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第28話

 試験当日の朝九時前。

 水色の施術着に身を包んだ澄人と、病衣のような服を着たナオは、白い壁に囲まれた部屋にいた。

 この部屋は、骨格がH.S.G《ヒューマン・スキン・ゲル》(人工皮膚)に覆われている、H.Mタイプ(男性型)とH.Wタイプ(女性型)の施術研修等を主に行うための部屋で、中央にある施術台の周りには、施術をサポートするためのロボットアームと数々の機器。ステンレス製の作業台の上には、施術に使用するいくつもの器具が置かれている。

 施術台のところまでくると、ナオは耳部のスロットからマイクロメモリを取り出し、澄人に渡した。

「澄人。マイクロメモリをあなたに返しておきます。(この子達にもしものことがあったらいけませんから)」
「うん……」

 マイクロメモリを受け取った澄人は、いつも首から下げているネックレスの金属製ケースへそれを入れた。

 もしマイクロメモリを挿したまま施術を行った場合、人工頭脳やメモリ、神経回路等に傷をつけたり、エネルギーの供給が完全停止したりするような事態になった時――彼女だけでなく、澄人とはるの子供達にも影響が及ぶかもしれない。

 無論、澄人はミスをするつもりは毛頭ないだろうし、ナオも彼のことを信じてはいる。けれど澄人にとって、今回の試験で行うような本格的な施術を一人で行うのは、初めての経験と言っていい。

 以前荒山が言った通り、彼がミスをする可能性は十分考えられることであり、その確率は高いと言わざるを得ない。

「準備はいいか?」

 天井に設置されている、スピーカー付きのカメラから聞こえてくる声に、澄人は「はい」と頷く。

「前もって言っておいた通り、試験時間は九時間。それよりも早く施術を終了しても構わない。途中休憩をとるかどうかも、お前の判断に任せる」
「はい……わかりました」

 震えている澄人の手。それを見たナオは、彼がどんなことを思っているのかを、ある程度想像することができた。

 もしも万が一のことが起きてしまったら……。

 もしも施術後、ナオが目覚めなかったら……。

 開始の時刻が近づくにつれ、澄人の額には緊張によるものと思われる汗がにじみ出る。そして……

「それでは試験開始」

 荒山が試験の始まりを告げた。

 ナオは耳部と首部にあるコネクタにケーブルを挿して、施術台へ横になった。

 澄人は彼女をディープスリープモード――人間で言う麻酔状態にするため、機器の画面に手を伸ばすが、震えている指が違うボタンに触れしまい、二度、三度と操作をやり直す。

「あっ……また間違えた。くそっ……落ち着け……落ち着いて操作しろ」

 自分に言い聞かせながら、指を動かす澄人。そして四度目の操作でようやくうまくいき、最後の確認ボタンが映った。そのボタンを押せば、ナオはディープスリープモードへ移行するのだが、澄人はそのボタンをなかなか押そうとしない。

「澄人?」
「……ナオ。僕はこの施術を精一杯――成功させるつもりでやる。だけど……やっぱり恐い。施術の後、もし君が目を覚まさなかったら……って、どうしても考えちゃうんだ。そうなるくらいなら、いっそこの試験はやめてしまったほうが――」
「いいえ、澄人。あなたはやるべきです。(例え私が、目を覚まさないことになるとしても、この施術は、あなたにとって貴重な経験になります。それは将来、多くのアーティナル・レイスを救うことに繋がります)」
「ナオ……」
「(大丈夫です。あなたなら、きっとできます。信じてと言ってくれたあなたを、私は信じます。だから、施術を始めてください)」
「……そうだったね。君に信じてって言ったのは、僕だった……」

 澄人はナオの手を握った。

「必ず成功させるから……!」

 その彼の手からは、先ほどまでの震えが消えていた。
 そしてナオが目を閉じると、澄人は画面に表示されている“YES”のボタンを押した。

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