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第7話 海洋都市ウェリス・前編

 それからも馬車の旅は続いた。
 道中では、特に魔物や野生動物たちに襲われることもなく、順調に進んでいた。
 ファラス大神殿を出発して最初に向かったのは、ファラス大神殿から最も近い都市、海洋都市ウェリスであった。
 海洋都市ウェリスは、海運によって成り立った港町で、主要産業は貿易であった。また、ウェリスは別名海運都市と言われており、周辺国や他の港町との海路が成立しており、また、ファラス大神殿に近いこともあり、国内で2番目の港町として栄え、同じく海洋都市でもある、王都とにも引けを取らないほどの賑わいを見せていた。

「お? 海のにおいだ」

 ウェリスが近づくと、それにつられて潮のにおいも漂ってきた。ファラス大神殿からはまだ7キロほどしか進んでいなかったが、大神殿を出発したのが遅かったということもあり、すでに日が落ちていた。

「待て! 身分証を!」
「どうぞ」

 御者が、街の入り口を警備する警備兵に、身分証を提示した。

「通ってよし!」
「ありがとうございます」

 御者が警備兵に礼を言ってから、門を通り抜けて街の中へと入った。
 すでに日が落ちていることもあり、そこまでの人通りはなかったが、ここに来るまでの道と違って、街の中の道路は石畳で舗装されており、馬車が余裕ですれ違えるほどの広さがあった。

「姫さま、本日はこちらのウェリスでのご休息となります。ミクさまとチヒロさまも、どうぞごゆるりとおくつろぎください」

 宿屋の前で、御者さんが未来と茅尋、そしてパメラにそう告げた。予め行程は決まってはいるものの、必ずしもその行程通りに進めるとは限らない。このウェリスは元々予定していた街ではなかった。

「それでは、宿が空いているか確認して参ります」
「はい、お願いしますね。あ、空いていなかったら無理しなくてもよろしいですよ」
「そうですよ。私たちは、馬車の中でも大丈夫ですから」
「はい、それでは行って参ります」

 身分は明かすつもりはないとはいえ、パメラは王族である。更に、パメラたちが乗っている馬車は、教会の持ち物で、教皇が使う馬車よりは格は下がるものの、枢機卿や総大司教が使うものであった。そのため、馬車の目立つところに教会のシンボルマークが飾られている。

「姫、宿屋に空きがないそうです」
「そうですか。まぁ、よいでしょう。どこか、野宿が出来そうなところを探してそこで野宿としましょうか」
「ひ、姫! 姫に野宿をさせるわけには・・・・・・」
「部屋が空いていないのであれば、仕方がありません。それに、野宿というものに憧れていましたの」

 御者さんに気を遣わせないため、パメラは御者にそう述べて微笑んだ。とはいうものの、パメラは王族で姫だ。教会に所属しているとはいえ、そんな方を野宿させたなどということが国王や教会に知られたら、ただでは済まない。しかし、街一番の宿屋は満室であったのは紛れもない事実。パメラが気を遣わせないために言ってくれていることも、御者は分かってはいた。

「ひ、姫! もうしばしお待ちください。説得して参ります! 一国の姫君を野宿させるわけには! しかも、自国内で」
「あ、ち、ちょっと!」

 そう告げると、御者は再び走って宿屋の中へと入っていった。それから数分したところで、俯きながらトボトボとした足取りで御者が帰ってきた。どうやら、部屋はやはり無理だったようだ。

「も、申し訳ありません!」
「あなたが気に病むことはありません。元々、この街に寄る予定はなかったのですから、無理に頼む必要もありません。さ、どこかゆっくり出来るところへ行きましょうか」
「はい・・・・・・」
「ねぇねぇ、ここには教会はないの? 教会だったら泊まれるんじゃない?」
「ここは、ファラス大神殿の管轄範囲なんです。ですので、小さい修道院はありますが、教会はないのです。修道院は、泊まるための設備もありませんから」

 言われてみればそうかもしれない。どこから来たとしても、この街に辿り着いた時点で、教会の関係者ならファラス大神殿に向かった方が、本人としても、教会としても楽だ。そもそも、ファラス大神殿まで4~5時間ほどで着くため、どちらにしても、ここで一夜を明かす意味はなかった。

「そっかー。んじゃ、野宿だねー」
「野宿、楽しみだね」
「お二人とも、そこまで楽しいものではありませんよ・・・・・・」

 御者は項垂れていた。それもそのはずで、そもそも街の中での野宿は法律により禁止されているため、野宿をする際は自動的に街の外に出ることになる。更に、街の中は自警団や守備隊がいるが、街の外までは基本的に及ばない。そのため、街の外での野宿は、野盗や盗賊に怯えながらやらないといけないのだ。

「そういえば、この街にギルドとかはないの?」
「ギルド、ですか? 確かあったと思います。説明した通り、ここは海運業が盛んなので、それを管理するための組織があったはずですが」
「そこには泊まれないの?」
「あくまでも管理組合ですからね。寝泊まりできるスペースはないと思いますよ」

 ファンタジー世界の常なのか、この世界にもギルドは存在していた。が、やはりこれもファンタジー世界の常なのか、管理組合だということもあり、寝泊まり出来るところはないそうだ。

「それにしても、こんなに大きな街なのに、宿が一つしかないなんてね」
「そうですわね。ここに商売に来る行商人の皆さんは、陸路の方は宿屋、海路の方は船で休むのが常ですので、宿屋は3つも4つもいらないのが現状らしいです」

 航海中も船の中で休むのに、港町に停泊しているときも船の中で休むとは、とんだ船好きもいたもんだ、と未来たちは思った。最も、船が好きで船乗りやっているのだから、そこに文句はないのだろう。

「待て!」

 馬車が街の外に出ようとしたところで、街の入り口にいる警備兵に止められた。
 こんな真っ暗闇の中外へ馬車が出ようとしているので、止めるのは無理もない。ていうか、怪しすぎる。

「どこへ行こうとしている」
「宿が空いていませんでしたので、今日は街の外で野宿をしようかと」
「む、宿が? ふむ・・・・・・。ならば、これを持って警備隊本部へ行ってみてくれ。飯はわからんが、寝るところくらいは用意してくれるだろう」

 そう言って、警備兵は何か紙のようなものを手渡してきた。御者はそれを受けとると、言われた通りに取りあえず、警備隊本部へと向かうことにした。

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