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爛漫

 春の章 爛漫
 芸能人になりたいと子供は言う。芸能人になるのが夢です、と。しかしながら芸能人になることなど、ほとんどの人にとっては不可能だ。まず外見が良くなくてはならない。ダンスも歌唱力も必要だ。芸能事務所のオーディションに受かったとしても、下積みが長く、努力の日々を送ることになるだろう。それだけしても芸能人になれる保証などない。
 歴史学者になりたいと子供は思った。歴史学者になるのが、夢です、と。しかし歴史学者になることなど、ほぼ不可能だ。まずは学歴が良くなくてはならない。大学院博士課程、できれば東大か京大がいい。そして下積みが長く続くことだろう。学費は奨学金で賄うとして、就職はどうだろうか?
 ほぼない。
 ポストが少ないのに、学者の卵である大学院生が多すぎる。平成の初めの大学院改革で大学院生が大幅に増えたが、それの受け皿である大学教員のポストの数は変わらなかった。就職できず、あぶれる大学院生も続出した。彼らが行き着く先はワーキングプアである。非正規の職業を転々とし、奨学金の返済に追われ、結婚もできず、未来も見えない。

 歴史学者になるのを諦めてから、もう十八年になる。港町正二郎(みなとまちしょうじろう)四十歳。都内の中堅私立大学文学部史学科を卒業後、地元の中小企業に就職してから、たいした出世もせず、世間の片隅でひっそりと生きている。
 そんな俺の趣味は歴史の研究。学費と就職事情でプロの歴史学者になるのは諦めたが、サラリーマンと兼業しながらアマチュアの学者としてやっている。会社で食い扶持を稼ぎながら、「春秋歴史学会」の会員になり、これまで一本だけだが論文を発表した。
 アマチュアのいいところは大学教員と違って、授業の義務がないことだ。授業自体は一コマ九十分で終わるが、その準備に手間を取られる。一コマの授業に半日かけてしまった、という教員もいた。それに学会の仕事、会議に出張。時間なんか足りやしない。
 そう考えれば会社員は五時に終わり、帰宅と風呂夕飯に三時間を取って、十二時に寝るとしても四時間は時間をとれる。そして一年の三分の一は休日だ。大学教員は春夏の休みが長いかと思われがちだが、夏は高校への営業、オープンキャンパス。春は入試の作成、試験監督に卒業論文の審査だ。憧れの大学教員になった同期は、せっかく学者になったのに、研究する時間がなかなか取れないとこぼしていた。
 そんなわけでアマ学者の俺だが好きなことを伸び伸びとしているので楽しい。妻も子供もいない。親は兄貴が面倒を見てくれている気楽な独身一人暮らし。老後は寂しいかもしれないが、それはそれだ。
 兄貴は優秀で手堅い。国立大学を卒業し、地元の市役所に就職。二十代で結婚し、娘一人をもうけた。順調に出世し、車も買い、家も建て、老父母を引き取った。奥さんも良くできた人で、美人で優しい。男の一人暮らしでは食事の栄養が偏るだろうと、ご飯を差し入れしてくれる。これがまた美味しい。
 さて、専門誌に論文を投稿したのはいいが何の反響もなかった。無さすぎた。これといって取り柄のない論文だったようだ。そこで俺は捲土重来を期すため、ある資料を神田神保町の古本屋で見つけ、買ってきた。これを読解し、解釈して、学会をあっと言わせるような論文を書く。それが今の目標だ。
 仕事を終えた俺は家に着く。鍵を差し込みまわしたが、手ごたえがなかった。どうやら開いているようだ。
 おかしい。家を出るときには、ちゃんと鍵をかけたかどうか、二回確認するのが日課になっている。二階を見上げると研究室に明かりがついていた。
