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第31話 ~秘められた力~

 沖田さんに襲われたあの日から2週間が経ち、体調の戻ったあたしは茶屋に行こうと身支度をしていた。

 最近はあまり体調も優れなかったし、茶屋に行くのは久し振りだな……。本当に、若女将さんには迷惑を掛けてばかりだ。

 白袴の後ろの紐を前に持って来て、腰の位置で結ぶ。
 部屋の襖を開けて、外に出ようとした瞬間(とき)、男性の怒鳴り声と激しい金属音が耳を(つんざ)いた。

 誰かが襲って来たのだろうか?

 あたしの部屋の障子からは、海援隊本部の裏にある物置しか見えず、入口のある面が見えるのは、陽之助さん達の部屋だ。
 陽之助さんが龍馬さんに気持ちを伝えていた翌日から、龍馬さんは出張で居ない。今日帰って来る予定なんだけど……。

 すると(はす)向かいの部屋の襖が開き、陽之助さんが刀を持って出て来た。

「……新撰組や」
 あたしを一瞥してそう言った彼は、階段の方へと歩いて行く。

 新撰組が襲撃して来たってこと? 沢村さん達は、1階で応戦しているんだろうか?

「何処に行くの? そっちは危ないよ……!」
(ワイ)()()()()。萌華はんは、逃げたしか()ェん(ちゃ)う?」
 あたしの言葉に振り返り、陽之助さんがクールな声音で言う。

「何を言いゆう!! オマンも逃げや、陸奥!!」
 そう叫び、1人の海援隊士があたし達に背を向けて立ちはだかった。
 陽之助さんを見つめる三白眼――沢村さんだ。

 沢村さんが、あたしの下駄と陽之助さんのブーツを廊下に放る。
 きっと彼は大変な中、あたし達を逃がそうと持って来てくれたんだろう。

 そんな沢村さんを追うように、新撰組隊士がドタドタと階段を駆け上がって来た。
 新撰組隊士は、沢村さんを見るなり斬り掛かって来る。

「せやけど……!」
「オマンが海援隊(オレらァ)の役に立ちたいち思うがやったら、オマンは萌華と其処の裏から脱出して、龍馬にこの事を知らせに行きや!」
 不服を唱えようとする陽之助さんに、沢村さんが新撰組(てき)(やいば)を交えながら、一気に(まく)し立てた。

 裏っていうのは何だろう? 何処か逃げ場があるのだろうか?

 俯いて悔しそうな顔をし、その場から動こうとしない陽之助さん。

 沢村さんが、さっきよりも怒気を孕んだ声音で叫んだ。
()ようしィや!! 迷いゆう時間はないぜよ!!」
「……ッ、はい……! どうか……ご無事で……」
 その声に弾かれたように顔を上げ、陽之助さんが沢村さんに背を向ける。

 陽之助さんが廊下の突き当たりの壁を叩くと、叩かれた反動で壁の一部が扉のように開き、人工的に作られた穴が現れた。
 ブーツを手にした彼は、後ろからその中に入って行き、(はし)()があるのか――ゆっくりと下に下りて行く。

 あたしも陽之助さんに続こうと、下駄を持って隠し扉から下を覗いた。

 地上までは3、4mくらいあり、鉄製の梯子が下まで続いている。狭いスペースを囲む壁は、木で出来ているようだった。

 暫くして陽之助さんが地上に下り、地上にある引き戸から外に出たのを見届けて、あたしも梯子を下りる。
 中は薄暗くて涼しく、鉄製の梯子は冷たかった。

 やがて地上に下りたあたしは、小さな引き戸を開ける。一気に外の光が飛び込んで来て、眩しく感じられた。

 外に出ると、右手には龍馬さんと陽之助さんが戯れていた物置き、左手には町が広がっていた。

 だけど、陽之助さんの姿がない。走って先に行ったのだろうか?

