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10話 張り込みします。

「あのさ、張り込みやらない?」
 事務室のソファーで文庫を読んでいたら、マリがデスクの前からそんな提案を持ちかけてきた。
「張り込み?」
 僕は本から顔を上げてオウム返しで問い返す。
「残りはあと一人、小野だけでしょ? てことは、タカヒロさんは必ず小野の家に来る。だったら、そこで張ってればいいわけよ」
 マリは人差し指を立てて得意気に話す。
 言われてみればその通りだ。
 今までは次に誰が狙われるか分からなかった。
 推理小説のように法則性もなく、順番は予想できなかった。
 だけど、今は違う。次に命を狙われるのは小野さんしかいない。
 それなら、そこに張り込んでいれば捕まえられるかもしれない。
「これまでの四つの事件、犯行時刻は全て夜だからね。白昼堂々と犯行に及ぶ可能性は低いと思うのよ。ねえ、ユリ?」
「そうだね。やってみようか」
ユリが向かいのソファーで首肯する。
 僕は閉じた文庫をテーブルに置いてマリに聞く。
「場所は知ってるの?」
「マンションよ。5時には出るわよ」
 そして数時間後、僕らは小野さんの住んでいるマンションに来ていた。
 マリが二つの曲がり角を指差す。
「あたしは向こうで張ってるから。ユリとユウキはそっちね」
「マリ、一人で大丈夫?」
「大丈夫よ。あんたこそ、やられるんじゃないわよ」
 心配無用とばかりに右手を挙げると、マリは持ち場へ走っていった。
 僕とユリはブロック塀を背にして、暗闇の中で光るマンションを見張る。
 足音も物音も聞こえてこない。今の所、異状無し。
 そういえば、僕は丸腰だ。
 右手には懐中電灯。左は手ぶら。これではとても戦えない。
 ここにいることに気がつかれないよう、僕は小声でユリの背中に話しかける。
「あのさ、ユリ。僕、武器になるような物を持ってないんだけど」
「大丈夫だよ。私が守ってあげるから」
「でもさ、撃ったら大騒ぎになるんじゃない?」
「一応、サイレンサーは付けてあるよ。あんまり効果は無いんだけどね」
 ユリは右手の人差し指で銃口を差す。
 黒い筒状の物体が嵌められている。
「来ないね」
「そうだね」
「今日は」
来ないのかな、と言いかけた時だった。
「しっ!」
 俄に顔つきが険しくなったかと思うと、ユリは左手の人差し指を唇に当てた。
 暗闇の向こうから足音が聞こえてくる。
 しかも、次第に大きくなっていく。
 もしかして死神か? 
 タカヒロさんが姿を現したのか?
 緊張感が高まり、金縛りにあったかのように身が竦む。
 ユリが左頬の横でベレッタを構える。
 銃口を上に向けて、右手を左手首に添える。
 足音は更に近づいてくる。
 姿はまだ闇に埋もれていて見えない。
 息苦しさを覚えて唾を飲み込んだ直後、ユリが飛び出した。
「止まりなさい!」
 左利きのガンウーマンが銃口を突き付けて大声で威嚇する。
 僕も一歩遅れて飛び出していき懐中電灯を向けた。
「ユリ君じゃないか」
 すっかり聞き慣れた太い声。ユリ君という呼び方。
 光の輪に照らし出されて浮かび上がったのは海堂警部だった。
「おおっ、ユウキ君」
ユリの肩越しに僕へ視線を送る。
「ど、どうも」
 僕は萎縮しながら小さく御辞儀を返す。
「頼むから撃たないでくれよ」
両手を挙げてホールドアップのポーズでおどける海堂警部。
「撃たないですよ」
 ユリは苦笑で切り返してベレッタをホルダーに収めた。
「ユリ! いたの?!」
そこへマリが駆けつけて僕の背後で急停止。
「あれ? おっちゃんじゃない」
「君達も張り込みかい?」
「そうよ。もう、ここしかないからね」
「いつからやってるんだい?」
「今日からよ。おっちゃん達は?」
「実は第四の事件の後からやっていたんだよ」
「やっぱ、やってたのね。それで成果の方はどうなの?」
「これと言って無いね。タカヒロさんも張り込みをやっていることくらい、想定しているだろうからね。そう、のこのこと現れることもないだろうね」
 海堂警部は力無く頭を振り、黒い雲に覆われた夜空を見上げる。
 今夜は曇っていて月は見えない。
「早く解決したいものだね」
 早く解決したい。
 その思いはユリもマリも同じだろう。もちろん僕だって。
 しばらくの間、僕らは無言で真冬の夜空を見上げていた。
 月の見えない真冬の夜空を。

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