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24.良い話を書くためには。

 かなりの空白期間の後、二木|《ふたき》は慎重に言葉を選びつつ、

「なんていうかさ、ちょっと抽象的な感じ、だからかな」

「抽象的、ですか」

 思ってもみない言葉が飛び出してきた。抽象的。久遠寺が書いたのはそんなフレーズを当てはめるような作品だっただろうか。

 二木は続ける。

「これは僕の推測でしかないんだけどさ。多分、その……」

 星生|《ほっしょう》が一言、

久遠寺(くおんじ)文音(あやね)

「そう、久遠寺くん。彼女、多分音楽とか、そういう専門的な知識って余りないんじゃないかな?」

 当たりだった。

 余りにも完璧な指摘過ぎて反応できない。二木は続ける。

「いや、大きな問題じゃないんだよ?実際主人公はズブの素人な訳だから、専門的な話はしないだろうしね。ただ、もう一人のヒロイン……でいいのかな?彼女の方はそれなりに知っているって設定だよね。だけど、そういう話は全く出てこなかった。もちろん、この作品が短編だからってのもあるとは思うけど、それでもちょっとくらいは出てきてもいいんじゃないかなって思ったから、もしかしてと思ったんだけど、当たってたかな?」

 天城(あまぎ)は改めて聞かれて漸く反応する。

「そう、です」

 二木は、一応の裏付けが取れて安心したのか一つ息をついて、

「良かった。これで間違ってたらどうしようかと思ったよ」

 なんとも謙虚な笑いを見せる。天城は思わず、

「あの」

「ん?」

「なんで……なんで、分かったんですか?確かに、久遠寺は音楽については完全に素人ですでも、だからこそああいう話にしようって事になったし、自分が見る限り、それで問題ない構造になってたはずです」

 それなのに何故。そんな言葉は二木に遮られて消える。

「それはね、不自然だからさ」

「不自然……」

「そう、不自然。勿論、あの話は主人公の子を中心に進んでいくから、そういう意味では音楽の話をすることはないよね?でも、ヒロインの方は違う。彼女は音楽が好きだ。そして、それに興味を持ってもらいたいと思ったら、当然うんちくを語ってもおかしくはない。まあ、途中からは主人公の嘘っていうか、真実みたいなものに気が付いているから、その辺りからはあえて語らないって可能性は高いと思うよ?でも、最初から気が付いていなかったなら、ヒロインから見た主人公は同志な訳だから、もっと専門的な話を振ってきてもいいはずなのに、それが無かった。それでも成り立つようにしてあるし、そういう意味ではよく出来てるんだけど、僕としては、やっぱりその描写は欲しかったかなって。その辺の具体性の無さが気になった。だからAにはならないかなって」

 二木はそこまで言った上で「まあ、それでも良く出来ている事には変わりないけどね」と付け加える。しかし、その言葉は天城には届かない。

 二木の言う通りだと思った。

 指摘されたことはなにも、天城にとって全くの想定外にあった話ではない。当然、天城だって完璧ではないし、その事をどこか頭の外に追いやっていた事実は否定できない。音楽に詳しいキャラがいたのならば、その話にも専門的な用語が含まれる。言ってしまえば当たり前の事実であり、必要な要素であったはずだが、久遠寺にとってそれは難しい相談だった。

 久遠寺が書いた『私の嘘、あなたの音』がその題材というか背景に横たわる要素として「音楽」を選んだのは、もちろん久遠寺がそういう内容を好んだという所があるわけだが、その元を正せば、彼女が好んだのは「音楽」ではなく「音楽を題材にした作品」であり、つまるところ『live&life』にほかならない。

 そうなってくると当然久遠寺に音楽的な知識はあるはずもなく、だからこそ主人公にはあえて音楽的な知識のないキャラを配置したし、短編であるという事を利用するかのように専門的な用語が出てくる前までで物語を終わらせた。その一連の流れに不自然さは無かったし、少なくとも物語の構造としての欠陥は無かったはずで、天城も二木もその見解に関しては一致しているはずなのだ。

 問題は構造ではない、本当に些細な事だった。

 確かにそうだ。自分と同じ興味を持つ人間に対して、専門的な話を持ち掛けるのは実に自然流れだし、そうなってこないのは多少の違和感を生むかもしれない。その辺りを明確な問題点に昇華させることなく「違和感」程度で済ませているのは久遠寺が純粋にうまかったといえるのだろうが、それでも目の前に居る男の目は誤魔化せなかった。

