<第63話> お別れ そして、
食堂の新メニュー決めやら、聖女ちゃんの今後の仕事内容やらを話し終えたときには、時間は【14:55】になっていた。
この街で見たいものは見たし、オペレーション”聖女ちゃんを救え!”も無事終わった。
(初の異世界の街体験ツアー(遠足)は、こんなところかな。)
(聖女ちゃんの今後の生活もどうにかなりそうだし。)
(もう、この街でやっておきたかったこともないし……。)
オッサン的には、異世界の街は、もう十分満喫したのだった。
ということで、ちょっと、いや、かなり急だが、この街を離れることにする。
その旨を、お宿の一家に話す。もちろん、聖女ちゃんにも。
「そろそろ僕は、拠点に帰ろうと思います。」
聖女「え?」
オーナー「また急だな。」
「短い間でしたけど、お世話様でした。」
オーナー「いや、こっちこそ世話になったな。美味いものをごちそうになったり、宿の経営まで世話してもらったり、最後は小屋まで建ててもらったり。」
「いえいえ、それこそ、アレですよ。同族のよしみってやつです。」
聖女「あ、あの! 私も日本へ連れていってください!」
「え?」
聖女「日本に、帰るんですよね?」
「え? どうしてそう思ったの?」
聖女「だ、だって、料理本、食べ物、ログハウスやタンスにベッド。全部、日本のモノじゃないですか!」
「そうだけど、僕が帰るのは日本じゃないし、僕の能力では高橋さんを日本に連れて帰ることはできないんだ。」
聖女「そんな……。」
「まあ、これだけ日本のモノを持っていれば、期待しちゃうかもだけど……。」
「そもそもそんな能力があれば、はじめから高橋さんを日本へ送り届けているよ。」
聖女「……そう、ですよね。」
(あ~、何か、気まずくなっちゃったな。結局こうなっちゃったか。まあ、しょうがないけどね。)
気を取り直して、オーナーに向き合う。
「それでなんですけど、押し付けちゃった感じになっちゃいましたが、彼女のこと、よろしくしてやってください。」
オーナー「それこそ、同族の頼みだ、無碍にはせんよ。それに貴重な労働力だしな。」
奥さん「ええ。彼女は私達に偏見はないみたいですしね。」
「その点は安心してください。むしろ、大好物っぽいので。」
「そうですよね? 高橋さん。」
聖女「え?……はい。」
(あ~、聖女ちゃん、完全に落ち込んでる感じ?)
「それじゃ、お元気で。」
オーナー「ああ、また来いよ。」
奥さん「いつでもいらしてくださいね。」
「ミリーちゃんとポーラちゃんも、元気でね。」
姉妹「バイバーイ! また”美味しいモノもって”来てね!」
「高橋さんも、お元気で。」
聖女「……はい。」
(あ~、聖女ちゃん、下向いちゃってるよ……。)
「あっ忘れてた。最後にひとこと。今後は、ダンジョンの様子を気にしていてください。」
オーナー「ダンジョン?」
「ええ。面白いことや、役立つことがあるかもですよ。」
オーナー「? 分かった。注意しておくよ。」
「高橋さんも、ダンジョン”要チェキ!”忘れないでね!」
聖女「……はい。」
(あ~、聖女ちゃん、暫くダメかな?)
そんな感じで、みんなとお別れである。
ネコミミ一家には残念がられたが、仕方がない、と、最後は笑顔でお別れを言ってもらえた。
宿泊客に対する別れの挨拶というより、親戚や仲間に対するそれだった。
(ネコミミ姉妹は、なんていうか、アレだね。僕のことを、お土産をくれる遠い親戚みたいな、”ハムの人”扱いしてる感が否めないよね。)
聖女ちゃんからは別れの挨拶的なものは何も言われず、ただ落胆にも失望にも似た感じで、ずっと俯いたままだった。
タマはというと、聖女ちゃんの近くの空中で、パントマイム的に”ひとりスリスリ”をしていた。
どうやら、ミーちゃんとお別れをしているらしい。(見えないけど)
そんな感じで、聖女ちゃんの様子はちょっと気になったが、笑顔のネコミミ一家に見送られながら、お宿を後にした。
目の前の半透明の地図には、青〇が4つ、そして白〇が1つ、表示されていたのだった。
お宿を出て、表通りに向かって歩き始める。
(それにしても、”貴重な労働力”、ね。)
オーナーの言葉が、なぜか頭に引っかかる。
(聖女ちゃんの、彼女の意思を聞いたとはいえ、でもこれって結局、”エネミア帝国”とほとんど変わらないんじゃないか?)
(かの国では、強制的に連れてこられて、強制的に働かされて。)
(この国では、”一応自分の意思で”連れてこられて、”一応自分の意思で”働いて。)
(ただ、”一応自分の意思で”、だけど、他に選択の余地はなかった状況ならば、それって、強制に等しいよね……。)
(でもあのまま、彼女がかの国にいたら、ネコミミを前にした彼女の笑顔は見られなかっただろうし……。)
(だったら、それじゃあ、僕が彼女と一緒に生活して、彼女を養ってあげればよかった? 彼女の生活全ての面倒を僕が見る?)
(同じ日本人のよしみってヤツで、最悪と思しき環境からの救出と、自立のお手伝いくらいはするけど……。)
(地図上のアイコンが、緑色(親愛)ならばいざ知らず、青色(友好)ですらない、ただの白色(中立)の人物に対して、生活を共にするようなことなんて、できないよね……。)
(赤の他人を自分の懐に入れるだけの度量は、僕は持ちあわせていないよ……。)
聖女ちゃんの別れ際の表情と、聖女ちゃんの状況を顧みると、自分のとった行動が、本当に彼女のためになったのか、不安になるオッサンだったが、
それでも、彼女と行動を共にするという選択肢はオッサンにはなかった。
(ま、伊達にこの年まで、独身してませんよね。)
人恋しいと思うことはあるが、常に誰かと行動を共にすることに対する煩わしさ。
そして性格からか、常に人に気を遣ってしまうことによる気疲れ。
20年近く働いた職場を離職した48歳中年男性の心の中には、特に対人関係においては、いろいろな”わだかまり”があるのだった。