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真夏に開店して賑わいを続けるショッピングモールに興味はあった。
僕は販売業のバイト経験がある。
働くならここだ、決めたのは10月の終わり。そろそろ肌寒くなるのを感じる風の香り。
時給にも惹かれてネットで応募したら、すぐに呼ばれた。

面接の前に別室で待機させられ灰色のA4型の大きな封筒と長4の普通サイズの封筒、2種類を渡された。
「住所と氏名を記入して。面接して採用なら通知書を入れた大きな封筒が届いて、不採用なら細い方。履歴書を返送する。見た目で分かるから楽だよね」
流石は一流企業が手掛けるショッピングモールか。
人を軽く扱う。
志願者は山のように居るだろうから何を言っても構わない感じが漂うな。
「ところで、きみ。名前は?」
「常葉です」
何かなと顔を上げたら凝視している。
「きみか、成程。その惹きつけるようなやさしい顔立ちで20才」
成程の意味とは。
「ネットでのエントリーシートを見たよ。凄い経歴の持ち主だな。顔写真は載せ忘れたみたいだけど」
経歴って、子供服店でのバイトしか記載していないぞ。
ああ、あの店はこのショッピングモールの敵扱いの量販店、その分割したテナントだった。気に障るか。
バイトの募集に乗ったのは迂闊だったか。時給に惹かれたんだけど。
この地域で1500円は破格だ。
「常葉くん。きみ、通るよ」
「何がです?」
「きみは採用される。届くのは大きな封筒。私はこの会社に在籍してから総務を担当してはや7年だが、
常葉くんみたいな子を待っていた。目に狂いはない。経歴を隠さない度胸とその容姿」
いや、迂闊だと思うけどな。は? 容姿。
「可愛い顔して無造作ヘアーか。今はマッシュが主流なのに際立つよ。好い選択だ。わが社には今存在しないからな」
確かに、友人は皆、マッシュだ。きのこの行列だよ。


「販売店は度胸と気合、そしてお客を如何に満足させて再来店させるかが肝だ。生易しい業務ではない事を経験しているだろう。未経験を最初から仕込むのとは訳が違う。楽で助かるよ」
また言うし。参ったな、選択を誤った。
「きみなら、お客を呼べる。既に在籍していた子供服店に聞き込みもした」
「はあ?」
そんな調査は個人情報に関わる。
幾ら大企業でも許されるか。
「顧客が多かったんだね。きみ目当ての若いお母さんがいたそうじゃないか。子供の扱いにも慣れているんだろう。服を選んでいるお母さんの代わりに、構ってあげたなんて、只のバイトじゃないね」
「勝手に調べるんですか? 採用されてからなら理解しますが」
「きみに関心があるからそうした。何か文句でもあるのかい。きみには機会が与えられるんだよ」
あくまで上から物を言うんだな。
格式なのか、社風か。
間違ったところに足を踏み入れた。個人情報をも軽く扱い、この態度か。
だが負けない。選択に後悔したくない。
「機会を頂けるなら励みます。頂戴します」
「きみは目力もあるね。面白い。採用されて何日もつかな。楽しみだ」


面接はものの10分で終わった。聞かれたのは矢張り子供服店での経験と、志望動機。
素直に「開店時に来店したら賑やかで気分が高揚しました。勤務して貢献したく思います」とだけ話して、そんな軽い動機かよと判断されそうなのに「きみの方が華やかで居たら賑わいが増す」
何だよそれ。いい加減だな。
このもやもやした気分で帰宅したら嫌な運気すら呼びそう、何処かに立ち寄るか。
折角、ショッピングモールまで来たんだし。コーヒーでも。
「あ、きみ、一緒に面接した人だよね」
あら、どなた。
「オレ、覚えてないかな。別室に一緒に居たんだけど。お茶でもしない? 常葉くんだよね」
聞いてるんだ。人の会話を。
最低だ。
「そこのカフェのチョコクロワッサン美味しいよ」
あのね。
「どうやってきみが採用されたか、聞きたいんだ。オレは無理っぽいから成功者の話を糧にしたい」
「ごめんなさい。1人になりたいんです」
「ショップでもまわる?」
聞け。
誰が初見の男と話をするか。面接なら別だが、僕は興味ない、何処かへ行け。
ああ、子供も別だ。子供服店でのバイトは面白かった。続けていたら良かったな、子供は可愛い。
先程の面接にメンタルやられてるな、相当。反省するのは僕らしくない。
「趣味は?」
「しつこいんですね」苛立つから、もう止めて。