 この家は古い。築四十年以上経っている。父母が兄貴の家へ出ていき、空いたこの家に家賃がタダだからと俺が転がり込んだ。二階を中心にリフォームをした。二階には二部屋とベランダがある。広いほうの部屋をベランダの一部を潰して拡張工事を行い(ベランダはもともと広かったが、この工事で半分ほどになった)、床を強固にし、両壁には据え付けの本棚を設置した。ここにデスクと人間工学に基づいて作られたメッシュのチェア、そしてくつろげるように革張りの肘掛椅子とテーブルを持ち込み、自称だが「研究室」と名前をつけた。ここは俺の城なのだ。
 そんな俺の城にのうのうと侵入している奴がいる。そんな奴は俺の周りには一人しか思い当たらない。泥棒ではない。この家には盗って価値のあるものなどない。あいつだ。
 静かに階段をあがり、ゆっくり研究室のドアを開ける。やはりいた。
 肘掛椅子に座り足を組んで本を読んでいるセーラー服の女子高生。漆黒のつややかな髪をポニーテールにしている。細身の体に白い肌。冬服のセーラー服がよくフィットしている。目を本に落とし、長いまつげが瞬きで素早く上下する。スカートからはふとももが見えている。シャンプーのにおいと女性のいい香りが微かにする。少女からは少女期特有の色香が醸し出されていた。
 まごうかたなき、我が姪、港町蓮歌(みなとまちれんか)である。
 こいつはとんでもない奴だ。
 蓮歌が幼稚園のころ、お前と乗るのは嫌だという男の同級生を無理やり三輪車にのせ、急な坂道を二人乗りで下りるということをした。スピードが出すぎで重量オーバーの三輪車はあわれ宙を舞い、二人は道路に思いっきり投げ出された。二人とも傷だらけで、男の園児は大泣きしたが、蓮歌は何が面白かったのか、天に向かって大笑いをしていた。
 小学生の頃の蓮歌は、ヒステリックな女教師に消火器をぶちまけていた。その女教師はストレスなのか、それとも生来の性格なのか分からないが、常に受け持ちの子を怒っていた。特に学級委員長(女の子だ)への当たりが強く、学級委員長はよく泣いていた。そして委員長は不登校になってしまった。これを聞いた蓮歌は、ほかのクラスだったが、「怒髪天を衝く」の言葉通り、怒りに怒った。義憤というやつだろう。激高して事に及んだのである。
 仕事に忙しい兄貴の代わりに何故か俺が学校に呼び出されたのだが、校長先生から「おたくは一体どういう教育をしているんだ!」と散々叱られた。「俺はこの子の叔父で、教育には関与していないので分かりません」とは言えず、ひたすら頭を下げたのだが、蓮歌は絶対に謝らなかった。蓮歌は一週間の謹慎処分となった。しかし、最低教師を成敗したと生徒の間で人気が高まり、蓮歌のあだ名は「ジャンヌ・ダルク」となった。上級生から下級生まで、全校にその名を轟かせた。
 中学入学早々、蓮歌は上級生をシメた。蓮歌は小学生の時から可愛かったのだが、このころから可愛さがどんどん上昇し、新一年生の女子の中では一番とびぬけた美少女になっていた。それに目を付けたチャラい三年の男子が絡んできて、蓮歌の発達途上の胸を触ろうとしたため、平手打ちをチャラ男に食らわせ、転んだチャラ男に柔道の締技をかけ、気絶させてしまった。この件でも俺は学校に呼ばれ、ひたすら頭を下げたが、蓮歌は涼しい顔をして絶対に謝らなかった。中学での蓮歌の二つ名は「鉄の女」となった。
 さらに中学二年の夏休み前、「ちょっと一周してくる」と蓮歌は置手紙を両親に残し、失踪してしまった。最初その置手紙を見た兄貴と義姉は、「町内をぐるりと散歩でもしているのか?」と思ったらしいのだが、全然帰ってこない。二日待ってみたものの帰ってこないので、とうとう警察に捜索願を出そうかという相談の電話が俺にかかってきた。俺はその電話を聞いて驚愕した。ちょうどパソコンでニュースサイトを見ていたのだが、そのトップの見出しが「港町蓮歌さん自転車で世界一周旅行に出る。女子中学生の挑戦」というものだったからだ。「蓮歌」という名前は珍しかったし、それ以上にこんなことをするのは、間違いなくあの蓮歌だ。旅費はどうしたのかと疑問に思ったのだが、大手広告会社の大宝堂をスポンサーにつけていた。俺は天を仰いだ。
