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さくらまじまじ甘えがち1

真昼の月を意識したことは無かった。
ただ、見て居る。
あなたの恋人になるのは、どんな人なんだろう。
ここまで人を思ったのは初めてだ、あなたが年上だからじゃ無い。
気になるからって、理由になりませんか?
俺があなたの隣に居るのが自然であったなら、そんな願いが叶うのならそれは至上の喜びだ。
言い出せないもどかしさ。

俺はあなたが好きなんです。

待って居ても時間が過ぎるだけ、思いが募るばかり。

……このままでは居られない。我が動くことによって彼が喜ぶ、船に追い風を得たりと感じた時に駆け出すと心に決めた。この恋に走り出す。

♢♢♢♢♢


常緑樹が植わる歩道に形が崩れた灰色の名残雪を見かける、春を待ち侘びた子供さんが作った雪だるまの残骸だろうか。誰も見向きしない、溶けて消えゆく姿は誰も追わないもの。
俺も考えたことが無い、あの雪がどこへ行くのかなんて。

「五辻(いつつじ)先輩、観るだけで冷えますね」
後輩の外垣(とのがき)も助手席で眺めたのか。

「でも、春が来る兆しだろ。俺たちが販売しているのも慶事用の包装資材だし」

営業回りの途中で休憩しようとカフェを探したが、なかなか見つからない。田舎町だからか、コンビニすら数店、通り過ぎたので次にあるかどうか。
仕方無く広い駐車場を持つドラッグストアへ停車させ、自販機で缶コーヒーを買った。自販機なんて久しぶり。立って飲むことさえ、学生以来かも知れない。

「先輩、指が凍えて開かないんですよ」
不慣れなのもあるんだろ、後輩の分もプルトップを開けて渡す。吐く息が白濁して居る。
頬は寒く、喉だけ温まる。スーツの上にコートを羽織るべきだった。アスファルトに立つ足元からも寒さが沁みてくる。

「あれ、先輩。あの人」

後輩の声に振り向くと見慣れた横顔が歩き去って行く。カーテンみたいな風に煽られるアシンメトリーな服だし間違い無い。

「珍しいですね、この田舎町だと一軒家を持ったお年寄りばかり住んで居るかと思いきや。我々と同じ年くらいの人も居るんですねぇ」
「いや、俺より年上」

食料品や日用品まで買い込んで提げて歩くなんて、この近辺に住んで居たのか。しかし、足の怪我は完治したのかな。青あざだったけど。

「ん? お知り合いでしたか」
「あぁ。兄の知人で1回会ってる」
ゆくりなく再会が叶うとは驚きだ。

「お兄さん? 確か一卵性双生児なんですよね、瓜二つなのでしょう? 佳麗な先輩から察するに、いずれ菖蒲か杜若な様が浮かびますよ。親御さんはどうやって見分けて居るんですか」

社内で隠し事はできない様子。双子であることも知られてるんだ。

「俺の顔にあるほくろ」
「お、2つありますね」

「数えるな、増えるから。小学生までは目元だけだったのに数えほくろで増えたんだ。口元まであるなんて、まあ、でもそれで顔を覚えて貰えるからいいか」
悪い気はしない。名前も覚えて欲しいところだが。

「流石は次男坊。ずけずけとものを言う怖いもの知らず。でも、そのほくろのお陰で可愛げがあって、端正なお顔立ちでも付け入る隙がある」
「貶すの(けなす)? きみのことは先輩としてかわいがってるつもりだけど」
「そこです! 五辻 英 (いつつじ あき) さん」
何だって?
「フルネームで呼ぶな」
「あきさん」
馴れ馴れしい。

「下の名前も許可しない。わっ、上着の裾を抓むな、離せ」
同じような背丈で何をして居るんだ、背中を丸めて、どうした?
「細い腰が魅惑的です、凝視の許可を申請します」
ふざけてる。誰がそんな申請を通すものか。
「もう社用車へ乗れ、取引先へ向かう!」
「同行します、眉尻の清々しい美麗なあなたとならどこまでも」
下ろしたい。黒めがちの瞳が煌めきながら俺を熟視して居る。おぞましい。
「あなた・はやめてくれ」
止め時が分からない。暑苦しい関係はお断り。

「あきさん、風に揺らいだカールの髪に何か付いてますよ。絡まってませんか」
頭を振ればとれるだろ。あ、また名前で呼ぶし。
「さっさと乗れ。運転は任せるからな」
ドアを開くと籠った空気に眉を顰める。乗り込もうとして、ふと靴先を見ると零れ梅。これも春が来ているという証。


ポールスミスのネクタイを締めてジャケットに袖を通す朝がお決まり。手入れした靴が俺の相棒、どこまでも連れて行く。今日も仕事かとぼやく同僚の憂鬱とは逆に、覇気が漲る。昨日より今日の実績を掴みたいと思う。

