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妊娠

 利恵は妊娠五カ月を迎えた。お腹は明らかに大きくなっている。

 新しい命を宿らせたとわかってからは、表面上は大切に扱うことにした。利恵を大事に思っているのではなく、跡取りとして誕生する生命のためである。ナマケモノになってしまった女性への興味関心は失っていた。

 大吉は男の子を期待していた。古い思考の持ち主だと思われるかもしれないけど、こちらの地
方では男性を正式な跡取りとみなす家庭が圧倒的となっている。女性で実家を継いでいるものはほとんどいなかった。民主主義国家になっても、100年前の封建制度的な部分を残している。

 新しい生命を宿っている女性は、いつものようにおねだりしてきた。妊娠が発覚してからというもの、以前にも増して図々しい性格を発揮するようになった。

「大吉さん。生まれてくる子供のために、おいしいものを食べさせてよ」

 利恵に栄養をきっちりとつけさせて、健全な子供を出産させたいところ。障碍児の誕生だけは絶対に避けねばなるまい。

 本日の夕食は通販で取り寄せた五島うどん、ほうれん草の団子、野菜ジュースにしようかな。どれも消化しやすく、栄養素もばっちりだ。

 五島うどんは長崎県五島市のうどんで、「日本三大うどん」の一つといわれている。そうめんさながらの細さが特徴で、初見ではうどんと認知しないのではなかろうか。大吉も最初に見たときは注文を間違えたのかと思ったくらいだ。

 五島うどんの最大の欠点としてあげられるのは、知名度で「讃岐うどん」に大きく劣っていること。日本国内において知っているものは少数派である。友達から教えてもらっていなければ、一生知ることはなかったと思われる。

 ほうれん草の団子は、肉の代わりにほうれん草を練り込んだ一品。ほうれん草以外には、ニンジン、タマネギ、ピーマン、パセリを材料としている。野菜100パーセントで作られた団子は、栄養価が非常に高くなっている。

 ほうれん草の団子は健康な赤ん坊を誕生してほしいという願いから、家庭内で開発した一品。赤ちゃんの誕生なくしては、考えもしなかったと思われる。

 野菜ジュースは市販タイプではなく、家で野菜をブレンドする。店に置いてあるものは角砂糖を飲んでいるといわれるほど、大量の砂糖を含む。出産する女性にのませるわけにはいかない。
野菜の具材の配分を変えることにより、何種類もの味に変化する。一部に果物を混ぜることにより、フルーティーな味わいとなる。

 利恵は食べたいものを訊かれなかったことに不満を覚えたらしく、口をへの字に曲げていた。調理をしないものの態度としては、最低最悪レベルといえよう。

「何を食べたいのか聞いてくれてもいいじゃない」 

 ちやほやされていただけあって、面倒な性格になってしまっている。結婚相手を選択するときは、標準的な女の子を選んだほうがよさそうだ。人間は一度でも甘やかされると、癖になってしまう。

 大吉は愛想笑いを浮かべながら、食べたいものを確認する。希望をかなえるつもりはないけど、ひとまずは耳に入れるふりを演じておこう。

 利恵は予想していたとおり、ありえない要求をつきつけてきた。

「A5ランクに指定されている、ふるさと牛のステーキを食べたいよ。100グラム10万円クラスでお願い」

今年度のふるさと牛の肉質はよく、例年の数倍の値段で取引されているようだ。酪農家の血の滲むような苦労が報われた格好となった。

 大吉も食べてみたいとは思うものの、自分の給料では到底届かない。身近にある食材にもかかわらず、無縁な生活を送っている。

 大吉は子供を適当にあしらうかのように、冷たい口調で言い放った。

「はいはい。善処させていただきます」

 善処しますというのは最初からやる気のないことを表す。一応検討だけして、数時間後にダメだったという返事をすればいい。

 大吉が全面的に否定しなかったからか、利恵はウルウルと瞳を輝かせていた。

「私は楽しみにしているね。一度でいいから、最高級のふるさと牛を食べてみたい」

 利恵のすごいところは、ふるさと牛を本気で食べられると思っているところ。精神的にタフなのか、天然なのかはよくわからないけど、こういう精神力は人生において必ず役立つのではなかろうか。

 台所に足を運ぼうとしていると、利恵は不満を訴えてきた。

「最近は健康食中心だから、フラストレーションがたまっているんだ。お腹に宿っている赤ん坊にマイナスの影響を与えることになるよ」

 利恵の身体のことばかりを考えて、メンタルについては一ミリも考慮していなかった。健全な赤ちゃんを出産するには、心の部分も重要になる。

 大吉は鶏肉の煮物も追加しようかなと思った。身体への負荷も軽く、肉を摂取することもできる。一石二鳥だと我ながら感心した。

 子供の未来を考えていると、利恵はとんでもないことを言い出した。

「僧侶みたいな食事を続けたら、通販でカップラーメン、ポテトチップスを取り寄せて食べるからね」

 利恵は痩せてはいるものの、唐揚げ、ラーメン、ハンバーガーといったボリューム満点のメニューを好む。彼女曰く、こういうものを食べないと食事した気分になれないようだ。

 健全な赤ん坊を誕生させるまでは、健康的な食事をとってもらわねばなるまい。大吉は餌で釣ることにした。

「赤ん坊が誕生したら、好きなものを食べさせる。それまでは我慢してくれ」

 利恵は目を輝かせていた。わかりやすい反応に、子供かよと突っ込みたくなった。

「好きなものって何かな、何かな」

 ハンバーガークラスを提示しても、利恵の心を燻ぶることはできない。大吉はとっておきのメニューを提示することにした。

「100グラム1万円のふるさと牛でどうだ」

 利恵はつられるかなと思っていたけど、反応は冷めたものだった。

「9カ月近くも我慢して、1万円の肉だけなの。出産の労力と明らかに見合わないよ。子供をおろそうかな」

 大吉が子供を望んでいたことを知って、駆け引きをしようというのか。他人を利用することだけは、一流の域に達している。

 条件をいくらよくしたとしても、利恵はさらなる要求を突き付けてくる。底なしなので、大吉は話を切ることにした。


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