 龍馬さんの居る場所は、具体的には(わか)らないけれど、方向としては町の方だろう。陽之助さんも、そっちに向かっているハズだ。

 下駄を履いて、海援隊本部の入り口をそっと見ると、沢村さんや長岡さんが戦っていた。新撰組の中には、副長の土方さんの姿はあったけれど、沖田さんの姿はない。

 とにかく、早く陽之助さんに追い付かなければ。

 あたしは町の方へと向き直り、急いで陽之助さんの後を追った。


 やがて、太陽が真上に昇った昼過ぎ頃、あたしは茶屋や洪庵先生の診療所を通り過ぎて、民家の少ない所まで来ていた。
 この辺は以前、伊東さん達・御陵衛士が居る屋敷から逃げた時に通ったことがある。御陵衛士の屋敷も近い。

 これ以上この奥に進むのは、危険だろう。賑やかさがなく、昼間でありながら何処か得体の知れない空気が、それを知らせていた。

「――もう、大人しくしなさいよ」
 立ち去ろうとしたあたしの足を止めたのは、()()()()()()だった。

 声は、御陵衛士の屋敷の近くから聞こえて来た。

 ドクンドクンと大きな鼓動を感じながら、あたしは足早に声が聞こえた方へと向かう。

 其処に居るのは、まさか――。

「強がってるようだけど、怯えてるのがバレバレよ。嗚呼(ああ)、大丈夫。抵抗しなければ、()()()()()何もしないわ」
「……ッ!」

 そして、屋敷の角を曲がった途端、あたしは心臓が止まった気がした。

「伊東さん、陽之助さん……!」

 陽之助さんが壁に押さえ付けられるようにして、伊東さんの腕に捕らわれていた。

 伊東さんが、鬱陶しそうな目であたしを見る。
「またアナタ? 他人(ひと)()()()を2度もジャマするなんて……本当に性格の悪い子ね、萌華チャン」

 あたしは眉根を寄せ、伊東さんを睨んだ。

 まさか、こんな時に会うことになろうとは思ってもみなかった。
 だけど――あたしが()()()()()()。今、彼を伊東さんから救えるのは、あたししか居ない。

 近くに立て掛けてあった太い木の棒を掴んだあたしは、それを両手で構えた。

 ――思い出せ。

 剣道は、暫くの間やっていなかったから、上手く出来るか判らない。だけど、あの頃で()()()()()()()()()なのだから、きっと体に染み付いているハズだ。

 右足を前に、左足を後ろに下げた。切っ先は相手のおヘソ辺りの高さで、木刀を握った両手の親指は、出来るだけ内側に入れる。両肩と両肘、木刀を握る手で、五角形を作るように――。
 ゆっくりと伊東さんに()り足で近付き、距離を測った。

 大丈夫だ、()()()()()何時(いつ)でも飛び出せる。

 あたしを見つめたまま、伊東さんが陽之助さんを突き飛ばし、陽之助さんが地面に倒れ込んだ。

「……随分と良い構えじゃない。もしかしてアナタ、()()()?」
 伊東さんのその言葉には答えず、あたしは彼を射抜く程見つめる。

 そして、伊東さんが口元に弧を描いた刹那、あたしは右足を大きく踏み出した。

「ヤァァァァァァッ!!!」
 木の棒を振り上げ、伊東さんの脳天を目掛けて振り下ろす。

 剣道をやっている最中、時々信じられない程強大な力が、身の内に湧き上がって来るような感覚を覚えたことが何度もある。心臓病を持っていなかったら、きっと友達を()()()()()()()()――そんなレベルの力だった。だけどそれを制御する方法も、自分は知っていた。

 そして今――物心付いた時から備わっていた()()()()()()が、全身を包み込む。

 目を見開いて咄嗟に抜刀した伊東さんが、頭を守る為に刀を頭上で横に払った。それと同時に、あたしが彼の脳天目掛けて振り下ろした木の棒に、伊東さんの刀が食い込む。
 伊東さんの(やいば)が、木の棒を2つに斬った。