 そして中学三年の年末に蓮歌は突如帰国した。自宅で十日ほど爆睡したのち、高校受験のため自由登校になっていた中学に気まぐれに登校していた。一年以上も旅行に出ていたのだから受験の結果はさぞ振るわないだろうと親も学校も思っていた。とりあえず入れる高校を受けるというのが親の意向だったが、蓮歌はたいした勉強もせずに地元のトップ校、木滋第一高校に合格した。みんなが仰天した。
 蓮歌は中学卒業と同時に旅行記を出版し、それが「みんなが選ぶ刺激本大賞」を受賞し、大きな話題となり、二十万部の大ヒットとなった。高額の印税が入ってきたが、全額を慈善事業団体に、ポンと寄付してしまった。この寄付のことは全国紙の社会面に載り、紙面を賑わせた。俺はもう考えるのをやめた。

 この春に蓮歌は高校入学を迎えた。スーパー女子中学生からスーパー女子高生へと進化したのだ。今日は四月二十五日、金曜日。
 俺は熱心に本を読む蓮歌に声をかける。
 「おす」
 蓮歌は読んでいる本から顔を上げ、俺を見る。
 「うっす」と蓮歌は返事を返した。
 俺はメッシュのチェアに座る。
 「どうやって玄関開けたんだよ」と俺は問う。
 蓮歌はにやりと笑い、ちゃらりと音をさせ、膝にのせていた手を挙げた。そこにはうちの玄関の鍵がぶら下がっていた。
 「あ、無くしたと思ってたのに! 犯人お前かよ!」
 まあねー、と蓮歌は応じる。
 「ジローさんは隙だらけだね。こんなの朝飯前」
 蓮歌は俺のことを「叔父さん」ではなく、「ジローさん」と呼ぶ。
 「恥ずかしいポエムノートから、エッチなDVDの場所まで把握済み。次は何が発見できるのかな?」
 蓮歌はニヤニヤしながら言う。
 くそっ。早く何とかしないと。
 俺は抗議する。
 「勝手に侵入するな。俺の研究室なんだぞ」
 「まあまあ、いいじゃん。減るもんじゃないし。ここ本がたくさんあっていいね。学校の図書館にはない品ぞろい」
 そう。この研究室には研究室の名にふさわしく、本であふれている。学生時代から蓄積した本が本棚にぎっちりと詰まり、床の上にも平積みになっている。文庫から新書に学術書、全集まで、いろいろ揃っている。
 「この本もいい。切なくてかなしい」
 蓮歌が左手に持っているのは高野悦子『二十歳の原点』だ。
 「なんだか、身につまされるね」
 「そうだな。高野さんは学生運動に敗れ、恋にも破れ、悲劇的な最期を遂げるんだ。いま生きていたら七十半ばぐらいだろうか。これだけの感受性を持っている人が生きていたら、どんな文章を書くんだろうかと思う」
 この本ちょっと借りるね、と蓮歌はいい、スクールバックにしまった。
 ふと目が合う。蓮歌は立ち上がり、萌えポーズをした。
 「どうよ、このセーラー服。似合う? 似合うでしょ?」
 その場でくるくると回り、スカートが傘のようにふくらむ。下着が見えそうだった。
 「あ、ああ。そうだな」
 俺はそのしぐさにドキッとし、どぎまぎと答える。
 「つれない返事だね」
 もう、と蓮歌は不服そうだ。
 「いや、似合ってる。本当に」
 「やった。嬉しいな。じゃあ、どんなふうに似合っているか、二十字以内で答えなさい」
 おい、二十字って。国語の問題か。
 少し付き合ってやるかな。そうだなぁ、としばし考え、俺は口を開く。
 「輝き、朝の良く似合う、晴天に。」
 おおー、と蓮歌は喜ぶ。
 「なんか文学的。ジローさんは良くわかってる」と喜んでいたのもつかの間、蓮歌は左手の人差し指をこめかみにあて、目をつぶり、小首をかしげた。これは蓮歌が考え事をするときの癖だ。
 「これ、褒めてないよね」
 「・・・そんなことないぞ」
 「だって、
か「が」や「き」、あさ「の」よ「く」にあう、「せ」いてん「に」。「がきのくせに」、だよジローさん!」
 「はっはっはー! ガキが色気を出すのはまだ早い! 五年後の女子大生を楽しみに待つ!」
 もう、と蓮歌は憤然として、乱暴に肘掛椅子に腰かけた。
 俺は話を変える。
 「そういえば、高校の部活もう決めたのか?」
 「うん。囲碁部にした」