 そして、さらに問題なのはそんな事よりも、

「……やっぱり、無理がありましたかね」

「ん?」

「いや、」

 天城はそこで言葉を切って、

「あれ、なんですけど、俺が一応アドバイスした、んですよね」

 二木は全く動じず、

「知ってる。星生くんから聞いたよ。なかなかやり手の編集者になれそうじゃないか」

「そう、でしょうか」

 肯定。

「そうとも。僕が保証する……って言っても、心もとないかもしれないけど」

 そう言って苦笑いする。天城は笑わずに、

「久遠寺に音楽を題材にするの、提案したの俺なんですよね」

「そうなのかい?」

「はい。久遠寺にそういう知識が無いのは知ってたんですけど、でもそういうのを好きだってことも分かったんで」

 二木が疑問を挟む。

「そういうの?」

 天城が反応するより前に星生が、

「『Live&Life』」

 補足を入れる。二木はにわかに盛り上がり、

「あ、そうなんだ!それは嬉しいな。や、僕が書いたわけじゃないんだけどさ」

 となんだかうれしそうだ。天城はそれでも余り表情を変えずに、

「二木さん」

「なんだい?」

「やっぱり、自分が良く知っている事について書くのが一番なんでしょうか。久遠寺は音楽について知りません。でも、多分、それがあいつの書きたいことだったと思うんです。そういう場合って、どうしたら、良いんでしょうね」

 投げかける。

 投げかけておいて自分でもどうかと思う。

 そんなもの、結論なんて出ているではないか。

 自分が書きたいものを書くのが一番いいに決まっている。

 その上で、知識が必要ならば調べればいい。たったそれだけの話であるはずなのだ。

 少なくとも天城の中で結論は出ている。

 なのに、その答えの出た質問は天城の口から飛び出てしまった。一度飛び出た質問を引っ込める事は出来ない。後はそれを聞いた相手――つまりは二木の反応を待つばかりである。

 その二木はというと、

「うーん……」

 悩んでしまった。少し意外な感じがする。

 やがて、一言だけ、

「良いものが書ける方、じゃないかな」

 そう結論づける。非常に分かりやすく、そして疑いようのない、それ故にどこか薄っぺらいような気もする回答だった。

 二木は続ける。

「まあ、個人的には書きたいと思った題材で行くべきだと思うけどね。知らなかったら調べて調べて、それで書いたらいいわけだし、良く知ってても書きたくないんじゃ、やっぱりモチベーションも上がらないしね」

 間。

「でも、やっぱり一番重要なのはいい作品が作れてるかどうか、かな。今回のだって、基本的な構造は良かった訳だから、そういう意味で言えば、全く知らない分野でもいい話は書けるとも言えるし、より良くするには、ちょっとした用語くらいは調べてから書いた方がよかったとも言える。色々だよ、きっとね」

 そう締めくくる。

 なるほど、それは真理のような気もする。

 自分が書きたい題材について書いていくとしても、そこに知識が無ければどこかで躓く可能性は否定できないし、知識がある題材だったとしても、熱意が無ければそこまでという可能性もまた、否定できない。

そもそも、熱意も知識も、いい作品を書くために必要な材料ではあるかもしれないが、それらがあったからと言って、必ずいい作品になるとは限らない。だからこそ「良いものが書ける方法が良い」というのは、至極理にかなっているといえるだろう。

 二木はついでのように、

「でも、どうしてそんなことを聞くんだい?」

 天城は少し答えに窮した後、

「……いや、ちょっと気になったので」

 気になった、というのは確かだ。目の前に座る、そうは見えないこの男は有能な編集者であるのだから、聞いておいて損はないだろう。そんな考えが天城の頭の中にあったことは否定できない。

 しかし、一方で、天城はどうしてもはっきりさせておきたかったのだ。自分の掲げた、久遠寺に提示した、好きなもの、書きたいものについて書くことが、いい作品を作る事につながるのだ。その手法が決して間違いでは無いということを確認しておきたかった。そんな考えが天城の頭の中で渦巻いていたこともまた、決して否定は出来ない。それが何を保証するわけでも無いのにもかかわらず。

 二木は、そんな天城の胸中などは少しも知らずに、結論を述べる。

「まあ、そういうわけだからさ。要はうちの……っていっちゃうとちょっとあれだけど、鷹瀬が色々とまあ、空回りしててね。その結果、ちょっとグレーな事をしてたみたいだから。うん、その分の補填は僕がしようって、そういう事」

「そう、ですか」

 天城は未だに現実へと返ってこない。その思考はまだ泥沼の中で彷徨っている。どうしたらいい作品を書けるのか。そんな事に明確かつ簡潔な回答などありはしないはずなのに。

 二木は続ける。

「だから、えっと……」

 星生が相変わらずぴったりのタイミングで、

「久遠寺文音」

「そう、久遠寺くん。彼女の書いたものに関しては僕も読んだし、ちゃんと知り合いにも勧めておくよ。さっきはB+って言っちゃったけど、多分中にはAを出すやつもいるんじゃないかと思うしね」

「あ、ありがとうございます」

 天城はそんな、テンプレ未満の返事しか出来ずにいる。二木はそんな様子には一切触れずに、

「それじゃあ、まあ。そんな感じで。どう、二人とももう満足かい?」

 話を切り替える。天城は曖昧に頷くだけだったが、星生が、

「コーヒーをもう一杯、貰ってからにしたい」

 そう要求した。そのマイペースはどんな時でも崩れないらしかった。

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