います。最後になりますが、最凶の死刑執行人は僕じゃありません。その正体は、決して樹さんは知らないほうが身のためだと思います。そして虹の松原に向かえば樹さんに見せたいものがあります。詳しい場所までは教えられませんが、行って是非探して下さい。今までありがとうございました。』

樹が綴ったメモ書きの内容を一通り読んだ饗庭が「事件の証拠を示す映像が隠されているかもしれません。金属探知機ならレンタルで借りれる時代にもなってきていますから人数分かき集め、日を改めて決め、探しましょう。時効が成立している以上、組織で動くことはできません。次の非番が2月22日ですから、その日までに何とか用意をしましょう。手伝っていただけませんか?」と幽鬼たちに提案すると吉井は「勿論です。七ツ釜の超常現象を調べる上において必要なことが隠されているかもしれません。僕は朝のラジオ番組収録が終われば予定が空いているけど、幽鬼や鬼塚はどうなのか?」と聞き始めた。

幽鬼は「その日は朝早くから長崎ローカルの番組の収録があるが、午後からなら予定が空いている。」と話すと、鬼塚は「俺は夜から福岡でのラジオの生放送があるぐらいで大丈夫だよ。」と答えた後、幽鬼は「皆午後からなら予定が空いています。13時から虹の松原に集まり17時頃まで探すのはどうでしょうか?」と饗庭に提案し、「それで決まりでしょう。僕は朝早くに虹の松原に来て、一人で探せられるところは探してみます。」と話し、連絡先を交換し合った。

ずっと黙ってみているだけだった五月雨を気掛かりに思った饗庭が声をかける。

「先程からずっと立って眺めているだけでしたけど、何かあったんですか?」

五月雨は聞かれると答える様子も無い。

幽鬼が「すみませんね。僕たちが樹さんの遺体を探して引き上げているときに様子がおかしかったんです。」と話し、「五月雨は多分行かないと思います。樹さんの亡骸が沖に流され引き上げることが不可能という都市伝説が覆された以上、これ以上彼女が調べなければいけない議題はないと思いますからね。茉莉子さんが産んだ子供が行方知らずという都市伝説も、饗庭さんの説明でデマだったと明らかにされたわけですから。」と話すと、五月雨の表情が変わった。

七ツ釜のほうへと向いて無言で黙々と歩き始める。

その様子を見て鬼塚が「危ない状態だ!誰か五月雨を引き留めに行かないと連れていかれる!」と言って後を追うと、幽鬼と吉井、そして饗庭の4人で五月雨の後を追った。そして七ツ釜に到着すると、五月雨は振り返ることもなく勢いよく海へと向かってダイブをしてしまった。

「大変だ!」

幽鬼が慌てて119番通報をしようとスマートフォンを手にするが、饗庭は落ちた場所から確認すると幽鬼の元へ駆けつけ引き留めた。

「もう駄目だ。岩場に頭を強く打って水面に浮き上がっている。絶望的だ。」

そう話す饗庭に、鬼塚が近寄り話しかけた。

「すみません。黙ってばかりの彼女の様子には僕もおかしいと思いましたが、僕には霊能力はあっても除霊を行える力はありません。きっと一人にさせていた時に憑依されたのかもしれません。あっという間の出来事なので、僕もこんなスピードで取り憑かれ、死んでしまうとは思いもしませんでした。」と語ると饗庭が話し始めた。

「親父の時を思い出すよ。俺は霊に取り憑かれた経験が無いからあくまでも憶測でしか話せられないが、事件後の親父は親父じゃなくなっていた。表情が変わっていったんだ。それはまるで狂気じみた表情へとね、悪霊とはじわりじわりと自分の存在に気付かせた後に、人の弱みに付け込み、やがてその人を乗っ取るようになってくると、最終的には追い詰め自滅させるのだろう。」

2人の話を聞いていた吉井があることを話し出した。

「五月雨は都市伝説の真偽を確かめる研究家でもありましたが、同時に色んな所へ各地転々としているため、夫婦仲にすれ違いが生じ大きな溝が生じていたとも、旦那が他の女のところへ行っていたという話もあったので、恐らくですが離婚協議中だったんじゃないかと周りでは噂されていました。そんな五月雨の心の闇に一瞬で付け込まれたんだと思います。もっと話を聞いてあげるべきでした。」

吉井が五月雨の話をしているときに、幽鬼がYouTubeにアップロードをした動画の書き込みに注目をした。

「黒い靄のようなものが、五月雨さんの口の中に入っていく。これは危ないのでは?早急に御祓いを受けるべきです!」

その書き込みを読んだ幽鬼は指摘を受けたその部分のみを再生すると、黒い靄のようなものが五月雨の前に立ち尽くすと一瞬で近付き、黒い靄を五月雨の口の中に入っていく瞬間だった。幽鬼はその映像を見て絶句すると同時に、吉井や鬼塚、そして饗庭にも確認させ、検証をし始めた。

饗庭は「黒い靄の正体は何だ?霧ではない。」と語ると、吉井は「黒い靄の正体が何なのか、異常現象にしては不自然だ。」と話す一方、鬼塚が答え始めた。

「樹だよ。この世へ怨みの念を抱きながらこの地で散った樹の御霊が五月雨に乗り移った瞬間だよ。黒い靄ほど、この世に強い恨みを抱き亡くなっていった御霊でもあるからね、樹はそうやって取り憑いた人を追い詰め、自分と同じこの地で自殺をさせようと導いているんだ。」

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