 囲碁とはまたマイナーな卓上ゲームを選んだものだ。
 「なんで囲碁? 今は藤井聡太とか将棋が熱いだろう?」
 「ほら、昔さ、少年ジャンプで『ヒカルの碁』ってやってたじゃない。あれの単行本読んで面白かったんだよね。こう勝負熱が沸くっていうか。神の一手って、なんかかっこいいし、極めてみたいんだよね」
 極めてみたいんだよね☆、とさらりと凄いことを蓮歌は言ったが、俺は流した。実は俺も少し囲碁をやっていた。俺が中学生のころ『ヒカルの碁』が連載されていて、蓮歌が言ったようにこれが面白く、仲間内では少し囲碁ブームとなった。だが、囲碁は思っていたよりも難しく、全然上達しない。俺はやがてプラモデルに手を出してしまったので、やめてしまった。プチ囲碁ブームも一過性のものとして終わってしまった。
 俺はのどが渇いたので、コーヒーを淹れようと思った。
 「コーヒー淹れるけど、蓮歌も飲むか?」
 「うん、飲む飲む」
  俺は一階の台所に降りて、ドリップでコーヒーを淹れ、マグカップ二つを持ち、研究室に戻る。
 「ほれ」
 蓮歌にカップを渡す。いただきまーす、と蓮歌はコーヒーに口を付けたのだが、すぐに渋い顔になった。
 「うぇ、ブラックだ」
 俺はせせら笑う。
 「ハッ。ガキだな。コーヒーはブラックに限る。砂糖を入れれば口に残るし、ミルクなどは風味を殺す。この未熟者め」
 蓮歌は反論する。
 「いやいや、コーヒーは砂糖とミルクっしょ。苦さの中に、ほんのりした甘みと、ミルクの優しさがいいんだよ。ジローさんこそ分かってないよ」
 蓮歌はむぅ、と膨れた顔をしたが、その一秒後にぱっと顔色を変えた。切り替えの早いやつだ。
 「ところでさ、ジローさんは研究のほう、どうなの?」
 「ぼちぼちだな。とりあえずネタを仕入れてきた。これで一本書こうと思う」
 俺はパンパンに膨らんだカバンの中から、ぶ厚い本を取り出した。
 「これなに?」
 蓮歌は指をさして問う。
 「日記だ。大学ノートの背を厚紙で張り合わせて、合本にしてある。九高の先生だった人の日記。戦前のものだよ」
 本の表紙には「九高 無用日記 若林宗平」と達筆で書いてある。
 「九高ってなんのこと?」
 蓮歌は首を傾げる。
 今はもうない旧制第九高等学校のことだ。戦前の学校組織は今と違っている。現在は6・3・3・4制。つまり小学校6年、中学3年、高校3年、大学4年である。戦前は小学校6年、中学5年、高校3年、大学3年である。義務教育は小学校まで。中学に進学する場合、難関の入試を受け、高い学費を納めなければならなかった。貧しかった戦前の日本では中学に進学できるのはほんの一握りで、その上の高校はさらに少ない。とりわけ高校入試は更に難しく、「受験地獄」という言葉もあったほどだ。この狭き門をくぐれた者のみに大学への道が開かれていた。
 当然というか、高校も人気の序列があった。最初に設置されたのは東京の第一高等学校である。これが一番人気で、二番目が京都の三高。その次は仙台の二高・・・と序列化されていた。頭に数字がついているように、これらはナンバースクールと呼ばれ、名古屋の八高がしばらくは最後だったが、昭和十四年、ふたたび東京に戻り、第九高等学校が設置された。
 この九高は特筆すべきことに、女子科が設置されていた。戦前は女子には高等教育の道は開かれていなかった。小学校を卒業して進学する場合、男子の中学に当たる高等女学校に進学することになる。そこで「良妻賢母教育」を五年間受けた後、だいたいは結婚し、家庭に入る。高校の女子入学は認められていなかったし、その上の東京帝国大学を頂点とする帝国大学はもちろん男子のみである。
 ところが大正デモクラシーを経て昭和になると、女子にも高等教育を、という機運が高まってきた。九高は昭和十四年に設置。それを受けての九高に高校初の女子科設置である。募集は殺到した。なんと倍率四十倍である。三年後の一期生卒業に合わせ、東京帝国大学でも女子科設置が予定されていたので、人気がいっそう高まった。
