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彷徨う御霊

2021年9月1日のある日のことだった。

解体工事業を営む株式会社大嶌組の本社にある一本の電話がかかってきた。

「多久市内の旧染澤邸を今すぐにでも解体工事を行ってほしい。供養のためにもあの土地を広場として開放したい。同時に慰霊のための石碑を作りたい。眠りから目覚めるまでに、一刻も早くあの忌まわしき建物を潰さなければいけないんです。急な話なのはわかっていますが、どうかお引き受けいただけませんか?」

弁護士でかつてこの土地の地主でもあった故染澤セツさんの成年後見人だった反町淳史から仕事のオファーの連絡があった。

しかしこの内容を最初に聞いた事務員の櫻井明日香は戸惑いながらこう答えた。

「多久市内の、あの幽霊屋敷をついに解体ですか!?しかもすぐにでも行いたいってそこまで緊急性を伴うものなのですか?あの、せめてまずはあの土地の御祓いや祈祷などを済ませてから解体工事の依頼の連絡をして頂けませんか?そうでなかったら我々が今度は呪われるリスクだって高いってことですよね?」

櫻井は小声で恐る恐る反町に聞くと、反町はこう答えた。

「最後に住んでいた家族が引っ越しをした後に我々で依頼をした祈祷師によって土地の御祓いを先程済ませたばかりです。もうあの地に住む人や訪れた人に対して災いをもたらすようなことはしないでしょう。そのためにも、我々としては彼の彷徨う霊魂を弔うための設備を急ピッチで行わなければいけない必要があるんです。急なお話なのはわかっていますが、同じ多久市内にある御社ならわかっていただけるのではなかろうかと思い、すがるような気持ちで連絡をさせて頂きました。お願いです。お金がかかってもこちらとしては問題はありません。どうか引き受けて抱けませんか。お願いです。」

電話口であまりにも懇願されるので、櫻井は「わたし一人だけの判断では決めかねます。一度上司に相談し、上司から折り返しの連絡をするようにお願いをしますのでお手数ですが折り返しの連絡先とお名前を教えていただけませんか。」と話し、反町から折り返しの連絡先と名前を聞き出すことにした。

電話を終えた後、櫻井は上司であり社長の大嶌義治に、多久市内の幽霊屋敷を解体してほしいという連絡があった旨を大嶌のデスクの近くまで行って伝える。

大嶌は櫻井からの相談を受けた後、「うーん、現場統括の鮫島と協議をするから今すぐには返事は出来ないと電話をした反町さんに伝えてくれ。」と櫻井に指示を出した後、大島は急いで現場統括で課長の鮫島克久に連絡をし始める。

「もしもし、鮫島君か。とんでもないオファーが入ってきたんだ。あの多久市内のはずれにある化け物屋敷をついに解体したいって連絡が入ったんだ。土地の御祓いはもうすでに終わらせているみたいなので、我々であとは解体工事に入るまでに祈祷を済ませてから工事に入るのはどうだろう?わしの意見だけでは独断になると思ってね、鮫島君がどう思うのかも含め、意見を聞きたくて連絡をしたんだよ。」

そう話す大嶌に対して鮫島は「そんな社長、とんでもないです。社長がそうお考えなら僕は社長の考えを尊重して、従うだけです。僕の意見だなんて、そんな大したことは言えません。今まで心霊スポットだと言われている廃墟という廃墟は何件か担ってきましたけど、殆どがデマだったのを思い出してくださいよ。悪戯目的でなければ取り憑かれることなんてありゃしませんよ。しかし今回に至っては実際に殺人事件が起きた現場でもありますから、そのあたりが今までの廃墟とは事情が違うんです。たとえ我々が祈祷をしてもらったとしても、100%呪われないという保証はないと思われます。社長がそのあたりも保証をして頂くことが必要になってきます。」

鮫島の指摘に大嶌は「そうだな。土地への御祓いは済ませているから呪われないという話ではないからね。それこそ今の今まで無理心中事件が幾度か起きているにも関わらず野放しにされてきた事故物件だからな。曰くつきも甚だしいのは分かる。しかし事件があったことを理由にオファーを断るわけにはいかんだろう。仕事ぶりが認められたら、また次の工事の依頼が入ってくるかもしれんだろ。呪いのことも出来る限り視野に入れた上で、わしはこの仕事を前向きに捉え引き受けたい。鮫島君はわしの意見を聞いてどう考える?」と話し始めた。

鮫島は大嶌の意見に「そっ、そうですね。」と話した後に、「社長がそう仰るなら、僕は社長の言うとおりに従います。」と最終的には引き受ける方向で、鮫島と大嶌の意見が一致し、大嶌から反町に連絡をした。

「この度は仕事の連絡を当社にしていただきありがとうございます。反町様の仕事のオファーを早速ですが引き受けたいと思います。そのためにも我々は明日9月2日には西之原大明神に祈祷を済ませてから、9月3日から旧染澤邸の解体工事に入らせていただく流れはどうでしょうか?」と反町に話をすると、反町は「ありがとうございます。まさかそんな急ピッチにやっていただけるとは思ってもいませんでした。こちらも解体工事費用として少し高めの金額にはなりますが、祈祷代金込みで1000万円を用意できる準備はあります。その内容で引き受けて頂けませんか?」と切り出した。

大嶌にとってまさかそんな金額のオファーが来るとは思ってもおらず、「反町様、解体工事ですよ。本工事ではないのですから、安めに抑えようと思ったら幾らでもできますよ。」と気遣って話をするも、反町は「いえ、解体工事の費用のみならず、その後の広場の工事も御社にお願いしたい。追加料金が発生するようであれば、その都度でまた連絡をして頂いたらこちらもお金を用意できる準備はあります。」と話した。