「店内での勧誘行為は困りますね、お客様。出入り口にその旨を掲示していますけど気づきませんか。宗教勧誘、及び政治活動は業務妨害です。警備に引き渡しますよ」
強気なスタッフだな、これまた一流企業だからこその圧か。
しかしお客に対してそこまで言っていいのか、まあ、僕はお客ではないけど。
「すみません、帰ります」
「是非」
追い返すか。こんなスタッフが居ていいのか。
いや、待て。このスタッフ様子がおかしい。男性だよな、その着ている服は何だ。
「おまえかな? 即採用が決まった異例のバイトって」
「まだ通知を頂いていません」
見れば見る程、おかしい。変だ。
「俺は近衛。この店の開店前のバイト募集で採用された1期生。おまえの先輩だ」
そうか、開店時からのスタッフ。しかしだ、風格いや社風を問うぞ。おかしい。
「自己紹介をありがとうございます。常葉です。初見なのに失礼ですが、お尋ねしてよろしいですか」
「何でも聞け。おまえの先輩だからな。3期生」

「お召し物。一見すると只のサイズが大きめのストライプシャツですが、裾がひらひらしてますね。アシンメトリーですよね。ずばり聞きます。レディースですね。変態女装癖でもお持ちですか」

「似合うだろ。流石は接客経験者、見所が違うな。期待してるぞ後輩」
この人はおかしい。
自信満々に女装だ。
「腕組みした側から素肌が見えます。気は確かですか」
「ああ、面倒で1枚しか着てない。凄いな、経験者は目のつけ所が鋭い。隠しようがない」
「隠してないから見えますよ」
この店、辞退しよう。
変態が居る店なんて御免だ、もう関わりたくない。
「おまえは俺と一緒に紳士靴の販売に携わるぞ。よろしくな、3期生」
「決めつけないで下さい。発言もお召し物もおかしいです。僕は靴の販売経験もありません。有り得ないですよ」
希望職種は子供服販売だ。経験が生かせる。
「その顔で、か? 容姿を生かすならメンズだ。男に受ける面構え。自覚あるのか3期生」
ひっ?!
「自信を持って発言してやる。何故なら俺も男受けするから他所の部署から引き抜かれた」
「僕は耳鳴りがしているようで。あなたの発言が理解出来ずにのたうち回りそうですが。再度お願いしてよろしいですか? あなた、何を言いました?」
「おまえはかなり格上の男だ。可愛い、と言えば分かるか。クールな男ではライバル視される。だが、愛でたくなるやさしい面構え。おまえが勧めるものは必ず売れて、リピーターも獲得する」
そこではありません。

「子供服販売の経験が滲み出る。第一印象が命の接客業。おまえの天職だ、若いうちに知れて良かったな。これからはメンズだ、惚れさせて落とせ。だが、おまえは客に惚れるなよ」
「お待ち下さい。好き勝手に言葉を並べる辺りも変です。あなた、本当にこの店の」
「先輩と呼べ! 3期生」
思わず体が反った。
「俺はこの店で期待をかけられている。紳士靴の販売はコストが高いから在庫を持たずに販売実績を上げなければならない過酷な業務だ。分かるか、サイズ切れしたら、終わりの世界だ」
「それでリピーターなんて難しい、」
「手腕を買われた。応えたい。そこにおまえの力が必要だ。いいな、従えよ、3期生」