 この日記は女子科と共に九高が設置されてから一年後の昭和十五年四月から始まっている。
 「この日記のご当人は、昭和十五年で二十六歳、助教授。東京帝国大学卒で文学専攻だったようだ。大学卒業がストレートで二十三歳だから、大学出て三年後に助教授とは本当に秀才だな」
 昭和十五年。昭和六年に満州事変がおこり、日本は終わりなき戦争へと突き進んでゆく。だがこの昭和十五年は暗い時代と思われがちだが、そうでもなかった。この時期は物資が不足しつつも、なんとか食糧難には陥らず、それなりに平和な時代をおくれていた。
 「へぇ、個人の日記なんて古本屋に売っているんだね」
 蓮歌は率直に話す。
 「多くはないんだけどな。他には地租改正の時の地券なんてのも売ってたりする」
 蓮歌は顔をしかめた。
 「でもさあ、それって個人情報の漏洩じゃん? 古本屋と古書マニアにはプライバシーを守ろうって意識はないの?」
 蓮歌はしごく当然のことを言った。
 だが。
 「古本屋と古書マニアはそんなことを気にしない」
 俺はきっぱりと言い切る。
 変態だぁ~、と声を出し、蓮歌は頭をもたげた。
 上を向いたまま、蓮歌は言う。
 「そうそうジローさん、なんとねぇ、私、学校から表彰されちゃった」
 「なにをした?」
 「いや、そんな、私が悪事を働いたみたいな」
 「過去の行動からしてそうだろ」
 「いやいや、昔のことは若気の至りだって」
 蓮歌は顔の前で左手をぶんぶんと振り、弁解する。若気の至りレベルの話ではないし、そもそもお前は十分若いだろ、と俺は心の中で突っ込んだ。
 蓮歌は続ける。
 「うちの高校で女子の制服の盗難事件があってね。四月の上旬、ロッカーに入れていた制服が一晩たち、忽然と消えていた。まわりは怪しいやつばかり、犯人は一体?」
 だんだんとテンションが上がり、蓮歌はべらべらとしゃべり続け、サスペンス番組のナレータの様になってきたところで、俺は制した。
 「教師だろ、犯人」
 「ちがいまーす」
 そんな単純じゃありませーん、と蓮歌は俺を馬鹿にして言う。
 「シンキングタイム。五分あげます。正解にたどり着いてみたまえ、名探偵コナン君」
 蓮歌は、十秒ー、二十秒ー、と腕時計を見ながら秒読みする。
 六十秒ー、と数えたところで、
 「はい、五分経ちました」
 おい。
 「早すぎるだろ」
 俺は抗議をしたが、
 「私の五分は短いのです」
 しれっと蓮歌は言う。
 「で、分かった? ジローさん」
 俺は腕を組み重々しく言う。
 「生徒、だな」
 蓮歌の目が細くなった。それは悲しい出来事を見つめるように。
 「頭だいじょうぶ? ジローさん」
 「おまえに言われたくねぇよ! 俺は正常だよ!」
 はいはい、分かりました、分かりました、と蓮歌は両手を挙げた。
 「ま、正直生徒の線も怪しかったんだけど、その盗難にあった生徒は最後に下校したらいいの。帰る時間になったら小雨が降っている。傘がないので、制服が濡れると困るから、制服をロッカーに入れて、ジャージで帰宅。もちろんロッカーに鍵は掛けた。先生二人が生徒の下校を見届けた後、一緒に校内を巡回した。異常のないことを確認してから、二人ほぼ同時刻にタイムカードを切って退勤。というわけだから生徒も先生の線もだいぶ薄い」
 教師でもない、生徒でもない。とすれば答えは一つ。おそらくこれか。
 俺はぼそりという。
 「警備員」
 「その通り」
 蓮歌はドヤ顔をする。
 「制服盗難なんて最低だよね。警備員はマスターキーを持っているから、いろいろ漁っていたみたい。頭きたから夜の学校に張り込んで、懲りずにロッカー物色していたところを、スマホで激写した。一目散に逃げたから、背中に飛び蹴りくらわしたよ。泡吹いて倒れた。あとは学校と警察に通報して一件落着」
 なんてこった。我が姪は武闘派探偵になっていた。
 「表彰の写真が地元のミニコミ誌に載っているから見てみて、ワトソン君」