反町の話にはただただ大嶌はどう返せばいいのか言葉に迷った。

今までいろんな客と話をしてきたがこれほどまでに金を用意するなど、念を押していう客など経験をしてきたことが無かったからだ。

大嶌は反町に悩みながら「ありがとうございます。喜んで解体工事と広場の工事のオファーをお引き受けします。」と話すと、反町は「我々の依頼を引き受けてくださってありがとうございます。御社以外にも何社かお問い合わせをしたのですが、どの会社からも責任者から”お断りします”のキャンセルの連絡ばかりで、半ば諦めていたんですよ。でも御社のような優しい会社が引き受けてくださるのであれば、我々も出来る限りのことはサポートをしましょう。」といって、大嶌との電話を切った。

反町との電話を終えた後、大嶌は急いで西之原大明神に祈祷の予約の連絡をした後に鮫島に正式に仕事が決まった旨を連絡し、すぐにでも解体工事のメンバーを集めるようにと鮫島に指示を出した。

明くる日の9月2日、午後14時から西之原大明神での祈祷を済ませ、明くる日9月3日からは旧染澤邸での本格的な解体作業が始まる。

祈祷を済ませた後、現場作業員のリーダーとして選ばれた女里谷《よめたに》昴が工事に入る前に現地に入って、家屋調査をすることにした。

午後16時過ぎの事だった。

ひっそりと佇む5LDKの豪邸は、誰もが憧れる広々とした我が家であると同時に凄惨な事件があったことを考えると、殺された被害者が窓越しにこちらを覗いているのではなかろうかと想像をしただけでもビクビクしてしまった。

女里谷と共に来た同期の河村佳樹は、「女里谷ってよくこんな幽霊屋敷を平気にメモを取るんだよ。俺はこの地にいるだけでも怖くて怖くてしょうがないよ。」と話すと、そんな河村に女里谷は見かねて「河村、お前も俺と一緒に仕事しに来ているんだから、過去にこの地に凄惨な事件があったこととかそういったことは忘れて、与えられた仕事に専念をするべきだ。怖がっていては仕事にならないだろ。」と叱責をすると、河村は不貞腐れたような感じで「わかったよ!俺は敷地内には入るけど建物の中だけは絶対入りたくない。そこは悪いけど女里谷にお願いしたい。」というと女里谷は「何十年も前の殺人事件なのに、ビビり過ぎなんだよ。亡くなられた方々に対して追悼の気持ちを込めながら入っていけば、恐れることはない。大丈夫だ。それに河村一人だけ外の確認はずるいだろ、俺と一緒に外から確認して、建物の中にも入って壁にアスベストなどの体に有害な成分が使われていないかどうかも含め調べよう。未成仏の霊の有無が目的じゃない。」と話し説得をした。

河村はそう言われると渋々反論する筋合いがないと判断し、「わかった。」と呟くような口調で話し始めると二人で門をくぐり、庭の状態を確認してから、建物の中へと入っていく。9月に入っても、まだまだ暑い気温が続いていたが、この建物だけは違っていた。玄関に入った時点で、悪寒に近いような、寒気が襲ってきたのだった。

2人は早速玄関から上がっていくとトイレからお風呂、リビング、台所と確認を行い台所の隣に隣接してある収納庫へと行くと奥の壁がぽっかりと口が開いていることに気が付いた。女里谷はすかさず階段の先の部屋に入ろうとしたが河村に止められるのだった。

「なあ、もう女里谷いいだろ。俺、あの部屋だけは絶対何かあると思う。それこそここ、ベニヤ板か何かで打ち付けられていたような痕跡があるし、封鎖されていた部屋なら、もう俺達が調べる必要はないだろ。呪われるだけだ。これ以上詮索することはないだろう。」と話すと、女里谷も「そうだな。これ以上進んではいけないような気がする。2階へ行って、一通り部屋の状態を確認したらこの結果を鮫島課長に報告しよう。」と河村に切り出した。

河村と共に、女里谷と2階へ上がっていく。

4つの部屋があって、バルコニーもある。天井収納もある。

一通り見て、体に有害な成分が使われているかどうか、壁を叩いてみたりしてみたがそういった素材は使われていないと見て判断し、二人は玄関まで戻ってくると、建物を後にしようとした瞬間だった。

女里谷と河村しかいないのに、2階のほうからドタバタと足音が聞こえると、男の子の笑い声が聞こえてきた。

「アハハハ!」

笑い声を聞いてたまらず二人は逃げるように建物を後にした。

車に戻った後、二人は急いでエンジンをかけて会社へ向かっていく。河村が女里谷に「何だったんだ、あの足音にあの声!?どういうことなんだ!?まさかあの状況で俺達建物を崩してこいっていうのか。冗談じゃない。あれじゃ皆呪われて死んでしまうだろ。」と言い出すと、女里谷は「何かの聞き間違いだ。俺達が怖いと思っているから、気持ちの中でそう聞こえただけだろう。」と返すのだった。そして鮫島課長に旧染澤邸の視察結果の報告をする。

心霊現象らしき音が聞こえたことも含め、報告をしたが鮫島は「それらも含め想定内だ。悪さはしてこないだろう。安心して作業に取り組める。」と話し、明日の作業は予定通りに行うことで女里谷と話をすると、女里谷は「わかりました。」と話し、その日の仕事を終えることにした。

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