「……くッ!」

 あたしは短くなった木の棒を、手首をクロスさせて左後ろに回転させた。
 木の棒が水平になったところで、あたしは先程より()()()()()、伊東さんの胴に打ち込む。本気でやったら、絶命させてしまうんじゃないか――という懸念が、何故か胸の内にあった。

 そしてそのまま伊東さんの横を抜けると、あたしの左肩の辺りで伊東さんがドッと倒れる音がした。

 木の棒を中段に構え直しながら、右足を軸にクルリと振り返ったところで、あたしは目を見張る。

 伊東さんが――直ぐ其処まで迫って来ていた。

「やってくれるじゃないのッ!!」

 咄嗟に木の棒を掲げるけど、相手は真剣だ。
 振り(かざ)される(やいば)と殺気に満ちた目を見て、もうダメだと思ったその瞬間(とき)

 ダァン!!
 突然響いた銃声に、伊東さんが目の前で崩れ落ちる。

「な……ッ! だ、誰よ!!」
 そう叫び、右の肩甲骨辺りを押さえながら振り返る伊東さんを見て、あたしも顔を上げた。

 ピストルの銃口を此方(こちら)に向け、鋭い瞳で伊東さんを睨む青年の姿。
 彼は、隅で倒れ込んでいる陽之助さんを一瞥した後、再び伊東さんを見る。

「――おんしゃァ、()い加減にしィや」

 伊東さんにピストルを放ったのは、龍馬さんだった。

「坂本龍馬じゃない……! アナタも本当に、目障りよねェ」
 肩を庇いながら立ち上がった伊東さんが、刀をグッと握り締める。

 あたしは陽之助さんの元に行き、彼を抱き起こした。

 龍馬さんを見据えながら、伊東さんが龍馬さんに斬り掛かって行く。
 その様子を真っ直ぐに見つめた龍馬さんが、陽之助さんの華奢な体を強く抱き寄せた。

 伊東さんが龍馬さんの首筋に刀を、対する龍馬さんは伊東さんの額に拳銃を突き付ける。
 そして2人は、何時(いつ)でも互いを殺せる体勢で動きを止めた。

「……その首を飛ばされたくなかったら、陽之助クンを渡して頂戴」
「誰が渡すかえ。陽之助(コイツ)に指1本やち触れたら、承知せんぜよ」

 虚空に火花が散る程睨み合い、微動だにしない2人。
 龍馬さんが、陽之助さんを抱き締める左腕にグッと力を込める。

 先に痺れを切らせたのは、伊東さんだった。

「どうやら……出来なさそうね。ワタシの美しい体も、傷付いちゃったことだし。良いわ、()()()勘弁してあげる」

 伊東さんが刀を下ろし、僅かに目を細めて陽之助さんを見た。
 そんな彼をキッと睨み返しながらも、龍馬さんの着物を掴んで肩を(すく)める陽之助さん。

 龍馬さんは油断せず、まだピストルを構え続けている。

 静かに刀を納めた伊東さんが、あたし達に背を向けたかと思うと、助走を付けて御陵衛士の屋敷の瓦屋根に飛び乗った。

「陽之助クン……()()()()()()()()()()、アナタをワタシのモノにするまで」
 忌々しげで、何処か挑戦的な視線を投げた後、伊東さんが屋根の向こう側に消えて行く。

 伊東さんの姿が見えなくなると、龍馬さんがピストルを懐にしまった。
 そして、自分の腕の中で震えている陽之助さんを胸に抱き寄せ、彼は陽之助さんの頭を優しく撫でる。

 あたしはふと、自分の掌を見つめた。

 伊東さんと戦った瞬間(とき)、自分は確かに手加減した。小柄なあたしとは違い、明らかに彼の方が筋肉量は多いのに、手加減しなければ殺してしまうような気がしたのだ。

 この体は、()()()()()()()()()()()? 陽之助さんと同じように、殺鬼になっているワケじゃないのに。

 だけど、あたしがこの力の真実(ひみつ)を知るには、まだ歳月を待たなければならなかった。

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