 やっぱりというか、だんだんと普通の女子高生からかけ離れていくな・・・
 「で、その日記? どうするの?」
 「これで論文が一本書けそうなんだ」
 「へー、どんな内容?」
 「まだざっと読んだだけなんだけど、この若林は九高の研究室で、個人的にサロンを開いていたみたいだね」
 「サロン? なんだか貴族的な響き」
 「そういっても小さなお茶会って感じかな。若林先生を慕ってきた学生たちが集まって、若林を囲んで文学やら哲学やらをだべっていた」
 「ふーん、それで?」
 「メンバーは四人。当然ながら先生の若林、学生の鬼軍将太、行野学、名武紅子。日記はちょうど昭和十五年四月一日から始まって、昭和十六年の三月三十一日まで。続きもあるみたいだけど、古本屋で入手できたのは、これ一冊のみ」
 ちょっと見せてと蓮歌が日記に手を伸ばした。ぱらぱらと捲るが顔をしかめた。
 「達筆の上によく知らない字が使われているよ、これ」
 「そう、当然ながら旧字体なんだけど、変体仮名が使われている」
 「ヘ、ヘンタイ?」
 蓮歌は目を丸くする。
 無視しよう。
 変体仮名というのは、ひらがなの異字体である。明治の後半までは小学校でも教えられていたが、だんだん時代が下るにつれて使われなくなった。今ではほぼ使われることはないが、たまに蕎麦屋の看板で「きそば」の文字に当てられていたりする。
 「解読にはちょっと時間がかかりそうなんだけど、面白い記述があってね。まずはこれを見てほしい。九高自治学生会が出していた『九高会誌 轟く』の昭和十五年十二月号には、こんな記事があった。

 鬼軍将太君追悼
 我々は貴重な仲間を失ってしまった。鬼軍君の人柄は九高中に知られている通り、温厚篤実な学生であった。彼がどんな煩悶を抱えていたか知らない。眠られない夜もあったかも知れない。自死を選んだことは我々若い学生一同に激しい動揺を与えたことは、これを否定しえない。我々は鬼軍君を記憶に留め、この困難な時代に抗い、前途を切り開いていかなければならない。鬼軍君、安らかな眠りを。

 「この若林の教え子、サロンの一員である鬼軍は昭和十五年に自殺した。自殺の動機などは不明。この雑誌からじゃ、これだけしか記述がないからね。で、この日記に手掛かりが残されているんじゃないかと思って。ちょっと俗っぽくなるけど、この謎を解ければ論文が書けそうなんだ」
 蓮歌は左手の人差し指をこめかみにあて、目をつぶり、小首をかしげている。なにか考えている。恋はゆっくり目を開く。
 うーん、と腕組みをしながら、
 「でもさあ、ジローさん。それってやっぱりプライバシーの侵害じゃない?」
 う、と俺は言葉に詰まる。
 「ま、まあ、そうかもしれないけれど、俺も四十だし、そろそろ、それなりの実績を積んでおきたいんだよ。昭和十五年、旧制高校生の自殺。原因は時代なのか、それとも彼の哲学的煩悶か。結構注目されると思ってね」
 そっかー、と蓮歌は立ち上がり、腕組みをしながら、部屋の中をぐるぐると回る。
 「じゃ、私も協力する」
 「ええ!?」
 俺は素っ頓狂な声を上げる。
 「このままじゃ、この鬼軍って学生さん、浮かばれないじゃん。歴史に埋もれそうな人物を発掘するのも歴史学の使命でしょ?」
 「でも言葉を返すけど、お前が言ったようにプライバシーはいいのかよ?」
 「のぞき見根性でプライバシーを侵害するのが、悪質なゴシップで、忘れられそうになる過去を、想いを持って記憶するのが歴史だと思うんだよね。私は同じ若者として親近感かんじちゃうな。この鬼軍さんを記憶したいよ」
 「まあ、そこまで言うなら」
 俺は首肯した。
 「この日記をワープロに起こそうと思っている。時間がかかりそうだから、研究開始まで少し待ってくれ」
 「アイ・サー!」蓮歌はニカッと笑い、敬礼のまねをする。
 こうして俺と蓮歌、二人だけの歴史探偵団が結成された。

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