あらまあ、凄むけどよく見たら可愛い顔してるんだ。
レディース着てもよく見ないと分からない訳だ。
背丈は僕と変わらない、170くらいだな。でも童顔。髪がナチュラルマッシュか。中性的。

「その顔立ちのおまえに言おう。客に温度を与えるな。暖かさは要らない。冷酷に攻めて売れ。そうでなければ辛いだけだ、在庫を常に補充する子供服とは訳が違う。おまえに与える指示だ。後輩」


経験が覆された。
これでは身動きが取れない、未経験と同じだ。
「暖かさ。ぬくもりが要らないって言われましても。僕は今まで接客は笑顔と挨拶、姿勢の低さだと思い、勤めてきました。お客の笑顔が報酬だと。覆すお言葉には素直に頷けません」
「飼い犬か」
はっ?
「いや、今から飼い犬だ。そういう世界に足を踏み入れた。覚悟を決めろ」
「誰が僕に首輪を? そんな社畜になるつもりはありません」
「その言葉を忘れるなよ、後輩。俺の目が確かなら、おまえは入社してすぐに壁にぶち当たる。今のように吠えて抗え。そうでなければ単なる犬だ。会社にいいようにされる。ここは替えの利く職場だ」
確かに、応募者は多いはずだ。
僕が駄目なら追加が利く。
「俺のようになるな」
「はっ?」
「俺はこの店で働いた実績が欲しい。だからあえて苦汁を呑んだ。だが、実績を上げて見返したい」
分かる気がする。こんな大企業の店でバイトしたら先の就職活動に有利だ。
この人、見た目より男気がある。
「靴は1足、幾らからです?」
「良い目だな。最低価格は7800円。最高で27800円。ショッピングモールに低価格を求めるお客のニーズとは正反対だ」
結構、高価だな。
本革かな。水牛の皮を使うとか? 聞いた事はある。かなり貴重な品だ。
「しかし合皮が主」
待て!
「それって、販売出来るんですか? お客の目は確かです」
お客は事前に下調べをするはず、それも高級な靴なら猶更だ。
あり得ない、出来るのか?

「ブランドだ。その名とデザインで売る。付加価値は接客」
「騙すみたいで。素直に納得出来ませんが」
困惑する、とんでもない世界に来てしまった。
「業務だ」
「それは分かりますが、しかし心情として」
「その気持ちも分かるが、仕事だ。情を捨てるんだな」

「後輩、その髪型は似合う。だが少し前髪を切れ。折角の瞳が隠れてしまう。目力でも落とせるはず」
無造作ショートはまずいのかな。
確かに前髪は重めだけど。
「俺が切ろうか?」
「は?」
「面倒だろう。今からバックヤードに来るか。切ってやるよ」

げ。腰にシザーケースつけてる。
販売職なら身につけてもおかしくないけど、元々は美容師のもの。
本当にハサミが入っていそう、それに・だな。
引っかかる。
普通、そんな事を言うかな? 人の前髪だぞ。おい、何かおかしい。
「大丈夫です、ネットでサロンの予約を取れます」
あ、乗ってしまった。でも切られるよりいい。
こんな。いや、先輩に、だ。

「おまえはもうかごの中。囚われた。この先もそうだろう、目の前の壁を割る気力だけ携えろ。壁かガラスかは分からない。案外簡単に砕けて割れる。記憶に留めろ。後輩、恐らく来週から勤務だ」
「急すぎます」
「覚悟を決めろと言ったよな。企業は止まらないんだ。おまえは定められた線路に乗せられた」



「じゃあな、待ってる」
ひらひらした裾を翻して背中を向けた、先輩。
そうか、僕はどうやらレールに乗せられたな。実感が湧いた。
封筒が届くより先に失望を頂戴した。
靴、か。あの勢いだと即戦力扱いだな。ネットで検索して色々調べるか。
手立てが少ない、経験がない。

しかし言葉を飲み込んだ。言い出せなかった。わだかまる。

あのさ。
あなたここで何してたんですか。売り場はどうなんです。うろうろして。そもそも何かがおかしい。




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