取引先は流通業が多い商社に勤務して2年目。そろそろ箔を付けたいところだが、主任職には敵わない。自社在庫の包装紙を売ろうと意気込んで出たものの、まだ5束残して居る。手ぶらで帰社したい。次に向かうのは大手か。

「さっきの取引先で渋られた資材も売りつける」
「あれ、さばさばと切り上げたと思ったら、そういう思惑でしたか」

「粘り腰という言葉もあるけど、卸値を落としたい相手にいつまでも関わって居たら、次も落とされる。俺には他に売り手がある」
「ふうん、先輩、見極めですね? 恋愛もそうですか?」

言われてみたら、追い縋ったり相手の出方を待った経験が無い。俺は一卵性双生児で物珍しがられ、向こうから来てくれて居た。それから、相手を好きになるような感じ。それは縛られた感じがして、いろいろな人に出会おうと決めて商社でサラリーマンをすると選択した。

地元企業では無いので、俺が双子の片割れと知るものは少ない、事情を話せば別だが。俺・単体で好意を寄せてくれる人は居るのか、双子と知らず、興味無しで付き合える相手はいるのか、恥を忍んで挑もうと思う。

地元での繋がりも大事だが、新しい人に会わないと自分のものさしが狂いそう。

「トップからうねるツーブロックマッシュパーマの髪型でくっきり二重の小顔という魅惑の美貌。それほどの器量なら、相手がカモメのように群がる訳ですね? 入れ食い状態ですか、見損ないます! 貞操を大事になさって下さいよ」
「今、何か言った? 聞き流すから、黙れ」

器量とか容姿を褒めるけど、おまえも相当だろ。今期入社組でいち早く目をつけられたと聞く、幼さ残る顔立ちで好男子。上背もある、俺が178センチだけど目線が合うくらい。175はあるだろ。

「先輩はお声がかかるせいなのか色気ありますよね」
知らん。
「質問が数点ございます。お答えしづらければスルーで結構でございます」
改まって堅苦しい。でも、仕事のことかな。

「スーツのブランドは?」
「タケオキクチ」
「納得ですよ。取引先担当者が年上でも好印象の清潔感があります。ストレッチ性があり動きやすく、見た目もタイト。価格も4万円台なので背伸びしない感じで相応ですね。そして、靴は営業用にリーガルと読みました」
「正解」
歩き回る営業職は靴底が減ってしまうのでスタイリッシュな革靴は避けて居る。それでも靴は貧相だと品格を問われるので相応のブランドには拘り、手入れのしやすい合皮も使うが、ところで、何の話?


「かばんは?」
「ポーター。見れば分かるだろ」
一見地味だが機能性があり、軽いから重宝して居る。カジュアルでもスーツスタイルでも合うから使えるし。

「シャツは、あぁ、先輩は細身ですから首周りは33センチと読みますが当確ですか?」
「当たってる。凄いな」

ニットなどと違い、ネクタイを締めるメンズのワイシャツは首周りを測って購入だからなあ、自分のサイズを覚えるのも嗜みだが、見ただけで当てるとは。

「では下着は如何でしょう。通気性のある素材で選ばれますか、それともデザイン重視。美尻を保つ秘訣をお聞かせ願います」

びじり?
片手ハンドルでルームミラー越しに俺を覗き見て居る。おかしい。

「……聞いて楽しいの? それに『びじり』って言ったか?」
狭い車内でどういう話題だろう。変わったやつ。

「下着はSサイズですよね? 身長178センチに対して推定86センチのヒップライン。ぼくも身長174センチで88センチのヒップなので分かります。ああ、僕は紳士服売り場でバイトして居たので、目視で測れるんです」
ふうん。

「女性で言えば身長161センチならX0.53で85.33センチで美尻だそうです。上向きのヒップの為にバンドを締めて運動したり、大変らしいですよ。先輩もされるんですか、まさかですっ」
「ハンドルを叩かないでくれ。……数値を測るのが好きなのは分かったが、二度と言うな」
一人突っ込みが好きなんだろうか。

「失言いたしました、訂正します。先輩から良い香りがいたしますので、香水でしょうか」
「うん、まあね」
身だしなみだと思うから少しつけている。

「香りに誘われて、思わず組んでいる足に見惚れますよ。骨ばった膝小僧を撫で上げてみたい衝動に駆られます。見目麗しい営業担当、五辻 英さん、僕は道を踏み外しそうです」

運転中だろ?

「前を見てまっすぐ走れ。それに、俺におかしな言葉を繰り出すのも、おまえだけ」

流れる車窓を見ながら、先ほど見かけた兄の知人・宮津(みやつ)さんを想う。独り暮らしでは無いのかな、食料品を買い込んでたなあ。


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