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 屋敷に戻ると白装束の若者が竹垣にしめ縄を括り付けていた。この村の者ではない。
「一海様。あの方は? 何されてますんや?」
「邪櫃神社の見習はんでな、結界を張ってもろてる」
 一海が穏やかな笑顔を浮かべた。
 邪櫃神社とは山を越えた隣村、和座村の由緒ある神社だ。
「あの邪櫃様がこんな辺鄙なとこへよう来さしてくれましたなぁ。
 一海様もきてくれて助かりました。そやけどなんで」
「わしはたまたま和座村まで戻っとったんやけど、この村あたりから嫌な気配感じてな。邪櫃はんもなんか気色悪いいうて邪気が入って来んよう和座村に結界張ってたんや。
 新関に何ど起きたか知れんで、ついてきてくれ頼んだけど断られてしもてな――そやけど代わりにあの子貸してくれたで一緒に来た言うわけや」
「そうですか――ほんま助かりました」
「せやけど、見習の結界はいつまでも持たんで。何か策練らなあかん」
 一海の吐いた息が深夜の空気の中に白く浮かんで消えた。

 静かな読経が奥座敷にまで流れ込み、時折結界を見張る若い祈りの声も耳に届く。
 一海と相談した解決案の内容を村人たちに伝えた村長は黙り込んだまま座り込んでいるみなの顔を見渡した。
「そないなことうまくいきますやろか」
 かつの声が不安に震える。
「わしらがやることやった後は一海様と邪櫃様がちゃんとやってくれるで、ぜったいうまいこといく」
 村長は自身にも言い聞かせるようにうなずき「そやかい、やつを封じる場所と誰を囮にするかよう考えやなな」と付け足した。
「一海様は井戸みたいな穴がええ言うんですやろ。そいたらあそこどないです」
 うつむいていた嘉助が顔を上げた。
 他の男達が顔を見合わせる。嘉助の言う場所が思い当たらないようだ。
「あの集落跡か――」
 村長は猪狩山山中にあった集落を思い出した。数軒の家が炭焼きや狩りを生業に暮らしていたが、三年ほど前、麓に居を移したのだ。その集落にいた一軒が権三たち家族だった。
「あそこに難儀して井戸こさえたて前に権三が言うてました。山離れるん、なんや口惜しかったて」
「そやな。あそこやったら祀るんも都合ええやろし。いっぺん一海様に問うてみるわ。あとは囮や」
「わしがやる」
 嘉助が手を上げたが、その後ろにもう一人手を上げた者がいた。
 まきだ。
「子供はここへ来たらあかんいうたやろ」
 かつが慌ててまきを奥座敷から出そうとした。
「嘉助のおいちゃんには無理や」
 かつの手をすり抜けてまきが村長の前に出る。
「そやけ子供のお前にやらすわけにいかんで」
 村長はまきの肩に優しく手を置いて座らせた。
「そいでも失敗したらみんなやられる」
 確実に起こるであろう予測を突きつけるまきに後の言葉が出ない。
 だが、まきにやらせたとしてもこの前のようには上手くいかないだろう。相手は異形に変化した化けもんだ。いくらなんでもこの少女に勝算があると思えない。
「村長様、うちの弟妹の面倒ずっと見てくれるか」
 唐突に訊ねられ、村長は戸惑った。
「なんやいきなり。心配せんでもお前も弟たちも、もうわしらの家族やで」
 その返事にまきがほっと息を吐いた。
「これで安心していけるわ」
「――それどういう意味や」
 村長よりも早くかつが走り寄り「あかん、それはあかん」とまきの細い身体を抱きしめる。
「化けもん退治には贄がいるて昔から決まっとるで」
 まきが無邪気な笑顔を浮かべた。

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